プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
小胞体ストレスシグナルをマウスで可視化
- ERAIマウスが誕生した -
平成15年12月15日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)はマウス個体レベルで小胞体ストレスを簡便に調べることができる新たな方法の開発に世界で初めて成功しました。脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)細胞修復機構チームの三浦正幸・チームリーダー(現:東京大学薬学部教授)と岩脇隆夫・基礎科学特別 研究員(現:独立行政法人科学技術振興機構さきがけ専任研究員)らによる研究成果 です。
 細胞小器官のひとつである小胞体(Endoplasmic Reticulum: ER)の主な機能には分泌タンパク質・膜タンパク質の合成、細胞内カルシウムの濃度調節や脂質の合成などがあり、ヒトをはじめとする生物が正常に生きていくのに必須の役割を担っています。このために、小胞体の機能に混乱を来たした場合には、細胞活動に大きな支障が生じます。最近では、アルツハイマー病やパーキンソン病などのヒトの疾患と小胞体ストレス(小胞体機能の混乱)との関連性が注目されるようになってきました。
 研究グループでは、脳科学総合研究センター細胞機能探索技術開発チーム(宮脇敦史チームリーダー)により開発された蛍光タンパク質Venus(※1)を用いて、小胞体ストレスに曝された細胞や組織が緑色蛍光を発するトランスジェニックマウスの作製に成功しました。わたしたちはこのマウスをER stress Activated Indicatorにちなんで ERAIマウスと名付けました。インシュリンなどの分泌タンパク質を盛んに分泌する膵臓(すいぞう)では小胞体に負荷がかかりやすいと考えられており、実際、成体ERAIマウスの膵臓では緑色蛍光を確認できました。さらに、ERストレスを引き起こす薬物を投与すると特定の組織で緑色蛍光が観察されました。
 このERAIマウスとヒト疾患モデルマウスとを交配させることで疾患病理部位 での小胞体ストレスの有無が蛍光観察するだけで容易に調べられるようになると期待されます。そして、いつ、どこで小胞体ストレスがかかっているかについての生体レベルでの情報を解析することにより、その疾患の診断・予防・治療の標的を提示することができ、疾患の治療法開発に広く貢献できるものと期待されます。 本研究成果は米国の科学雑誌『Nature Medicine』ウェブサイト上のアドバンスト・オンライン・パブリケーション(12月14日付:日本時間12月15日)に発表されます。

 

1. 背 景
 分泌タンパク質や膜タンパク質といった小胞体を経由して合成されるタンパク質は小胞体で様々なタンパク質修飾を受け正常な形に折り畳まれて完成します。この過程に不具合が生じてできた不良品タンパク質は小胞体ストレスを引き起こします。そして、小胞体ストレスによって正常な形を取れなくなったタンパク質が細胞に蓄積することで細胞死が導かれ、生体において様々な問題を引き起こすと考えられ、盛んに研究が進められています。
  小胞体ストレスは古くから出芽酵母や培養細胞を用いて研究されてきました。そのため、後述する小胞体ストレス応答を含め、細胞・分子のレベルで小胞体ストレスに関する知見が多く得られています。しかし、動物個体の発生や病態における小胞体ストレスに関する研究は始まったばかりで、多くの未解明な問題が残されています。そこで、本研究は「動物個体レベルで『いつ』、『どんな場所』で小胞体ストレスが生じているのか?」を調べる目的で行われました。
  本研究を開始するにあたり、カギとなった重要な知見があります。小胞体ストレスを受けた細胞は小胞体機能を回復させるために小胞体ストレス応答とよばれる反応を引き起こします。図1に主要な小胞体ストレス反応をまとめました。UPR(unfolded protein response)は小胞体内の変性タンパク質を正常な構造に戻すための分子シャペロン遺伝子を活性化させる反応です。また翻訳抑制は新たなタンパク質合成を抑えることで小胞体の負担を軽減します。ERAD(ER associated protein degradation)は小胞体内の変性タンパク質を積極的に分解除去することで小胞体の機能を正常化するように働きます。UPR応答の中でIRE1とよばれる小胞体膜タンパク質は小胞体ストレスのセンサー分子として機能します。最近の研究で、動物細胞の場合、このIRE1が小胞体ストレスを感知すると、スプライシング(※2)とよばれる細胞内反応を介してXBP1遺伝子の活性化を引き起こすことがわかってきました(図2)。そのため、XBP1遺伝子の活性を生体で見ることが出来れば、動物個体レベルで小胞体ストレスを捉えることが出来ると考えました。


2. 研究手法と成果

 研究グループはまず小胞体ストレスに曝された細胞を蛍光によって見分ける実験系の確立を目指しました。そこでXBP1遺伝子と蛍光タンパク質をコードするVenus遺伝子とを連結した人工遺伝子(ERAI遺伝子とよんでいる)を作製しました。このERAI遺伝子は本来のXBP1遺伝子と同様に小胞体ストレスを感知したIRE1にスプライシングされ、活性化されるようにデザインされています(図3)。遺伝子組換え技術を用いて、このERAI遺伝子を培養細胞に導入すると、小胞体ストレスによって細胞を光らすことができました。次に、このERAI遺伝子をマウス受精卵に注入し、トランスジェニックマウス、つまりERAIマウス、を作製しました。培養細胞を用いた実験と同様に、人為的な小胞体ストレスをこのERAIマウスに与えた場合、腎臓をはじめとする多くの臓器・組織からVenus由来の蛍光が観察されました(図4)。この結果 は当初の目的である「小胞体ストレスに曝された細胞を蛍光によって見分ける実験系の確立」を動物個体レベルで達成したことを意味しています。
 このERAIマウスは動物個体の生理レベルでの小胞体ストレスに関する新たな知見も与えてくれました。生後16日以降、このERAIマウスの膵臓は人為的な小胞体ストレスがなくても強い蛍光を発します。また、少なくとも25週齢を過ぎたERAIマウスの筋肉ではやはり人為的な小胞体ストレスがなくても強い蛍光を発します。通 常、小胞体ストレスは分泌タンパク質や膜タンパク質の合成が盛んな組織で生じると考えられていました。その意味では、分泌タンパク質であるホルモンや消化酵素を産生する膵臓での小胞体ストレスは当然のように思われますが、ある週齢を境にした小胞体ストレスの発生は知られていませんでした。メカニズムの解明については今後の課題になりますが、わたしたちの発見は膵臓の成熟や筋肉の老化などと小胞体ストレスになんらかの関係があることを示しているのかもしれません。


