Press Release 理化学研究所
平成14年10月18日
相同DNA組み換えを任意の場所で活性化させることに成功
− 生物本来のメカニズムを利用した新しい遺伝子組み換え技術 −

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、キュリー研究所(仏国)と共同で、相同DNA組み換え※1を任意の染色体個所で活性化させることに成功しました。理研中央研究所染色体動態制御研究ユニットの太田邦史ユニットリーダー、村上創研修生(埼玉大学大学院)、キュリー研究所のAlain Nicolas(アラン・ニコラ)博士らの研究グループによる研究成果です。
 ヒトから酵母に至る真核生物では、子孫を残すために行われる減数分裂の際、両親から譲り受けた染色体を互いに似た箇所で切断し、再結合する相同DNA組み換えが行われます。減数分裂期の相同DNA組み換えは、“組み換えホットスポット”と呼ばれる、決まった染色体部位において「Spo11」というタンパク質(酵素)が作用し、DNA二本鎖が切断されることによって開始されます。研究グループでは、パン酵母のSpo11タンパク質に、DNAの特定の場所に結合するタンパク質(配列特異的DNA結合タンパク質)を融合させ、これをパン酵母に導入させました。すると、通常ではDNA切断が起きない領域において、DNAの切断が誘導され、最終的にDNAの相同的組み換えが活性化されることを発見しました。
 Spo11は、生物種を越えて良く保存されているタンパク質です。このSpo11を、任意の配列特異的DNA結合タンパク質を融合させ、減数分裂を行っている細胞内に導入することによって、目的遺伝子に関する形質改良の効率を飛躍的に向上させることができるため、新しい遺伝子組み換え技術として注目されています。
 本研究成果の詳細は、米国の科学雑誌『Cell』の10月18日号で発表されます。



1.背景
 減数分裂は、真核生物が子孫を残すために生殖細胞で行う特殊な細胞分裂です。この分裂が起きるときに、両親から受け継いだ染色体(相同染色体)が対合し、同じ染色体部位に位置する遺伝子間でDNAの切断および再結合反応が行われます。この反応を相同DNA組み換えといいます。生物はこの反応を用いて、両親から受け継いだ遺伝情報を交換し、新しい組み合わせの遺伝子セットを持った子孫を作って遺伝的多様性を確保しています。これによって、生物は種の遺伝プールの分散を増大させ、不測の生存環境の変動に対応できるようにしていると考えられています。また、相同DNA組み換えを減数分裂に行うことにより、ウイルスの侵入や、変異原への暴露などの原因により個体で蓄積された有害な遺伝的変異を除去することも可能になります。
 減数分裂期の相同DNA組み換えの開始機構は、ここ数年で徐々に明らかにされつつあります。相同的組み換えは、“組み換えホットスポット”と呼ばれる相同DNA組み換えが起きやすい部位での一過的なDNA二本鎖切断によって開始されます。この切断は、減数分裂の初期に見られる反応で、「Spo11」※2というタンパク質(酵素)によって引き起こされます(図2)。Spo11がDNA切断を行う組換えホットスポットは、ヌクレオソームがなく、裸のDNAが露出した、開いたクロマチン構造※3取っています。このようなクロマチン構造の変化は、組み換えが見られない領域(コールド領域)では検出されません。また、Spo11だけではDNA切断は起こらず、減数分裂の時だけ現れるようなものを含め、10種以上の他の組み換えタンパク質が協力することが必要であることも分かっています。



2.研究手法と成果
研究グループでは、パン酵母のSpo11がホットスポットで減数分裂に限ってDNA切断を入れる仕組みについて、ここ10年近く共同で研究を進めてきました。本研究は、その一環として実施されたもので、Spo11タンパク質に配列特異的なDNA結合タンパク質Gal4のDNA結合部位を融合させ、これをパン酵母に導入させる実験(図3)を行いました。導入後、この細胞の減数分裂を誘導させるため、窒素源のない培地に移し、ゲノムDNAの切断パターンや、クロマチン構造についてサザンハイブリダイゼーション法※4を用いて解析しました。クロマチン構造については、単離したクロマチンを試験管内で球菌ヌクレアーゼを用いて部分的に消化し、その消化のされやすい部位をサザンハイブリダイゼーション法で調べました。組み換え頻度の測定については、四分子解析という方法を用いました。
 パン酵母内でGal4タンパク質の配列特異的DNA結合領域を融合させたSpo11を発現させると、これまで組み換えが観察されなかったコールド領域に存在するGAL2遺伝子座の転写制御領域(Gal4結合配列を含む)でDNA二本鎖切断が減数分裂時に観察されました(図4)。このDNA切断反応は、ホットスポット特有のクロマチン構造変化を伴い、他の組み換えタンパク質の協力も必要でした。また、その周辺では相変わらずDNA切断は起きておらず、Gal4の結合配列近辺だけでDNA切断が起きていました。さらに、GAL2遺伝子座での組み換え頻度を測定すると、一桁ほど組み換え頻度が高くなっていることが明らかになりました。すなわち、Spo11に融合したDNA結合タンパク質の認識配列さえあれば、減数分裂期にDNA切断をピンポイントで導入し、相同DNA組み換えを著しく活性化できることが明らかになりました。
 これらの研究成果は、以下の重要な知見を与えました。
(1)減数分裂期の相同DNA組み換えの開始にとって、最も重要なステップはSpo11の染色体への結合です。
(2)コールド領域では何らかの要因によってSpo11の結合が抑制されているが、配列特異的DNA結合タンパク質を融合させればその抑制を回避することができます。
(3)Spo11の構造と役割は、真核生物で広く保存されている。そのため、任意の配列特異的DNA結合タンパク質のDNA結合ドメインを融合させることにより、高等生物でも減数分裂期相同DNA組み換えのピンポイント活性化が可能です。



