Press Release

理化学研究所
平成14年8月27日

細胞ストレスによる “細胞死”の分子機構を個体レベルで解明
− ショウジョウバエを用いて細胞死の全体像にせまる − 

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、ストレスによって引き起こされる細胞死(アポトーシス)の分子機構を遺伝学的に解明することに世界で初めて成功しました。理研脳科学総合研究センター(伊藤正男所長)細胞修復機構研究チームの三浦正幸チームリーダー、倉永英里奈ジュニア・リサーチ・アソシエイト(大阪大学・大学院生)らによる研究成果です。
 生物の発生過程では、多数の細胞が細胞死によって取り除かれることにより体が形成されます。この細胞死の仕組みは、細胞(生物)の種類を問わず共通のメカニズムが使われています。これまでの研究の進展により、発生時に起こる細胞死(プログラム細胞死)の理解は大きく進展してきました。しかし、外的ストレスによる細胞死のメカニズムは、培養細胞を使った知見が得られているのみで、個体レベルでは未解明な部分が多く残されています。
 研究グループでは、ショウジョウバエで発見されたストレス刺激などによって細胞死を引き起こす遺伝子「Reaper(死神)」に着目し、ショウジョウバエを用いた遺伝学的手法によって、細胞死に関与する遺伝子を同定しました。さらに細胞死に関わる他の因子との作用を生化学的手法で解析。その結果、Reaperが引き金となっておこる一連のストレス細胞死のメカニズムを明らかにしました。
 ショウジョウバエは、世代交代が早く、個体レベルでの知見を得るのに適したモデル動物です。また高等生物との共通点が多いことから、ヒトへの応用に向けた研究にも非常に有用です。本成果は、細胞死研究に新たな道を切り拓くだけでなく、細胞ストレスが原因で引き起こされるヒトの老化や神経変性といった細胞障害の原因解明や治療法の開発に将来大きく貢献するものと期待されます。
 本研究成果は、英国の学術専門誌『nature cell biology』の9月号に掲載されます。

 

1.背景


 細胞死(アポトーシス)は、生物の体内でおこる非常に重要なメカニズムです。この仕組みは細胞(生物)の種類を問わず、カスパーゼと呼ばれるタンパク質分解酵素の活性化と、DNAの断片化を伴う共通したメカニズムが使われます。これまで線虫やショウジョウバエの変異体を用いた研究によって、細胞死の制御機構の理解は大きく進展してきました。
 生物の発生過程では、数多くの細胞が細胞死することによって、個体の複雑な形態が作りあげられていきますが、このような細胞死は遺伝的に決められた発生スケジュールに従っておこるものであり“プログラム細胞死”と呼ばれます。一方、放射線や熱ショック、栄養飢餓に加え、ホルモンバランスが崩れたり、有害物質が入ってくるなど、さまざまなストレスにさらされた時にも細胞死が起こります。細胞には生体防御機構が働いていますが、ストレス刺激が強い場合には細胞死機構が働き、その細胞は体内から排除されます。このストレス細胞死は、老化や神経変性などさまざまな疾患を引き起こす原因となるためそのメカニズム解明が待たれていましたが、今までは培養細胞レベルの研究にとどまっており、個体レベルでの研究はプログラム細胞死に比べ遅れていました。
 近年、ストレス細胞死の個体レベルでの解明に向けて、線虫やショウジョウバエを用いた研究が盛んに行われています。特に、ショウジョウバエで最初に発見された細胞死実行遺伝子「Reaper(死神)」は、ショウジョウバエ胚のアポトーシスを起こす細胞で特異的に発現しており、この遺伝子を体のさまざまな組織で発現させるとカスパーゼに依存した細胞死が誘導されます。Reaperの発現誘導は、発生過程での細胞死に特有であるだけではなく、ショウジョウバエ胚が放射線(ストレス)にさらされた際にも観察されます。そこで研究グループでは、Reaperによる細胞死を研究することによって細胞ストレスによるアポトーシス機構の解明が進むものと期待し、さらに研究を進めました(図1)。

