プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
植物における4つの青色光センサーの機能分担を明らかに
- 光センサーに依存する植物のしくみを知る糸口 -
平成16年2月17日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物で主に働く4つの青色光センサーの機能分担を明らかにしました。理研植物科学研究センター(杉山達夫センター長)制御機能研究チームの酒井達也チームリーダー、大岸麻紀研究員らの研究グループと京都大学大学院理学研究科による研究結果です。
 植物は、光に反応して光合成を促進したり、害となる強い光には葉緑体を逃がしたりしながら、生長を制御しています。こうした機能を実現するのは、光を感知するセンサーが植物内に備わっているためと考えられています。研究グループでは、そうしたセンサーの中で、「青色光」に反応するセンサーに注目しました。
 今回の研究では、モデル植物・シロイヌナズナを用いました。シロイヌナズナには、4つの青色光センサーの働きをする分子、クリプトクローム1,2(cry1、cry2)及びフォトトロピン1,2(phot1、phot2)の計2種類4分子が存在することが知られています。しかしながら、これらの各分子が上記の生長を制御するときにどのように働きを分担しているのかは知られていません。
 今回、研究グループは、cry1、cry2が光を受けてから応答に時間を要する光形態形成※1や遺伝子発現制御にのみ関わっていること、phot1、phot2が、光を受けてからすばやく応答する運動応答※2と呼ばれる反応を主に制御していることなど、4つの個々の青色光センサーが生長にどのような機能を分担しているかを明らかにしました。さらに、研究グループは、cry1、cry2が芽生えにおける新規の青色光応答を制御していることも明らかにしました。
 この発見は、光による芽生えの生長制御機構の解析に重要なヒントを与えるものと考えられます。今後は、植物の光環境への適応能力のさらなる解明、青色光に生物が反応する性質を活かした光センサーについてのバイオ技術への応用等が期待されます。
 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS※3』のウェブサイト(http://www.pnas.org、2月16日付け、日本時間2月17日)に発表されます。


1. 背 景
 我々を取り囲む環境は様々ですが、植物にとってもっとも重要な環境要因の1つは光です。光は植物の生長に欠かせない光合成の源であると同時に、強すぎる光は逆に植物の生長の阻害をひき起こすからです。植物は、光の強さ、波長、方向を感知することによって、生長方向を変えたり、その形を変えたりします。
 植物は、このような光を感知するセンサーとして、赤色光センサー、青色光センサーなどを備えています。青色光センサーについては、大別して、クリプトクローム(Cryptochrome)とフォトトロピン(phototropin)の2種類の分子に分類されます。
 全ゲノム配列の明らかになっているモデル植物シロイヌナズナの場合、クリプトクロームには構造のよく似た光センサー、cry1、cry2の2つの分子が存在し、フォトトロピンにも構造のよく似た光センサー、phot1、phot2の2つの分子が存在します。いままでの研究では、個々の光環境応答(運動応答、光形態形成)に必須な光センサーはなにか、といった面から研究がされてきましたが、反対に個々の青色光センサーがそれぞれの光環境応答にどのように関与しているのか、機能分担はどうなっているのか、特にクリプロクロームとフォトトロピンの間の機能分担の詳細については報告がありませんでした。
 本研究チームは 2001年phot2発見以降、phot1及びphot2 の機能分担様式について研究を進めてきました。昨年にはphot1とphot2 による細胞内カルシウム濃度調節の仕組みを明らかにしました。今回さらにフォトトロピン以外の青色光センサークリプトクロームも含めたかたちで、植物における青色光センサーの機能分担の網羅的な研究を行うことにしました。


