プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
グリッド上で次世代細胞シミュレータの開発に成功
- 世界で初めて大規模な生物シミュレーションの複数利用が可能に -
平成16年2月12日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、コンピュータ上で生命現象のシミュレーションを行うための細胞シミュレータ※1をグリッド技術※2を利用することによって、次世代細胞シミュレータ「OBIYagns(Yet Another Gene Network Simulator)」として開発することに成功しました。理研ゲノム科学総合研究センター(和田昭允センター所長)ゲノム情報科学グループ(小長谷明彦プロジェクトディレクター)情報伝達モデル化研究チームの畠山眞理子研究員らによる研究成果です。
 従来の細胞シミュレータが、少人数のユーザーしか利用できなかったの対して、このOBIYagnsを利用すると、複数のユーザーが同時にインターネット環境を通して利用することが可能になります。更に、OBIGrid※3上に存在する豊富な計算資源を用いることによって、シミュレーションを行う上で長い計算時間が必要とされていたパラメータ推定※4の時間を大幅に短縮することができ、今回、最小でも1/6に短縮可能となりました。セキュリティーの面からも、グリッドに守られた安全なインターネット環境下で利用できることから、複数の大学・研究機関・企業からもアクセスが可能になり、大規模な細胞シミュレーションやシステムバイオロジープロジェクト等で利用者が増えることが期待できます。「OBIYagns」はhttp://www.obigrid.orgから登録することにより利用可能です。
 本研究成果は、英国のBioinformatics(UK)(2月12日のオンラインジャーナル)で発表されます。


1. 背 景
 近年、様々な生物についてのゲノム解析が完了し、生物に関する膨大な情報が蓄積されてきたことから、これらの情報をコンピュータによって整理し、生命現象をシステムとして理解しようとする動きが盛んになってきています。このため膨大な情報を処理し、その生命現象を網羅的に研究ができるシステムの開発と整備が必要となっています。研究グループはグリッド技術を利用した細胞シミュレータ「OBIYagns」を開発しました。このシステムは今まで少人数でしか利用できなかったシミュレータが複数のユーザーで同時に利用することができます。


2. 研究成果
 コンピュータ上での生命現象のシミュレーション(細胞シミュレーション)は、遺伝子や遺伝子がコードする生体分子のネットワーク解析に極めて有効な手段であり、この利用によって細胞内の生化学反応を動的・定量的に理解し、細胞内の新たな制御因子を発見することが可能になります。本来このような細胞シミュレーションを行う際には、反応に関わる分子の相互作用、酵素反応速度、細胞内濃度などの多様な生化学パラメータ(入力値)が必要となります。しかし、最先端の生化学の実験手法を用いても細胞シミュレーションに必要なすべての生化学パラメータを実験で求めることは困難です。OBIYagnsには、対象となる反応系の実測可能な実験結果から、他のパラメータを予測するといったパラメータ推定機構が備わっています。OBIYagnsでは、PCクラスタ上で並列処理を行うことにより、パラメータ推定の時間を大幅に短縮しています。(図1)さらに、グリッドを用いることにより、複数のPCクラスタを多人数で効率よく利用する仕組みを導入しています。これにより、長時間(例1週間以上)占有するような利用者がいても、他の利用者が細胞シミュレータを利用することが可能となりました。


3. 利用について
 OBIYagnsはhttp://www.obigrid.orgからユーザー登録することにより利用可能です。WEBを利用したユーザーインタフェースにより、どのPCクラスタで実行されているかを意識せずに細胞シミュレーションのプログラムを実行させることができます。


4. 研究意義と今後の展開
 本研究グループでは、すでにこのOBIYagnsを利用して細胞表面の受容体から細胞質への情報伝達系ネットワークに関する細胞シミュレーションを行っており、細胞の癌化に関与すると考えられる新たな制御因子に関する知見を得ています。このように、細胞シミュレーションは、細胞の癌化の機構を理論的に解明し創薬ターゲットを絞ったり、微生物代謝系のダイナミクスをコンピュータ上で再現することによって発酵生産物の収量を上げたりするなど、様々な目的に応じて利用できます。今回、開発したOBIYagnsが細胞や生体を対象とした大規模なシステムバイオロジープロジェクトの基盤として広く利用され、ライフサイエンス研究が促進されることが期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 ゲノム科学総合研究センター
  ゲノム情報科学研究グループ
  プロジェクトディレクター 小長谷 明彦

Tel: 045-503-9301
Fax: 045-503-9559/9158
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272
Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 細胞シミュレータ
細胞内で、タンパク質や生体分子の濃度がどのように変化するかの動的振る舞いを計算機を用いてシミュレーションする。このようなシミュレーションモデルを構築することにより、遺伝子が欠損したり、突然変異を起こしたときの様子を事前に予測することが可能となる。現在ある細胞シミュレータはE-Cell(http://www.e-cell.org/)、GenomicObjectNet, (http://www.genomicobject.net/member3/index.html)などの二つが知られているが、いずれもパラメータ推定機能は備えていない。並列化された未知パラメータ推定機構を備え、Webから多人数で利用可能な細胞シミュレーションの運用サービスはOBIYagnsが世界で始めてである。
※2 グリッド
ネットワーク環境下の計算機やストレージ等の資源や情報を、所有する組織を超えて、安全に・安定して・情報サービスを享受できる基盤技術。この技術により、異機種間接続環境が可能となり、大規模な仮想計算機をひとつのシステムとして利用することができる。
※3 OBI(Open BioInformatics) Grid
文部科学省科学研究費補助金特定領域研究ゲノム情報科学の「ソフトウェア高速化および共有化委員会(VLSB:http://www.obigrid.org/OBIGrid/vlsbio/)と企業コンソーシアムである並列情報処理イニシアティブ(IPAB:http://www.ipab.org/)」が母体として開発中のグリッドであり、国内バイオインフォマティクス関連の大学・研究機関・企業の27サイトが参加し、インターネット上にVPN装置とGlobusToolKitによって構築された619CPUを持つ国内最大規模のグリッドである。
※4 パラメータ推定(関数最適化)
生化学システムシミュレーションで利用されるパラメータ最適化は、高次元性、変数間依存性、悪スケール性、多峰性といった困難な性質を持つ。このため、実数値遺伝的アルゴリズムに基づく手法を開発し、さらに、並列化・分散化により高速化したパラメータ推定器をOBIYagnsに実装している。


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