Press Release

理化学研究所
平成14年5月17日

脊椎動物の顎が発生・進化するメカニズムの証拠を世界で初めて発見 

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、脊椎(せきつい)動物の進化における顎(あご)の獲得において、ある同じ遺伝子が、胚の発生時に、それまでとは異なる場所に働きかけて顎を形成させるようになったことを世界で初めて明らかにしました。岡山大学理学部、新潟大学医学部の協力のもと、理研神戸研究所発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態進化研究チームの倉谷 滋チームリーダーらの研究チームによって得られた成果です。
 原始的な脊椎動物は顎を持っておらず、脊椎動物の顎は、進化により二次的に獲得されたと考えられています。獲得の過程を探るためには、現在生きている顎を持たない脊椎動物の一つ、ヤツメウナギの胚発生を理解することが近道です。研究グループでは、顎を持つ脊椎動物において顎の構造(前後軸)を決定する遺伝子をヤツメウナギから単離し、その発現パターンと発現機構を調べました。その結果、ヤツメウナギ幼生の口(上唇と下唇)の発生が、顎を持つ脊椎動物の上顎と下顎の発生と同じ機構になっていることが分かりました。しかしながら発生パターンの分析から、それらは別の細胞群によって構成されており、同じ遺伝子が別の場所に働きかけて、顎という新しい構造を作りあげていると考えられます。
 進化において、真に新しい形態(進化的新規形態)は、祖先から受け継がれてきた従来の形態と相同ではない、新しいパターンとしてできあがります。その背景には、それまで働いていた遺伝子が場所を変えて、新しい構造を作る働きをするという「異所性:ヘテロトピー」があることが理論的には言われていました。本研究成果は、まさにその数少ない実例の一つとして、ヘテロトピーによる新規形態の進化の証拠を示したものです。
 本成果は、米国の科学雑誌『Science』(5月17日号)に掲載されます。

 

1.背景


 進化的変化には、2つのカテゴリーがあります。ひとつは変形による適応です。例えば、コウモリの翼は見事な進化の産物ですが、その中身はまったく私たちの腕と変わるところはありません。コウモリの進化において、祖先の発生プログラムの基本部分は変更されず、その結果として腕としての形態パターンの相同性は保存されます。一方、祖先が持っていた発生プログラムを打開することで、まったく新しい形を作ってしまうことがあります。この場合は、相同性は失われてしまいます。そして、この変化こそが真に新しい形態であり、“進化的新規形態”と呼ばれます。カメの甲羅もそういった形態要素である可能性が高いと考えられます。
 形態進化研究チームでは、これら進化的形態変化の分子レベルでの理解を目指しています。つまり、進化の場面において「どの遺伝子が選択されたのか?」、「そういった遺伝子は発生上いったい何をしているのか?」、そして「実際に問題となる表現型、つまり新しいかたちをもたらす要因になっているのか?」を捉えることが、進化の真の理解につながると考えられます。そして今回、脊椎動物の顎の起源について研究を進めました。
 古生代初期の脊椎動物は顎を持たず、無顎類と総称されており、顎が新しく二次的に生じてきた構造であることだけは間違いありません。顎を持った新しいグループ、それは実際には現在の脊椎動物のほとんどを含んでおり、これを顎口類と呼びます。古来、形態学者は、顎の獲得が脊椎動物の最も大きな進化のステップであると考えていました。では、顎は適応によって生じたのでしょうか、それとも基本的発生プログラムの変更を伴う新規形態なのでしょうか?

 

