プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
有機化学反応論を超えた、ペプチド鎖の新しい切断反応を蛋白質内で発見
- 蛍光蛋白質カエデの、紫(外)光で緑から赤に色が変換するメカニズム -
平成15年10月25日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、蛍光蛋白質カエデ(イシサンゴの一種より単離)の、紫(外)光を浴びて緑から赤に変色する分子機序を解明し、蛋白質における新しい光化学反応様式を提示しました。紫(外)光を吸収すると、カエデ蛋白質は、自らのペプチド鎖を非常にユニークな方法で切断することで、蛍光色を決定する部分(発色団:※1)の構造を変化させることが明らかになりました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー・水野秀昭研究員が、トロント大学伊倉光彦氏、東邦大学古田寿昭氏との共同研究で得た成果です。
 研究チームは、ヒユサンゴからクローニング(同定)した蛍光蛋白質カエデの、紫(外)光によって色が緑から赤に変換する特性を利用して、光で細胞をマーキングする技術を開発してきました。神経回路における神経細胞一個一個の全体像を浮かび上がらせたり、発生における細胞の系譜を追跡することに用いてきました。
 今回の研究では、緑と赤の状態のカエデ蛋白質の構造解析を行いました。カエデ蛋白質の発色団が、その近傍のペプチド鎖切断に伴う構造変化によって緑色から赤色に変化するように広がることがわかりました。一見して、その切断は、化学反応式だけからは信じがたいものですが、紫(外)光を吸収したカエデ蛋白質が触媒として働くことによって実現するものと結論され、蛋白質内で起こる光化学の新しい様相を発見することができました。本研究成果は、レーザー技術と組み合わせて、光で蛋白質分子の挙動を操作するような新技術開発につながることが期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Molecular Cell』(モレキュラーセル)の10月号に掲載されます。


1. 背景
 研究チームは、蛍光を発する刺胞動物を探し求めるうち、東京下町のサンゴショップで、彩り豊かなイシサンゴの一種、ヒユサンゴに出会いました。購入したヒユサンゴからクローニングした蛍光蛋白質は、当初は明るい緑色の蛍光を発していました(励起極大508 nm;蛍光極大518 nm)が、ある晩、サンプルを窓の近くの実験台に放置したところ、翌日に真っ赤に色が変わっていたのが観察されました(励起極大572 nm;蛍光極大582 nm)。その後の解析によって、この蛋白質は、紫(外)光によって波長が変換する特性(photoconversion ※2)を有することが示されました。緑から赤に変わることから、"カエデ"と命名されました(図1)。一次構造上、カエデは既知の蛍光蛋白質とある程度の相同性を示しますが、発色団形成の基となる3つのアミノ酸配列がヒスチジン(※3)残基で始まる点が特徴的です。研究チームは、photoconversionを利用して、光で細胞、細胞内小器官、分子をマーキングする技術を開発してきました。


2. 今回の成果
 "紫(外)光を浴びると、カエデはどのようなメカニズムで緑から赤に変色するのか?"今回は、この問題に取り組みました。緑状態のカエデ、および紫(外)光照射によって赤くなった状態のカエデ、この2つを比較しながら蛋白質の構造解析を行いました。
 まず、赤状態のカエデで、ペプチド鎖が1箇所で切れていることが判明しました。特定の波長の光でペプチド鎖が特異的部位で切れるという現象の報告はこれが初めてです。次に、その切断箇所は、発色団のアミノ末端側付近に絞られました。さらに詳細な解析を進めていくと、発色団を形成するヒスチジン残基のアルファ炭素原子とアミノ基の窒素原子との間の共有結合が、ベータ脱離反応によって切れることがわかりました(図2)。これには驚きました。この結合を切るには莫大な量のエネルギーが必要だからです。一般的に、ペプチド鎖の切断はペプチド結合にて加水分解反応によって起こります(ペプチド結合とは、ペプチドの構成単位であるアミノ酸を連結する結合を指します)(図3)。反応式だけからは信じがたいこの切断現象も、実際には蛋白質の中で進むことを考慮する必要があります。紫(外)光を吸収したカエデ蛋白質が触媒として働くことによって起こるものと結論されました。触媒作用の一部として、われわれは、発色団を形成するヒスチジン残基のイミダゾール環(※4)が切断箇所にプロトン(陽子)を供するメカニズムを提案しています。この仮説を証明することによって、光化学反応におけるヒスチジン残基の役割について新しい知見が得られるものと信じています。
 今回われわれが報告するペプチド鎖切断は、紫(外)光照射に依存すること、ペプチド結合以外の箇所で切れる、という2点で、まったく新しいタイプのものです。さらに、カエデ蛋白質は、この切断作業の完了を、緑から赤への色の変化で知らせてくれます。切断後にヒスチジン残基のイミダゾール環が加わることによって発色団が広がり、赤色の蛍光活性を示すように変化することが明らかになりました。


3. 今後の期待
 カエデ蛋白質には、以上のような面白い現象が詰まっています。光と蛋白質との相互作用、あるいは蛋白質における光化学反応に関するわれわれの理解を深めてくれます。
 カエデ蛋白質に関わる問題として、研究チームが取り組んでいるものには次の2つが挙げられます。
 "紫(外)光でペプチド鎖が切れることを利用した、ナノレベルの新技術を開発できないか?""太陽の光を浴びて、ヒユサンゴはどうして色を変える必要があるのか?"


※「蛍光蛋白質カエデ」について詳しく知りたい方は、理研ホームページ
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2002/020924/index.html をぜひご覧ください。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9271
Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 発色団
分子内に存在し、紫外・可視領域の光を吸収する構造単位。一般に、有機化合物中で不飽和結合を持つ原子団が発色団を形成する。蛍光蛋白質は自己触媒的にペプチド鎖を修飾し、分子内に発色団を形成することが知られている。
※2 photoconversion(フォトコンバージョン)
ある波長の光の照射によって、色が変わる特性。
※3 ヒスチジン
タンパク質は20種類のアミノ酸が遺伝子情報に従った順序で連結された高分子有機化合物であり、この配列によって蛋白質の性質が決まる。ヒスチジン(C6H9N3O2)はこの蛋白質を構成するアミノ酸のひとつ。側鎖にイミダゾール環を持っており、イミダゾール環の性質により酵素の活性中心でプロトン(陽子)転移に関与することがある。
※4 イミダゾール環
炭素3個と窒素2個からなる複素環式化合物のひとつ(C3H4N2)。酸性条件下では、プロトン(陽子)が窒素原子に付加し、正の電荷は共鳴構造によって二つの窒素原子に分布する。このためプロトンがどちらの窒素からも脱離が可能であり、分子内のプロトン移動の媒体として機能する。

(参考)ヒスチジンとイミダゾール
ヒスチジンとイミダゾール


図1 カエデを発現しているニューロンの顕微鏡写真


図2 緑色と赤色の蛍光を発しているときのタンパク質の構造の違い


図3 ベータ脱離反応と加水分解反応の比較
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