Press Release 理化学研究所
平成15年3月20日
宇宙の果てのブラックホールの産声を捕らえる
− HETE-2の位置情報による追観測で得られた研究成果 −

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、HETE−2(High Energy Transient Explorer:高エネルギー変動天体探査衛星・第2号機)※1で得られたガンマ線バースト(GRB)の位置情報を基に、ブラックホールの誕生の瞬間に起こると推測される現象を捕らえることに成功しました。理研中央研究所宇宙放射線研究室(牧島一夫主任研究員)およびHETEチーム※2、カリフォルニア工科大学(米国)を中心とした研究チーム※3などによって得られた研究成果です。
 HETE−2は、理研が開発した観測装置を積み、日米仏の国際協力によって打ち上げられた人工衛星です。2002年10月4日21時6分(日本時間)に「うお座」で発生したGRBでは、HETE−2が自ら行う機上処理によって発生位置が求められ、48秒後にはインターネットを通じて全世界に配信されました。理研ではGRB発生後、わずか193秒後に地上望遠鏡による光度観測に成功。その後も世界各地の地上望遠鏡による精密観測が行われ、特にGRBが発生した時間帯が、夜にあたっていた日本では、多くの研究機関が協力し、貴重な観測データを残しました。
これらの観測データを解析した結果、今回発生したGRBは、約120億光年彼方で発生していました。さらに、GRBから発生される光の弱まり方が一様ではないことも分かりました。これは、GRBは一瞬の爆発ではなく、中心天体から長時間にわたり、連続してエネルギーが放出されていることを示唆するものであり、まさにブラックホールが形成される際のエネルギー放出を捕らえたものと考えられます。
 本研究成果は、『Nature』(3月20日号)に掲載されるほか、HETE−2の位置情報を基にした地上望遠鏡による観測で得られた関連成果が3月24日から東北大学で行われる「2003年 日本天文学会春季年会」で発表されます。



1.背景
 ガンマ線バースト(GRB)とは、数秒から数十秒ほどの短時間に強いガンマ線が、空の一点から突然降ってくる現象です。ガンマ線そのものは大気で吸収されて地上に届かないため、1967年に米国の核実験査察衛星によって偶然発見されました。しかしながら、“いつ”、“どの方向”からやって来るのかまったく予想ができず、しかも継続時間が短く、人工衛星でしか観測できないため、発見から30年間、その起源は謎に包まれていたままでした。しかし1997年にイタリアが打ち上げたX線天文衛星「ベッポサックス:BeppoSAX」の活躍により、GRBの後に数日間ガンマ線以外の波長で輝き続ける現象(=残光〔アフターグロー〕)が、X線や可視光、電波で相次いで発見されました。その残光を詳細に観測することによって、GRBは、数十億光年という非常に遠方の現象であることが明らかになりました。短いバーストの間に、銀河系のすべての星が一年間に放つエネルギーを合わせたよりも大きなエネルギーを放射されていることになります。すなわち、GRBは、人類が知りうる最も遠方の天体現象の一つであり、ビッグバンを除くと宇宙最大の爆発現象なのです。しかし、どの天体がどのようにこの爆発現象を起こしているのかは、まだよくわかっていません。
 最近の研究成果からGRBは、“太陽の数十倍の大質量をもつ星が重力崩壊してブラックホールが生まれる時に莫大なエネルギーを持つジェットを放ち、そのジェットが宇宙空間に作る衝撃波がガンマ線バーストとなる”という説が有力です。また、“二つの中性子星が合体してブラックホールを形成するときに発生する”という説もあります。ガンマ線バーストの起源を明らかにするには、可視光残光を観測して、バースト源の位置と天体を取り巻くガス構造などを詳しく調べることが必要です。



