Press Release 理化学研究所
平成14年11月7日
装置の小型化・大出力化につながる新しいレーザー技術
− 産業分野で有効な1ミクロン発振波長を世界最高レベルで発振 −

プレス発表情報一覧


 理化学研究所(小林俊一理事長)は、NECトーキン株式会社(羽田祐一社長)と共同で、産業分野における非常に重要な1ミクロン(1μm)の発振波長において、世界最高レベルの発振効率(スロープ効率※1:78%)を持ち、レーザー発振装置の小型化および大出力化につながる、新しいタイプの結晶を用いたレーザー技術の開発に成功しました。北海道大学工学部の協力のもと、理研中央研究所固体光学デバイス研究ユニットの和田智之ユニットリーダー、小川貴代研究協力員およびNECトーキン(株)による研究グループによって得られた研究成果です。
 近年、産業用途はもとより、ナノテクノロジーやバイオテクノロジーなどあらゆる分野における加工、センシングのための先端的基盤技術として、より優れたレーザー光源が望まれています。研究グループでは、新しい固体レーザー用結晶であるNd:GdVO4を用いるとともに、活性媒質として加えるNd(ネオジウム)濃度を高めた結晶を作成。今まで活用できなかった励起波長(880nm)を活用できるようになったばかりでなく、この結晶を用いてレーザー発振を行ったところ、Nd:GdVO4結晶を用いたレーザーにおける、世界一の発振効率を得ることができました。
 本技術を用いたレーザー装置は、従来のYAGレーザーに比べ装置のサイズを数分の1にできます。さらに、レーザー媒質に残る熱も少ないため、大出力化が可能となり、ナノレベルでの微細加工を強力に推進するツールとして期待されます。なお、本成果を用いたレーザー発振器は来春を目途に、NECトーキン(株)により実用化される予定です。 本研究成果は、11月13日にグラスゴー(英国)で開かれるレーザーに関する世界的な国際会議『LEOS(米国光学会主催)』において発表されます。



1.背景
 レーザーは、私たちの生活には無くてはならない存在です。産業や医療、通信などレーザー技術の応用分野は限りなく広がっています。特に近年、ナノテクノロジーやバイオテクノロジーの進展により、レーザーを用いたナノレベルの微細加工技術の基盤整備が進んでいます。ナノセンシングを進めていくためには、より高効率で発振し、集光特性や可干渉性(コヒーレンス)に優れたレーザー光源が望まれています。
 近年、半導体レーザー(LD)励起※2固体レーザーの研究が急速に進んでいます。LD励起固体レーザーは、レーザー媒質が持つ吸収帯に即した波長のLDにより、効率的にレーザー媒質を励起するため、従来のランプ励起※3と比べて励起光のロスが少なく、媒質内に発生する余分な熱を極力押さえ、高効率なレーザー光を得ることができます。そのため、ビーム品質において画期的な改善がなされ、波長変換による高調波を活用することで、ナノ領域の分解能を持つ微細な加工を可能とする高出力紫外光が得られるようになりました。同時に効率も電気−光変換効率が10%を超え、電源、冷却機など装置も小型化が進み、産業界においては炭酸ガスレーザーを凌駕するところまで達しています。
 しかしながら、その性能は固体材料がもつ熱伝導性や、半導体の励起波長とレーザー波長から決まるエネルギー変換効率など原理上の限界付近に達しているのが現状であり、産業界における基盤ツール、あるいは基礎研究における先端的なツールとしての揺るぎない地位を獲得するためには、圧倒的な大出力化、高効率化、高品位ビームの発生、高調波による短波長化などのさらなる発展を実現する技術的ブレークスルーが望まれています。



