Press Release 理化学研究所
平成15年6月26日
筋肉の動きを制御する分子の機能構造を解明
- 電子顕微鏡を用いた解析により明らかになった受容体の構造と活性化機構 -

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、英国医学研究評議会(MRC)分子生物学研究所と京都大学大学院理学研究科と共同で、神経の情報を受けて筋肉の動きを制御しているタンパク質の立体構造を決定し、その分子メカニズムを解明することに世界で初めて成功しました。理研播磨研究所メンブレンダイナミクス研究グループの宮澤淳夫研究員、藤吉好則チームリーダー(京都大学大学院教授)らの研究グループによる成果です。
 神経の情報を筋肉に伝え自在に運動を操る信号伝達のシステムは、神経と筋肉の接合部において神経の終末から放出された神経伝達物質(アセチルコリン)※1を、筋肉の細胞膜表面に存在する受容体膜タンパク質がキャッチすることにより始まります。この受容体はニコチン性アセチルコリン受容体と呼ばれ、伝達物質(リガンド)※2が結合することにより自分自身が内包しているイオンチャネル※3の開閉を制御していることから、リガンド開閉型イオンチャネルとも呼ばれています。
 研究グループでは、イオンチャネルを形成しているアセチルコリン受容体の膜貫通領域の立体構造を、極低温高分解能電子顕微鏡を用いて撮影した受容体のイメージから解析することに成功しました。解析の結果、受容体を構成する5つのサブユニットはM1からM4と名付けられた4本のαへリックス※4で膜貫通領域を形成していること、また各サブユニットのM2へリックスが5回対称的に配置し、お互いに向き合うようにしてイオンの通り道を作っていることが分かりました。さらに解析された構造から、イオンの流れを制御するチャネルの開閉メカニズムも明らかになりました。
 今回、アセチルコリン受容体の構造と活性化メカニズムが解明されたことは、神経・筋シナプスにおける情報伝達機構の解明に重要な知見を与えるだけでなく、新たな筋弛緩薬の設計・開発や、受容体の異常に起因する筋疾患、伝達システムを麻痺させる毒物による中毒症状の解明および新たな治療法の開発に貢献するものと期待されます。また、同じリガンド開閉型イオンチャネルに属するセロトニン、γ-アミノ酪酸(GABA)およびグリシン受容体の構造メカニズムの解明に寄与し、これらの受容体に結合するアルコールや麻酔薬の作用メカニズムの解析や、その成果を応用して新たな向精神薬の開発にもつながる可能性があります。
 本研究成果の詳細は、英国の学術誌『Nature』(6月26日号)に掲載されます。



1.背景
 神経と筋肉の間での情報(電気信号)の伝達は、化学シナプスにおいてリガンド開閉型イオンチャネルの働きを通して行なわれています。この素早く反応する分子スイッチには、2つの主要な機能領域があり、細胞外領域にあるリガンド結合部位と膜貫通領域(イオンチャネル)にあるゲート(関門)からできているタンパク質複合体です。
 神経の終末から放出された神経伝達物質はポストシナプス側の受容体にあるリガンド結合部位に結合し、イオンチャネルを開口させる一過性の構造変化を引き起こします。そして電気化学的勾配に従って、細胞膜を貫通している“穴”をイオンが選択的に通り抜けることにより、膜電位の変化(脱分極)※5を引き起こし、情報が伝達されます。
 神経筋接合部(シナプス)にあるアセチルコリン受容体は、リガンド開閉型イオンチャネルの1つで、このファミリーには他にセロトニン、GABA、およびグリシン受容体が含まれます。アセチルコリン受容体は、5つのサブユニット(α、α、β、γまたはε、δ)が環状に配置して形成されている陽イオン選択性のチャネルで、2つのαサブユニットにアセチルコリンが結合することによりチャネルのゲートが開口します。5つの各々のサブユニットには、M1からM4と名付けられた4つの膜貫通領域の存在が予測されていました。その中で2番目の膜貫通領域であるM2が、チャネル内のイオンの通り道を形成し、同時にチャネルのゲートを形成していると考えられています。また同時に、チャネル内のイオン輸送に関与している個々のアミノ酸の役割や、それらの膜貫通領域における相対的な配置についても多くの情報が蓄積されてきました。このようにアセチルコリン受容体は、過去50年間以上にわたり神経伝達に関する生理学的および生化学的な研究に盛んに用いられ、イオンチャネルの代表として教科書等には必ず記述されています。しかしその立体構造に関する詳細な情報は、アセチルコリン受容体をはじめ、他のリガンド開閉型イオンチャネルにおいても未だ明らかにされていません。またリガンドの結合によって引き起こされる細胞外領域での構造変化が、どのようにして膜貫通領域に伝わりチャネルのゲートを開口させるのかについても全く解明されていませんでした。



