プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
mRNAを合成するメカニズムを解明
- "分子生物学のセントラルドグマ"解明の手がかりつかむ -
平成16年2月7日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、DNA上の遺伝情報をmRNAへと正確に伝達する仕組みを明らかにしました。理研播磨研究所細胞情報伝達研究室の横山茂之主任研究員、ドミトリ・バジリエフ(Dmitry G. Vassylyev)副主任研究員およびSUNY Health Science Center(米国)の研究グループによる成果です。
 RNAポリメラーゼは、DNAの遺伝情報を正確に読み取り、mRNAを合成する重要なタンパク質です。研究グループは、バクテリアに感染するウイルスの一種であるT7ファージ由来のRNAポリメラーゼ(T7RNAポリメラーゼ)と、DNA:RNAハイブリッド分子、及び、ATPの非加水分解型疑似物質;alpha,beta-メチレン ATP(AMPcPP)との複合体の結晶構造を、大型放射光施設SPring-8の理研構造ゲノムビームライン;BL26を用いて原子レベルの構造を決定しました。その構造解析からAMPcPPは、DNA:RNAハイブリッド分子上のDNA鎖の相補ヌクレオチドと塩基対を形成し、さらに、非活性型である“開いた”構造をしたT7RNAポリメラーゼに結合していました。T7RNAポリメラーゼは、より複雑な構造をしたマルチサブユニット型RNAポリメラーゼと共通のメカニズムで転写反応を行っているので、今回明らかにした構造は、普遍的なRNA合成の分子メカニズムを反映していると考えられます。
 RNAポリメラーゼは、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」で解析する重要なタンパク質の一つに位置づけられています。転写反応に関わるメカニズムが、原子レベルで解明されたことは、遺伝情報の伝達の仕組みを解明する上で重要な知見を与えるだけでなく、抗生物質や活性制御物質が転写部分で作用する機構を明らかにし、効果の高い新薬の開発も可能になると期待されます。
 研究成果の詳細は、米国の科学雑誌『Cell』の2月6日号(日本時間7日付)に掲載されます。


1. 背 景
 ウイルスからヒトに至る多くの生物は遺伝子;DNAを持っています。DNA上の遺伝情報は、メッセンジャーRNA(mRNA)へと転写された後、タンパク質へと翻訳されることにより、細胞あるいは生命体全体に伝達されます。この「DNA→mRNA→タンパク質」という細胞内における遺伝情報の伝達は、生命の営みの基本的かつ普遍的な反応であるため、“分子生物学のセントラルドグマ”と呼ばれています。したがって、これらの反応の詳細なメカニズムを解明できれば、生命現象の根本を理解することができます。
 RNAポリメラーゼは、DNAからmRNAへの転写反応を直接つかさどっている重要なタンパク質です。RNAポリメラーゼは、まず、プロモーターと呼ばれる、遺伝子の上流に位置する特徴的な部分に結合します。そして、DNA上を下流に向かってスライドしながら、DNAの片方の鎖を鋳型とし、これに対する相補的な塩基;リボヌクレオチドを順番に一つづつ正確につなげ、RNAを合成します。タンパク質はこのRNAをもとに合成されます。
 細菌から高等生物に至る多くのRNAポリメラーゼは多数のポリペプチド鎖(マルチサブユニット※3)から成る巨大で複雑な構造をしたタンパク質であるのに対し、細菌に感染するウイルスの一種である、T7ファージ由来のRNAポリメラーゼ(T7RNAポリメラーゼ;分子量98 kDa)は単一のポリペプチド鎖から成る、比較的小さな、単純な構造をしたタンパク質です。興味深いことに、両者共に同様のメカニズムで転写反応を行っていることが明らかになってきました。そこで、研究グループでは、T7RNAポリメラーゼをモデルとして用い、RNAが合成されるメカニズムの解明を試みました。


