プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構
グリア細胞の接着によって完成する神経細胞の成熟
- 神経シナプス形成における、グリア細胞接着の効果実証とその分子メカニズムを解明 -
平成16年2月5日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST)(沖村憲樹理事長)は、 グリア細胞(※1) が接着することによって神経細胞の成熟が著しく促進されることを明らかにしました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)細胞機能探索技術開発チーム、 およびJST戦略的創造研究推進事業チーム型研究の「学習・記憶のシナプス前性メカニズムの解明」(研究代表者:八尾寛 東北大学大学院生命科学研究科教授) の宮脇敦史チームリーダー・濱裕研究員らの研究グループによる成果です。
 ヒトを含む動物の脳神経系は、主に神経細胞とグリア細胞から構成されています。 神経細胞は成熟に伴い、互いにシナプス(つなぎ目、※2)を形成することで機能的な回路網を構築します。こうした過程で神経細胞の周囲にあるグリア細胞の果 たす役割が、 さかんに議論されるようになってきています。従来のほとんどの研究では、グリア細胞が分泌する液性因子を扱うのに対して、当研究グループはグリア細胞と神経細胞の接着に注目しました。 グリア細胞と接着した神経細胞を時間を追って観察しながら、シナプス形成を指標に神経細胞の成熟を解析しました。 その結果、神経細胞が完全に成熟するには液性因子のみでは不十分で接着が必要であること、また、局所的な接着によって神経細胞内にプロテインキナーゼC(※3)の活性化が伝播し、 神経細胞全体でシナプス形成が促進されることがわかりました。
 本研究成果は、とくに成人脳において、幹細胞から生まれてきた神経細胞を効率よく成熟させるための新技術の開発、再生医療への応用につながると期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Neuron』(ニューロン)の2月5日号に掲載されます。


1. 背  景
 脳神経系を構成する細胞は、主に神経細胞とグリア細胞です。グリア細胞の中ではアストロサイト(※4)が多く、神経細胞の周囲にあって、神経細胞を養っていると考えられています(図1)。最近になり、神経細胞が未熟な状態から分化・成熟して、神経細胞同士が結合する(シナプス形成、※2)過程でのアストロサイトの関与が議論されるようになりました(図2)。神経細胞を、単独で培養する場合より、アストロサイトを混ぜた場合の方が、より効率の高いシナプス形成が認められるのです。アストロサイトから神経細胞に向かう因子(アストロサイトが神経細胞に働きかけてシナプス形成を指令するもの)が何なのかが問題になってきています。
 こうした因子は2種類あると考えられています(図3)。とくに、アストロサイトの培養液中からシナプス形成を促す「液性因子」を見出そうとする研究がさかんに行われています。これまで、アストロサイトが分泌するコレステロール(※5)等が候補として注目されてきました。一方、アストロサイトが神経細胞の細胞膜上に接着してシナプス形成を進める「接着因子」については、あまり踏み込んだ研究がされていない状況でした。液性因子の探索は、培養した神経細胞に因子となる物質を混ぜるいわゆる「ふりかけ実験」で行えるのに対して、接着因子の研究は、しっかり隔離した神経細胞にアストロサイトが絡んでいく様を何時間にもわたって根気よく観察する実験が要求されるためです。研究グループでは、細胞の形態や機能をイメージする技術を開発しており、それらを駆使して神経―アストロサイトの相互作用(接着)を解析する研究プロジェクトを立ち上げました。


2. 研究手法と成果
 研究グループは、ラット海馬に由来する未分化な神経細胞を個別 に培養し、アストロサイトの接着効果を解析するためのシステムを構築しました(図4)。寒天でコートしたカバーガラスの上に、ポリリジン(※6)とコラーゲン(※7)から成る、細胞の足場を島状に並べます。ディッシュ(培養皿)の一部にはアストロサイトが培養され、培養液はアストロサイトが分泌する液性因子によって飽和するようにします。
 播種する(ふりかける)神経細胞の数を調節すると、一個の島の上に一個の神経細胞を生育させることができます。これにより液性因子(+)と接着因子(-)の状態が得られます。一方、神経細胞にアストロサイトを振りかけて接着させたまま培養すると、液性因子(+)・接着因子(+)の状態が出来上がります。これら2つの状態間の神経のシナプス形成を比較して、神経細胞の成熟におけるグリア細胞の液性因子と接着因子の役割を解析しました。
 その結果、アストロサイトの接着を受けた神経細胞では、細胞全体でシナプス形成の著しい促進(液性因子(+)・接着因子(-)と比較して5〜6倍)が起こることを発見しました(図5)。すなわち、シナプスが十分に形成されるためには、アストロサイト由来の液性因子のみでは不十分でアストロサイト由来の接着因子が必要であることが示されました。その接着には、神経細胞の側のインテグリン(※8)と呼ばれる蛋白質が関与することがわかりました。
 また、1−2日間にわたるイメージング実験から、アストロサイトが接着する範囲は神経細胞のある部分に限定されることも解明されました。そこで、局所的な接着から神経細胞全体に拡がるシナプス形成現象の裏に潜む分子メカニズムを探ったところ、不飽和脂肪酸(※9)によって活性化されるプロテインキナーゼCが必要かつ十分に働いていることが証明されました。(図6)