2.研究手法と成果
 アセチルコリン受容体は、神経筋接合部のポストシナプス膜(筋肉側の細胞膜)に高密度に存在している膜タンパク質で、分子量が約290kDa※6の5量体構造をしています。シビレエイの一種(トルペド類)には筋肉由来の大きな電気器官があり、これを用いてアセチルコリン受容体を豊富に含んだポストシナプス膜を調整し、今回の電子顕微鏡を用いた膜タンパク質の構造解析研究に使用しました。
 このアセチルコリン受容体を含むポストシナプス膜は、生理的な条件に近い状態で比較的容易に“らせん”対称性を持った細長いチューブ状結晶に成長します。このチューブのイメージを、液体ヘリウムで試料をマイナス269℃に冷却できる最新鋭の極低温高分解能電子顕微鏡を用いて撮影しました。電子顕微鏡で生物試料のデータを収集する際の最大の問題点は、電子線と試料との相互作用により発生する熱で試料がダメージを受けてしまうことです。世界に数台しかないこの特殊装備の電子顕微鏡を用いて、試料を絶対温度0℃近くまで冷却することにより試料損傷を最小限に抑えて、これまでよりも高解像度で高品質なイメージを、過去7年間にわたって慎重にかつ大量に収集し続けました。その中から解析に適した359枚のイメージを選び出して、らせん対称性を持つチューブのイメージ専用の解析プログラムを開発・改良しながらコンピュータ処理を行い、イメージのみから得られた立体構造としては至上最高の4Å※7にまで分解能を高めることができました。この立体構造モデルから受容体の静止状態にある膜貫通領域の原子モデルを作製し、リガンドが受容体に結合した時にそれがどのようにしてチャネルのゲートを開口させるのか、その仕組みを解き明かしました。
 解析された構造から、受容体の膜貫通領域は5本のM2ヘリックスからなる内側リングと、15本のヘリックス(M1、M3、M4)からなる外側リングの2つに分割された形状をしていることが分かりました。内側リングは膜を貫通するイオンの通り道を形成しており、外側リングは細胞膜の脂質から内側リングを隔離し、ゲートの開閉を引き起こす構造変化ができるように保護していると考えられます。ゲートは膜を貫通する内側リングの中央部にあり、隣り合う各サブユニットのM2ヘリックス間の相互作用により形づくられた疎水性※8のガードル状構造をしています。リガンド結合部位にアセチルコリンが入ると、αサブユニットにおいて、内側リングの入り口に面している細胞外領域にあるβシート※9構造の回転が起こります。この動きが内側リングのM2ヘリックスを通してゲートに伝わり、その固いガードルが解き放たれるように広がってチャネルが開口すると考えられます。ゲートとなるガードル状構造は、それを構成する1つ1つの構成要素が均等に相互作用することによって完全な5回対称性※10を持っています。ゲートを開口させるには、この5回対称性を維持している分子間の均等を乱して全体構造を瞬時に変える協調的な変化を引き起こさなければなりません。リガンドが結合し回転する2つのαサブユニットが、この変化を起こすのに必要最低限の数であり、動力学的に見ても最善の方法を自然が獲得してきたことが分かります。おそらく他の神経型イオンチャネルでも、このガードル状構造をしたゲートとその開閉のメカニズムを利用して、細胞膜の内外を行き来するイオンの正確で迅速なコントロールを行っていると思われます。



3.今後の展開
 細胞膜表面に存在する受容体によって、神経やホルモンといった細胞外からのシグナルを受けて細胞内に伝達するシステムは、生体の様々な組織・器官に存在し、恒常性を維持し、生きていくために不可欠な情報ネットワークを機能させるための最初のステップとなるものです。今回、アセチルコリン受容体の膜貫通領域の原子レベルでの構造、および受容体の活性化メカニズムが解明されたことは、神経筋シナプスにおいて、受容体を介した細胞膜上での複雑な情報伝達システムの解明に重要な知見を与えると共に、リガンド開閉型イオンチャネルに属しながら未だ立体構造が解かれていないセロトニン、GABAおよびグリシン受容体の分子メカニズムの解明に寄与するものと考えられます。研究グループでは今後、さらにアセチルコリン受容体のリガンド結合領域および細胞内領域の立体構造解析を行うと共に、これまでに報告した静止状態および活性化状態の他に脱感作状態における立体構造も解析し、アセチルコリン受容体の構造と分子メカニズムの全ぼうを明らかにすべく研究を進めていく予定です。
 本研究から得られた知見を生かして、アセチルコリン受容体に直接結合し作用する新たな抗けいれん薬や筋弛緩薬の分子設計と創薬、アセチルコリン受容体自身の異常に起因する重症筋無力症などの重篤な筋疾患の解明に大きく貢献するものと思われます。また、受容体に結合することによりその働きを止めてしまうヘビ毒やたばこ(ニコチン)、矢毒クラーレなどによる中毒や、アセチルコリンを介した情報伝達システムを麻痺させる殺虫剤や農薬、神経毒ガスのサリンなどによる中毒症状の解明および新たな治療法の開発にも寄与するものと期待されます。さらにアセチルコリン受容体の構造を基にした、セロトニン、GABAおよびグリシン受容体の機能構造の研究から、これらの受容体に結合するアルコールや麻酔薬の作用機序の分子メカニズムの解明や、その成果を応用して新たな向精神薬の開発にもつながる可能性があります。



