Press Release

理化学研究所
平成14年4月19日

植物の成長を促進させる新しい因子を世界で初めて発見
− 食糧増産に向けた新しい植物成長制御技術の開発 −  

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、植物の成長促進などに関わる植物ステロイドホルモン、「ブラシノステロイド」の情報を核内に伝える働きをする新規タンパク質を世界で初めて発見しました。理研植物機能研究室の吉田茂男主任研究員、浅見忠男副主任研究員、中野雄司研究員、および米国・ソーク研究所の研究グループによる成果 です。
 研究グループは、理研で開発したブラシノステロイドの生合成を阻害する薬剤を活用し、この阻害剤でブラシノステロイドの量 が減少しても健全に伸長するシロイヌナズナの変異体を発見。この変異体では、ホルモンの情報を細胞質から核内へ移行して伝達するタンパク質に変異が起きていることを明らかにしました。この変異タンパク質が常に核内に存在し続けることで、ホルモン情報のシグナルが常に「オン」の状態となり、ブラシノステロイドによる効果 が持続していると考えられます。この変異を農作物にも応用することによって、高価なブラシノステロイドを使用することなく、成長促進、収穫量 の増加、環境ストレス耐性などを農作物に持たせることが可能となります。また、発見されたタンパク質は、核内へ情報を伝達する新規の物質であり、動物においても類似のタンパク質が存在することが予想され、医学分野での研究の発展に寄与する可能性が期待されます。
  本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell』4月19日号に掲載されます。

 

1.背景


 植物ホルモンは、植物の生体内に存在し、さまざまな生理現象をもたらす化学物質です。その中の一つで、植物の成長に関わる「ブラシノステロイド」※1は、植物に与えることによって植物の成長を促進させたり、収穫量 増加や環境ストレスに対する耐性を高めるといった効果があります。しかし、農作物などの育種開発において重要な利点があると認識されていながら、ブラシノステロイドは高価であることや、実際に薬剤処理した場合でも植物内への浸透・移行性や物質的な安定性などに問題があることから、実際に使用されるには至っていませんでした。
 一方、ブラシノステロイドに関する研究開発を進めてきた理研植物機能研究室では、ブラシノステロイドの生合成を自在に制御できる阻害剤「ブラシナゾール(Brz)」※2の開発に成功しました。この阻害剤で処理した植物はブラシノステロイドが欠損するため、非常に小さくなります。研究室ではこれまでBrzを使ってブラシノステロイドに関わるさまざまな遺伝子を発見し、多くの研究成果 をあげてきました。
 今回研究グループは、このBrzで処理しても小さくならないシロイヌナズナの変異体を発見しました。変異体はブラシノステロイドの生合成が阻害されて濃度が減少しているのにもかかわらず、通 常の野生体と同様に成長します。つまり、ブラシノステロイドそのものは減少していますが、細胞外から伝えられるブラシノステロイドの“成長せよ”という情報の量 は変化していない、もしくは増加していることを示しています。そこで、ホルモン情報を伝える仕組みそのもの変化がおきているはずであると考え、変異を起こした原因となる遺伝子を突き止めるべく研究を進めました。

 

2.研究の手法と成果


1)

理研で開発されたブラシノステロイド生合成阻害剤Brzで処理された植物体は、生育の各ステージで多くの成長障害を引き起こします。その中で研究グループは発芽直後の植物体の形態に注目しました。暗所下で発芽した植物体は通 常“もやし”になりますが、Brzで処理された植物体は、双葉が開き太く短い茎ができるという光が当ったような形態である「光形態形成」を起こします。そこで、暗所下でなおかつBrz処理で再び“もやし”になる突然変異体は、ブラシノステロイドの情報伝達が活性化された変異体であると予測し、変異体bil1 (Brz-insensitive-long hypocotyl=Brz:非感受性徒長型下胚軸)を選抜しました。

 

 

2)

理研で得られたbil1変異体と同時期に、ソーク研究所でも独立してbzr1変異体、bes1変異体というブラシノステロイドの情報伝達に関わると考えられる突然変異体が得られていました。そこでソーク研究所との共同研究によって、まず、bzr1変異体の変異原遺伝子が単離され、その情報を基にしてbil1変異体、bes1変異体の原因となる変異遺伝子が確定されました。BIL1/BZR1は同一遺伝子で、理研・ソーク研究所の両者がそれぞれ発見した遺伝子です。後に発見されたBES1も、BIL1/ BZR1と90%の相同性を示す、ファミリー遺伝子(BIL1/BZR1/BES1)であることが分かりました。

