Press Release

理化学研究所
平成14年2月26日

植物の乾燥ストレス耐性が向上する新しい技術を開発 

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、オリゴ糖※1の合成を制御する遺伝子を過剰発現させることにより、植物に乾燥ストレス耐性を付与させることに成功しました。理研植物分子生物学研究室の篠崎一雄主任研究員、太治輝昭氏(ジュニア・リサーチ・アソシエイト)による成果です。
 研究グループは、種子が乾燥する過程で蓄積する「ラフィノース属オリゴ糖」が、植物体においても乾燥耐性の獲得に重要であることを発見。このオリゴ糖の合成を制御する遺伝子を人為的に過剰発現させたシロイヌナズナは、乾燥耐性を持つことが分かりました。用いた遺伝子は、多くの高等植物で共通して存在しているため、農作物などへ応用することによって、半乾燥地での農耕地の拡大や砂漠地帯の緑化など食糧問題・環境問題の解決に本技術が広く貢献すると期待されます。また、カロリーオフ甘味料や整腸剤としての、ラフィノースの生産効率を上げる方法として産業応用にもつながると考えられます。
 本研究は味の素株式会社と共同で行われ、成果の詳細は英国の科学雑誌『Plant Journal』ホームページ上で公開されたとともに、2月号に掲載されます。

 

1.背景


 農作物をはじめとする植物にとって乾燥による水分の欠乏は、その生長や収穫量に最も影響を及ぼす要因の一つです。干ばつは、農作物に甚大な被害を与えるだけでなく、半乾燥地やその周辺における砂漠化といった環境問題まで引き起こすため、こうした環境に耐えうる植物の開発が求められています。理研植物分子生物学研究室では、これまでに、種子の成熟や乾燥ストレスに重要な役割を果たしている植物ホルモン「アブシジン酸(ABA)」の合成を制御する遺伝子や、乾燥ストレスによって誘導される転写因子を用いて、乾燥ストレスに対して耐性を持つ植物の作出に成功してきました。
 今回、研究グループは、乾燥に耐えるため植物種子が獲得したメカニズムに着目しました。種子はその成熟課程において乾燥耐性に必要な物質を蓄積し、水分含有率が1〜5%の極限の乾燥状態に適応します※2。その蓄積物質である「ラフィノース属オリゴ糖」は、「ガラクチノール」という糖アルコールを基質として合成されるオリゴ糖で、「ラフィノース」、「スタキオース」がその中に含まれます(図1)。これらは種子の成熟課程において蓄積がみられることから、乾燥耐性の獲得に重要な役割を持つと考えられてきましたが、植物体におけるその機能については今までほとんど知られていませんでした。そこで、全ゲノムが解析されるなど植物の機能を探る上でモデル植物として多用されているシロイヌナズナを用いて、植物体におけるこのオリゴ糖の機能を解明し、乾燥耐性との関係について研究を進めました。

 

2.研究成果


 研究グループでは、まずシロイヌナズナの植物体における「ラフィノース属オリゴ糖」の蓄積量を測定。葉や花、鞘などでは蓄積せず、乾燥種子のみで蓄積していることを明らかにしました。続いて、植物体に水ストレス(乾燥、塩〔150mM NaCl〕、低温〔4℃〕)を与えた後、葉における蓄積量を測定したところ、いずれのストレスによってもガラクチノール、ラフィノースの蓄積が認められました(図2)。ストレスを与えない場合にはこれらの蓄積は認められないことから、植物体の水ストレス耐性獲得にもラフィノース属オリゴ糖が関与する可能性が考えられます。そこでシロイヌナズナから、ラフィノース属オリゴ糖合成の鍵を握る「ガラクチノール合成酵素(AtGolS: Arabidopsis thaliana Galactinol Synthase)」の遺伝子を単離。このAtGolS遺伝子の発現様式を調べたところ、ラフィノース属オリゴ糖の蓄積と同じように、水ストレスに応答して発現していることが分かりました(図3)。
 次に、強い遺伝子発現を誘導するプロモーター※3にAtGolS遺伝子をつないだものを植物ゲノム中に導入し※4、本来のAtGolS遺伝子よりもさらにAtGolS遺伝子の発現が高くなった植物を作成しました。この植物の葉に含まれる糖の量を測定したところ、ストレスを与えなくても、ストレスを与えた時と同等のガラクチノール、ラフィノースが蓄積していました(図4)。さらに、この植物と野生型の植物を水のない場所に移して自然乾燥を促したところ、野生型が完全に枯死した時点でも、ガラクチノール、ラフィノースを過剰に蓄積していた植物はすべて枯死することなく生存することが分かりました(図5)。
 以上の結果から、植物が水ストレスを受けるとAtGolS遺伝子が発現し、ガラクチノール、ラフィノースの蓄積を促すとともに、これらのオリゴ糖が植物体の乾燥耐性獲得に重要な役割を果たすことが明らかになりました。

