Press Release 理化学研究所
平成15年6月20日
タバコESTの塩基配列解析結果の公開

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、タバコ培養細胞を材料として、タバコのcDNA断片(以下、EST)約1万個の塩基配列を解析し、その情報を公開しました。理研植物科学研究センター(杉山達夫センター長)形態形成研究グループの松岡 健チームリーダー、出村 拓チームリーダー、福田裕穂グループディレクターらの研究グループによる成果です。
 タバコは、喫煙用に世界中で多量に生産されている作物です。また、医薬品原料として用いられるニコチンなどのアルカロイドを始めとした各種の化合物を生産する能力を有することが知られています。そのためタバコは、古くから植物の研究材料として用いられ、特に、1980年代に名古屋大学の杉浦らにより行われたタバコ葉緑体全遺伝子の決定は、現在のゲノム解析の先駆けとなった研究です。しかし、その後、タバコのゲノム関連の大規模解析は行われていませんでした。
 今回の研究は、タバコの大規模な染色体ゲノム関連解析として世界で初めてのものとなります。公開した配列情報は、タバコ植物、タバコ培養細胞を用いた医薬品原料生産のために役立つとともに、植物の増殖機構の解析に役立つと期待されます。
 本研究成果の詳細は、21日にインターネットホームページ(http://mrg.psc.riken.go.jp/strc/index.htm)から公開されると共に、27日に国際植物分子生物学会(スペイン、バルセロナ)のワークショップW05において発表されます。



1.背景
 タバコは、喫煙材料として世界で多量に生産されている園芸作物で、タバコの属するナス科にはトマト、ジャガイモ、ナス等の野菜や、ベラドンナ、クコ、ロート等の薬用植物が属しています。またタバコは、ニコチンなどのアルカロイドを始め、医薬品原料として用いられる各種の2次代謝産物※1を生産することが知られています。さらに、タバコを用いて植物組織培養や植物遺伝子操作手法が開発されたように、タバコは研究材料としても重要な植物で、現在でも多くの基礎研究において使用されています。
 私達が研究材料として用いているタバコ培養細胞BY-2株※2は、日本専売公社(現日本たばこ産業)で1960年代にタバコ植物体から作出された細胞株で、現在では世界でもっとも広く基礎研究に用いられているものです。特に、この株は植物細胞増殖の研究に多用され、ここから植物成長に関する基礎的な情報が多数得られています。
 モデル植物として位置付けられているイネやシロイヌナズナのゲノム解析はすでに完了し、主要作物のESTやゲノムの解析も世界中で進行しつつあります。しかし、園芸植物としては今なお主要な作物であり、基礎研究にも多く用いられているタバコのゲノム関連解析は、1980年代に名古屋大学の杉浦らにより行われたタバコ葉緑体全遺伝子の決定以降行われていません。そこで私達は、タバコとそれ由来の培養細胞BY-2株との研究材料としての価値を向上させるため、BY-2株を材料にESTの塩基配列の解析を行いました。



2.研究手法と成果
 タバコ培養細胞BY-2株は、1週間単位で新しい培地に植えついで増殖させています。この細胞は、培養期間に応じて、細胞が新しい培地環境に順応する時期(誘導期)、細胞の数が増える時期(対数増殖期)、細胞の数は変わらず細胞の大きさが増大する時期(定常期)との3つの時期を経て増殖します。これらの時期は、植物個体においては、外部環境の変化を受ける表面部位、植物細胞の数が増える生長点、数の増えた植物細胞が機能を発揮するために分化する伸長部位にそれぞれ対応しています。
 そこで、3つの時期で発現している遺伝子を網羅的に見い出す目的で、これらの3時期でメッセンジャーRNAを抽出し、対応するcDNA※3を調製しました。次いでこれらのcDNAを混合してから均一化したライブラリーを作成し、得られたライブラリー由来の9696個のcDNAの塩基配列を解析し、9190個から信頼度に足る塩基配列情報を得ることができました。
 これらのESTに対応するタンパク質の多くのもののホモログ※4は、現在までにゲノム解析が完了しているシロイヌナズナやイネに見い出されます。しかし一部のタンパク質に関しては、それらのホモログがヒトや細菌などでは見つかりますが、イネやシロイヌナズナには見当たりません。このことは、ゲノムサイズの小さなイネやシロイヌナズナと比較して、ゲノムサイズのより大きなタバコでは遺伝子組成が複雑であることを示唆しています。



3.今後の展開
 今回得られたESTに対応する遺伝子の発現がタバコ植物体とタバコ培養細胞でどのように制御されているかを検討するために、私達はこのESTを用いて作成したマイクロアレイを用いた遺伝子発現パターンの解析を開始しています。また、タバコ培養細胞を処理することにより、2次代謝産物を大量に作らせる条件の検討も行っています。これらの解析を通じて、タバコで発現している多くの遺伝子の発現情報が明らかとなり、有用物質の蓄積レベルを上昇させる遺伝子や、有害物質産生に結びつく遺伝子の同定に結びつくと考えられます。これらの研究の成果は、タール成分の減少したタバコ品種の育種法の確立などに利用できるとともに、医薬品原料となる2次代謝産物の効率良い生産法の開発などに結びつくことと期待されます。



(問い合わせ先)
理化学研究所 横浜研究所
植物科学研究センター
形態形成研究グループ 形態構築研究チーム
グループディレクター 福田 裕穂
チームリーダー 松岡  健
TEL: 045-503-9575  FAX: 045-503-9574
研究推進部 高橋 正海
TEL: 045-503-9117  FAX: 045-503-9113
(報道担当)
理化学研究所 広報室 駒井 秀宏

TEL: 048-467-9272  FAX: 048-462-4715




補足説明

※1 2次代謝産物
光合成や呼吸などによって合成された生命活動に普遍的に関わっている低分子物質が、さらに多くの酵素反応によって変換されて生成する物質のことで、その構造は生物種間で多様性に富んでいる。植物から抽出されるほとんどの医薬成分は、この2次代謝産物というカテゴリーに含まれ、この2次代謝産物のうちの代表的なグループとしてポリフェノールやアルカロイドなどが知られる。医薬品以外にも、食用色素などの食品添加物や工業原料として、さまざまな2次代謝産物使われている。
※2 タバコ培養細胞BY-2株
過去に日本のタバコ作付け面積の最大を誇った実用品種であるブライトイエロー4号の、兄弟品種であるブライトイエロー2号から、1960年代に専売公社(現、日本たばこ産業株式会社)によって作成された培養細胞株。長田敏行(現、東京大学大学院理学系研究科)により、この株が基礎研究のために有用であることが認知され、現在では基礎研究のために世界中で最も広く用いられている植物培養細胞株。植物の培養細胞としては、もっとも早い増殖速度を示すこと、遺伝子操作が容易なこと、大量培養が簡単にできることなどの特徴を持っている。
※3 cDNA
機能のある遺伝子として発現しているmRNAを、人工的にコピーした相補的DNA。遺伝子の機能部位の複製で、研究の際に使いやすくしたもの。
※4 ホモログ
構造が良く似た遺伝子またはタンパク質。多くの場合、同一または類似の機能を担っている。
※5 マイクロアレイ
マイクロアレイ(DNA チップ)とは DNA をスライドガラスやシリコン, ナイロン膜などの基板上にスタンプしたものの総称。これを用いたハイブリダイゼーション法により、遺伝子の変異あるいは遺伝子発現の状態を、定量的もしくは定性的に解析することができます。これらの技術を用いて,ある特定の組織や細胞で発現している遺伝子の特徴が発現プロファイルとして得られる。






図1






図2