2.研究の手法と成果


 顎の形成が新規形態なのか知るためには、顎口類と無顎類の発生プログラムを検索し、比較することをおいて他にはありません。そこで、入手しやすく、発生観察も容易なヤツメウナギの一種、カワヤツメ(Lampetra japonica) を材料として選び、実験を行いました。私たちの顎は、頭部骨格系の一部として発生します。この骨格系は神経堤間葉と呼ばれる細胞群からできてきます。つまり、“顎を作るかどうか”、“それをどうやって作るか”という問題は、“神経堤間葉のどこに顎を作るための特異的な遺伝子発現を獲得するか”という問題につきます。そこで、カワヤツメの頭部の形態をつぶさに観察したところ、この動物にも頭部には同じ細胞群があり、同じようなマスターコントロール遺伝子の発現が見られ、基本的な胚形態は顎口類と同じであることが分かってきました。
 ヤツメウナギは、アンモシーテスと呼ばれる幼生期(図1)を過ごし、そのときに上唇、下唇という構造を口の上下に発達させます。これが果たして脊椎動物の上下顎と同じものなのでしょうか。これらが相同だとすると、上の定義に従えば、顎というのはそもそも変形にすぎないということになります。そこで、初期咽頭胚ではなく、少し後期の胚における遺伝子発現を観察しました。ここでは、口器の基本的設計が成立します(図2)。例えば、私たちの顎の先端と基部を作る分子メカニズムが発動するのも後期咽頭胚においてです。ここで中心的意義を持つのは、上皮と神経堤間葉との間の相互作用であり、まず、顎の基部にはDlx1というホメオボックス遺伝子が発現し、先端部には同じくMsx1が発現します。この領域特異的な遺伝子が、私たちの顎の形態パターンの基礎となるわけですが、このパターンは、上皮に由来する成長因子に起因します。つまり、基部の上皮からはFGF8が由来し、これがDlx1の上流因子となっています。一方、先端の上皮は別の成長因子であるBMP4を分泌し、これが神経堤間葉に作用してMsx1発現を誘導します。この分子システムが、ヤツメウナギではどうなっているのでしょうか。
 そこで、上の遺伝子群の相同遺伝子群をヤツメウナギより単離し、それらの発現パターンを観察したところ、あたかも上下唇が上下顎と相同物であるかのような発現パターンを示しました。それだけではなく、ヤツメウナギ胚に哺乳類の成長因子を過剰に与えると、内在的なヤツメウナギの遺伝子の発現が促進されることも分かりました。このことから、FGF8とBMP4 を介した分子機構は全脊椎動物の共通祖先においてすでに存在していたことが分かります。
 では、“唇と顎は相同なのでしょうか?”。すでに2001年に発表された胚発生学的記載で研究チームが提唱していますが、Dlx1の発現する領域は、ヤツメウナギと顎口類で違うらしいことが分かっています(図3)。目の後ろにある神経堤間葉は、ヤツメウナギでは上唇として分化しますが、ニワトリでは鼻軟骨の一部になります。つまり、相同遺伝子の発現パターンは、形態レベルでは相同ではないのです。おそらく、成長因子FGF8の広がりが両者においてそもそも違うのでしょう。そして、その違いは進化的発生プログラムの変化を反映したものなのだろうという考えに達しました。
 胚における組織間相互作用が遺伝子の局所的発現の下地であり、しかもそれが進化的変化の一因であるなら、ニワトリの初期胚でFGF8の広がりをヤツメウナギのものと同じにしてみたらどうなるのでしょうか。事実、ビーズを用いることでFGF8の標的遺伝子(Dlx1)の発現領域をヤツメウナギと同一にすることができました(図4)。これは、成長因子の分布を仮想的祖先状態に引き戻してやれば、標的遺伝子の発現パターンも祖先的状態に立ち戻れるということを示しています。これは、顎の進化の背景に成長因子の分布変化があったという仮説と整合的です。

 

3.今後の展開


 FGFとBMPによるシグナル系は、脊椎動物の遠い祖先にすでに存在していたという意味では相同な機構といえます。これは、顎が進化するための下地として見るべきものであって、相同な形質を見るための指標ではありません。むしろ、形態的相同性は顎の進化において失われたと見るべきです。ここでは、組織間相互作用の場所がずれることが顎の進化の下地にあったと考えられるのです。このような「場所の変化による発生パターンの変化」は、「ヘテロトピー」と呼ばれます。本研究は、祖先的発生プログラムがヘテロトピー的な変更を受けたため、相同性が失われ、同時に新規な形態として顎が成立したことを明らかにしたものです。
 研究チームでは今後、“いったい何がFGF8の分布パターンを狭めることになったのか”、“そこには再び組織間相互作用が関わっているのか”、あるいは“Fgf8遺伝子の制御機構が変化したために生じた変化なのか”を明らかにする必要があると考えています。この問題には、そもそも脊椎動物の口はどのようにして成立したのか、そして脳下垂体や鼻との位置関係はどのようにして定まったのかなど、顎だけではなく、私たちの顔そのものの成立をも含む興味深い問題が関わってくるのです。

 

 

 

(問い合わせ先)

理化学研究所 神戸研究所

発生・再生科学総合研究センター

形態進化研究チーム チームリーダー   倉谷  滋

TEL:078-306-3064

FAX:078-306-3067

神戸研究所 研究推進部         今泉  洋

TEL:078-306-3005

FAX:078-306-3039

(報道担当)

理化学研究所 広報室            嶋田 庸嗣

TEL:048-467-9272

FAX:048-462-4715


 

 

 

図1 カワヤツメのアンモシーテス幼生

 

 

 


 

 

 

図2 顎口類の顎の基本設計

 

 


 

 

 

 

図3 遺伝子発現の違い

 

 

  


 

 

 

 

図4 FGF8ビーズを与え、ニワトリDlx1発現パターンを
ヤツメウナギのパターンに変化させる実験

  

 

 


 

 

図5 顎の進化発生学的シナリオ