Press Release

理化学研究所
平成13年12月29日

生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発
− とらえられなかった細胞内現象を可視化 − 

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成功しました。理研脳科学総合研究センター(伊藤正男所長)細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー、永井健治研究員(現・科学技術振興事業団さきがけ研究21研究員)らの研究グループによる研究成果です。
 細胞生物学、分子生物学などの研究分野では、生きた細胞内で特定の場所や機能タンパク質を蛍光標識して観察することが非常に重要です。蛍光標識に使用される物質の中でも、発光クラゲに由来する緑色蛍光タンパク質(GFP:Green Fluorescent Protein)は、自ら発色団
※1を形成することができるために、遺伝子発現のレポーターやタンパク質の標識として多用されてきました。しかし、発光の効率(発色団形成効率)が低く、発光するまでの速度が遅いなどの技術的制約があるため、これらを克服できる新しい改変GFPの誕生が望まれていました。
 新しく開発した改変GFPは、より早く・明るく蛍光を発することができ、その効果は、殊にほ乳類の生体内温度(37℃)で顕著です。この改変GFPを使用することによって、従来生きた細胞内で見ることができなかった現象を、蛍光観察することが可能になりました。本技術を活用することによって、脳機能研究の解明に大きく貢献するほか、広くは発生過程や疾病などのメカニズムの理解にもつながります。
 本研究成果は、米国の科学雑誌「Nature Biotechnology」2002年1月号に掲載されます。

 

1.背景


 外界の刺激を受けて、細胞内では特定の反応経路にそって、細胞の分化、移動、分裂などの現象が現れます。こうした細胞内のシグナル伝達にかかわる機能分子は、生化学的、あるいは遺伝学的に数多く同定されています。しかしシグナル伝達系などを包括的に理解するためには、細胞内の事象を生きた細胞一個一個において観察することが必要です。そのためには、目的とする遺伝子や細胞内の部位にさまざまな物質で蛍光標識を行い、観察が可能となるようにデザインすることが求められます。
 蛍光標識物質の1つである緑色蛍光タンパク質(GFP)は、1960年代に下村脩博士によってオワンクラゲ※2から発見されました。1992年にはGFP遺伝子が単離され、自ら発色団を形成して発光するタンパク質であることが明らかになりました。それ以前は、あるタンパク質を蛍光ラベル(標識)する際、そのタンパク質を精製し、化学修飾法によって蛍光物質を付加させたり、蛍光ラベルしたタンパク質を生きた細胞内へ注入するという煩雑な作業が必要でした。この点、GFPは、他のタンパク質の遺伝子に融合させて細胞に導入すると、細胞内の任意の場所に蛍光をつくり出すことができるため、生きた細胞において特定の構造体、あるいは機能分子を蛍光ラベルするのに威力を発揮し、現在非常に多くの研究場面で用いられています。
 しかし、従来のGFPは発色団を形成する効率が低く、タンパク質として存在していても光る能力のないGFP、すなわち未成熟なGFPができてしまうことが多々ありました。明るさを求めて過剰にタンパク質融合GFPを細胞内に導入すると、今度は過剰なタンパク質が細胞に毒性をもたらすという状況に陥ります。また、発色団が形成される速度が遅いため、遺伝子が導入されてからGFPの蛍光が検出されるまでの時間が長いなどの問題点がありました。研究の現場では、細胞内小器官など局所的な部分で起こる微妙な蛍光変化を観察する必要性が求められており、非常に多くの研究者が光る能力(発色団形成効率)が向上した改変GFPを求めていました。

 

