Press Release

理化学研究所
平成14年5月9日

自動結晶化観察ロボットシステム「TERA」の開発
― “構造ゲノム科学”研究を推進する強力なツール ― 

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 理化学研究所(小林俊一理事長)はこのたび、大型放射光施設SPring-8の放射光を用いたタンパク質の構造解析に使用する結晶を自動生成するとともに、結晶の成長状況を管理できる“オールインワン”のロボットシステム「TERA(テラ)」を世界で初めて開発し、本格的に運用を開始しました。理研播磨研究所構造生物物理研究室の宮野雅司主任研究員(ハイスループットファクトリー・ファクトリー長)、菅原光明研究員および竹田理化工業株式会社、エステック株式会社、アドバンソフト株式会社による研究成果です。
 本システムでは、72穴の結晶化プレート2,500枚をバーコードで管理し、プレートごとにpH、沈殿剤や添加物の種類、濃度といった条件を変えてタンパク溶液を仕込むことができます。さらにバーコードで管理された観察スケジュールに沿って自動で顕微鏡写真を撮影。写真を画像データとしてデータベースに取り込み、ウェブ上で結晶の状態を評価・観察が行えるなど、一連の作業が一つのシステムで効率的に行えることがTERAの最大の特徴となっています。
 タンパク質の構造を決め、その機能を探る“構造ゲノム科学”研究は、急速な勢いで進展しており、国際的に競争が激化しています。優れたタンパク質結晶を迅速に生成し、SPring-8から発せられる強力な放射光で構造解析することは、わが国が構造ゲノム科学研究をリードしていく上で極めて重要です。本システムの本格稼働により、今まで手作業に頼ってきたタンパク質結晶化の作業効率が飛躍的に向上するものと期待されます。

 

 

1.背景


 20世紀から21世紀の橋渡しの時期にヒト全ゲノム配列の概要が発表され、物理の世紀から生命の世紀へ新しい科学の展開を予感させるものとなりました。われわれの体の中には、5万から10万種類のタンパク質があり、さまざまな機能を担っています。ところが、ヒトゲノム解析によってタンパク質の設計図である遺伝子は3万個ほどしかなく、この遺伝子情報だけでは、タンパク質の多様な機能や種類を説明することができません。そこで、遺伝子をコードしているタンパク質の働きと機能を明らかにするポストゲノム研究の果たす役割が重要となってきました。タンパク質の立体構造と機能を解明することは、生命を理解するだけではなく、産業への応用、特に医療や創薬に大きく貢献することになります。理化学研究所は、当初からタンパク質の機能解明に向け、網羅的なタンパク質の立体構造解析に基づく分子機能推定によってゲノムの機能解明を目指す“構造ゲノム科学”を先導してきました。昨今では、ISGO (International Structural Genomics Organization) ※1による国際協調と、産業界を巻き込んだ成果の応用競争が進んでいます。
 タンパク質の原子構造決定の大きな柱は、放射光を使ったX線結晶構造解析とNMR(核磁気共鳴装置)です。1990年代以降、タンパク質工学の発展を基礎にした放射光の利用、およびコンピューター性能の劇的向上は、構造解析計算など多くの技術進歩をもたらし、さまざまな生物種の多様なタンパク質を扱う構造ゲノム科学を現実的なものとしました。しかしながらタンパク質X線結晶構造解析は、タンパク質試料の調製、結晶化、回折実験、構造計算と段階を経て行うため、極めて幅広い分野の協力のもと、多くの人手と時間を必要とします。このため、タンパク質構造解析のハイスループット化(大量・高速化)を目指すためには、技術的なブレークスルーが必要となります。

 

 

