理化学研究所(小林俊一理事長)と関西医科大学(日置紘士郎学長)は、細胞内のある分子群の働きに着目することで、リンパ球の活性化メカニズムを解明しました。理研横浜研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫細胞機能制御研究チーム 黒崎知博チームリーダー及び関西医科大学肝臓研究所 疋田正喜講師らによる共同成果です。
免疫制御の中心的役割を担っているリンパ球の活性化メカニズムの解明は、新規の免疫制御薬剤開発への重要な第一歩です。一般に細胞では外界からの刺激を細胞表面のレセプター(受容体)で感受し、その情報を細胞内のシグナル分子群※1を用いて処理し、最終的に細胞増殖・死・分化等の運命決定が行われています。これらの細胞内シグナル分子群の中で、GTP(グアノシン3リン酸)を結合する分子群は、GTP結合状態(on)及びGDP(グアノシン2リン酸:GTPが水解した物質)結合状態(off)へ可逆的に相互変換することにより細胞の運命決定に積極的に関わっています。
今回の研究では、リンパ球において、分子自身がいわゆる酵素活性を有しないアダプター分子群※2に注目し、GTPを結合する分子群のオン・オフ変換メカニズムを調べました。その結果、このアダプター分子群が協調的に働くことにより、リンパ球の活性化を誘起していることが判明しました。このメカニズムは花粉症等のアレルギーを引き起こす時にも同様に働いていると考えられ、今後はこれらの分子群をターゲットにした免疫・アレルギー疾患制御薬を開発することが期待できます。
本研究成果は米国の科学雑誌『Immunity』(6月18日号)に発表されます。 |
| 1.背景 |
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リンパ球の細胞表面上に発現している抗原レセプター※3は多様な外界侵入物、例えば細菌・ウイルス成分等を認識して免疫系全体を活性化する司令塔のような役割をしています。しかし、この抗原レセプターを介するシグナルは過小になると、もちろん感染等からの生体防御の破たんをきたしますが、一方過剰になると花粉症等のアレルギー反応を誘起することにもつながります。すなわち免疫・アレルギー反応の恒常性維持には適正な量のシグナルが供給されることが必須です。
このシグナル伝達を担う分子Rac※4及びRacを活性化する酵素Vavの重要性は明らかにされていましたが、抗原レセプターが抗原を認識した後、如何なるメカニズムでVav・Racシグナルをオンに変換するかの分子機序は不明のままでした。今回は抗原レセプターとVav活性化をカップルさせる分子群が存在するのではないかという仮説のもとに実験を行い、酵素活性を有しないアダプター分子Grb2, BLNKがVavの活性化に関与することを見出しました。 |
| 2.研究手法と成果 |
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リンパ球の細胞内シグナル分子群の機能およびこれらの分子群によって形成されるシグナルネットワークの解析には、それぞれのシグナル分子の遺伝子を特異的に破壊し、その機能検定を行う遺伝学的アプローチが非常に強力です。シグナル分子群としては、その分子自体に酵素活性を有するものと、酵素活性を有しないアダプターと総称される一群の分子群があり、前者はその酵素活性を指標に活性化状態を直接測定することが可能ですが、後者のアダプター群はそのアプローチをとることが不能で、遺伝学的研究方法が唯一の方法といっても過言ではありません。
本研究では、Grb2, BLNK, Vav遺伝子欠損培養Bリンパ細胞株、ノックアウトマウスを用いて、Bリンパ球上に発現している抗原レセプター(BCR)刺激後に生ずるRacの活性化を生化学的・細胞生物学的手法で測定することにより、実際にこれらの分子群がRacの活性化に関与することを見出しました。さらに、それぞれの分子を欠損したB細胞を詳細に検討することにより、
| 1) | Grb2, BLNKはVavの上流に位置してVavの活性化に関与していること |
| 2) | Grb2, BLNKはVavの細胞膜への移行を司り、ひいてはVavの活性化に寄与していること |
| 3) | Grb2, BLNKの両分子共欠損したB細胞株ではVavの活性化がより顕著に低下すること |
を明らかにし、これら2つのアダプター分子が協調的に働いていることを示しました。
今回の研究では、一つのアダプター分子が一つのエフェクター酵素※5としてではなく、Grb2, BLNKという多重のアダプター分子が協調的に働いてはじめて適正なエフェクター酵素の活性化を生じさせることができるという巧妙・かつ複雑な調節機構を見出すことができました。 |
| 3.今後の展望 |
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今回はGrb2, BLNKの協調作用が働いていることを見出しましたが、その奥底に秘められたメカニズム解明は次の重要な問題です。これを明らかにすることにより、アダプター分子の本来担っていた役割の解明にむけて大きく前進することが期待されます。又、Vavの活性化がリンパ球の活性化のみならず、肥満細胞を介するアレルギー物質放出にも関与していることを考え合わせると、Vav, BLNK, Grb2をターゲットとした免疫・アレルギー疾患制御薬剤開発への応用が期待されます。 |
| (問い合わせ先) |
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理化学研究所 |
横浜研究所 |
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免疫・アレルギー科学総合研究センター |
| 免疫細胞機能制御研究チーム |
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チームリーダー |
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黒崎 知博 |
| TEL: 06-6993-9445 |
FAX: 06-6994-6099 |
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| 横浜研究所 研究推進部 |
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高橋 正海 |
| TEL: 045-503-9117 |
FAX: 045-503-9113 |
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| (報道担当) |
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理化学研究所 |
広報室 |
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駒井 秀宏 |
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TEL: 048-467-9272 |
FAX: 048-467-4715 |
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| ※1 |
シグナル分子群 |
| 細胞内シグナルネットワークを形成している構成分子群の総称であり、その中にはアダプター分子群・エフェクター分子群(後述)が含まれる。 |
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| ※2 |
アダプター分子群 |
| 細胞内に存在し受容体が受けた刺激の情報を処理するシグナル分子のうち酵素活性を有しない分子。アダプター群は酵素活性を指標とする活性測定が不能であるため、現在のところ遺伝学的アプローチによる解析を行うしかない。 |
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| ※3 |
抗原レセプター |
| リンパ球の細胞表面に発現しており、外界の微生物、例えば細菌・ウイルス等の外来性抗原を認識して、リンパ球ひいては免疫システムを活性化させるために必須の受容体。 |
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| ※4 |
Rac |
| 細胞内シグナル分子のうちGTP結合型(on)GDP結合型(off)によりシグナル径路にスイッチを入れたり止めたりする重要な役割を担っている分子群。従ってOn・Offの状態変化がどのようなメカニズムでなされているかの研究は、世界中の多くの研究グループで競争的に行われている。 |
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| ※5 |
エフェクター酵素 |
| 分子自身に酵素活性を有するシグナル分子で、この酵素活性が定量的に制御されることが、リンパ球の適正な活性化に必須である。 |
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