Press Release

理化学研究所
平成14年8月1日

新しい同位元素3種類を世界で初めて発見
− RIビームファクトリーが謎解く元素誕生のシナリオへの序曲 − 

プレス発表情報一覧




 

 理化学研究所(小林俊一理事長)は、東京大学理学系研究科(附属原子核科学研究センター・物理学教室)と共同で、世界で初めて新しい中性子過剰な同位元素、34Ne(陽子数10、中性子数24)、37Na(陽子数11、中性子数26)、43Si(陽子数14、中性子数29)を発見しました。同時に33Ne、36Na、39Mgは、原子核として存在し得ないことも見出しました。理研加速器基盤研究部(矢野安重基盤研究部長)を中心とする研究グループ*による成果です。
 理研では、2005年度に稼働を予定しているRIビームファクトリー(RIBF)の性能を最大限引き出すため、現有の加速器施設の整備を行いました。今回、研究グループは、増強されたイオン源、直線加速器系などを用いることで、大強度
48Caビームの発生に成功し、新しい同位元素の発見につながりました。これら拡充された加速施設は今後、RIBFの入射系施設(前段加速器系)として活用されます。
 同位元素の存在限界の確認は、“原子核はそもそも何種類あるのか?”、“どうして原子核の安定性が得られるのか?”という物理学における究極の問題の一つにチャレンジするものです。RIBFの本格稼働により、さらに重い元素において、新しい同位元素が多く見つかることが予想されます。その結果、“万物を構成する元素がどのような過程を経て、誕生したのか”の問いに対して、一つの答えが得られるものと期待されます。
 本研究成果は、物理学分野で著名な欧州の学術雑誌『Physics Letters B』(8月22日号)に掲載されます。

櫻井博儀(理研重イオン核物理研究室、東京大学理学系研究科:実験責任者)、野谷将広(東京大学理学系研究科附属原子核科学研究センター〔CNS〕)、久保敏幸(理研加速器基盤研究部)、吉田敦(理研RIビーム科学研究室)、熊谷秀和(同)、矢野安重(理研加速器基盤研究部)、谷畑勇夫(理研RIビーム科学研究室)、本林透(理研重イオン核物理研究室)、石原正泰(理研加速器基盤研究部)、酒井英行(東大CNS)、加瀬昌之(理研加速器基盤研究部)、木寺正憲(同)

 

1.背景


 陽子と中性子で構成された原子核は、私たち自身はもとより、すべての物質を構成しています。このように宇宙を構成しているほとんどの物質は、寿命が無限大の原子核で構成され、安定核と呼ばれています。例えば、私たちのエネルギー源である酸素は安定な酸素同位体によって構成され、未来永劫(えいごう)、酸素であり続けるのです。このような安定核の陽子数と中性子数はほぼ同数です。“ではこのような安定核に、陽子と中性子のいずれか一方だけを次々と加えていくとどうなるでしょうか?”この様に陽子もしくは中性子が過剰な場合、原子核は不安定となり、寿命が有限な不安定核となります。さらにその数を増やしていくとやがて原子核として存在し得る限界に行き着きます。この存在限界は、原子核物理学に関わる基本的な問題です。この素朴な疑問に対する答えを探す試みが世界各国の重イオン加速器施設で行われています。
 中性子過剰な原子核の存在限界は、中性子ドリップ線と呼ばれています。中性子ドリップ線を探る研究は1995年以来、理化学研究所の加速器研究施設で行われており、世界のトップを走り続けてきました。この間、新たに発見された中性子過剰な同位元素は、31F、31Ne、37Mg、38Mg、40Al、41Alで、また存在限界の外側である(存在し得ない)と確認された同位元素は、24N、25N、27O 、28Oです。これらの成果から中性子ドリップ線は、陽子数8の酸素同位体まで実験的に確定しました。この実験事実から、ドリップ線の位置、つまり原子核として存在するための条件は、原子核の形状(核子〔陽子と中性子〕のとりうる軌道の変化)が“球形”か“回転楕円体”かで、大きく異なるのではないかという新たな問題がクローズアップされています。
 では、“酸素(O)よりも陽子数の多い、ネオン(Ne)、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、シリコン(Si)同位元素での中性子ドリップ線はどこにあるのか?”この新たな疑問に答えるべく、世界各国の研究機関はその解答探しに挑戦しています。

 

2.研究手法


 新しい同位元素を発見するためには、これまで発見された同位元素よりもさらに中性子過剰な同位元素を生成する必要があります。しかし、同位元素の中性子過剰度が大きくなればなるほど、その生成確率は大きく減少してしまいます。従って、新しい同位元素を発見するためには、実験施設の能力を大幅に改善することによって実験効率を向上させ、生成確率の減少を克服する必要があるのです。
 これまで理研で挙げてきた成果は、理研リングサイクロトロン(RRC)で得られる重イオンビームと、不安定核ビーム生成装置(RIPS)によって得られてきました。RIPSは、重イオンビームで作られた不安定核を効率よく収集できる装置で、現在世界一の同位元素の収率を誇っています。また、中性子過剰な不安定核の生成確率を上げるためにビーム種の選択が重要であり、本実験では天然に安定に存在する原子核で中性子が比較的多い、48Caを採用しました。このビームを用いてこれまで理研加速器施設では新同位元素を発見してきましたが、このビーム強度は、従来の加速器の性能に比べ一気に約40倍も増え、新しい成果を生み出だすことが可能となりました。
 今回、強力な重イオンビームを得るために採用された加速器系は、理研で推進しているRIビームファクトリー計画(RIBF)の前段加速器系となるものです。RIBFは、増強された直線加速器(RILAC)とRRCなどを駆使した新たな加速器構成により、不安定核の生成効率を一挙に高めることができます。これらの前段加速器系で強力な重イオンビームが得られたことにより、その基本性能の高さを実証することができました。さらにこの強力な重イオンビームに対応するために水冷式回転標的システムも新たに導入するなど、これまでのRIBFへ向けた基盤整備が着実に実を結んでいます。RIPSで生成された不安定核から新しい同位元素を識別する手法は、これまで蓄積された方法を機軸とし、ビームの大強度化によるバックグランド増に対応するため、その除去能力をさらに高めています。