2.自動結晶化ロボット「TERA」


 タンパク質結晶構造解析はすでに良質の結晶があれば1週間以下で構造決定できます。しかしながら、良質の結晶を得ることが最も大きなボトルネックとなっています。X線解析ができる高品位の結晶を作るためには、数ヶ月から数年かかることが普通でした。さらに、その過程において、数百から数千、数万にもおよぶ条件の結晶化実験とその観察結果など膨大なデータを整理、管理する必要があり、大変な労力を要します。このため、研究グループでは、このボトルネックを解消するため、結晶化をより速く、効率的に行うための自動結晶化観察ロボットシステム「TERA」を開発しました。
 TERAは、結晶化および結晶観察作業をスケジュール管理や、撮影した結晶写真を登録したデータベースを含め、すべての構成ユニットをパソコンにより自動的に統合運用できます。TERAは、世界中で広く使われている英国・ダグラス社のIMPAXと同じ、72ウェルのマイクロプレートを使って1μPスケールのオイルバッチ法で結晶化を行うことができる「ディスペンサーロボット」や、顕微鏡を用いて自動的に結晶を撮影する「結晶化ウェル自動観察装置」、2,500枚の結晶化用プレートと125枚の結晶化試薬プレートを保管できる「プレート保管・搬送ユニット」、おのおのの装置間を連携する「プレートセッティングロボット」で構成されています。すべてのプレートは、識別のために組み込まれた「バーコード印刷・読み取りシステム」により管理され、現在、24時間無人運転で作業を行っています。1日あたり、結晶化は32プレート2,304条件、観察は100プレート7,200条件の処理が可能です。
 「結晶化試薬保管庫」には、それぞれのタンパク質の標準結晶化条件として、初期スクリーニング用144条件一つ一つにpHと沈殿剤濃度を展開し、精密化した3,460種類のグリッドスクリーニング用沈殿溶液、さらに結晶の質改善に効果があるとされる48種類の添加剤溶液をあらかじめ調製して保管しています。このため、結晶観察結果を、結晶化条件改良へフィードバックすることができ、幅広い条件での結晶改良実験を同じパソコンのコンソールからすぐに行うことができます。また、結晶観察作業スケジューラーを使えば結晶化ドロップの状態の経時変化を自動的に画像イメージとして定期的に撮影し、保存することができます。さらに、全自動結晶化システムからのあらゆる情報は、理研播磨研究所で展開している「ハイスループットファクトリー」※2全体の実験データを一括管理する「HTPF-DB」に自動的にアップロードされ、結晶観察評価や結晶化作業の要求は、ネットワーク上でウェブ・ブラウザーを使って分散処理することができます。

 

 

3.今後の展望


 結晶化観察ロボットシステム「TERA」の導入によって、今まで手作業で行っていた結晶化と結晶観察作業が、自動で、しかも24時間無休で行えるようになり、さらに結晶化の再現性が大幅に上がりました。本システムの活用によって、緊張を強いられる結晶化、結晶観察の厳しい作業、特に低温下の過酷な作業環境から研究者、研究補助者を解放し、結晶化・観察評価作業の大幅な効率化を果たすとともに、これからますます増大するタンパク質試料に人をそれほど増やさず対応できるようになります。
 また、結晶化作業の履歴、結晶化ドロップの観察画像など結晶化作業をするうえで扱わなければならない膨大なデータが自動的に電子記録されるため、いつでも統一した画面から必要なデータにすぐにアクセスして利用できるようになります。今後、多くのサンプルについて蓄積された膨大な実験データを有機的に使い、標準結晶化条件の改良による結晶化率の向上、結晶画像の自動化評価の確立などにより、さらなる結晶化のハイスループット化が展開できます。さらに理研では、新たに設置した構造ゲノムビームライン(BL26B1/BL26B2)で、サンプルを自動的に実験装置にセットする「自動結晶マウントロボット」などを開発しています。今までは、結晶を実験装置にセットするごとにX線遮蔽ハッチの外へ出なくてはなりませんでしたが、これらの自動化ロボットによって全自動で52サンプルを連続的に検討し、必要な結晶の回折データセットを終夜、自動運転で取得することができるようになります。自動結晶マウントロボットなどの稼働によって、今まで結晶を実験装置にセットするのに30分以上かかっていたものが、約5分で結晶の回折の質判定が可能となります。
 TERAは本年3月より試験運用を始めてから、すでに61サンプルの結晶化を行ない、そのうち53サンプルで結晶成長するという優れた結果が得られています。また、人手では困難な微量サンプルの結晶化が行えるため、もう一つの大きなボトルネックであるタンパク質解析のためのタンパク質生産スケールを小さくできます。さらに、より多くの結晶化条件の検討が可能となり、コスト低減に大きく寄与できるものと考えられます。本システムの本格稼働により、大量生産が困難で、重要なタンパク質での結晶化を成功に導く確率が高くなり、研究の質的な向上効果も期待されます。

