Press Release 理化学研究所
平成15年6月17日
青色光による植物のカルシウムシグナリングの解明
- 光センサーに依存する植物のしくみを知る糸口 -

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、カルシウムイオン(以下、Ca2+)が、フォトトロピン1(phot1)、フォトトロピン2(phot2)という2つの青色光受容体の共通のシグナルであること、phot1、phot2によるCa2+濃度の調節機構がそれぞれ異なっていることを世界に先駆けて解明しました。理研植物科学研究センター(杉山達夫センター長)制御機能研究チームの酒井達也チームリーダー、原田明子研究員らの研究グループによる研究成果です。
 Ca2+は、動物の骨格の形成に重要なだけでなく、細胞内での情報伝達経路においても情報を流すシグナルとして役立っています。当研究チームは、シロイヌナズナの葉に青色光を当てると、弱光下では青色光受容体である phot1 が、強光下ではphot2 が細胞質のCa2+濃度を上昇させていることを明らかにしました。フォトトロピンは、弱光下で植物の生産性を上げ、逆に強光下では光傷害による生産性低下を防ぐ光センサーです。本研究では、phot1とphot2はそれぞれ異なる様式で細胞質へCa2+を運んでいることを明らかにしており、植物が弱光下や強光下での環境に適応して生きるためのメカニズムの解明、さらには、植物の生産性の向上などにも寄与するとともに食料問題や環境問題の改善に貢献することが期待されます。
 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』のウェブサイト(http://www.pnas.org、6月17日号)に発表されます。



1.背景
 動物細胞、植物細胞とも、細胞内のカルシウムイオン(以下、Ca2+)濃度は細胞外に比べて大変低く保たれています。外界から刺激を受けると、一転して細胞内のCa2+濃度が上昇し、それが情報を伝達するシグナルとなります。たとえば我々人間が痛い、冷たいなどと感じるときにも、それぞれの感覚をつかさどる細胞内のCa2+濃度の上昇がシグナルとなっています。
 Ca2+は主に二つの経路で細胞質へ運ばれています。一つは細胞の外側から運ばれる経路、もう一つは、細胞内に存在する小器官である小胞体や液胞から遊離する経路です。小胞体や液胞は脂質でできた膜に包まれており細胞内Ca2+ストアとも呼ばれています。Ca2+がどの経路で運ばれているかを知ることもCa2+を介した情報伝達経路を解明する上で非常に重要です。
 フォトトロピンは、青色光を吸収する植物の青色光受容体の一つで、シロイヌナズナにはフォトトロピン1(phot1)とフォトトロピン2(phot2)の二つが存在することが分かっています。phot1, phot2ともシロイヌナズナの青色光による光屈性1)、葉緑体定位運動2)、気孔の開口3)をひき起こします。これらの反応は、いずれも植物が様々な光環境下で適応して生きていくために重要な反応です。



2.研究手法と成果
 フォトトロピンに依存した反応にCa2+が働いているかを明らかにするために、シロイヌナズナの野生型と、phot1, phot2が破壊された突然変異体を用いて細胞質Ca2+濃度変化をモニターする実験系を確立しました。植物体にCa2+結合性発光タンパク質であるエクオリンの遺伝子を導入し、細胞質でエクオリンタンパク質を発現させました。エクオリンはオワンクラゲ由来のタンパク質で、Ca2+と結合すると発光する性質を持ちます。その発光強度変化から、Ca2+濃度変化をモニターできます。
 エクオリンを導入した野生型植物の葉に青色光を照射したところ、エクオリンの発光上昇がみられました。細胞質Ca2+濃度を見積もったところ、暗黒下では30-50 nMであったCa2+濃度が、強光の青色光により200-250 nMまで上昇していました。突然変異体においても同じ実験を行ったところ、phot1が壊れた突然変異体は弱光下での反応が、phot2が壊れた突然変異体では強光下の反応が野生型よりも小さくなっていました。つまり、phot1はより弱光で、phot2はより強光で働いていることが分かりました。
 次に、Ca2+がどこから運ばれているのかを明らかにするために、細胞外からの細胞内へのCa2+流入、細胞内のCa2+ストアからのCa2+放出を阻害するような薬剤を用いた解析を行いました。その結果、phot1は、細胞外から細胞膜に存在するCa2+チャネルを介して細胞内へと運んでいるのに対して、phot2は細胞内Ca2+ストアからもCa2+を遊離させている可能性が示されました。つまり、phot1, phot2は異なる様式で細胞質Ca2+を上昇させていることが分かりました。



