Press Release 理化学研究所
平成15年6月3日
細胞の分化シグナルの発生と制御に関与する糖脂質の発見
- 新しい糖脂質から構成されるマイクロドメイン -

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、細胞の分化に関わる領域に新しいタイプの糖脂質を発見しました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)神経回路メカニズム研究グループ(平林義雄上級研究員)と日本大学医学部微生物学教室(長塚靖子博士)らの研究グループによる研究成果です。
細胞膜は、多種多様な脂質により構成されています。外からの刺激を細胞内に伝達するために、機能的に異なるマイクロドメインという微少領域が同一細胞膜上に複数存在していると考えられています。
 本研究では、細胞分化に関わる新しいタイプのマイクロドメイン糖脂質を発見し、この新糖脂質の構造をホスファチジルβグルコシド(PhGlc)と決定しました。これまでリン脂質の中に隠れていたため現在に至るまでその存在は知られていませんでした。この新しいマイクロドメイン糖脂質PhGlcは、神経細胞などに広く分布し、種々の新しい細胞内伝達分子を生み出している可能性があります。
この新発見を機に、糖脂質の研究は構造の多様性の研究から、いよいよ機能の解明に移っていくものと期待されます。
 本研究成果は、米国の科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: PNAS』のウェブサイト(http://www.pnas.org、6月3日号)に発表されます。



1.背景
 細胞膜は細胞の情報伝達にかかわる部分で、多種多様な脂質により構成されています。外からの刺激が細胞内に伝達するために、機能的に異なるマイクロドメインという領域が同一細胞膜上に複数存在していると考えられています。
 今回、細胞の分化に関わる新たなマイクロドメインが発見されました。



2.研究手法と成果
 研究グループでは、新しいタイプのマイクロドメイン糖脂質を発見し、この新糖脂質の構造を、ホスファチジルβグルコシド(PhGlc)と決定しました。構造的には一見簡単なものですが、従来の主要なリン脂質の中に隠れて現在に至るまでその存在は知られていませんでした。このPhGlcを特異認識する一価のリコンビナント抗体をHL60細胞※1に作用させると、細胞は分裂を停止し細胞分化を開始します。DNAマイクロアレイ等の解析により、HL60細胞は顆粒球系へと分化することが示されました。PhGlcは、コレステロールと共にラフト(筏)様の脂質マイクロドメインを形成し、特異タンパクのこのPhGlcドメインへの結合は、細胞内情報伝達に関わるSrcファミリーキナーゼ※2を秒単位で活性化し、細胞分化に関わる一連の遺伝子の発現変化を誘導しました。既知のマイクロドメインに対する抗体刺激で同様の実験を試みましたが、細胞の分化誘導活性は認められませんでした。例えば、マイクロドメインの代表的スフィンゴ糖脂質※3であるGM1ガングリオシドを刺激すると、逆に細胞は増殖が盛んな方向に向かいます。
 以上の結果から、PhGlcは細胞の分化制御に関わっていることが明らかとなりました。



3.今後の展開
 今回、この新しいマイクロドメイン糖脂質PhGlcはHL60細胞のみならず神経細胞等にも広く分布しており、普遍的な機能を有した糖脂質である可能性が考えられます。又、PhGlcから代謝される種々の産物が新たな細胞内情報伝達分子として機能している可能性が挙げられます。今後、新しいマイクロドメインの主成分であるPhGlcと特異的に会合するタンパク分子の同定や、PhGlcの合成遺伝子の探索、糖脂質輸送経路や細胞内オルガネラ形成における役割の解明が特に重要となってきます。この新糖脂質の発見を機に、これまで糖脂質の研究は構造の多様性に焦点を当てた静的な化学であったが、機能の解明を中心に見すえた動的なサイエンスへ移行するものと期待されます。又、このマイクロドメインをターゲットにしたガン細胞の制御が可能となるなど、応用への可能性をも秘めた糖脂質です。



(問い合わせ先)
理化学研究所 脳科学総合研究センター
神経回路メカニズムグループ 上級研究員 平林 義雄
TEL: 048-467-6372 FAX: 048-467-6372
脳科学研究推進部 田中 朗彦
TEL: 048-467-9596 FAX: 048-462-4914
日本大学医学部 微生物学教室 長塚 靖子
TEL: 03-3972-8111
(報道担当)
理化学研究所 広報室 駒井 秀宏
TEL: 048-467-9272 FAX: 048-462-4715




補足説明

※1 HL60細胞
急性前骨髄性の白血病患者の末梢血から樹立された細胞株。レチノイン酸その他の分化誘導試薬により顆粒球ないし単球・マクロファージ様の細胞に分化する性質があり、ヒト骨髄細胞の分化機構の試験管内モデルとしてよく利用されている。
※2 Srcファミリーキナーゼ
ガン遺伝子src(sarcoma gene)の作り出す産物と酷似するタンパクの総称であり、チロシンリン酸化活性を有している。ガン化するとアミノ酸変異により異常な活性亢進を示す。又ある種の脂肪酸(ミリスチン酸)付加による修飾を受けることにより細胞膜マイクロドメインに移行し、外来シグナルの伝達機能を発揮することが知られている。
※3 スフィンゴ糖脂質
スフィンゴ脂質とは、アミノ酸であるセリンと脂肪酸のパルミチン酸との縮合により合成されるセラミドと呼ばれる基本骨格を有した脂質の総称。セラミドに糖が付加されたものをスフィンゴ糖脂質と呼ぶ。発見当初機能の良く解らない糖脂質であったことから、謎を意味するスフィンクスに因んで名前が付けられた経緯がある。膜のマイクロドメインの主要な構成要素として、あるいは個体の生死に関わる分子として注目されている。






図1






図2






図3






図4