Press Release

  理化学研究所
科学技術振興事業団
平成13年 10月25日

人間の脳活動を世界で初めて高精度でイメージングすることに成功
− 大脳皮質のコラム構造を頭の外から観察 −

プレス発表情報一覧




 

 理化学研究所(小林俊一理事長)は、科学技術振興事業団(沖村憲樹理事長)と共同で、人間の脳活動を頭の外から0.5ミリの空間精度でイメージングする画期的技術の開発に成功しました。理研脳科学総合研究センター(伊藤正男所長)認知機能表現研究チームの田中啓治チームリーダーと科学技術振興事業団(JST)のKang Cheng、Allen Waggoner両研究員による研究成果です。
 近年、人間の脳活動を頭の外から測定する計測法が開発され、人間の高次脳機能のメカニズム解明への期待が急速に高まっています。しかし、従来法の空間精度は、5ミリ程度しかありませんでした。今回、研究グループでは、4テスラの磁気共鳴画像装置(MRI)
※1を用いて、10倍の精度(0.5ミリ)で人間の脳の神経活動を記録する技術を開発。この技術を活用して、第一次視覚野※2に存在する眼優位性コラム※3をイメージングすることに成功しました。
 この技術をさらに発展させることにより、知能や思考といった人間の高次脳機能のメカニズムを解明することができ、老人性痴呆(ちほう)や精神疾患の新しい治療法の開発につながることが期待されます。本研究成果は、JSTの戦略的基礎研究推進事業(研究領域:脳を知る、研究統括:大塚正徳 日本臓器製薬(株)顧問)に係わる研究テーマ「人間の高次精神過程に関わるコラム構造・配列の研究」の一環として得られたものです。
 本研究の詳細は、米国の科学雑誌『Neuron』(10月25日号)で発表されます。

 

1.背景

   

 実験動物での実験結果が集まり、また人の脳の神経活動を頭の外から記録する“非侵襲計測法”が開発されたことから、人の高次脳機能の解明に対する期待が高まっています。しかし、従来の非侵襲計測法の空間精度は5ミリ程度であり、この空間精度では、いろいろな精神活動に際して神経活動が高まる脳の部位を決めることはできますが、それぞれの脳の部位がどうやってその機能を遂行しているかのメカニズムを調べることはできませんでした。研究チームでは、似た性質を持った神経細胞が大脳皮質の0.5ミリほどの大きさの局所領域に固まって存在することに注目し、磁気共鳴画像装置を用いて0.5ミリの空間精度で人の脳の神経活動を記録する技術の開発を行ってきました。
 大脳皮質において、似た性質を持った神経細胞が大脳皮質の表面に垂直な方向に伸びた領域(コラム)に固まって存在することをコラム構造と呼びます(図1)。コラム構造は、初めは動物の脳の第一次視覚野で発見されましたが、最近では連合野でも見つかっています。コラムの大脳皮質表面での広がりはネコやサルでは一般には0.5ミリ程度です。今回の研究では第一次視覚野の眼優位性コラムに注目しました。

 

2.研究手法

  

 研究チームが用いた研究手法は、磁気共鳴画像装置を用いて神経活動をイメージングする方法(機能的磁気共鳴イメージング法)です(図2)。神経細胞の活動が局所的に高まると、反射によって局所的に血流量が増え、毛細血管中の還元ヘモグロビンの量が減少します。還元状態のヘモグロビンは、磁化してまわりの水分子の水素原子核(プロトン)の磁気共鳴の減衰を早める作用を持つので、還元ヘモグロビン量の減少は、プロトンの磁気共鳴信号の減衰を遅らせ、磁気共鳴信号を増加させます。このように神経細胞活動の高まりを局所血流量の増加を通じて、最終的にはプロトンの磁気共鳴信号の増加で測定するのが機能的磁気共鳴イメージング法です。
 機能的磁気共鳴イメージング法の空間精度の限界は、最終的には毛細血管の間隔(50ミクロン程度)で決まりますが、実際には測定の信号雑音比が悪いために、これよりずっと大きい空間精度しか実現できません。そこで研究チームでは、信号雑音比を向上させるためにいろいろな技術開発を積み重ねました。通常の人間用磁気共鳴イメージング装置の2.5倍である4テスラの超伝導磁石(図3)に、長時間安定した画像を得るために特別に設計した傾斜磁場コイル(図4)を組み合わせました。さらに第一次視覚野での感度を上げるため、特別設計の小型受信用コイル(図4)を作成しました。また、呼吸および心臓の鼓動にともなう信号の変調を補正するシステムを開発し、コイルを駆動してイメージを得るための制御シークエンス(パルスシークエンス)を測定対象に最適化しました。信号雑音比は測定の単位(ボクセル)の体積に比例します。そこで、イメージを得る平面(一定の厚みを持つのでスライスと呼ぶ)内の画素の大きさを小さくし(0.47ミリ)、その代わりスライスの厚みを3ミリとしました。