 

 

 

 

(問い合わせ先)

理化学研究所 播磨研究所

構造生物物理研究室 主任研究員      

宮野 雅司

(ハイスループットファクトリー ファクトリー長)

TEL:0791-58-2815    

FAX:0791-58-2816

研究員 

菅原 光明

TEL:0791-58-2815    

FAX:0791-58-2816

播磨研究所 研究推進部     

西村 勇人

TEL:0791-58-0900

FAX:0791-58-0800

(報道担当)

  

広報室           

嶋田 庸嗣

TEL:048-467-9272

FAX:048-462-4715

 


 

補足説明

 

※1 ISGO(International Structural Genomics Organization)

 構造ゲノム科学国際機構(ISGO)は、2001年4月に米国バージニアで開かれたエアリー会議(NIGMS〔米国NIH〕、 Wellcome trust〔英国〕、 文部科学省共催)における基本合意(Airlie Agreement*1)に基づき、次回2002年10月にドイツのベルリンで開かれる国際構造ゲノム科学会議(ICSG2002*2)において、構造ゲノム科学を国際的協調と協力のもとに進めるために決定される最終合意に基づいて運営される予定である。現在、幹事として理研ゲノム科学総合研究センターの横山茂之プロジェクトディレクター(タンパク質構造・機能解析グループ)を含む3人(日・米・欧から各1人)が選ばれ、各論については各タスクフォース(部会)によって議論されている。  重要な基本合意は、

(1)

国際的協調の中で公的資金によって行われる構造ゲノム科学プロジェクトで決定されたタンパク質立体構造は、速やかに PDB(Protein Data Bank)*3にその原子座標を寄託しなければならない。また、タンパク質立体構造の産業上の重要性を考慮して必要な知的財産権の確保を認めるが、寄託された原子座標は6ヶ月を越えて公開を遅らせる(hold)ことはできない。

(2)

不必要な重複努力を避けるために決められた方法とタイミングで、進行中すべてのタンパク質立体構造解析の進捗を公開する。

 

*1) http://www.nigms.nih.gov/news/meetings/airlie.html#agree

 

*2) http://www.proteinstrukturfabrik.de/ICSG2002/index.html

 

*3) http://www.rcsb.org/pdb/strucgen.html

 


※2 ハイスループットファクトリー

 理化学研究所で先行してきた構造ゲノム科学研究をもとに、理研播磨研究所の生物グループの一つであるストラクチュロームグループ(倉光成紀グループリーダー)と協力して、ハイスループット化に必要な技術開発を含め、放射光結晶構造解析を集中的に進めるために2001年4月から播磨科学公園都市内のSPring−8キャンパスにある理研播磨研究所にハイスループットファクトリー(HTPF)が設置された。現在、タンパク質発現精製、結晶化、結晶解析1、2そして情報解析チームの5チーム体制(研究補助を含めてスタッフ約50人)で活動している。昨年末には、研究拠点となるハイスループット棟が完成し、さらにSPring−8に構造ゲノムビームライン(BL26B1/BL26B2)を、全自動タンパク質結晶回折データ収集ビームラインとして本格稼働を目指し建設中。
 理研では、播磨研究所の大型放射光施設(SPring−8)と横浜研究所のNMR(核磁気共鳴装置)施設との有機的な連携を目指して「構造プロテオミクス研究推進本部(RSGI:RIKEN Structual Genomics / Proteomics Initiative)を2001年4月に発足させた。HTPFは、理研横浜研究所ゲノム科学総合研究センター(GSC)の横山茂之プロジェクトディレクターの率いるNMR、タンパク質発現を中心に研究行っているGSCタンパク質構造・機能解析グループと協力・協調体制で進めている。