3.今後の展望
 本研究により、Ca2+がphot1, phot2の共通のシグナルであること、phot1とphot2によるCa2+運搬機構がそれぞれ異なっていることが明らかとなりました。これにより、フォトトロピンに依存した植物の反応のしくみを知る糸口となる重要な発見がなされたと考えられます。また、我々はフォトトロピン突然変異体を用いて細胞質Ca2+濃度変化をモニターする実験系を確立しました。フォトトロピンは、葉肉細胞の葉緑体定位運動だけではなく、青色光による胚軸や根の光屈性、気孔の開口を誘導する青色光受容体です。胚軸、根、気孔孔辺細胞でもフォトトロピンに依存したCa2+濃度変化を調べれば、光屈性や気孔の開口に至る情報伝達過程の研究も発展すると考えられます。葉緑体の定位運動、光屈性、気孔の開口はいずれも、日々変化する光環境の中で植物が適応して生きていく上で大変重要な反応です。これらの反応が起こるしくみを明らかにすることは、効率よく植物を育てる方法の開発などにも役立ち、将来は様々な植物の生産性の向上などにも寄与するとともに食料問題や環境問題の改善に貢献することが期待されます。



(問い合わせ先)
理化学研究所横浜研究所
植物科学研究センター 制御機能研究チーム
チームリーダー 酒井 達也
TEL: 045-503-9592 FAX: 045-503-9591
研究員 原田 明子
TEL: 045-503-9571 FAX: 045-503-9591
京都大学大学院理学研究科 教授 岡田 清孝
(理化学研究所植物科学研究センター グループディレクター)

TEL: 075-753-4247 FAX: 075-753-4247
理化学研究所 研究推進部 高橋 正海
TEL: 045-503−9117 FAX: 045-503-9113
(報道担当)
理化学研究所 広報室 駒井 秀宏
TEL: 048-467-9272 FAX: 048-462-4715




補足説明

※1 光屈性(ひかりくっせい)
植物には光に向かって曲がる性質がある。光合成を効率的に行うために、茎を光の方向に曲げ、葉の基部をねじって葉が光線を受けやすくするための現象である。この現象をひき起こすのには青色光が有効で、光受容体はフォトトロピン(phot1、phot2)であることが分かっている。
※2 葉緑体定位運動
植物は、弱光下では光合成の効率を上げるために、細胞内の葉緑体を細胞上面(光の入射方向と垂直な面)に集める(葉緑体集積反応)。一方、強光下では光傷害を避けるために、葉緑体を細胞側面(光の入射方向と平行な面)に避難させる(葉緑体忌避反応)。このような葉緑体の運動を、葉緑体光定位運動という。集積反応はphot1, phot2に、忌避反応は、phot2に依存していることが分かっている。
※3 気孔(きこう)の開口
植物の葉の裏などにある二つの孔辺細胞からなるレンズ状のすきま。炭酸同化・呼吸・蒸散作用などのガス代謝にあたって空気や水蒸気の通路となる。植物は気孔を開けたり閉めたりすることで空気や水蒸気の通過量を調節している。気孔を開口させるシグナルのうちの一つは青色光で、光受容体はフォトトロピン(phot1、phot2)であることが分かっている。






図1






図2