Press Release

理化学研究所
平成15年6月14日

金ナノ粒子を用いた遺伝子診断法の開発

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、金ナノ粒子を用いた簡単かつ迅速な遺伝子診断法を開発しました。理研中央研究所バイオ工学研究室(前田瑞夫主任研究員、細川和生先任研究員、佐藤香枝基礎科学特別研究員)らによる研究成果です。
 遺伝子の個人差を簡単かつ迅速に診断する技術が求められています。本研究では、直径15 nm の金ナノ粒子を用いた、新しい原理の診断法を開発しました。金ナノ粒子の表面に、配列の分かったDNAを固定化します。その水溶液は赤色です。そこに検体DNAを加えます。たとえば検体DNAが正常体の場合、金ナノ粒子は急速に凝集し、溶液は青色に変化します。それに対して検体DNAが末端に一塩基変異を持つ場合、金ナノ粒子は凝集せず、溶液は赤色のままです。本研究のように、特別な機器を必要とせず、室温で迅速かつ明瞭に一塩基の違いを判定できる方法は、これまでありませんでした。
 今後は、実際の細胞からDNAを抽出し、プライマー伸長反応などを使って調製した検体に、本法の応用が期待されます。
 本研究成果は、米国化学会誌『Journal of the American Chemical Society』のウェブサイト(
http://pubs.acs.org/journals/jacsat/index.html, 6月13日号)に速報論文として発表されます。


1.背景

 DNAはA,T,G,Cで表される4種類の塩基が鎖状につながった分子で、その配列が遺伝情報を決定しています。ヒトの塩基配列はほとんど共通ですが、約1000塩基に一つは各人によって異なり、この違いがさまざまな個性を生み出す要因となります。その中には特定の病気へのかかりやすさや、薬物への応答、副作用に関係するものも多数あり、これらを診断することによって、各人に最適な医療を施すことができると考えられています。
 この種の遺伝子診断では、検体DNAの配列がすでに大部分わかっている状況で、特定箇所の塩基を判別することになります。ヒトゲノム計画に使われたような、端から順番に配列を読む技術は、この用途に対しては性能過剰であり、それに代わる簡単で迅速な方法が望まれていますが、現在のところ、標準といえる方法はありません。


2.研究手法と成果

 本研究では直径 15 nm(ナノメートルは10億分の1メートル)の金でできた微粒子を使います。この金ナノ粒子が分散した水溶液は赤色で、何かの理由で金ナノ粒子が凝集すると青色に変色します。これらは昔からよく知られた現象です。金ナノ粒子の表面に、配列が分かっているDNAを固定化します。この溶液に検体DNAを加えると、その配列によって、金ナノ粒子が凝集するか、分散したままであるかの二通りの結果が現れ、検体DNAの配列に関する情報が得られます。これは溶液の色によって明瞭に判別できます。
 検体DNAが固定化DNAの完全相補鎖*1である場合、金ナノ粒子が凝集し、溶液が青色になることを私たちは見出しました。その理由はまだ明らかではありませんが、おそらく金ナノ粒子表面のDNAが一本鎖*1から二本鎖*1になることによってその立体構造が変化するためだと考えられます。
 さらに、上記の検体DNAの、末端の一塩基を入れ替えただけで、金ナノ粒子は凝集せず、溶液が赤色のままであることがわかりました。この場合もDNAは二本鎖を形成していることは確実です。また、末端以外の一塩基を替えたときは、完全相補鎖と同様な凝集を起こすことが分かっています。末端の一塩基部分だけでも、一本鎖として粒子の凝集を妨げる効果を持つと考えられます。
 以上の実験は全て室温で行いました。金ナノ粒子が凝集する場合は3分ほどで明瞭な色変化が現れます。これまで、DNAの二本鎖形成を利用した分析法は多数発表され、たとえばDNAチップなどで実用化されています。しかし、わずか一塩基の違いを見分けるためには、精密な温度制御のもとで数時間にわたり反応を行うことが必要です。しかも得られた結果は判断に迷うはっきりしないものが多いようです。本研究のように、特別な機器を必要とせず、室温で迅速かつ明瞭に一塩基の違いを判定できる方法はありませんでした。


3.今後の期待

 現在のところ、人工的に合成したDNAを検体にみたてて実験を行っています。今後は実際の細胞からDNAを抽出し、プライマー伸長反応*2などを使って調製した検体に、本法が応用できることを確認します。また、マイクロチップ技術を利用して、試料の節減と多検体の同時分析を目指します。


 

(問い合わせ先)


理化学研究所 中央研究所

バイオ工学研究室

主任研究員

前田 瑞夫

先任研究員

細川 和生

TEL: 048-467-9311

FAX: 048-462-4658


(報道担当)

理化学研究所 広報室

駒井 秀宏

TEL: 048-467-9272

FAX: 048-462-4715



 

補足説明

※1

完全相補鎖、一本鎖、二本鎖

一本鎖DNAが二本結合して、二本鎖DNAを形成する場合がある。細胞内では通常二本鎖になっている。二本鎖を形成するためには、二つのDNA配列が、少なくとも部分的には、互いに相補することが必要である。
 相補する配列とは、塩基Aに対してT,Gに対してCが対応する配列で、たとえばTACGCCとATGCGGは互いに相補する配列である。(実際にはDNAの「向き」も関係する)
ここで言う完全相補鎖は、塩基数が等しく、配列が全部相補するDNAである。

※2

プライマー伸長反応

遺伝子の一塩基変異を分析する場合に行う前処理の一種で、末端の塩基に変異を持った検体DNAが得られる。