2. 研究成果
 研究チームでは、シロイヌナズナの青色光センサーのcry1、cry2、phot1、phot2が個々の青色光応答にどのように関わっているのかを明らかにするために、これら4つの青色光センサーを全て欠失した4重変異体と、そのうち3つの青色光センサーが異常で1つだけが正常な3重変異体を作成し、それぞれの青色光応答を比較するという多重変異体比較法※4をおこないました。4重変異体では観察したすべての青色光応答現象のほとんどは観察されなくなりましたが、3重変異体では1つ残された正常な青色光センサーの機能によって様々な表現型を示し、それぞれの光センサーの詳細な機能を同定することができました。その結果、cry1、cry2は、それぞれ、胚軸伸長阻害※5、子葉開閉※6、子葉展開※7といった光形態形成を制御するけれど、光屈性※8、気孔開口※9、葉緑体光定位運動※10といった運動応答にはほとんど関わっていないことが明らかになりました。そしてphot1、phot2は、光屈性、気孔開口、葉緑体光定位運動といった運動応答は制御する一方で、子葉展開にも関与しており、それ以外の光形態形成には関わっていないことが明らかになりました。(図1)さらにマイクロアレイを用いた解析※11からは、cry1、cry2が青色光による遺伝子転写制御※12に大きな役割を果たしており、phot1、phot2は遺伝子転写調節よりもむしろタンパク質機能調節※13などの運動応答に必要なすばやいシグナル伝達機構を利用していることなどの機能分担をおこなっていることがわかりました。また、クリプトクローム(cry1、cry2など)によって発現制御される遺伝子の多くが光合成の場である葉緑体で機能すること、さらに光合成の暗反応で機能する酵素の多くがクリプトクロームにより発現制御を受けていることが明らかになったことから、クリプトクロームは遺伝子発現を介して、光合成の促進を行っている可能性が示唆されました。
 上記の結果に加え、本研究によりクリプトクローム(cry1、cry2など)の全く新しい機能を同定することもできました。シロイヌナズナ芽生えは青色光照射によって、通常フォトトロピン(phot1、phot2など)の制御による光屈性によって、光の方向に生長します。しかし今回クリプトクロームのみが正常な3重変異体の芽生えは、ランダムな方向へ生長しました。
 4重変異体では青色光照射をしてもまっすぐ上方向に生長することから、青色光照射によるランダムな屈曲伸長(図2)はクリプトクロームに依存することを見いだしました。この発見は、クリプトクロームの芽生え胚軸における生長制御機構の解析に重要なヒントを与えるものと期待されます。


3. 今後の展望
 今後、クリプトクロームに関して、植物の青色光による遺伝子転写制御への関与をさらに詳しく調べていく必要があります。またクリプトクロームの新規の機能、ランダムな屈曲伸長を誘導するという知見は、クリプトクロームが生長調節因子・植物ホルモンをコントロールすることを示唆しており、その分子メカニズムを調べることで、植物の光環境下における形づくりのメカニズムの一端を明らかにできると考えられます。一方、フォトトロピンについては、遺伝子発現を介さないシグナル伝達経路の分子メカニズムを今後さらに明らかにしていくことで、強光ストレス耐性に関与する葉緑体光定位運動や、光合成能に関与する気孔開口運動などについての調節の仕組みを知る手がかりを得られることが期待されます。本研究では青色光にかぎった光環境応答機構について研究を行いましたが、次に植物の光環境応答機構のもう一方で重要な働きをする赤色光センサーとの機能分担についてさらに詳細な研究を進める必要があります。
 以上のような、光センサー機能の解析を進めることで、動くことができない植物のさまざまな環境への適応能力(環境適応機構)のさらなる解明が期待されます。また、クリプトクロームやフォトトロピンを利用し、青色光によって切り替わる分子スイッチを開発することによって、光センサーについてのナノバイオ技術への応用につなげていこうと考えています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所横浜研究所
 植物科学研究センター 制御機能研究チーム
  チームリーダー  酒井 達也

Tel: 045-503-9592
Fax: 045-503-9591
  グループディレクター  岡田 清孝
(京都大学大学院理学研究科 教授)