2.HETE−2によるガンマ線バーストの位置情報と追観測
 ガンマ線バースト(GRB)の位置情報をできるだけ早く世界中の研究者に伝えるために作られた衛星がHETE−2です。小さいながらも数々の独創的、先進的な工夫をこらし、理研および米国・マサチューセッツ工科大学(MIT)、仏国・宇宙線研究センター(CESR)が共同で製作しました。1号機は、打ち上げロケットの故障のため軌道上でロケット最終段と分離できずに機能しませんでした。しかし2号機は、米国・航空宇宙局(NASAによって2000年10月に打ち上げに成功、GRBの観測を行ってきました。日本時間2002年10月4日21時06分に発生したGRB(日付からGRB021004)では、検出48秒後、まだGRBそのものが終わらないうちに発生位置が衛星機上のコンピューターによって決定され、インターネットを通じて全世界に発信されました(図1)。
 理研宇宙放射線研究室では、鳥居研一基礎科学特別研究員が開発し、理研和光本所(埼玉県和光市)の研究本館の屋上に設置されている自動応答望遠鏡(ART:Automated Response Telescope)が位置情報を電子メールで受信し、GRB発生後、わずか193秒後から自動観測をスタートしました。ARTは、インターネット経由で位置情報を受信し、口径20cmの反射望遠鏡に取り付けられたCCDカメラで、GRB発生方向を自動的に撮影する観測システムです。この観測によって得られた微弱な信号は、京都大学大学院理学研究科宇宙物理学教室の加藤太一助手および九州大学大学院理学研究院の山岡均助手により解析され、世界で最も早い観測データとして高い評価を受けました。
 さらに米国・カリフォルニア工科大学のD.W.フォックス博士は、9分後にパロマ山の自動望遠鏡を用いて夜明け(薄明)までに3枚の画像を取得し、15等級の光学対応天体(可視光の残光)を発見しました(図2)。続いて日本では、京都大学のグループが大学の屋上にある口径30cmの小型望遠鏡を用いて検出に成功し、これまで誰も観測したことがないガンマ線バースト発生2時間以内の早期残光の光度曲線を明らかにしました。続いて東京大学木曽観測所のグループは、105cmシュミット望遠鏡にプリズムをつけて発生80分後から2時間にわたり、分光観測、すなわち明るさと色の変化を観測しました。岡山県美星町立美星天文台では、口径101cm望遠鏡を用いて発生2時間後から夜明けまで観測を行い、精密な光度の測定を行いました。日本の夜が明けた後も、インド、中東、ヨーロッパ、そして米国へと50を越える大小の望遠鏡が追観測を行いました。さらに、電波望遠鏡やX線観測衛星による追観測も行われ、GRB021004は、これまでで最も稠密、詳細に追観測されたGRBとなりました。GRB発見以来、これほど良く観測された事例はかつてありません。中でも日本は、バースト発生が午後9時にあたったため、今までに観測がなかった最初の数時間において、とても良い条件のもとでデータを得ることができました。



3.GRB021004の観測成果
 GRB021004は、発生の直後から残光の稠密な観測が行うことができたことが最大の成果です。可視光のスペクトルからは、バースト源までの距離が120億光年と求められました。さらに、世界各地で観測された光度観測により、減光が一様でないことが分かってきました(図3)。特に初期の減光は、予想に反して極めて遅いことが分かりました。これはGRBが、一瞬の爆発ではなく、中心天体から長時間にわたり、連続してエネルギーが解放されたことを示唆しています。このことは、今までに観測されていたガンマ線だけで見積もられる爆発の規模(エネルギー)は、氷山の一角に過ぎず、全体のエネルギーはずっと大きくなることを意味しています。つまり“残光”は、単なる爆発の残り火ではなく、爆発後に天体で起きている過程をわれわれに教えてくれる可能性が高いのです。GRBは、巨大な星が重力崩壊し、ブラックホールが生成される際に放たれるという説が有力です。今回の観測結果は、これを支持するものであり、形成されたばかりのブラックホールが、自転にともなってエネルギーを放出した現場を目撃したのかもしれません。



4.今後の展開
 今回、GRB021004に対する連携観測の成功によって、HETE−2がもたらす迅速かつ正確な位置情報に基づく、地上の望遠鏡などを用いたさまざまな波長による追観測が可能であることが実証されました。HETE−2は、年間15から20個程度のGRBの位置情報を配信しており、HETE−2の正確な位置情報を基にした観測によって、GRBの物理機構を解明するための貴重なデータが蓄積されるものと考えられます。HETE−2は、次世代の観測衛星「Swift」が打ち上がる2004年まで運用される予定です。
 また、HETE−2がもたらすGRBの位置情報は、望めば世界中の誰でも電子メールやウェブ(http://gcn.gsfc.nasa.gov/)によって無償で得ることができます。HETE−2の速報に即時対応できる準備をしていれば、アマチュア天文家でも中小望遠鏡による追観測を行うことができ、天文学史に残る大発見に貢献することも夢ではありません。



(問い合わせ先)
理化学研究所 宇宙放射線研究室
研究員 玉川  徹
基礎科学特別研究員 鳥居 研一
TEL:048-467-4651 FAX:048-462-4640
客員主幹研究員(東京工業大学教授)河合 誠之
TEL:03-5734-2390 FAX:03-5734-2389