 

3.研究成果


 本研究ではRIBF前段加速器系で加速された大強度48Caビームをタンタル(Ta)標的に照射し、不安定核を生成しました。RIPSで生成される不安定核は、多種多様です。しかしながら、RIPSに設置された検出器は、不安定核一つ一つの陽子数、質量数を決定し、粒子の識別を行うことができます。
 一般に中性子過剰核は、原子核として存在する場合、その寿命は約10−3秒以上、逆に存在しない場合は、寿命は10―22秒程度になり、その中間状態は現在のところ見つかっていません。今回の実験装置で、タンタル標的によって生成した不安定核が、約30m下流の検出器まで到達するまでの飛行時間は、約3×10−7秒です。よって、ある同位元素が原子核として存在しない場合、飛行時間に比べ寿命が極めて短いため、飛行中にすべて崩壊してしまい1個も観測することができません。逆に1個以上観測できれば、同位元素の寿命が飛行時間に比べ十分長かったことを示しており、原子核として存在する原子核といえます。今回、新たに発見された同位元素34Ne、37Na、43Siは、それぞれ2個、3個、4個観測しており、原子核として存在する同位元素です。同時に33Ne、36Na、39Mgは、原子核として存在しない同位元素であることがわかりました。これら同位元素の予想収量は数10以上でしたが、1個も見つけることができなかったからです。
 今回得られた成果と、これまで発表された理論予想との比較から、ネオン、ナトリウムについては中性子ドリップ線に到達できた可能性が高いと考えられます。また、43Siの存在は、中性子過剰核での“魔法数の喪失現象”と深く関わっていることもわかりました。43Siに比べ中性子数が一つ少ない原子核42Siは、魔法数28を持っています。一般に魔法数を持った原子核の形状は、球形と考えられています。しかし42Siでは、魔法数の喪失現象が起こり、回転楕円体に変形することで、43Siの安定性の増加をもたらしていることを示唆する結果が得られています。
 マグネシウムの中性子ドリップ線については、40Mgの存在が鍵を握りますが、今回の実験では1個も見つからず、また予想収量も1個以下だったためドリップ線の場所を確定することはできませんでした。RIBFの超伝導リングサイクロトロンを含む後段加速器系が完成すると、48Caのビームエネルギー、強度がさらに増強され、今回の100倍以上の収量を稼ぐことが可能になります。これによりマグネシウムのドリップ線が確定し、ドリップ線近傍の原子核の性質が次々と明らかにされると予想されます。また、さらに重い原子核をビームとすることで、重い(原子番号の大きい)不安定核の安定性の研究を一挙に進めることができるようになります。

 

4.今後の展望


 ある理論予想によると、存在する原子核の総数は約6000種にも及びます。一方、現在までに存在が確認されている原子核の数は、約2500種のみです。軽い核で見出された研究成果から原子核の安定性の形状による違いが示唆されていますが、今後の研究で存在する原子核の予想総数も大きく変わる可能性もあります。これまでその存在が明らかとなっていない中性子過剰核が、爆発的天体現象や、それに付随する元素生成過程で大きな役割を担うことが理論的に予想され、まずこうした新同位元素の存在を明らかにしていく必要もあります。すなわち、中性子ドリップ線と原子核の安定性に関わる研究は、宇宙の営みはどのように進展するのか、また、自然界の物質の起源はどのような天体現象に由来するのか、そうした疑問に答えることになります。
 一方、新同位元素の発見は、RI生成技術への利用をさらに拡大する上で、出発点となる研究でもあります。以上のような不安定核研究の重要性が世界的に認識され、世界の重イオン施設のアップグレードや新しい計画が次々と提案されています。日本においては理研のRIBF計画が推進されており、現在の軽い核の領域から重い核の領域へ、より中性子過剰な領域へと大きくその研究対象が広がり、原子核の安定性の問題に対する解答に向けて、世界的な貢献をすることが期待されています。

 

 

 

(問い合わせ先)

理化学研究所

重イオン核物理研究室 

客員主幹研究員

櫻井 博儀

(東京大学理学系研究科 物理学教室 助教授)

TEL:048-467-9587

FAX:048-462-4464

TEL:03-5841-4233

FAX:03-5841-7642(東大)

加速器基盤研究部
 RIビームファクトリー計画推進室

徳岡 治洋

TEL:048-467-9696

FAX:048-467-9700

(報道担当)

理化学研究所 広報室        

嶋田 庸嗣

TEL:048-467-9272

FAX:048-462-4715


 

補足説明

 

※1 原子核の存在限界

原子核が存在する場合は弱い相互作用で崩壊する。いわゆるβ崩壊である。弱い相互作用の結合定数は小さいので寿命は10−3秒以上ある。逆に存在することができない場合は、強い相互作用、つまり原子核内で陽子と中性子を固く結びつけている力が安定ではないので、すぐに崩壊してしまう。この際の崩壊に要する時間は、中性子が原子核の周りを1周する程度の時間スケールできまり、10―22秒程度となる。