3.今後の展開
 今回、組み換えが生じにくいコールド領域に存在する遺伝子座であっても、その領域に存在する配列を認識するDNA結合タンパク質をSpo11に融合させることで、相同DNA組み換えをピンポイントで活性化できる可能性が出てきました(図5)。これにより、これまでは交配によってなかなか改良できなかった形質を、迅速かつ効率的に改良できるようになるかもしれません。本手法は、生殖細胞に一過的に融合Spo11タンパク質を導入するだけでよく、また生物がもともと持っている遺伝的組み換えのシステムを利用していることから、遺伝子工学的な人工的遺伝子改変とは異なる自然に比較的優しい特質を持っています。今後、本手法とゲノム計画で得られた遺伝子情報を組み合わせることにより、安全で効率的な新しい育種法が開発されるものと期待されます。



(問い合わせ先)
理化学研究所
中央研究所 染色体動態制御研究ユニット
ユニットリーダ 太田 邦史
TEL: 048-467-9538 FAX: 048-462-4671
(報道担当)
理化学研究所 広報室 嶋田 庸嗣
TEL: 048-467-9272 FAX: 048-462-4715




補足説明

※1 相同DNA組み換え
2分子の配列の類似したDNA間で起きるDNA切断・再結合反応。生体内ではDNA二本鎖の傷の修復や、配偶子形成に見られる遺伝子交換反応で、主要な役割を果たす。
※2 Spo11
トポイソメラーゼという、DNAを解きほぐすタンパク質(酵素)に類似した因子。この因子は、減数分裂に現れるタンパク質で、酵母からヒトに至るまで保存されている。マウスなどでこの遺伝子を破壊すると減数分裂時の相同DNA組み換えがおかしくなり、精子や卵子が正常に形成されなくなる。1997年に二重鎖切断に関わっていることが分かった。
※3 クロマチン構造
真核生物の染色体は、ヒストンや非ヒストンタンパク質がDNAと結合し、階層的で高次な構造を作り上げている。このような構造をクロマチン構造と呼ぶ。クロマチン構造の変化、とりわけその基本単位であるヌクレオソームの配置は遺伝子発現に重要な役割を果たすことが知られているが、最近ではその他のDNA代謝反応の制御にも重要であることが示されつつある。
※4 サザンハイブリダイゼーション法
DNAの相補的な塩基対合を利用して分子雑種を形成させ、特定の配列を有するDNA分子を検出する方法。ゲノム由来のDNAを用いたゲノミックサザン法では、ゲノムDNAを抽出後、適当な制限酵素で断片化し、これをアガロースゲルでサイズにしたがって分離する。ゲル内で分離したDNA断片をナイロン膜などに転写し、放射性同位元素や蛍光プローブなどを結合させたDNA断片と分子雑種を形成させて特定の配列を有する断片のみを検出する。






図1
図1 減数分裂期の相同DNA組換えはホットスポットでのDNA切断で開始される。ホットスポットの染色体上での分布には偏りがあり、分布の少ないコールド領域が染色体上に存在する。この領域では相対的に組換え頻度が低くなっている。






図2
図2 通常Spo11は、転写プロモーターのような開いたクロマチン構造を取る領域に減数分裂期に導入され、他の組換え因子の協力を得てDNA二本鎖の切断を入れる。ところがコールド領域では、通常減数分裂期のDNA二本鎖切断は生じない。Gal4BD−Spo11を強制的に発現させて、Spo11をコールド領域内にあるGal4結合部に結合させることによって、この個所で、DNA切断・クロマチン構造・組み換えがどうなるのか調べた。






図3
図3 配列特異的DNA結合タンパク質(転写因子)Gal4のDNA結合ドメイン(GAL4BD)をSpo11のN末端に融合させた遺伝子を酵母染色体に導入した。天然のSpo11遺伝子では減数分裂に発現が誘導されるが、この構築物では恒常的にSpo11が発現する。






図4
図4 Gal4BD−Spo11導入によってGal4結合配列を持つUAS( で示す)でのDNA二本鎖切断とクロマチン構造変化(ヌクレアーゼ感受性増大)が誘導された。






図5
図5 Spo11の構造や機能は真核生物で良く保存されている。上記の手法で、高等生物においても組換えの標的活性化が可能になれば、育種の効率が飛躍的に向上する可能性がある。