Press Release

理化学研究所
平成14年7月19日

パーキンソン病の原因となる異常タンパク質の分解メカニズムを解明
− パーキンソン病など神経変性疾患の治療法開発に向けての新知見 − 

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、パーキンソン病の原因となる異常タンパク質を分解するメカニズムを世界で初めて解明しました。理研脳科学総合研究センター(伊藤正男所長)運動系神経変性研究研究チーム(高橋良輔チームリーダー)の今居譲研究員らを中心とした研究グループによる成果です。
 パーキンソン病は、運動機能に重要なドーパミン神経
※1が変性することによって引き起こされます。その結果、手足にふるえが現れ、姿勢維持や歩行に障害が生じ、発病後数年から十数年で寝たきりになります。若くして発病する遺伝性のパーキンソン病は、「パーキン」と呼ばれるタンパク質分解に関わる酵素が機能しないため、ゴミとなった特定のタンパク質がドーパミン神経に蓄積することによって起こります。
 本研究では、パーキンに結合しパーキンの働きを助けるタンパク質「Hsp70」と「CHIP」を同定しました。さらにHsp70とCHIPが、パーキンによる“不要になったタンパク質の分解”を助けることを発見しました。Hsp70は、ゴミとなったタンパク質が神経細胞内に蓄積しておこるアルツハイマー病などの他の神経変性疾患でも、その症状を改善することが報告されているタンパク質であり、パーキンソン病の治療法だけでなく、神経変性疾患に普遍的な治療法開発に寄与するものと期待されています。
 本研究成果は、米国の学術雑誌『Molecular Cell』の7月号に掲載されます。

*高橋良輔(理研脳科学総合研究センター〔BSI〕運動系神経変性研究チーム)、今居譲(同)、端川勉(BSI神経構築技術開発チーム)、赤木巧(同)、中山敬一(九州大学生体防御医学研究所)、畠山鎮次(同)

 

1.背景


 パーキンソン病はアルツハイマー病に次いで罹患人口が多い神経変性疾患です。中脳の黒質と呼ばれる部位のドーパミン神経が選択的に変性脱落してゆき、その結果、運動機能に障害が生じます。しかし、ドーパミン神経が変性する原因に関しては、ほとんど解明されていないのが現状です。高齢者に多い病気であるため、これからの高齢化社会において、この難病の発病機構の解明および治療法の開発が強く要請されています。
 多くのパーキンソン病は孤発性※2ですが、一部には遺伝性のものがあり、現在までに「α−シヌクレイン」と「パーキン」がその原因遺伝子として同定されています。これらは原因遺伝子が明らかであるため、分子生物学的解析が可能です。2000年、理研脳科学総合研究センター運動系神経変性研究チームを含む複数の研究グループによってそれぞれ独立に、“パーキンがタンパク分解に関わる「ユビキチンリガーゼ」という酵素の活性※3をもつこと”、“パーキンの変異が原因のパーキンソン病患者(家族性)ではこの活性がないこと”を発見しました。さらに2001年には、運動系神経変性チームと順天堂大学の共同研究グループによって、パーキンで分解されるはずの膜タンパク質を同定しました。これは正常な形に作られることが非常に難しい「パエル受容体」とよばれるタンパク質で、適切に合成されなかったものはパーキンで分解されます。さらに、“失敗作のパエル受容体が神経細胞に蓄積すると神経細胞が細胞死を起こすこと”、“パエル受容体がパーキンソン病脳組織で蓄積していること”も明らかにしました。
 パーキンは単独ではタンパク質分解に関わる酵素活性が非常に弱いため、研究グループでは、パーキンと協調してその酵素活性を強める分子の存在を想定し生化学的手法を用いて検索しました。

 

2.研究手法と成果


 研究手法としては、パーキンに結合するタンパク質を神経系培養細胞から生化学的に同定し、そのタンパク質がパーキンのユビキチンリガーゼ活性におよぼす影響を調べました。すなわち、パーキンの基質パエル受容体の試験管内でのユビキチン化および細胞内での分解に、どのような影響を与えるかを調べました。また、パエル受容体蓄積による神経細胞死に対する影響も調べました。その結果、以下のような研究成果が得られました。

1)

パーキンに結合するタンパク質「Hsp70」と「CHIP」を同定しました。Hsp70は、分子シャペロン※4と呼ばれるグループに属するタンパク質で、異常なタンパク質を検知し、正しい形のタンパク質に戻す役割を果たすことが知られています。CHIPは、タンパク質の分解に関わる「ユビキチンリガーゼ」という酵素の活性を試験管内でもっていることが分かっていましたが、細胞内での役割はよく分かっていないタンパク質でした。

2)

CHIPは、パーキンの酵素活性を増強し、パーキンの基質である“適切に合成されなかったパエル受容体”の分解を促進することを見つけました(図1)。

3)

Hsp70は、試験管内でパエル受容体を分解する働きはありませんが、正常な形に作られなかったパエル受容体が細胞内で不溶化し分解酵素で分解されなくなることを防ぐ役割をしていることを明らかとしました(図2)。

4)

CHIPとHsp70が同時に存在すると、パーキンのパエル受容体分解活性がもっとも増強されることが明らかとなりました(図3)。

5)

CHIPとHsp70が同時に存在すると、“適切に合成されなかったパエル受容体”による細胞死を効果的に抑制することが明らかとなりました(図4A、B)。

 