3. 今後の期待
 神経細胞は、周りの神経細胞と特異的なシナプスを形成し、コミュニケーションを行って初めて「一人前(成熟した)」とされます。再生医療の領域では、神経幹細胞を移植して脳神経系の疾病を治療することが計画されていますが、「導入された未分化な神経細胞において、いかにシナプス形成を誘導して成熟させるか」が問題になってくると思われます。アストロサイトの接着による効果 、および接着によって起こる細胞内のシグナル伝達機構に関する今回の研究成果 は、今後の脳治療研究に基礎的な指針を与えるものとして期待されます。




(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム
チームリーダー          宮脇 敦史
FAX: 048-467-5924

 脳科学研究推進部           佐藤 彩 子
TEL: 048-467-9596 FAX: 048-462-4914

独立行政法人科学技術振興機構
 研究推進部 研究第一課 課長     森本 茂雄
TEL: 048-226-5635 FAX: 048-226-1164
E-mail:morimoto@jst.go.jp
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 田中 朗彦
TEL: 048-467-9271 FAX: 048-462-4715
E-mail:koho@riken.jp
  
 
独立行政法人科学技術振興機構
          総務部  広報室     福島 三喜子
 
TEL: 048-226-5606 FAX: 048-226-5651


<補足説明>
※1 グリア細胞
 神経系そのものを造る細胞の中で神経細胞ではない細胞の総称。脳や脊髄などの中枢神経系では、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、そしてミクログリアがいる。それらの働きは、主に、神経細胞に栄養を与えること、また神経細胞をとりまく環境の整備をすることで神経細胞の活躍を助けることです。
※2 シナプス
 神経細胞同士がつながるタイプの回路、あるいは神経細胞が自分自身に対して閉じた回路を作る時の結合ポイント。このポイントを境に情報を伝えてくる(情報の流れの上流)が神経前終末部といい、ここから神経伝達物質が出ます。また、情報を受け取る側(情報の流れの下流)をシナプス後膜部といい、この部分で神経伝達物質をキャッチします。
※3 プロテインキナーゼC
 タンパク質をリン酸化する酵素の一つで、いろいろな細胞に存在しています。外界からの刺激が細胞の中に伝わってこの酵素が働く(活性化)時、細胞の中のいろいろなタンパク質が連鎖的にリン酸化されます。これによって細胞内に情報が伝わります。
 
※4 アストロサイト
 脳や脊髄にいるグリア細胞の中でもっとも多く存在するグリア細胞で、概算で神経細胞の数の約4-5倍の数が存在します。現在のところ、この細胞で作られる液性因子がシナプス形成を促進することが主流の説になっています。
 
※5 コレステロール
 細胞の形を保つ細胞膜を構成するのに重要な脂肪成分の一つ。この成分が細胞膜の柔軟性を与えてくれます。現在のところ、このコレステロールが神経細胞にシナプス形成を促進するために必要な液性因子の候補の一つであると考えられています。
   
※6 ポリリジン
 リジンというアミノ酸が直線状にたくさんつながった鎖でできています。全体としてプラスの電気を帯びています。これがあると細胞が何かに接着することがとても容易になります。
   
※7 コラーゲン
 牛のシッポにも含まれている、いわゆるニカワ質(膠質)です。皮膚の成分であることでよく知られています。化粧品にも配合されている成分です。細胞はこのコラーゲンがあると、それを足場として接着しながらよく伸びて広がります。
   
※8 インテグリン
 細胞が何かに接着するために使うタンパク質で、神経細胞の細胞膜表面 の至るところにあります。このタンパク質は接着した時の情報を細胞の中に知らせる際の入口の役目を担っています。
   
※9 不飽和脂肪酸(ふほうわしぼうさん)
 細胞の形を保つ細胞膜を構成する脂肪成分の一つにリン脂質という脂肪があります。不飽和脂肪酸はさらにそのリン脂質を形造る部品の一つで細胞膜の至るところにあります。細胞に外界からの情報が届いた時、不飽和脂肪酸は細胞の中で起こる特殊な反応によって細胞の中に情報を伝える分子に変化します。


図1 神経細胞とアストロサイト


図2 神経細胞の成熟におけるアストロサイトの関与


図3 液性因子と接着因子

 


図4 今回の研究で用いた実験システム

 


図5 実験結

 


図6 アストロサイト接着とプロテインキナーゼC(PKC)の活性
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