Press Release

  理化学研究所
平成13年 10月4日

重イオンビームを用いた植物の新しい育種法の開発
− 花持ちの良い“バーベナ”が誕生 −

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、サントリー株式会社基礎研究所(田中隆治所長)の協力のもと、重イオンビームを用いて、花持ちの良い“バーベナ(Verbena hybrida)”の品種改良に成功しました。理研植物機能研究室の吉田茂男主任研究員、阿部知子先任研究員らによる研究成果です。
 理研では、リングサイクロトロン
※1で発生させた重イオンビーム(重粒子線)を用いて、植物の突然変異の誘発に関する研究を行ってきました。重イオンビームによる突然変異誘発は、多種多様な花色変異株や耐病性株、環境耐性株などを高率で得られる特徴があります。さらに、自然界で起こる宇宙線などにより引き起こされる突然変異(自然突然変異)と原理が同じであることから、画期的な新技術として注目されています。本研究室では今まで、この技術を用いることによりタバコの葉緑体変異株や耐塩性株の開発に成功してきました。そしてこの度、バーベナについても従来品種よりも花持ちを良くすることに成功し、商品化に結びつけることができました。
 重イオンビームを用いた育種改良は、各研究機関や種苗業者からも注目されており、10月7日から九州大学で行われる「日本育種学会」での研究会で発表されます。

 

1.背景

   

 一般に、植物の変異を誘発する方法は、1)トランスポゾン※2やT−DNA※2を用いる遺伝子操作 2)アルキル化剤※3および核酸塩基アナログ※3などによる化学物質処理 3)植物組織培養技術による体細胞変異 4)X線・ガンマー線・中性子線などのエネルギー線照射−の4つに分類されます。これら突然変異誘発技術は、植物の品種改良のためだけではなく、昨年のシロイヌナズナの全ゲノム配列解読に代表されるように、バイオテクノロジーの進歩に伴い、植物の遺伝子機能解析のための実験材料を産出する有用な手段としてその重要性が増しています。
 日本では、ガンマーフィールド(放射線育種場)を世界に先駆けて開始するなど、エネルギー線を活用した植物の育種開発に積極的に取り組んできました。特に近年では、エネルギー線で最も大きな影響を与える「重イオンビーム(重粒子線)」が新たな変異誘発技術として注目されています。その中でも理研のリングサイクロトロン(RRC)は、高エネルギー重イオンビームを発生することのできる、世界的に誇れるユニークな装置です。理研では、RRCを用いて生物への重イオンビーム効果について検証を行っており、突然変異誘発に関する数々の研究成果をあげてきました。

 

2.重イオンビームによる突然変異誘発方法

  

 原子から電子をはぎ取って作られたイオンのなかで、ヘリウムイオンより重いイオンを重イオンと呼びます。これを、加速器を用いて高速に加速したものが重イオンビームです。重イオンビームには、1)元素の選択が自由である 2) 照射の位置や深度が精密にコントロールできる 3)非常に大きな影響を極微小範囲に与えることできる−などの特徴があります。特に、理研リングサイクロトロン(RRC)から照射される重イオンビームは高エネルギーであるため、イオンが停止するまでの距離「飛程」が長く、空気中で容易に生体に照射することが可能です。また十分な強度を持つので、短時間(数秒から数分)の照射処理で変異効果を得ることができます。
 今まで、重イオンビームはその軌跡に沿って物質に与えるエネルギー(LET)が他のエネルギー線に比べて非常に大きいことから、より多くのDNA2本鎖切断を生じ、それらが修復されにくいことが分かっていました。また、ビーム飛程が終わりに近くなると、大部分のエネルギーを放出し粒子が静止することが知られています。そこで、植物変異誘発方法では、重イオンビームを低線量で照射し、生体内に停止することなく通過させることによってDNA損傷を局所的に抑え、生体への致命的な影響を低減しました。このような条件で、重イオンビームを植物の種子、茎頂、側芽、花粉、培養細胞(カルスなど)に照射して突然変異を誘発し、それらを栽培したものの中から変異体を選抜しました。その結果、変異体の生存率が高く、様々な突然変異を高率で引き起こすことができました。

 

 

3.重イオンビームによる今までの成果

 植物の細胞は分裂に伴い、染色体の分子状態が不安定になります。その期間、重イオンビーム照射の効果が特に顕著であることを本研究室では解明しました。特に、栽培タバコでは受粉後36時間〜72時間にあたる卵細胞分裂期に最も重イオン照射の影響を受けやすいため、花(子房)に重イオンビームを照射することで様々なタバコ変異体の作製に成功しています。

1)アルビノタバコ

葉緑素を合成せず、葉緑体が未発達な白い植物で、葉緑体分化研究の材料となります。

2)斑入りタバコ

緑色の葉に部分的に白い部分がある植物で、観賞用としての価値があります。

3)耐塩性タバコ

1.5%の食塩を含む培地では正常タバコはほとんど発芽しませんが、耐塩性タバコでは約8割の個体が発芽します。耐塩性植物の多くは乾燥耐性を持つので、乾燥地の緑化に役立ちます。

