Press Release 理化学研究所
平成15年4月16日
新しい遺伝子頒布形態の開発とDNAブックの試作
- 遺伝子リソースの流通促進とライフサイエンス研究を加速する技術 -

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、遺伝子クローンを書籍の形で、世界中に広く低価格で頒布する新しい技術、「DNAブック」を新たに開発しました。理研ゲノム科学総合研究センター(和田昭允センター所長)の林崎良英プロジェクトディレクターと河合純チームリーダーの遺伝子構造・機能研究グループによる成果です。この技術は遺伝子研究を大きく進展させる技術であるとともに、書籍等の印刷物に遺伝子クローンという物質を運搬するあらたな役割を与える、全く新しいコンセプトです。
 ヒトゲノム配列の完全解読が終了し、当研究グループにより6万以上のマウス完全長cDNAクローン※1が単離され、いよいよ遺伝子機能の網羅的な解明が本格化する時代になりました。世界中の研究者が遺伝子クローンを使い研究を進めようとしています。今回、研究グループが開発した新規の遺伝子クローン頒布法「DNAブック」は、遺伝子クローンを固相化し、書籍の形で遺伝子クローンを通常の宅配便などで利用者に届けるものです。固相化された遺伝子クローンは、その書籍に印刷された科学情報とともに、印刷物の形でユーザーに届けられます。研究者は、固相化された遺伝子クローンをPCR、または、大腸菌へ形質転換により容易にかつ短時間に回収、入手することができ、即座に遺伝子を用い意図する研究を開始することができます。科学専門誌に発表される論文に、解析対象となった遺伝子クローンを固相化し、論文発表と同時に論文とともに印刷された形で読者に頒布したり、多数の遺伝子が固相化された遺伝子百科事典を作製することが可能になります。
 この「DNAブック」により、マウス完全長cDNAの活用が推進され、21世紀の生命科学の研究が推進されることが期待できます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Genome Research』に掲載されます。



1.背景
 遺伝子クローンをタイムリーに、低価格で広く頒布させることは、遺伝子研究の発展のためにかかせません。したがって、その広く容易な頒布は生物学・医科学の発展のために世界中から強く期待されているものです。ところが従来の凍結大腸菌で遺伝子を頒布させる方法には多大の手間と経費がかかってきたために、遺伝子クローンを活用しようとする研究者に的確に届けることができないこともありました。
 近年ヒトゲノムの完全解読やマウスゲノムなど多数のゲノムの解読、さらに完全長cDNAクローンが網羅的に収集されてきました。これにより、遺伝子資源が整備され、本格的な遺伝子機能解析の時代に突入しています。実際に米国においては、遺伝子の機能の解明を網羅する巨大プロジェクト、ENCODE計画が発表されました。
 そしてこの機能解析研究においては、タンパクを発現させることのできる完全長cDNAクローンが必須のポストゲノム研究の最重要基盤リソースであり、世界中の研究者に必要とされています。



2.研究手法と成果
 研究グループでは、これまでマウス完全長cDNA100万クローン以上の末端塩基配列データを、日本DNAデータバンク(DDBJ)および理研内のホームページ(http://genome.gsc.riken.go.jp/)で公開してきました。また、2002年12月にFANTOM※2(Functional ANnoTation Of Mouse)マウスcDNA機能アノテーション国際会議において、約6万クローンのマウスcDNAの完全長配列について、機能アノテーション情報を付与し、マウス百科事典の世界標準化を目指した機能注釈などについて発表してきました。それにもかかわらず、遺伝子クローンを産学のすべての研究者に届けるために利用されてきた凍結法(凍結大腸菌)または抽出DNAを送付する方法には、多大な手間と経費がかかるという問題がありました。「DNAブック」は、この問題をクリアすることを目的に開発された新しいコンセプトにもとづく方法です。

DNAブックでは、
(1)雑誌のページに、DNAを固相化することで、論文と同時に遺伝子DNAを読者に届けることができます。
(2)読者は、PCRなどにより容易にDNAを回収できます。ここではcDNAプラスミド溶液を水溶紙にスポットし乾燥させたDNAシートから、DNAがスポットされた部分を切りだしPCRチューブに移し、そこへPCR溶液(酵素、プライマー、基質、塩)を加え、そのままPCR反応を行うことにより、cDNAを容易に回収することができます。

 DNAブックは、さまざまな長さのcDNA(インサート長;732〜4,896ベース)、書籍の出版、輸送、保管のときにさらされる低温から高温(-40度/14時間から140度/5秒)、高圧(17メガパスカル)、長期保存(3ヶ月以上)に対応することができます。そして、固相化されたDNAは、高い割合で(95〜100%)回収できます。
 DNAブックは、全世界に広がるクローンユーザーにとって、極めて便利なものになります。-80度の冷蔵庫の中に入れたDNAバンクと同じDNAクローンを、常温で研究者の本棚に設置できます。使用する必要性が生じたら、2時間のPCRでDNAを入手できます。DNAブックにより、クローン頒布会社に注文してから、従来のように2週間から数ヶ月の間、待つ必要性はありません。



3.今後の展開
 本研究の成果により、学術雑誌で発表される論文が記述する遺伝子そのものを論文に添付したり、多くの遺伝子をスポットした単行本(マウス遺伝子百科事典など)を作製することも可能になります。生命科学の各研究テーマを担う研究者の机の上に、小さな巨大容量のcDNAバンクが出現する時代が到来します。



(問い合わせ先)
理化学研究所 横浜研究所 ゲノム科学総合研究センター
遺伝子構造・機能研究グループ
グループディレクター林崎良英
チームリーダー河合
TEL: 045-503-9222FAX: 045-503-9216

横浜研究所 研究推進部
亀田朱音
TEL: 045-503-9117FAX: 045-503-9113

(報道担当)
理化学研究所 広報室
駒井秀宏
TEL: 048-467-9272FAX: 048-462-4715




補足説明

※1 完全長cDNA
cDNAとは、ゲノムDNAの中から不要な配列を除き、タンパク質をコードする配列のみに整理された遺伝情報物質であるmRNA(メッセンジャーRNA)を鋳型にして作られたDNAのことである。完全長cDNAは、断片cDNAと異なり、タンパク質を合成するための設計情報をすべて有しているため、タンパク質を合成することができる。この完全長cDNAを効率的に合成するためには、非常に高い技術が必要とされ、わが国が世界に先んじている。
※2 FANTOMコンソーシアム
理研ゲノム科学総合研究センター遺伝子構造・機能研究グループの主導により結成された、マウス遺伝子の機能解析を行う組織(FANTOMコンソーシアム;国内外のゲノム科学、生物学などの専門家)が共同で、機能アノテーション情報を付与したマウスcDNAクローン。に2002年4月29日から5月5日にかけて行われたFANTOM2(Functional ANnoTation Of Mouse) Cherry Blossom国際会議では60,770個のマウス完全長cDNAクローンが解析され、その成果は2002年12月の「Nature」に発表された。
※3 (補足) トランスクリプトーム
生物のゲノムから転写された遺伝子全体を指す用語。トランスクリプトームの解析を行うことにより、それぞれの遺伝子が転写されている組織や、発生段階などの情報が得られ、ゲノムの塩基配列から予測されるもののみではなく、コンピューターでは予測できない遺伝子の存在も実証することができる。






図1






図2






図3






図4