2.研究成果
 GdVO4は、YVO4の持つ大きな誘導放出断面積※4とYAGの持つ優れた熱特性を兼ね備えたホスト結晶です。しかしながらGdVO4は、材料の融点が高く、従来法の結晶成長では使用できる“るつぼ”の材質が限定されるため、育成雰囲気※5に制限があり、実用レベルの結晶の育成が困難でした。研究グループではGdVO4の持つ優れた特性に着目し、NECトーキンと北海道大学で開発したフローティングゾーン法(FZ法)をベースとした結晶成長法を用いた。FZ法は、結晶成長のためのるつぼを用いないため、結晶成長時の育成雰囲気の制限がありません。さらに活性媒質であるNd(ネオジウム)をこれまでにない高濃度で加えることによって優れたレーザー媒質が得られることを見出しました。この新しい結晶の分光特性の解析から、従来、Nd:GdVO4で得られる808nmにおける励起のほか、励起光の吸収効率が悪く活用できなかった880nmでの励起が可能であることを発見し、レーザー発振に成功しました。実験では、スロープ効率78%という結果が得られ、この結晶を用いたレーザー発振における世界最高記録が達成されました。従来の実用化されている Nd:YAGレーザーのスロープ効率が、ランプ励起で10%、半導体励起で20%程度であることから、その性能の高さは特筆すべきものです。



3.今後の展開
 今回得られた研究成果は、スロープ効率が高く、励起波長が808nmから880nmとなり、従来のエネルギー変換効率の原理的な限界を10%改善しました。そればかりでなく、材料そのものの熱特性も優れており、レーザー発振時に媒質に残る熱量が30%程度改善されるため、この熱によって妨げられていた出力限界のブレークスルーが期待できます。実用的にはレーザー設計の自由度が高くなるため、高品質なビームを提供できるという利点のほか、高効率発振による低コスト化や、装置サイズを従来の数分の1以下に小型化できる画期的なレーザーの実現が可能となり、従来結晶を用いた製品と比較して40%〜50%程度のエネルギー変換効率の向上を目指していきます。



(問い合わせ先)
理化学研究所 固体光学デバイスユニット
ユニットリーダー 和田 智之
TEL: 048-467-9827 FAX: 048-462-4683
(報道担当)
広報室 嶋田 庸嗣
TEL: 048-467-9272 FAX: 048-462-4715




補足説明

※1 スロープ効率
励起光の入力を上げていった場合に、得られるレーザー光の出力がどのくらいの割合で増加していくかを表す(横軸に入力、縦軸に出力を取った場合のグラフの傾きで表せる)。レーザー性能を表す目安のひとつ。この値が大きいほど小さな入力で高出力なレーザー光を得ることができる(=高効率)。
※2 半導体レーザー(LD:レーザーダイオード)励起
半導体レーザーは通常のレーザーほどの集光性はないが、発振波長のスペクトル幅が大変狭く、固体レーザーの吸収帯に合わせた波長を選ぶことにより効率よく励起することができる。
※3 ランプ励起
ランプ光(白色光)を用いて励起を行う方法で、LDが用いられる以前から使われていた方式。ランプでは非常に大きなエネルギーを放出することはできるが、励起光にはさまざまな波長の光が混ざり合っており、そのほとんどがレーザー結晶に吸収されず、熱としてロスになる。そのためレーザー発振効率は低く、熱による不安定性の原因にもなる。現在ではLDの性能も上がったため、徐々にランプ励起は衰退しているのが現状。
※4 誘導放出断面積
レーザー結晶を励起したとき、入射した励起光に比例して、エネルギー準位の上準位にあったレーザー結晶の原子が下準位に遷移することを誘導放出といい、このときレーザー光が放出されますが、上準位にある原子がどのくらい励起光を吸収するかを面積の単位で表したものを誘導放出断面積という。この値は、誘導放出の起こりやすさを表す指針となる。この値が大きいほど励起光の吸収量が大きく、レーザー性能がよいといわれています。誘導放出断面積は結晶の種類と添加したNd濃度により変わる。
※5 育成雰囲気
結晶育成を行う炉の中に充填させる気体の条件。真空中で育成を行ったり、窒素や酸素を用いるなど、結晶の原料の特性により決まる。従来法(回転引き上げ法)でGdVO4結晶を育成する場合は、融点が約1800℃でイリジウムるつぼを使用するため、酸素の割合を数%程度に制御しなければならないが、FZ法では大気中で育成することが可能。






図1

図1 Nd:GdVO4レーザー結晶の特徴(A)と結晶写真(B)
フローティングゾーン法による結晶成長装置の概念図(C)






図2

図2 吸収スペクトルと(A)と880nm励起の励起スキーム(B)、レーザー発振特性(C)