Press Release

理化学研究所
平成14年1月25日

新しい有機金属化合物の合成に世界で初めて成功
− 合成不可能と考えられていた三重結合を持つ五員環化合物 − 

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、新しい有機金属化合物※1を世界で初めて合成することに成功しました。理研有機金属化学研究室(若槻康雄主任研究員)の鈴木教之先任研究員、西浦正芳基礎科学特別研究員らによる研究成果です。
 地球には70種を越す金属元素が存在し、それぞれ異なる化学的特性を持っています。炭素原子を中心とする有機化合物とこれらの金属を複合させると、新しい機能を持つ化合物が創製されます。同研究室では、二重結合が3つ並んだ構造を持つ「ブタトリエン」の簡便な合成法を開発しており、この「ブタトリエン」と遷移金属錯体である“低原子価ジルコニウム”を反応させたところ、今まで安定に取り出すことが不可能と考えられていた三重結合を持つ五員環のアルキル金属化合物という新しいタイプの有機金属化合物が生成されました。
 新しい化合物は非常に安定であるとともに、X線による結晶構造解析の結果、扇形の5角形分子であることが分かりました。本化合物を用いることによって、今まででは考えつかなかった新しい分子化合物の創製や、新材料の開発が行われるものと期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』(1月25日号)に発表されます。

 

1.背景


 有機化学の研究分野においては、不安定な化合物や、合成が困難と考えられている分子をいかにして合成するかという課題に多くの化学者が挑戦し続けています。環状構造の有機化合物で“炭素_炭素”三重結合を有する「環状アルキン」はそういった分子のひとつです。「環状アルキン」は、本来4つの炭素原子が直線上に並ぶべき「アルキン構造」を用いて環をつくるため、環を形づくる原子数が少ないほど(員環数が小さい小員環ほど)不安定な分子となります。そのため合成が困難であるか、あるいは合成できても非常に不安定な寿命の短い分子となり、安定に取り出すことができないことができません。
 これまで合成・単離※2 された炭化水素化合物※3では、7員環(7角形)の分子(シクロヘプチン)が最も小さいものです。硫黄などを含む複素環化合物※4 ではやや安定性が増し、含ケイ素化合物では4つのケイ素と“炭素_炭素”三重結合からなる6員環化合物が単離されています。しかし5員環の環状アルキン(シクロペンチン)は非常に寿命が短く、シクロペンチンを反応系中で発生させ、溶液中に存在することを分析データとして確認するか、化学反応で変換された分子として取り出される例があるのみで、単離することはできませんでした。

 

2.研究の成果


 理研有機金属化学研究室の一つの大きな成果に、二重結合が3つ並んだ構造を持つ「ブタトリエン」化合物の簡便な合成法の発見があります。本合成法は、テルニウムという金属錯体の触媒を用いて、単純な分子からブタトリエンのみを容易に合成できます。それまで、「ブタトリエン」の合成においては、しばしば目的外の生成物が反応中に混ざるため、合成できる構造が限られていました。それゆえ、その性質はほとんど知られておらず、化学反応において特異な性質を示すことが期待されています。
 今回、この「ブタトリエン」を用いて遷移金属の反応を検討したところ非常に珍しい構造をもつ化合物が得られることが分かりました。研究グループでは、ジルコニウム金属の化合物である「ビスシクロペンタジエニルジルコニウム塩化物」を還元して得られる低原子価錯体と、「1,4二置換ブタトリエン」を温和(常温)な条件で反応させることにより、遷移金属が環の中に取り入れられた5員環の環状アルキンが非常に安定な形で生成することを見出しました。またこの分子は安定に単離することができるため、X線結晶構造解析という手段によって分子の実際の形、結合の距離などの詳細を明らかにすることに成功しました。その結果、この分子は扇形のような5角形をしており、ジルコニウム金属が扇の要にあって、4つの炭素原子が扇の周囲を形作っていることが分かりました。また炭素と炭素の間の距離から、三重結合をもつ分子であることも分かりました。

 

3.今後の期待


 有機化学の分野においては、従来にない新しい形の分子を作り出すことが一つの目標であり、新しい分子の合成によって新しい機能の発見が期待されます。今回、「ブタトリエン」という特異な分子を用いて、これまで不安定と思われていた形の分子を安定に合成・単離することに成功したことは、今後の分子設計の上で従来にない機能を発現する分子の合成を可能にするなどの新たな展開をもたらすものと考えられます。研究グループでは、今後さらにブタトリエン化合物を用いた新しい分子化合物の創製、ひいては新材料の開発に積極的に取り組んでいく予定です

 

 

 

(問い合わせ先)

理化学研究所

有機金属化学研究室 先任研究員   

鈴木 教之

TEL:048-467-9392

FAX:048-462-4665

(報道担当)

理化学研究所 広報室   

嶋田 庸嗣

TEL:048-467-9272 

FAX:048-462-4715


補足説明

※1 有機金属化合物

 金属と有機基が“金属−炭素”の直接結合により結びついた化合物。ビタミンB12補酵素を除けば天然物には存在せず、そのほとんどは人工的な化合物である。有機金属化合物は、一般に酸素、水分、熱に対して不安定なことが多く、これが天然に存在し得ない大きな理由の一つである。有機化学や無機化学の古い歴史に比べれば、有機金属化学は今から40年ほど前から急速に発展してきた新しい分野といえる。
 有機金属化合物は、その結合、構造、物性などの特異性と、有機合成の試薬、触媒、あるいは機能性材料とその前駆体としての重要性があるため、化学の全分野に大きな影響力を持つ。


※2 単離

混合物や溶液などでなく、純粋な物質として安定に取り出すこと。


※3 炭化水素化合物

炭素と水素のみから成る化合物のこと。窒素、酸素や金属元素を含まない。


※4 複素環化合物

環構造の中に炭素以外の元素(酸素、窒素、硫黄など)を含む化合物群のこと。

 


 

 

図1 反応経路

シクロペンタジエニル配位子をもつジルコニウム錯体の還元種(低原子価ジルコニウム) を反応溶液中で発生させ、室温でブタトリエンと混ぜるとすみやかに反応が進行して5員環の環 状アルキンである1−ジルコナシクロ−3−ペンチンが生成する。

  


図2 5員環環状アルキン(1−ジルコナシクロ−3−ペンチン)の分子構造

単結晶をX線結晶構造解析を用いて決定した5員環環状アルキンの分子構造。扇形状の5角形をしており、扇の要に当たる部分にジルコニウム金属が位置する。