 

 

3.研究成果

 ヒトの第一次視覚野は、大脳半球後頭葉の内側面で前後に伸びる鳥矩溝(ちょうくこう)と呼ばれる溝に沿って広がっています。脳の詳細な形は、人ごとにかなり違いますが、多くの人で、鳥矩溝の上下の壁に広がる大脳皮質の部分は比較的平らです。そこで、個々の被験者の実験では、まず初めに構造画像を撮影しながら、スライス面が鳥矩溝の上壁または下壁のなるべく広い範囲で大脳皮質と完全に重複するように、イメージングのスライス面の傾きと位置を調節しました。次に視野のいろいろな部分に視覚刺激を出して第一次視覚野上の視野のマッピングを調べて第一次視覚野の境界を決めた後、最後に眼優位性コラムのイメージングを行ないました。
 視覚刺激は、白黒のチェッカーボードのようなパターンを1秒間に8回白黒反転する刺激で、光ファイバーの束を通して片方ずつの目の網膜に投影しました。“刺激なし(1分)−左目刺激(2分)−刺激なし(1分)−右目刺激(2分)”を4回繰り返し、合計で24分間連続的にイメージングを行ないました(図5)。左目刺激の間の機能的イメージと右目刺激の間の機能的イメージを比較することによりストライプ状のパターンが得られました(図6)。このパターンはサルの眼優位性コラムと同じように、“ストライプを構成し”、“帯の長軸方向は第一次視覚野の境界(大脳半球の内側表面にあり、鳥矩溝が内側表面に出る縁にほぼ平行に走る)にほぼ垂直”でした。
一方、ひとつずつのコラムの幅は平均して1ミリであり、サルのそれの約2倍でした。さらに、ひとつの眼優位性コラムイメージングが終わった後に5分ほどおいて、同一被験者の同一スライス面でもう一度イメージングを行なった結果、極めてよく重複するパターンが得られました(図7)。この再現性は、今回の測定の空間精度が画素の大きさ(約0.5ミリ)以下であったことを示しています。比較的平らな鳥矩溝の壁を持つ3人の被験者で同じような結果が得られました。
 この結果は、ネコやサルの脳で示されてきた眼優位性コラムが人間の脳にも存在し、良く似た空間パターンを構成することを示しました。空間パターンは動物のサルのそれとよく似ていましたが、ひとつのコラムの幅はサルの約2倍でした。人間の眼優位性コラムではひとつのコラムの中でより複雑な情報処理が行なわれているためにコラムが大きくなっている可能性があります。さらに重要なことは、人間の大脳からコラムの中に固まった神経細胞集団の活動を全く非侵襲に計測する方法の開発に成功したことです。ひとつひとつのコラムを活動させる刺激や状況を特定することで細胞レベルでの情報表現を推定し、隣り合ったコラムが表現する情報を比較することでコラム間の相互作用で行なわれる情報処理の内容を推定することができます。人間の高次脳機能メカニズムの研究が飛躍的に加速する可能性が生まれました。

 