2. 研究手法と成果
 研究グループは、T7RNAポリメラーゼ、転写反応を反映するようにデザインした18塩基対からなるDNA:RNAハイブリッド分子、及び、合成されるRNAの構成単位;リボヌクレオチドの一つであるATPの非加水分解型疑似物質;alpha,beta-メチレンATP(AMPcPP)とが結合した複合体の結晶、すなわちDNAに結合してRNAを合成している途上にあると考えられるRNAポリメラーゼの結晶を単離しました。この複合体の結晶を、大型放射光施設SPring-8の理研構造生物学ビームライン;BL26を用いてX線回折データを収集し、その結果を基に複合体の立体構造を決定しました。 SPring-8の高輝度の放射光を用いることによって、3.0angstrom※1(オングストローム)(=3.0x10-10メートル)以上という、分解能の高い(精密な)X線回折データを得ることができました。 複合体の立体構造を解析した結果、AMPcPPは、DNA:RNAハイブリッド分子上のDNA鎖の相補ヌクレオチドと塩基対を形成し、さらに、T7RNAポリメラーゼ分子上のYヘリックス※2と呼ばれる部分に結合していました。興味深いことに、本複合体中のT7RNAポリメラーゼ分子は、非活性型である“開いた”構造(図の左)をしていました。
 すなわち、T7RNAポリメラーゼは、活性型である“閉じた”構造(図の右)へ変化する前に、Yヘリックス;“プレセレクションサイト”で正しいヌクレオチドを識別していると考えられます。一方、T7RNAポリメラーゼは、DNAの複製をつかさどる酵素の一つであるDNAポリメラーゼIと構造上の類似点がありますが、DNAポリメラーゼIの場合は、活性型である“閉じた”構造に変化した際に正しいヌクレオチド(この場合はDNAの構成単位であるデオキシリボヌクレオチド)が識別されるので、T7RNAポリメラーゼによるRNA合成のメカニズムと異なっています。
 T7RNAポリメラーゼ上の“プレセレクションサイト”に相当すると考えられる部分がマルチサブユニット型RNAポリメラーゼ※3にも見つかっているので、今回の発見は、生物種を超えた普遍的な転写反応の原子レベルでの理解につながると考えられます。


3. 今後の展開
 DNAからmRNAへの転写反応は、“分子生物学のセントラルドグマ”の最初のステップに相当します。今回、その基本的なメカニズムを原子レベルで明らかにしたことで、普遍的な生命現象の理解が一歩進んだといえます。現在、マルチサブユニット型RNAポリメラーゼを材料にして、さらに知見を深めるよう研究を進めています。
 一方、RNAポリメラーゼはすべての生物の生命活動に必須なタンパク質であるため、抗生物質のターゲットになります。本研究で明らかになった立体構造から得られる知見を生かして、真核生物と原核生物のRNAポリメラーゼ構造の微妙な差異に着目し、病原性細菌を含む原核生物のポリメラーゼにだけ特異的に結合する化合物を作ることで抗生物質として利用できる可能性があります。このような新たな抗生物質や活性制御物質の創製といった医療への応用を目指した研究も飛躍的に進展するものと期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 播磨研究所 細胞情報伝達研究室
  主任研究員  横山 茂之

Tel: 0791-58-2938
Fax: 0791-58-2835
  副主任研究員 バジリエフ・ドミトリ

Tel: 0791-58-2838
Fax: 0791-58-2835
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272
Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 angstrom(オングストローム)
長さの単位で、1オングストロームは1x10-10メートル(=0.1ナノメートル)。 タンパク質の立体構造解析においては、解析した構造の分解能を表す単位として用いられ、数字が小さいほどより精度の高い高解像度の立体構造であることを示す。
※2 へリックス
タンパク質のとる高次構造の1つ。アミノ酸3.6残基で1回転するらせん形構造で、1残基あたり1.5angstromのすすみをもつ。
※3 マルチサブユニット型RNAポリメラーゼ
原核細胞のRNAポリメラーゼの多くは、alphabetabetasigmaomega の5種類のサブユニットから成る、分子量約45万のタンパク質。真核細胞のRNAポリメラーゼの多くは、約10種類のサブユニットから成る、さらに複雑な構造を持つ。


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