Press Release 理化学研究所
平成14年10月23日
量子コンピューター実現に向けた新しい電子集積回路を提唱

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、量子コンピューター実現に向けた、新しい電子集積回路を提唱しました。理研フロンティア研究システム(丸山瑛一システム長)単量子操作研究グループデジタルマテリアル研究チームのFranco Nori(フランコ・ノリ)チームリーダー、同グループ巨視的量子コヒーレンス研究チームの蔡兆申(ツァイ・ヅァオシェン)チームリーダー(NECラボラトリーズ基礎研究所主席研究員兼務)らの研究グループによる研究成果です。
 量子力学を使った情報処理の可能性が1980年代初頭に示された後、量子コンピューターは新しい情報処理技術として注目されています。量子コンピューターを実現するためには、多くの量子ビット(量子情報処理における基本単位)を集積し、複数の量子ビット間を選択的につなぎ合わせ、論理回路を構築できなくてはなりません。研究グループでは、1ビットレベルで実現しているジョセフソン電荷量子ビットと呼ばれる超伝導固体素子を用いた集積回路で、量子ビットを効率的に集積することが可能な電子回路を提案し、理論的に数百ビットを扱うことが可能であることを世界で初めて示しました。
 今後は、本成果を実証するため実際に電子回路を製作し、今まで実現が難しかった複数ビットの制御を実験的に確かめ、量子コンピューター実現に向けて取り組んでいくことになります。本研究成果の詳細は、米国の学術雑誌『Physical Review Letters』11月4日号に掲載されます。



1.背景
 これまでのシリコン半導体素子を利用したコンピューターは、集積度の向上が限界に達し、情報処理能力は飽和してしまいます。これを打ち破る技術として注目されているのが、物質の量子力学的な性質を使った「量子コンピューター」です。この技術が実現すれば、現在の最高速コンピューターを駆使しても解き明かす(人間のライフタイムを超えたタイムスケール内では計算できない)ことのできないような計算も、現実的な時間で計算することができるようになります。 量子コンピューターを開発する鍵は、量子情報処理の基本単位である量子ビットの実現にあります。現在、この量子ビットを実現するために原子や分子を利用する「微視的量子ビット」の研究が比較的先行しています。しかしながら量子ビットは、集積することが難しく、有用な量子コンピューターを構成することが困難であると考えられています。一方、ビット数の集積化により向いていると考えられる固体素子を用いた「巨視的量子ビット」の実現が現実味を帯びてきています。超伝導回路により構成されるこれらの量子ビットは、容量の低いジョセフソン接合が使われ、そこに現れる巨視的量子効果が有効に利用されています。ジョセフソン量子ビットデバイスの動作は、電荷自由度を制御する事に基づく電荷量子ビットと、位相の自由度を制御する位相量子ビットに分けられます。実験的には、すでに複数の実験室で上記のような数種のジョセフソン量子ビットが1ビットのレベルで実現されています。
 量子コンピューターの実現に向けたもう一つの課題は、二つの量子を結合させ、量子計算で最も重要な論理回路構築することです。量子計算では、制御付NOTゲート(CNOT)が最も重要であり、これらの量子ゲートを複数つなげて回路規模をスケールアップする必要があります。しかし、こうした研究は、あまり進んでいないのが現状です。
 現在、電荷を利用したジョセフソン電荷ビットを結合する簡単な方法として、容量(コンデンサー)を介し、電荷量子ビット間に働くクーロン相互作用を使うものが提案されています(図1)。しかしながら本回路方式は、システムを拡張することが困難*1です。一方、インダクタンス(L)と量子ビットの容量(C)で形成されるLC回路における共振モードを使って、複数のジョセフソン電荷量子ビットを結合し、回路規模のスケールアップをはかる方法が提案されました(図2)。この設計では、量子ビット間の結合を“スイッチ・オン”、“スイッチ・オフ”させることが可能であり、任意の二つの量子ビットを結合することができます。しかし、この回路方式も、量子ビット数が増加すると共振周波数が高くなり、各量子ビットを制御するためスイッチングを現実的でない速さで行わなくてはなりません*2
 研究グループでは、これらの問題は解決した電子回路の構築を目指しました。