 

 

3)

ファミリー遺伝子であるBIL1/BZR1/BES1由来のタンパク質は、通 常、細胞質に存在しますが、外部からブラシノステロイドを与えると10分以内に核へ移行することが、蛍光タンパク質GFPを用いた実験で明らかになりました。この移行はブラシノステロイドによる刺激に特異的であり、光やほかのホルモン(オーキシンやサイトカイニンなど)では反応しません。また、変異を起こした遺伝子由来のタンパク質は、常に核の中に存在することが分かりました。つまり、変異体では、ブラシノステロイドがなくても、常にブラシノステロイドの情報が核に伝えられている状況になっていることが推測されます。

 以上の結果から、BIL1/BZR1/BES1は、ブラシノステロイドの情報を細胞質から核内へ 伝達する「シグナルトランスポーター」本体であることが分かりました。つまり、今回得られた突然変異体では、細胞質から核へ移行するはずのBIL1/ BZR1/BES1が、常に核内に存在してブラシノステロイドの刺激(情報)を絶えず「オン」の状態にし、遺伝子の転写 を活性化していると考えられます。そのため、阻害剤Brzの処理によってブラシノステロイド量 が減少しても、植物は成長することができるということが明らかになりました。

 

3.今後の展開


 今回発見した遺伝子は、1塩基の変異で、植物内のブラシノステロイドの情報を常に「オン」にし、ブラシノステロイドによる効果 を持続させます。よって、この変異を穀物などの農作物に持たせることにより、高価なブラシノステロイドそのものを使用したり、遺伝子操作することなく、植物の成長をより促進させ、収穫量 の増加・乾燥や低温などのストレス耐性を付与することが可能となります。つまり、ホルモン使用の代替技術として食糧・環境問題に貢献することが期待されます。
 さらに動物などでは、「ベーターカテニン」という、細胞質から核へ移行して情報を伝達するタンパク質が以前から知られています。このタンパク質は、体づくりや、がんなど病気に関わる多くのシグナル伝達に関係していることが明らかになっています。今回、同定されたBIL1/BZR1/BES1は、それとはまったく異なる新規のタンパク質であり、類似したものが動物でも発見されると、生物学および医科学の分野で新しい知見を与える可能性があります。
 研究グループでは今後、本研究によって明らかになった成果をもとに、BZR1/BIL1とBES1それぞれの役割分担や、受容体から核内を終点とするまでの一連の情報伝達に関わる因子探索などを進めていく予定です。

 

 

 

 

(問い合わせ先)

理化学研究所 

植物機能研究室

副主任研究員

浅見 忠男

研究員

中野 雄司

TEL:048-467-9526 FAX:048-462-4674

E-mail:tasami@postman.riken.go.jp

(報道担当)

広報室   

仁尾 明日香

TEL:048-467-9271 FAX:048-462-4715

 


 

補足説明

 

※1 ブラシノステロイド

6種類ある植物ホルモンの1つ。ステロイド骨格を持ち、植物に対して伸長促進作用を示す一群の植物内在性化合物である。細胞伸長、細胞分裂、維管束の分化、エチレン生合成の促進、ストレス耐性の付与(耐冷、耐病など)など、さまざまな生理作用を示す。ブラシノステロイドの生合成経路が欠損した変異体植物は、とても小さくなる。


※2 ブラシナゾール(Brz)

植物体のブラシノステロイド生合成経路を阻害する化合物。1998年に理研植物機能研究室が発見した。Brzを植物に処理することにより、生合成欠損変異体と同じような形・大きさを示す。従来の一般 的な方法、つまり遺伝子を変えてブラシノステロイド欠損状態にした植物を入手する方法では、時間的にも大変な作業となる。しかし、この薬剤を使用することにより、すべての植物のあらゆる成長時期や部位 で、ブラシノステロイド欠損状態にすることができるため、植物成長に関するブラシノステロイドの機能を明らかにすることが可能となる。さらに、この薬剤を利用した新たな植物成長調節法の開発を目指し、現在、コンソーシアムで展開中である。

 

 


 

 

Brzは特異的なブラシノステロイド生合成阻害剤である

〜Brzの植物を小さくする効果〜

 

 

 

 

 


 

 

 


 

 

 

  


 

 

  


 

 


 

 

 


 

ブラシノステロイドの情報伝達機構