Tel: 075-753-4247
Fax: 075-753-4247
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272
Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 光形態形成
暗闇で育った芽生えは、ひょろっとした「もやし型」の形態を示すが、青色光のもとで育った芽生えは、軸の部分が太く短くなり(胚軸伸長阻害)、双葉が大きくなり(子葉展開)、双葉を開いた(子葉開閉)しっかりとした「地上型」の形態を示す。このような光による形づくりを光形態形成という。光形態形成は、比較的ゆっくりと不可逆的におこるのが特徴で、青色光だけでなく、赤色光によっても誘導される。
※2 運動応答
光形態形成とは対照的に、すばやく可逆的におこる青色光応答は、運動応答と呼ばれる。運動応答には、光屈性、葉緑体光定位運動、気孔開口運動などがある。
※3 PNAS
全米科学アカデミー紀要(Proceedings of the Academy of Science of the United States of America: PNAS)は世界で最も引用される科学に関する定期刊行物の一つ。発行頻度は隔週刊、オンライン版は連日更新され、プロナスと呼ばれている。1914年の創刊以来、最先端の研究論文等を掲載している(Natureの創刊は1869年、Scienceの創刊は1880年)。インパクトファクターという1論文あたりの引用回数の平均値を計算したものはNature(27.955)やScience(23.329)程ではないが、10.896と10を越えており高い影響力を持つ学術雑誌といえる。ちなみにThomson ISI社の2001年版のリストにおいて、インパクトファクターが10を越えるものは、全5752誌中73誌である。
※4 多重変異体比較法
あるタンパク質の機能を解析する際、そのタンパク質を欠失した変異体と野生型を比較するという機能欠失型の解析法がしばしば用いられる。しかし、複数の異なったタンパク質が同じ機能をもっている場合は、この解析法を適用することができない。それは、1種類のタンパク質を欠失させても、残った他のタンパク質が機能しているため、変異体と野生型の差がみられないからである。これを解消するために、用いられているのが、多重変異体比較法である。多重変異体比較法は、目的の現象に関与していると考えられる全てのタンパク質を欠失させた多重変異体と、そのうち1種類のたんぱく質だけをもつ多重変異体とを比較し、そのタンパク質の機能を検出するという方法である。それぞれのタンパク質の単独の機能を検出することができるため、重複した機能をもつタンパク質の解析を正確におこなうことができるという利点をもつ。
※5 胚軸伸長阻害
暗条件下、芽生えは光を求めて胚軸を細長く伸長させる。光を感知すると胚軸伸長を抑制し、より太い胚軸を形成し地上部を支えるように生長する。この光の作用を胚軸伸長阻害作用という。
※6 子葉開閉
暗条件で育った芽生えの双葉は、生長点を保護するように2枚合わさって閉じている。光を感知することによって、双葉を開き光合成を開始する。
※7 子葉展開
光を感知することによって、芽生え双葉の面積が増大するように生長する。
※8 光屈性
植物の胚軸・茎が光源方向へ、根が光源とは反対方向に伸長する性質。
※9 気孔開口
植物の葉の裏などにある二つの孔辺細胞からなるレンズ状のすきまを気孔という。気孔は、炭酸同化・呼吸・蒸散作用などのガス代謝にあたって空気や水蒸気の通路となる。植物は気孔を開けたり閉めたりすることで空気や水蒸気の通過量を調節している。
※10 葉緑体光定位運動
植物は、弱光下では光合成の効率を上げるために、細胞内の葉緑体を細胞上面(光の入射方向と垂直な面)に集める(葉緑体集積反応)。一方、強光下では光傷害を避けるために、葉緑体を細胞側面(光の入射方向と平行な面)に避難させる(葉緑体忌避反応)。このような葉緑体の運動を、葉緑体光定位運動という。
※11 マイクロアレイを用いた解析
現在、広く用いられている、生物における遺伝子発現の差異を網羅的に解析する方法。DNA チップともいう。ガラス基盤上に、数千〜数万の遺伝子DNAを高密度に配列したデバイスを用い、目的の個体から抽出した核酸とハイブリダイゼーションさせることによって、ゲノムスケールでの遺伝子発現プロファイルや遺伝子多型の解析をおこなう。
※12 遺伝子転写制御
遺伝子発現は、遺伝子DNAのもつ情報から必要な情報を読みとる作業を読みとる作業から始まる。その段階が、DNAからRNAを合成する段階であって、転写過程とよばれる。その段階での調節すなわち遺伝子からの情報を読みとるために働く調節をいう。
※13 タンパク質機能調節
RNA情報より合成されたタンパク質の多くは、アミノ酸の化学修飾やプロセッシングを受けることによってその機能活性が調節されている。



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