*1本設計では、クーロン相互作用に基づく結合を“オン”、“オフ”させることが困難であるとともに、隣り合う量子ビット同士でなければ結合できないため、回路の拡張性がない。
*2本設計では、制御付位相シフトゲートやCNOTゲートのような条件付ゲートを実現するには効率的(すなわち、ただ1回のゲート操作のみを必要とする2ビット操作が可能)な量子計算スキームは存在しない。さらに、計算された量子ビット間の結合は、(1)LC回路の固有周波数が量子操作の周波数よりはるかに速くなる(2)超伝導位相ゆらぎ動作が不安定になる−という欠点があり、回路規模の拡張性がない。



2.研究成果
 研究グループでは今回、ジョセフソン電荷量子ビットにおける今までの回路方式の問題を克服するため、LC回路を構成しない、共有されるインダクタンスを使うことを提案しました(図3)。これまでの設計では、交流超伝導電量のみがインダクタンスを流れ、LC共振モードが電荷量子ビットを結合していましたが、新しい電子回路では、直流、交流双方の超伝導電流がインダクタンスを通じて流れることができます。これにより、量子ビット間の結合の様相が異なってきます。制御可能な量子ビット間の結合を得るために、二つの直流超伝導量子干渉器(DC SQUID)でそれぞれの電荷量子ビットを接続しています。必ずしも隣り合っていない任意の2つの電荷量子ビットが、インダクターによって効果的にカップリングされるという意味で、量子計算スキームは拡張可能性を持っています。さらに重要なことには、量子計算の主要なゲート操作である「条件付ゲート」操作を実行するのに、ただ一回のゲート操作のみで、効率的な量子計算スキームが形作られたことです。



3.今後の展開
 本研究成果は、固体素子を用いた電子回路について、効率的で拡張可能な量子コンピューターを、初めて可能にするものです。今後、実験的に電子回路を構築し、その性能を確認することになります。理研フロンティア研究システム単量子操作研究グループでは、ジョセフソン電荷量子ビットの実験では世界をリードしており、この回路方式に基づく集積実験を行い、さらには固体素子を用いた量子コンピューターの実現を目指していきます。



(問い合わせ先)
理化学研究所 フロンティア研究システム
単量子操作研究グループ 巨視的コヒーレンス現象チーム
チームリーダー 蔡 兆申
TEL: 0298-50-1161 FAX: 0298-56-6139(NEC基礎研)
フロンティア研究推進室 岩田 健治
TEL: 048-467-9594 FAX: 048-465-8048
(報道担当)
理化学研究所 広報室 嶋田 庸嗣
TEL: 048-467-9271 FAX: 048-462-4715




補足説明

ジョセフソン結合
二つの超伝導体を弱く結合させた接合。超伝導体は巨視的量子状態を作るが、ジョセフソン接合では二つの超伝導体の巨視的位相の差が、直接接合を流れる電流値に反映されると言う奇妙な特徴を持つ。この発見によりB.D. Josephson(英国)は1973年にノーベル物理学賞を受賞した。






図1 図2
図1 容量結合した2ビット電荷量子ビット 図2 LC回路による複数電荷量子ビット

図の黄色の部分に電荷が蓄えられている(電荷量子ビット)。同電荷は、Cを介して電荷量子ビットにかけられる電圧(V)によって、ジョセフソン接合という障壁(図の赤で示した部分)を越えて、電荷量子ビットから出入りすることが可能。超伝導体(図の青色で示した部分)は、ループ状になっていて超伝導量子干渉計(SQUID)を形成する。紙面垂直な方向に磁束(Φ)が貫いており、この磁束がジョセフソン接合の強さを制御している。つまり、この磁束によって、電荷量子ビットからの電荷量子の出入りを制御することができる。図1は、電荷量子ビット間を、コンデンサーを介して容量結合しているが、2ビット以上の拡張性に乏しい。図2は、インダクタンス(L)と電荷量子ビットの容量(C)で形成されるLC回路における共振モードを使って、複数の電荷量子ビットを結合している。






図3
図3 新しく提案された電子集積回路
本回路方式のメリット
(1) スケーリング可能(ビット数の集積)
(2) 2ビットゲートの動作が簡単(1回のゲート操作で完了)
(3) 任意の量子ビットの結合が可能(結合のオン・オフ制御)