2.新たに開発した改変GFPについて


 研究チームでは、オワンクラゲ由来の改変GFP(約240アミノ酸)に、ランダムにさまざまなアミノ酸置換を導入し、発色団形成効率などに対して効果を持つアミノ酸置換を探し出しました。特に、GFPの発色団形成にかかわる反応の中で最も重要と思われる酸化反応に注目。46番目のフェニルアラニンをロイシンに置換すると、その発色団形成反応が、ほ乳類細胞の最適培養条件である37℃で飛躍的に促進されることが分かりました。さらに、タンパク質のフォールディング※3の効率を高めるアミノ酸置換も同定し、それらがGFPタンパク質の成熟を高めることを明らかにしました。
 これらのアミノ酸置換を導入して作製した、世界でもっとも明るい改変GFPを、“金星”にちなんで“Venus(ヴィーナス)”と命名しました。Venusは成熟の効率が非常に高いため、少量で効果的に蛍光を発することができます。従来の改変GFPと比較して、大腸菌内で30〜100倍、ほ乳類の細胞内で3〜100倍の明るさを達成し、通常の装置でも十分検出可能な蛍光を提供できます。したがって、細胞内に毒性をもたらすことなく、より効率のよい蛍光観察が可能になりました。また、GFP遺伝子を導入してから蛍光が出現するまでの時間が、半日〜1日程度から数時間以内に短縮されました。これによって、従来不可能とされていた、調製したばかりの脳のスライスを迅速に蛍光ラベルして観察することが可能となります。

 

3.Venusで得られた成果


 作製したVenusがいかに実用的な明るさを発揮できるのか、その威力を神経芽細胞株PC12を用いた実験で証明しました。PC12細胞は、神経伝達物質の放出に関する研究においては非常によいモデルとなってきました。しかし従来は、電気生理学的手法やアイソトープによるラベルが必要であったため、その放出量や放出過程の解析は大変困難なものでした。このPC12における分泌顆粒をVenusで蛍光ラベルしたところ、ほぼ100%の分泌顆粒が正確に、これまでに比べて10倍以上の明るさでラベルされていることが確認できました。この結果、脱分極や細胞刺激によって起こる顆粒分泌の素過程を、実時間で観察することが可能になりました。また、細胞からの分泌量を培養液に放出される蛍光で定量することもできるようになりました。

 

 

4.今後への期待


 現在、遺伝子の発現を生体内で可視化することが非常に重要とされています。Venusはタンパク質が作られてから蛍光を発するまでの時間が非常に早く、目的とする遺伝子の活性化を忠実に反映する、“遺伝子の「レポーター」”※4としての役割が期待できます。
 さらに、今まで市販の改変GFPを使っても明るい蛍光が得られず、断念せざるを得なかった蛍光観察実験は非常に多くありました。これらの実験の中には、市販のGFPをVenusに置きかえただけで目的のシグナルが十分に得られ、研究プロジェクトが再スタートした例が多々あります。必要最小限の分量で細胞内の生理的条件を保ったまま、より定量的で信頼性の高い蛍光観察ができるため、Venusは今後世界中の研究室で活躍するものと考えられます。今回のような蛍光タンパク質の改善・改良は、細胞内現象を生きた状態でとらえる強力な技術の革新をもたらし、細胞内現象、特にシグナル伝達への理解がより一層深まるとともに、発生過程、脳機能の解明や疾病などのメカニズムの解明にも大きな手がかりを与えることが期待されます。

 

(問い合わせ先)

理化学研究所

脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム

チームリーダー

宮脇 敦史

FAX:048-467-5924

脳科学総合研究センター 

脳科学研究推進部

田中 朗彦

TEL:048-467-9596

FAX:048-462-4914

(報道担当)

理化学研究所 広報室    嶋田 庸嗣、仁尾 明日香

TEL:048-467-9271 

FAX:048-462-4715


補足説明

※1 発色団

 ある特定の色の光を吸収するのに必要な構造単位。GFPに関して発色団形成効率とは、たとえば100個のGFPタンパク質のうち何個が発色団を形成して光ることができるか、を意味する。この効率はGFPタンパク質を設置する細胞内部位、融合する相手のタンパク質などによって様々である。


※2 オワンクラゲ

 発光クラゲの一種。扁平な“おわん型”の傘を持ち、縁には100本の触手がある。刺激を与えると傘の縁や生殖腺が青緑色に光る。その発光器官から、1960年代に下村脩博士によってGFPが発見、精製された。


※3 フォールディング

 ペプチド鎖からタンパク質が3次元的に折りたたまれる過程。GFPタンパク質が発色団を形成して成熟するためには、まずフォールディングすることが必要。


※4 遺伝子のレポーター

 遺伝子の発現量、特に転写量を知らせるタンパク質。その遺伝子を、注目する遺伝子の発現(転写)調節領域に連結させて用いる。