 

2.研究手法


 ショウジョウバエは、異なる遺伝系統同士を交配させ、その子孫の表現型を観察するという遺伝学的な研究が可能です。ショウジョウバエには遺伝子に大きな欠損を持った系統がたくさん作られており、約200系統で全ゲノムの70%以上をカバーする染色体欠失系統のコレクションがあります。
 ショウジョウバエ複眼でのみ機能する遺伝子発現制御領域にReaperを連結した遺伝子を導入すると、複眼にReaperが過剰発現するトランスジェニック・ショウジョウバエが作成できます。このショウジョウバエの複眼ではReaperが過剰発現しているため細胞死が誘導され複眼がつぶれます。次に、Reaperを複眼に発現させた系統と染色体欠失系統を交配させ、生まれてきた子孫の複眼を観察しました。もし、染色体の欠失領域にReaperによる細胞死に必要な遺伝子が含まれていたとすれば、目がつぶれる表現型は回復するはずです。このようなスクリーニングによって得られた系統を、さらに染色体欠失領域の狭い系統と組み合わせ、原因遺伝子の含まれる領域を徐々に狭めていきました。最終的に狭めた染色体領域に存在する単一遺伝子の変異体系統とReaper発現系統を交配させて、複眼の回復を指標に原因遺伝子を特定しました(図2)。こうして得られた遺伝子と、その他細胞死に関わる因子との相互作用を生化学的手法で解析し、それぞれの役割を明確に特定することにより、Reaperによって引き起こされる細胞死の一連のメカニズム解明を試みました。

 

3.本研究の成果


 今回得られたショウジョウバエ遺伝子は「DTRAF1」という、TRAFファミリー※1に属する遺伝子です。ほ乳類におけるTRAFファミリーは、細胞へのストレス刺激によってアポトーシスを誘導するタンパク質リン酸化酵素「JNK※2」を活性化し、そのシグナルの受け渡しには「ASK1※3」と呼ばれるタンパク質リン酸化酵素が関わることが分かっていました。今回、遺伝的スクリーニングによってショウジョウバエのASK1遺伝子を同定し、解析した結果、この酵素もReaperによる細胞死に関与することが分かり、TRAFファミリー、ASK1、JNKというメカニズムが進化的に保存された形で細胞死に関わっていることが示されました。
 さらに、Reaperに結合するタンパク質の機能解析から、このメカニズムのスイッチを引く一連の仕組みが明らかになりました(図3)。Reaperは、細胞内にあるDIAP1※4というタンパク質に結合します。DIAP1は、特定のタンパク質に結合してユビキチンというタンパク質をつける役割(ユビキチン化)があり、ユビキチンがついたタンパク質は細胞内のタンパク質分解経路に送られて分解されます。
 今回の研究では、DIAP1とDTRAF1が結合するとDTRAF1がユビチキン化されて分解されるため、TRAFファミリー、ASK1、JNKという一連のメカニズムが抑制されることを見いだしました。しかし、ストレスを受けてReaperが発現してくると、DIAP1は自分自身をユビキチン化してしまうため、DTRAF1が安定化してASK1、JNKメカニズムが動き出し、細胞死を誘導することが分かりました。
 なお、DIAP1にはもう一つ、カスパーゼに結合してその活性を抑制する機能が備わっています。ReaperがDIAP1に結合するとDIAP1はカスパーゼに結合できません。その結果、DIAP1からの抑制がとかれたカスパーゼが活性化し細胞死を誘導します。この仕組みは従来から知られており、今回明らかになったメカニズムとともに、ストレス性細胞死を起こす流れの一つになっていると考えられます。

 