4)除草剤耐性タバコ


また、植物は全能性※4を持つため、茎頂などの培養体や側芽を含む枝に重イオンビームを照射することで、下記のような花色や花弁に多様な変異を持つ株も作成できました。


5)ダリア花色や花弁変異株(広島市農林業振興センターとの共同研究)


6)バラ花色や花弁変異株 (神奈川県農業総合研究所との共同研究)

 

4.“バーベナ”の育種改良に関する成果

  

 今回、重イオンビームによる照射で品種改良に成功したのは、園芸用バーベナです。バーベナは、約2cmの小花が多数集まって5〜6cmの丸く大きな花房を形成し、春から秋にかけて開花します。ある従来品種については、自殖種子をつけることから通年開花性(花持ち)が若干弱く、花数が少なくなる時期が出るものがありました。
 そこで、この従来品種に窒素イオンビーム(5-10 Gy)を照射し、引き続き得られた個体を育苗し、温室内で開花させ、自然結実による選抜を行いました。その結果、種子を形成しない小花が多数観察され、その中でも花房全体に不稔性※5が認められる系統を選抜しました。引き続き、品種化に向けて個体全体が不稔形質である株を選抜し、春から秋にかけて圃場での栽培試験を行いました。その結果、この不稔形質は安定しており、従来品種と比較して不稔系統では期待通り開花特性が向上しました。具体的には、花房数が増加し、さらには種子結実により引き起こされると考えられる株の老化も抑制されました。
 この不稔系統は、温室内および屋外栽培試験を通し、花色、花形、葉、草姿、日長感受性、耐病性等、不稔以外の形質は従来品種と比較し差異は認められませんでした。すなわち、今回新しく育種した不稔系統は、従来品種が持っていた有用な形質を損なうことなく、「花持ちの良さ」「花房数の増加」などという新たな性質を獲得したと言えます。
 今回、新しく品種改良に成功したバーベナは、サントリー株式会社との協力により実用化のめどが立ち、重イオンビームによる新しい育種法では初の商品化になります。

 

5.今後の展開

  

 植物の新しい育種方法の開発が重要視されている昨今、「植物遺伝子の組換えによる変異植物の作製法」については、先行しているアメリカがその基盤技術を綿密に特許化しておさえている状況であり、日本独自の技術開発の重要性が高まっています。
 今回、初めて製品化に結びつくことになった、重イオンビームを用いた植物の突然変異誘発は、理研が世界的に先行する技術であり、日本独自の基礎技術として注目されています。現在、行われている理研との共同研究の数は、17研究所(試験場)、13大学、15社にものぼります。
 さらに本技術は、自然界で起こる宇宙線などによる突然変異(自然突然変異)と原理が同じであることから、画期的な新技術として、今後変異体作製の主流になることが大いに期待されます。これから実用化研究がさらに進展することによって、花卉(かき)園芸植物の新しい品種はガーデニングなどによって生活の場に癒(いや)しの空間を供給します。また、乾燥耐性植物による砂漠の緑化の実現など、世界的な環境問題の解決の糸口となる可能性も秘めており、その波及効果は大きいと考えられます。

 

 

 


(問い合わせ先)    

理化学研究所

植物機能研究室
主任研究員 吉田 茂男
先任研究員 阿部 知子
TEL:048-467-9524  FAX:048-462-4674

(報道担当)

広報室   嶋田 庸嗣
      仁尾 明日香
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715



補足説明

※1 理研リングサイクロトロン

 磁場の中で円運動をするイオンを、運動の周期と同期した高周波電場で繰り返し加速し高速のイオンビームを得る装置をサイクロトロンと呼ぶ。理研の加速器施設では、前段に重イオン線型加速器とAVFサイクロトロンという二つのタイプの加速器をおき、後段にリングサイクロトロンをおいた、世界に類例のない構成になっており、原子核物理研究のほか、生物学・医科学への応用にも積極的に用いられている。


※2 トランスポゾン・T−DNA

 トランスポゾン(転移因子)は、染色体上のある位置から別の位置へ移動するDNA断片のこと。この性格を利用して、ある遺伝子を破壊した遺伝子組換え変異体が作成でき、破壊された遺伝子を明らかにすることにより変異に関与した遺伝子が単離できる。
 土壌細菌アグロバクテリウムの有するプラスミッドの一部であるT−DNAは、感染により植物のゲノムDNAへ組込まれることが知られている。この性格を利用して植物細胞へのベクターとして組換え体作成に用いられている。


※3 アルキル化剤・核酸塩基アナログ

 エチルメタンサルフォネートやエチレンイミンのようなアルキル化剤は、核酸をアルキル化し特異的に塩基を換える作用により、また5-ブロモウラシルや2-アミノプリンのような塩基アナログは、化学構造がDNA塩基と類似するため、DNA鎖に取り込まれることによって塩基対形成の誤りが生じ変異原性を示す。


※4 全能性

 細胞や組織が、組織や器官を分化して完全な個体を形成する能力のこと。植物では高度に分化した体細胞でも全能性を有しており、葉の単細胞からでも培養条件を整えれば胚発生や器官分化を経てクローン植物体を再生することが可能である。


※5 不稔性

 一般に次世代の植物として発達する種子をつけないことを不稔性という。バーベナの新品種は、花は正常に咲くが、種子をつけない。