(問い合わせ先)
理化学研究所 播磨研究所
メンブレンダイナミクス研究グループ
研究員 宮澤 淳夫
チームリーダー 藤吉 好則
TEL: 0791-58-1824  FAX: 0791-58-1826
研究推進部 佐藤 太一

TEL: 0791-58-0900  FAX: 0791-58-0800
(報道担当)
理化学研究所 広報室 駒井 秀宏

TEL: 048-467-9272  FAX: 048-467-4715




補足説明

※1 アセチルコリン
神経伝達物質の1つで、生体内における化学伝達物質であることが最初に確立された化合物である。運動神経や副交感神経の末端、および神経節の節前・節後線維間のシナプスでの伝達物質である。また中枢神経系においても神経伝達物質として働いていると考えられ、アルツハイマー病との関連が指摘されている。
※2 リガンド
受容体と結合する特異的因子で、受容体を活性化し情報を伝達する。内分泌腺から分泌されるホルモンや神経終末から放出される神経伝達物質などを指す。
※3 イオンチャネル
細胞膜を貫通する膜タンパク質で、細胞の内外での濃度勾配により受動的にイオンを通過させる情報伝達分子。イオンの通り道にはゲート(関門)と呼ばれる構造があり、その開閉によってイオンの流れを制御して、細胞膜の内外における電位差やイオン濃度の変化を引き起こして迅速に情報を伝える。
※4 αへリックス
タンパク質のとる高次構造の1つ。アミノ酸3.6残基で1回転するらせん形構造で、1残基あたり1.5Åのすすみをもつ。
※5 脱分極
生体の細胞では、細胞の内外のイオンの種類とその濃度差により、形質膜を隔てた細胞の内外に電位差が生じている。細胞外を基準のゼロ電位とすると、細胞内はマイナスに帯電(約−70mV)しており、この現象を分極とよぶ。この分極の程度が減少することを脱分極、逆に電位差が増大することを過分極という。一般に興奮性の細胞において、外部からの刺激を受けて細胞膜のイオンチャネルが開口し、細胞外よりナトリウムイオンが細胞内に流入して細胞内の電位をマイナスからプラス方向に変えること。
※6 Da(ダルトン)
分子や原子の質量を表す単位。炭素の同位元素12C(炭素)原子の1個の質量を12Daとする。したがって、1Da=1.661x10-27kg。一般には、1molあたりのタンパク質の相対質量である分子量の単位として便宜的に使用している。
※7 Å(オングストローム)
長さの単位で、1オングストロームは1x10-10メートル(=0.1ナノメートル)。 タンパク質の立体構造解析においては、解析した構造の分解能を表す単位として用いられ、数字が小さいほどより精度の高い高解像度の立体構造であることを示す。
※8 疎水性
水分子との親和性が低い性質。逆に、水分子と親和性の高い性質を親水性という。疎水性アミノ酸の間の相互作用(疎水結合)によりタンパク質の立体構造を支えている。またタンパク質の表面の疎水性領域は、他のタンパク質と結合している部分か、細胞膜の脂質部分に接している部分であると考えられる。
※9 βシート
タンパク質のとる高次構造の1つ。平行に配置された2本のポリペプチド鎖が水素結合で固定されてできるシート状の構造。
※10 5回対称性
対称性とは、原子・分子の間に存在する規則正しい位置(配置)関係の一つ。5つの分子から等距離にある軸(回転軸)の周りに360°/5の回転を行っても、回転する前の分子の配置にぴったりと重なるような関係。






図1
図1βシート構造からなるリガンド結合領域(緑色)とαヘリックス構造からなる膜貫通領域.内孔に面した内側リングは青色,膜の脂質に面した外側リングは赤色で表示した.平行する2本の破線は膜の表面を示す.






図2
図2膜の中央部における受容体の横断面図.M2ヘリックスからなる内側リングは青色,M1,M3,M4ヘリックスからなる外側リングは赤色で表示した.






図3
図3 シナプス間隙側から見た膜貫通チャネル領域のステレオ画像.






図4
図4αサブユニットの立体構造のステレオ画像.リガンド結合領域のβシート構造(β1/β2)がM2ヘリックスにドッキングして回転を伝える.
各ヘリックスの赤色部分は膜内領域を,青色部分は膜外領域を示す.






図5
図5チャネル・ゲートのガードル状構造.各サブユニットのアミノ酸側鎖が5回対称的に配置し,均等に相互作用している.






図6
図6 アセチルコリン受容体のゲート開閉のモデル図.






図7
図7 シナプス間隙側から見た膜を貫通するαヘリックスの配置.






図8
図8 αサブユニットの膜貫通領域における立体構造.