3.今後への期待


 パーキンソン病は、中脳黒質のドーパミン神経が選択的に変性する難病です。パーキンソン病の大部分をしめる孤発性のパーキンソン病において、変性しつつあるドーパミン神経内にタンパク質が不溶化し蓄積した塊(レビー小体)がしばしば見られます。この事実は、孤発性のパーキンソン病においてもパエル受容体のように正常な形に作られることが難しいタンパク質が神経細胞に蓄積し、神経細胞死が起こっていることが予想されます。パーキンソン病に加え、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症、ポリグルタミン病、プリオン病などの神経変性疾患においても異常タンパク質の蓄積がそれらの原因として疑われています。本研究の成果であるタンパク質の不溶化を防ぐHsp70と異常なタンパク質の分解を助けるCHIPの働きの発見から、異常なタンパク質の蓄積による疾患の普遍的な治療法が開発されることが期待されます。

 

 

 

 

(問い合わせ先)

理化学研究所 脳科学総合研究センター 運動系神経変性研究チーム 

研究員

今居  譲

TEL:048-467-6072  

FAX:048-462-4796

脳科学総合研究センター 

脳科学研究推進部

田中 朗彦

TEL:048-467-9596

FAX:048-462-4914

(報道担当)

理化学研究所 広報室        

嶋田 庸嗣

TEL:048-467-9272

FAX:048-462-4715


 

補足説明

 

※1 ドーパミン神経

中枢神経の中脳の黒質(こくしつ)という場所にあり、ドーパミンという運動機能に大変重要な役割を有する神経伝達物質をつくる神経細胞。黒質という名前は、ドーパミン神経がメラニンという黒い色素を含んでいるため、肉眼的に黒くみえることに由来する。パーキンソン病でドーパミン神経が脱落すると、黒質は肉眼的にも黒さを失う。


※2 孤発性

原因が分からず突然発病すること。遺伝はしない。


※3 ユビキチンリガーゼ活性

細胞内の寿命の短いタンパク質の多くは、ユビキチンという小さなタンパク質が鎖のように多数結合することによって、プロテアソームというタンパク質分解酵素に認識されて、分解される。つまり、ユビキチンはタンパク質分解の“目印し”の役割を果たす。タンパク質のユビキチン化には3種類の酵素が必要で、ユビキチンリガーゼ(略称:E3)はそのひとつである。ユビキチンリガーゼは限られた特定のタンパク質(基質という)とのみ結合し、ユビキチン結合酵素(略称:E2)と協力して、基質のユビキチン化をおこなう。ユビキチンリガーゼが活性を失うと、基質タンパク質はユビキチン化されなくなることから、プロテアソームによって分解されなくなり、細胞のなかに異常に蓄積する。

※4 分子シャペロン

分子シャペロンとは、タンパク質の折りたたみを促進する重要なタンパク質。さらに、できたばかりのタンパク質を本来働く位置に連れていったり、故障してしまったタンパク質を検知して修理する役割を持っている。真核生物では、「Hsp(Heat shocke protein)70」と「シャペロニン(Hsp60)」が代表的なものとして知られている。

 


 

図1:

「CHIP」はタンパク質分解に関わるパーキン酵素活性(ユビキチンリガーゼ活性)を増強する

試験管内で、パーキンとCHIPを組み合わせて、パエル受容体の分解反応を観察した。CHIPの量を増やしていくと、分解反応(ユビキチン化)が促進される。

 

 



 

 

<正常な形のパエル受容体>

<適切に作られず不溶化したパエル受容体>

 

図2:

「Hsp70」の発現量を増やすと不溶化したパエル受容体の量のみが減る

パエル受容体を発現した細胞(+)にHsp70を量を違えて入れ(少多)、それぞれのパエル受容体の量を観察したもの。

 


 

 

正常な形のパエル受容体

適切に作られず不溶化したパエル受容体
(ミスフォールドなパエル受容体)

 

図3:

「パーキン」、「CHIP」、「Hsp70」を組み合わせると、適切に作られなかった(ミスフォールドな)パエル受容体が最も効率よく分解される

パエル受容体を発現した細胞にパーキン、CHIP、Hsp70をさまざまな組み合わせで遺伝子導入し(+)、細胞内のパエル受容体の分解を観察したもの。パーキンだけでは、ミスフォールドなパエル受容体の除去が不十分である。パーキンとCHIPを組み合わせると、ミスフォールドなパエル受容体の量が減るが、正常な形のパエル受容体も減ってしまう。一方、パーキン、CHIP、Hsp70を組み合わせて遺伝子導入すると、ミスフォールドなパエル受容体のみが効率よく分解される。

 


 


 

 

 

 

図4:

パエル受容体の蓄積により細胞が死ぬとき、一緒に「パーキン」、「Hsp70」、「CHIP」を発現させるとどうなるか?

(A)

試薬によってパエル受容体を発現誘導し、細胞死を起こすことができる細胞に、パエル受容体発現誘導後、パーキン、Hsp70、CHIPの遺伝子を導入し(+)、生存性をグラフに表した。

(B)

試薬によってパエル受容体を発現誘導し細胞死を起こさせられる培養神経細胞に、パエル受容体発現誘導後、遺伝子を導入した。目印として赤色蛍光タンパク質の遺伝子(DsRED)のみを導入した細胞(左写真、赤)や遺伝子の入っていない緑色の細胞(写真)は、丸い形をして死につつある。
いっぽう、DsREDに加えパーキン、Hsp70、CHIPの遺伝子を導入した細胞(右写真の赤)は、突起を伸ばし、正常な細胞の形態をする。

 


 

 

  

図5:

「CHIP」と「Hsp70」が神経細胞を守るしくみ