Press Release 理化学研究所
平成15年3月18日
次世代高性能タイヤ用合成ゴムの開発に成功
− ゴムの構造を自由にデザインできる新触媒 −

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、希土類金属の有機金属錯体による新触媒を用いて、タイヤなどのゴム原料となる究極の合成ゴムの開発に成功しました。理研中央研究所高分子化学研究室(土肥義治主任研究員)の会田昭二郎協力研究員、同研究所有機金属化学研究室(侯召民主任研究員)および有限会社OMケムテック(坂入英雄社長)※1による研究グループによって得られた研究成果です。
 近年の工業技術の進歩に伴い、高分子材料に対する市場要求はますます高度なものとなっており、さらに高い熱的特性・機械的特性を有する合成ゴムの開発が求められています。高い熱的特性・機械的特性を有する合成ゴムを開発するには、ゴムの構造(立体および幾何構造特異性、分子量や分子量分布など)を制御する必要があります。研究グループでは、精密な重合挙動の制御が期待される「シングルサイト触媒」※2、特にその特異的な性質により高次元での構造規制が期待される「メタロセン型希土類金属錯体」※3に注目し、錯体化学的アプローチによる新規重合触媒の開発を行ってきました。その結果、ポリブタジエンゴムやポリイソプレンゴムを生成する系において、触媒をデザインすることにより幾何構造を自由にコントロールすることに成功しました。特にシス構造の制御率がほぼ100%、かつ分子量を任意に設定できるという理想的な触媒である「ガドリニウムメタロセン触媒」の発見により、これまでにない高度な性質の合成ゴムの実現が期待されています。現在、実用化に向けた研究が理研ベンチャー※4の一つ、(有)OMケムテックにより進められています。
 本研究成果は、理研が進める「環境分子科学研究プロジェクト」の一環として行われたものであり、3月20日に早稲田大学(東京)で開かれる「日本化学会年会」において発表されます。



1.背景
 タイヤ素材の主要な部分はゴムからなっており、それは天然ゴム(ポリイソプレンゴム)と合成ゴムに大別できます。天然ゴムはその強度の高さから、さまざまな合成ゴムが開発されている現在でも最重要な素材となっています。この特性は、“シス型”、“トランス型”、“ビニル型”という3つの型があるポリマーの異性体構造が、選択的にシス構造(99%以上)になっていることによって実現されていると考えられます。現在の合成ゴムのシス型制御率は98%程度が限界であり、このわずかな差が材料特性を大きく左右しています。
 一方、ポリマー鎖の長さである分子量の分布も均一さが求められます。これがシャープにそろっていると耐摩耗性の強いゴムができます。天然ゴムではこの制御がまったくできていません。シス構造に完全に制御し、かつ分子量分布もそろった合成ゴムが開発されれば、天然ゴムをしのぐ、高反発、高弾性、高強度、かつ耐摩耗性の優れた理想的な低燃費タイヤの開発につながると考えられています。さらに、単一の材料で広範な材料特性を発揮できることから、省エネルギー・省燃費化やリサイクル性の向上など、環境面からの期待が持てます。



2.研究成果
 理研前有機金属化学研究室(若槻康雄主任研究員・現OMケムテック取締役)において、希土類金属のサマリウムをシクロペンタジエン環ではさんだ有機金属錯体に助触媒を組み合わせてブタジエンという分子を反応させると、約99%の高シス選択性とシャープな分子量分布を両立したポリブタジエン(図1)という立体構造と分子の長さが非常によくそろった合成ゴムができ、既存技術からの大きなブレイクスルーとなりました。しかし、この触媒系では、完全にシス構造(高弾性のゴムにつながる)制御することは不可能であり、天然ゴムの直接の代替品である「合成ポリイソプレン」の反応はまったく進行しませんでした。研究グループでは、新触媒を以下の手法などを用いて新たにデザイン(図2)しました。
(1)触媒金属の交換。
(2)金属と結合し、化学反応をコントロールすることができる配位子という基質の形、大きさなどの構造を新たにデザイン。
(3)反応にかかわらない不要な部分を除去し、必要な部分だけを安定に取り出す活性種の単離。
 その結果、ガドリニウム化合物のメタロセン型カチオン錯体(図3)を触媒に用いると、シス構造の制御率は100%に達し、かつ分子量分布が極めて狭いという理想的なポリブタジエンを得ることに成功しました。またこの触媒は「合成ポリイソプレン」の反応も進行し、そのシス制御率も100%にまで到達することが確認されました。これは「合成ゴム」が「天然ゴム」を超えた初めての例です。



3.今後の展開
 今回紹介した新触媒から得られるポリマーは、幾何構造、分子量、分子量分布などが高次元で精密に制御されていることから、高弾性・高耐摩耗性の点で既存の製品をはるかにしのぐ性能を持っており、低燃費タイヤなどへの展開が期待されます。また、天然ゴムには、樹液の中に含まれるタンパク質によるアレルギーを起こす可能性が懸念されており、人体への影響に関しても、このポリマーは有用であると考えられています。研究グループでは、これらの技術の実用化に向けて理研ベンチャー「(有)OMケムテック」を設立し、工業化を目指す企業に対して「触媒の供給」や、空気中で不安定である触媒のハンドリングなどの「技術指導」を行っています。また「生産プラントに適した触媒への改良」や「高効率化の検討」を随時行い、円滑な実用化を推進しています。



(問い合わせ先)
理化学研究所 高分子化学研究室 協力研究員
(有限会社 OMケムテック 研究開発部長)
会田昭二郎
TEL: 048-468-5063 FAX: 048-468-5063
(報道担当)
理化学研究所 広報室 駒井 秀宏
嶋田 庸嗣
TEL: 048-467-9272 FAX: 048-462-4715




補足説明

※1 OMケムテック(埼玉県志木市館2丁目4−6、資本金:350万円)
(有)OMケムテックは、理研の研究成果の技術移転を促進するために設立された。当研究所は、同社に対して合成ゴムおよびブロック重合体関連の特許を独占的に許諾して、同社は、本特許を活用して金属錯体触媒の改良研究および錯体触媒の製造販売を行っている。
(問い合わせ先:048−473−4502)
※2 シングルサイト触媒
反応に関わる部分が単一の性質を持っている触媒。化学反応が均一になり生成物の分子設計が可能となる。これに対し従来の触媒系を「マルチサイト触媒」という。
※3 メタロセン型希土類金属錯体
金属(メタル)をシクロペンタジエンという環状化合物でサンドイッチにしたような化合物をメタロセンという。金属部分が希土類金属である「メタロセン型希土類金属錯体」は、酸素、水分、熱に対して不安定なことが多く、取り扱いが困難であるため詳しく検討されることが少なかった。
※4 理研ベンチャー
当研究所の研究成果を積極的に技術移転する方策の一環として、当研究所が経済社会の発展、科学技術の振興などの観点から有意義である企業を“理研ベンチャー”として認定し、支援している。現在、(有)OMケムテックを含め14社を理研ベンチャーとして認定している。






図1
図1 ブタジエンの幾何構造異性体






図2
図2 希土類メタロセン錯体のデザイン例






図3
図3 ガドリニウムメタロセン錯体の分子構造