 

3.今後の展開


 今回用いたAtGolS遺伝子は、植物が本来持ち合わせている遺伝子です。従って、本技術は従来の育種技術に近く、環境に配慮した技術であるといえます。研究グループでは、すでに他の研究機関と共同してAtGolS遺伝子を農作物などに導入する作業を進めています。また、ラフィノースの合成にかかわる遺伝子など他の遺伝子を組み合わせて導入し、さらに乾燥耐性の強い植物を作製する研究開発にも着手しました。将来、身近な場面では、水やりを忘れても枯れにくい園芸植物への応用が可能になるかもしれません。さらに、本技術の農作物への応用が実現すると、半乾燥地での農耕地の拡大や干ばつによる収量低下の防止など安定した食糧生産につながるだけでなく、乾燥地帯の緑化など地球環境の改善にも貢献することが期待されます。
 また、ラフィノースは、ビフィズス菌を増やす作用(整腸作用)を持ち、かつカロリーオフの甘味料となることが知られています。本技術を農作物に応用することによって、健康食品としての価値を持たせることが可能になります。さらに、多くのラフィノースを効率的に取り出すことができるため、ビート(砂糖大根)から分離・精製する現在の方法を大幅に改善することが可能になるなど、ラフィノースが持つ特性を生かした新たな展開が考えられます。

 

 

 

(問い合わせ先)
理化学研究所  植物分子生物学研究室

主任研究員 篠崎 一雄

TEL:0298-36-9061 FAX:0298-36-9060

(報道担当)

  

広報室   仁尾 明日香

TEL:048-467-9271 FAX:048-462-4715


補足説明

※1 オリゴ糖

 単糖が2〜6個つながった糖の総称。「ラフィノース属オリゴ糖」は、ガラクチノールを基質として合成される、3糖のラフィノースや4糖のスタキオースなどを含む。このラフィノース属オリゴ糖は、多くの植物種において種子が乾燥耐性を獲得する成熟過程で蓄積がみられることから、種子の乾燥耐性の獲得に関与すると考えられている。


※2 植物の乾燥ストレス対策

 水分が欠乏してくると細胞内濃度が高くなり、細胞内分子同士の無駄な相互作用が増えた結果、タンパク質の変性や膜の融合が起こる。植物はこれらに適応するために、適合溶質と言われるプロリンやグリシンベタイン、糖などの低分子で水溶性に富む化合物を蓄積することによって、外界との浸透圧の維持やタンパク質や膜の保護をする。


※3 プロモーター

 遺伝子の上流に存在するDNA領域で、遺伝子がいつ、どのような状況下で、どの程度の量を発現させるのかが決定される。今回は、AtGolS遺伝子を高発現させるために、強い遺伝子発現を誘導するカリフラワーモザイクウィルスの「35Sプロモーター」を用いた。


※4 植物ゲノム中への遺伝子の組み込み

 この方法は、土壌細菌のアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens)が植物に感染すると、アグロバクテリウムが持つ「Tiプラスミド」中のT-DNAと呼ばれる領域が植物ゲノム中に挿入されることを利用したもの。Tiプラスミドは、小環状のDNA分子で、遺伝子のベクター(運び屋)として植物の遺伝子導入の際によく用いられる。このTiプラスミドのT-DNA領域に目的の遺伝子をつなぎ、植物細胞の中へ送り込むとT-DNA領域が植物のゲノム中に挿入されトランスジェニック植物が作成できる。今回は、T-DNA領域中に、プロモーターとAtGolS遺伝子を組み込んだ。