4.今後への期待

 高次脳機能を担うと考えられている大脳連合野からの機能的磁気共鳴イメージングの信号は、第一次視覚野からの信号より小さく、またサルなどの動物を使った研究から得られる参照データも限られています。そこで今回の成功がただちに人間の大脳皮質すべての領域でコラムイメージングの可能性を約束するわけではありません。しかし、機能的磁気共鳴イメージングの信号雑音比改善のための手段はまだいろいろとあります。これらの開発を積み上げていくことによって5年ほど先には、人間の大脳皮質連合野でのコラムイメージングが可能になることが期待されます。例えば人間の側頭葉下部前方には名詞概念が蓄えられていると示唆されています。いろいろな名詞概念を表わすコラムがどのように配置されているかを調べることによって(図8)、人間の知能が整理されている構造を直接調べることができるようになり、老人性痴呆のメカニズム解明に重要な突破口を開くことが期待されます。さらに前頭葉の連合野のコラムイメージングが進めば分裂病などの精神疾患のメカニズム解明にも重要な前進が期待されます。

 

 


(問い合わせ先)    

理化学研究所

脳科学総合研究センター 認知機能表現研究チーム
 チームリーダー          田中 啓治
 TEL:048-462-1111(ex7101) FAX:048-462-4651

脳科学総合研究センター
        脳科学研究推進部  田中 朗彦
 TEL:048-467-9596       FAX:048-462-4914


科学技術振興事業団

戦略的創造事業本部 研究推進部 
        戦略研究課     小原 英雄
 TEL:048-226-5635       FAX:048-226-1164


(報道担当)

理化学研究所広報室         嶋田 庸嗣
 TEL:048-467-9272      FAX:048-462-4715



補足説明

※1 磁気共鳴画像装置(MRI:magnetic resonance imaging)

 プロトン(水素の原子核)は磁場の中でスピン歳差回転運動を行う。通常はプロトンごとに回転の位相が異なるので巨視的な磁場変化は観察されないが、励起磁気パルスにより回転位相を合わせると巨視的な磁場変化(磁気共鳴信号と呼ぶ)が観察される。位相が再びばらける(緩和と呼ぶ)ことにより磁気共鳴信号は減少し消失するが、緩和のスピードが脳組織の性質により(例えば灰白質と白質とで)異なるので、脳の構造を撮影することができる。病院に診療のために設置されている磁気共鳴画像装置の磁場の強さは1.5テスラ以下であるが、研究目的で3テスラや4テスラの磁場の装置が作られている。高い磁場ではより多くのプロトンが磁化するので磁気共鳴信号が大きくなるなどの利点がある。その反面、磁気共鳴信号が緩和するまでの時間が短くなるなどの不利な点もある。


※2 第一次視覚野

 大脳の後部(後頭葉)に位置し、網膜からの信号を大脳の中で初めに受け取る領野。物体像から明るさコントラストや色コントラストの輪郭を検出したり、左右の目からの像を統合する機能を果たす。第一次視覚野の情報はいくつかの領野を経由して段々に大脳のより奥の領野に伝えられ、最終的には下側頭連合野で物体の認識が、頭頂連合野で運動の視覚的制御が行われる。最近の研究では、これらの大脳連合野からの信号が再び第一次視覚野へフィードバック信号として戻され、“図”と“地”の分離や物体のなす面の知覚などの複雑な機能に第一次視覚野も関与することが示唆されている。


※3 眼優位性コラム

 第一次視覚野において、主に左目から入力を受ける細胞が集まって左目コラムをなし、主に右目から入力を受ける細胞が集まって右目コラムをなす構造を眼優位性コラムと呼ぶ。ほかのコラム構造と違って、ひとつひとつのコラムが大脳皮質表面のひとつの方向に伸びたスラブ状の領域を構成し、全体を脳の表面の上から眺めると、左目コラムと右目コラムが交互に繰り返すストライプを構成しているように見える。

 


 

図1:

大脳皮質のコラム構造。ひとつのコラムは大脳の表面に沿った方向では0.5ミリ程度の広がりを持ち、大脳皮質の厚み全体(2.5ミリ程度)を貫く。たくさんのコラムが集まって領野を構成する。

 

 


 


 

 

 


 

 

 

 

  


 

 


 


 



 

図8: 名詞概念のコラム構造(将来の展開)


 

参考図:大脳左半球の内側面と鳥矩溝


参考図:大脳半球の4区分