(報道担当)
広報室 嶋田 庸嗣
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715




補足説明

※1 HETE−2
HETE−2 は、日米仏三国の国際協力によって製作され、NASA(米航空宇宙局)が打ち上げた。日本では理化学研究所がプロジェクトに参加し、ガンマ線バーストの位置決めにおいて中心的な役割を担う観測装置、広視野X線モニター(WXM)を製作し、ミッション運用計画、衛星運用に携わっている。また、赤道付近に3カ所設けられた主地上局のうち、シンガポール地上局の設置・運用を担当するほか、同様に14カ所ほど設けられた副地上局のうちシンガポールとパラオ、マウイの3局を担当している。なお、理研が運用しているシンガポール地上局の設置に関しては、シンガポール国立大学理学部の、パラオ地上局に関してはパラオ通信公社の、マウイ地上局に関しては東京大学ビックバン宇宙国際研究センターおよびハワイ大学の協力を得ている。
※2 HETEチーム
河合誠之(理研/東京工業大学)、吉田篤正(理研/青山学院大学)、松岡勝(宇宙開発事業団)、白崎裕治(国立天文台)、玉川徹(理研)、鳥居研一(同)、坂本貴紀(理研/東京工業大学/ロスアラモス国立研究所〔米国〕)、鈴木素子(東京工業大学)、浦田裕次(同)、佐藤理江(同)、高橋大樹(青山学院大学)、中川友進(同)、山内誠(宮崎大学)、高岸邦夫(同)、廿日出勇(同)、ジョージ・リッカー(マサチューセッツ工科大学〔米国〕)、ローランド・バンダースペック(同)、ジェフリー・クルー(同)、ジョン・ドティ(同)、ジョエル・ビラセノー(同)、ナット・バトラー(同)、グレゴリー・プリゴジン(同)、ジャンリュック・アテイア(ミディピレネー天文台〔仏国〕、セリーヌ・バロー(同)、エドワード・フェニモア(ロスアラモス国立研究所〔米国〕)、マーク・ガラッシ(同)、ドナルド・ラム(シカゴ大学〔米国〕)、カルロ・グラツィアーニ(同)、ティム・ドナヒー(同)、ケビン・ハーレイ(カリフォルニア大学バークレイ〔米国〕)、ギャレット・ジャーニガン(同)、スタンフォード・ウースレイ(カリフォルニア大学サンタクルーズ〔米国〕)ほか
※3 カリフォルニア工科大学を中心とする研究チーム(『Nature』著者)
D.W. フォックス(カリフォルニア工科大学〔米国〕), S. ヨスト (同), S.R. クルカーニ (同), 鳥居研一(理研), 加藤太一(京都大学), 山岡均 (九州大学), M. サコ (カリフォルニア工科大学〔米国〕), F.A. ハリソン (同), R. サリ (同), P.A. プライス (ストロムロ山天文台〔オーストラリア〕), E. バーガー (カリフォルニア工科大学〔米国〕), A.M. ソダーバーグ (同), S.G. ジョルゴフスキー(同), A.J. バース (同), S.H. プラブド (ジェット推進研究所〔米国〕), D.A. フレイル (国立電波天文台〔米国〕), A. ガル・ヤム (テルアビブ大学〔イスラエル〕), Y. リプキン (同), T. モーチ (シドニー大学〔オーストラリア〕), C. ハリソン (ストロムロ山天文台〔オーストラリア〕), H. バテリー (キャベンディッシュ研究所〔英国〕)






図1
図1HETE-2の情報伝達(概念図)
HETE-2は、ガンマ線バーストの位置情報を決定し、即座に赤道付近に展開している14の副地上局のいずれかへ情報が伝えられる。伝えられた情報は、マサチューセッツ工科 大学内にある管制センターに集められた後、ガンマ線バースト連携ネットワーク(GCN〔http://gcn.gsfc.nasa.gov/〕)などの登録者にインターネットを通して配信される。
また、主地上局は、衛星のコントロールを行う。理研では、シンガポールの主/副地上局と、パラオ、マウイの副地上局の運営を行っている。






図2
図2HETE-2の機上処理による位置情報(上)と発見された可視光対応天体
HETE-2は、機上処理で上図に示した青円内でガンマ線バーストが起こったことを即時に地球上の観測者に伝え、その情報をもとに観測が開始された。パロマー天文台(米国)のロボット望遠鏡は9分後に可視光対応天体を捕らえた(下図右の矢印の先)。






図3
図3日本および世界各地の天文台による観測で得られた光度曲線
2002年10月4日21時6分(日本時間)に起こったガンマ線バーストは、日本を含む世界各地の望遠鏡が活躍し、これまでにない精度および稠密さで光度観測が行われた。理研においては、世界で最も早く(193秒後)対応天体を捕らえ、光度観測に成功している。これらのデータから、残光の減光度合いが一様ではなく、長時間にわたり、連続してエネルギーが開放されたことが分かってきた。図中の縦軸は等級(赤色フィルター)、横軸はバーストからの時間〔単位:日〕を示す。
※本図で使用したデータは、多数の関連論文およびはGCN Circularsから抜粋した。