3. 今後の展開

 神経細胞は神経伝達物質やその受容体を多く合成します。膵臓は血糖値に反応してインシュリンを大量 に分泌し、免疫細胞は異物が生体に入ったときに大量の抗体を産生します。これらの分泌タンパク質や膜タンパク質は全て小胞体を経由して合成されますが、合成が盛んな細胞では小胞体のタンパク質品質管理機構がフル稼働しています。この小胞体での品質管理機構に破綻がくると様々な疾患になることが示唆されています。これまでに報告されている小胞体ストレス関連疾患は数多くあり、難病とされるアルツハイマー病、パーキンソン病およびポリグルタミン病などの神経変性疾患や糖尿病などが含まれます。今後は多くの疾患モデルマウスとERAIマウスとを交配させ、それにより得られるマウスの詳細な解析を通 じ、特定の疾患と小胞体ストレスとの関連性が明らかになると期待しています。疾患との関連が明らかになれば、その治療薬開発にもERAIマウスはその有用性を発揮するかもしれません。また、ERAIマウスの発生・成熟・老化過程を丹念に調査することで、生理環境下における小胞体ストレス発生機構の解明にもアプローチしていきたいと考えています。さらに、環境汚染や食品などと小胞体ストレスとの関係解明を目的としてERAIマウスを利用していくことも計画しています。



(問い合わせ先)
  独立行政法人理化学研究所
  脳科学総合研究センター 細胞修復機構研究チーム
チームリーダー         
    (現:東京大学 薬学部 遺伝学教室   教授)
                     三浦 正幸

  TEL:03-5841-4860  FAX:03-5841-4867

 

脳科学総合研究センター 細胞修復機構研究チーム
    基礎科学特別研究員
    (現:独立行政法人科学技術振興機構 さきがけ専任研究員)
                     岩脇 隆夫
    TEL:0743-72-5642  FAX:0743-72-5649
    脳科学研究推進部         佐藤 彩子
    TEL:048-467-9596  FAX:048-462-4914
(報道担当)
 

独立行政法人理化学研究所 

    広報室              田中 朗彦
    TEL:048-467-9271  FAX:048-462-4715



<語句説明>
VENUS(※1)
  アミノ酸置換を導入して作製した改変GFPの名称。世界で最も明るく、「金星」にちなんで「Venus(ヴィーナス)」と命名された。従来の改変GFPと比較して、大腸菌内で30〜100倍、ほ乳類の細胞内で 3〜100倍の明るさを達成し、通常の装置でも十分検出可能な蛍光を提供できる。ヴィーナスの詳細については、理研ホームページをご覧ください。
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2001/011229/index.html
スプライシング(※2)
  DNAから転写されたRNAのうち、不必要な部分が切り取られる過程のこと。この反応を経て活性のあるメッセンジャーRNAが完成する。スプライシングによって切断除去される部分をイントロンとよび、メッセンジャーRNAになる部分をエキソンとよぶ。


小胞体ストレスを受けた細胞は小胞体機能を回復させるために主に3つの小胞体ストレス応答を引き起こします。UPR(unfolded protein response)は小胞体内の変性タンパク質を正常な構造に戻すための小胞体シャペロン遺伝子を活性化させる反応です。また翻訳抑制は新たなタンパク質合成を抑えることで小胞体の負担を軽減します。ERAD(ER associated protein degradation)は小胞体内の変性タンパク質を積極的に分解除去することで小胞体の機能を正常化するように働きます。これらの働きによっても回復しない場合には、細胞は死ぬ ことになります。


UPR応答においてIRE1とよばれる小胞体膜タンパク質は小胞体ストレスのセンサー分子として機能します。動物細胞の場合、このIRE1が小胞体ストレスを感知すると、スプライシングとよばれる細胞内反応を介してXBP1遺伝子の活性化を引き起こすことがわかってきました。活性型のXBP1タンパク質は小胞体シャペロン遺伝子の活性化を促します。

 


XBP1遺伝子とVenus遺伝子を連結したERAI遺伝子は全てのマウス全身で発現されるよう設計されています。ERAI遺伝子を持つ細胞や動物が小胞体ストレスを受けないとき、スプライシングが起きないためERAI遺伝子は活性化されず光りません(左の経路)。しかし、小胞体ストレスを受けるとき、スプライシングが生じ、ERAI遺伝子が活性化されるため、細胞や動物は光るようになります(右の経路)。

 


ERAIマウスの腎臓の写真。左側の写真は人為的な小胞体ストレスを与えていないもの。一方、右側の写 真は人為的な小胞体ストレスを与えているもの。上側の写真は通常の光学系を用いて撮影したもの。下側の写 真は特殊な光学系を用いて緑色の蛍光だけを撮影したもの。人為的小胞体ストレスを与えたERAIマウスの腎臓は明るい緑色の光を放っています。膵臓は人為的小胞体ストレスがなくても光っていました。
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