4.今後の展開


 今まで細胞ストレスに応じてJNKが活性化することはよく知られていましたが、この活性化を開始させる仕組みは明らかになっていませんでした。本研究によって、Reaperによる細胞死実行の引き金からJNKが活性化されるまでの一連のメカニズムを遺伝学的に明らかにすることができました。培養細胞レベルではなく、個体レベルでストレス細胞死の機構を解明した今回の成果は、ショウジョウバエをモデルにして細胞死研究を進めることの有用性を改めて示すとともに、今まで研究が難しかった個体レベルでの研究の進展にもつながります。
 また、ヒトにおいて細胞ストレスは、老化や神経変性といった晩発性の細胞障害に深い関わりがあります。例えば、酸素呼吸に伴って発生する活性酸素による酸化ストレスは老化や虚血による細胞障害に深く関わっています。さらに、代表的な神経変性疾患であるアルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病での神経細胞死と、JNK活性化による細胞死誘導との関わりが注目されています。しかしこれらは、ほとんどが培養細胞レベルでの実験をもとにした結果です。今後、遺伝学的な研究に優れ、かつ上記の神経変性疾患モデルも作製されているショウジョウバエを用いることによって、ヒトでの細胞死研究にも新たな知見が得られるだけでなく、ストレス細胞死によるさまざまな疾患の原因解明や治療法の開発にも大きく貢献すると期待されます(図4)。

 

 

 

(問い合わせ先)

理化学研究所 脳科学総合研究センター 

細胞修復機構研究チーム

チームリーダー

三浦 正幸

TEL:048-467-6945

FAX:048-467-6946

脳科学研究推進部

田中 朗彦

TEL:048-467-9596

FAX:048-462-4914


(報道担当)

理化学研究所 広報室 

仁尾 明日香 

TEL:048-467-9272

FAX:048-462-4715


 

補足説明

 

※1 TRAFファミリー

 TNFやIL-1といったサイトカイン受容体の細胞内領域に形成されるタンパク質複合体の一つで、サイトカインのシグナルを細胞に伝える役割を持つ。特にJNKやNFkBの活性化を引き起こす作用が重要である。


※2 JNK

 放射線、栄養因子除去、酸化ストレスなど非常に多くの細胞ストレスに応答して活性化されるタンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)。刺激の強さによって細胞を守ったり、傷害するシグナルを発する。タンパク質リン酸化酵素は、細胞内のシグナル伝達を仲介するタンパク質であり、シグナル情報伝達の多くは、この酵素によるタンパク質のリン酸化修飾によって伝えられる。


※3 ASK1

 JNKはキナーゼによる情報伝達によって活性化されるが、この上流に位置するタンパク質。アポトーシス刺激によって活性化される。


※4 DIAP1

 酵母からヒトに至るまで保存されたiapファミリー分子の一つ。内在性のカスパーゼ阻害遺伝子として知られていた。最近の研究によってカスパーゼと結合する機能に加え、タンパク質にユビキチンを結合させる活性があることが明らかにされた。ユビキチン化されたタンパク質は、プロテアソームと呼ばれるタンパク質分解酵素によって分解される。

 


 

図1. 細胞ストレスにより、ストレスキナーゼ(JNK)が活性化される。
ショウジョウバエでは、ストレス刺激により細胞死実行遺伝子Reaperの発現が上昇する。



 

図2. Reaper強制発現による複眼形態異常を指標とした
ゲノムワイドなスクリーニング

 

・Reaper強制発現による複眼サイズの縮小を、抑制する染色体欠失系統のスクリーニングを試みた。染色体欠失系統の組み合わせを用いて、ショウジョウバエ全ゲノムの70%以上をカバーする領域を網羅的にスクリーニングした。

・今回、細胞死誘導シグナルを調節する分子として、ストレスキナーゼ(JNK)を活性化するタンパク質、ショウジョウバエTRAF1 (DTRAF1)、ショウジョウバエASK1 (DASK1)を同定。細胞ストレスシグナルによる細胞死誘導機構を遺伝学的に解明した。

・進化的に保存された、細胞ストレスシグナルによる細胞自滅の分子機構を解明した。

 

 


  

図3. Reaperがストレスキナーゼ(JNK)を活性化する仕組み


 

図4. 本研究の今後の展開