Press Release

  理化学研究所
平成13年 9月28日

新しい細胞死誘導因子を同定
ー新しいタイプの細胞死誘導経路の発見ー

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、新しい細胞死誘導因子の同定に成功しました。理研脳科学総合研究センター(伊藤正男所長)運動系神経変性研究チームの高橋良輔チームリーダー、鈴木泰行、今居譲両研究員および理研物質基盤研究部生体分子解析室の瀧尾擴士室長、中山洋研究員らによる研究成果です。
 アポトーシスは、細胞が「自爆」のプログラムにより積極的に起こす細胞死です。今回、研究グループは、ミトコンドリア※1から放出される新しい細胞死誘導因子HtrA2を発見しました。HtrA2は、細胞質に放出されるとアポトーシスの実行因子であるカスパーゼ※2を活性化して、細胞をアポトーシスに導きます。一方、HtrA2自体、セリンプロテアーゼというタンパク質分解酵素であり、その活性によってカスパーゼを使わないタイプの細胞死を引き起こすことができるという二重の細胞死誘導作用を持っています。最近の研究から、神経変性疾患などでカスパーゼによらない細胞死が見出されており、HtrA2はこのような従来知られていなかった新しいタイプの細胞死のプレーヤーである可能性があります。
 本研究によって、痴呆やパーキンソン病といった神経変性疾患の発症メカニズムや、がん細胞やウイルスに感染した細胞などの有害な細胞の処理過程でみられるアポトーシスのしくみの研究を大きく前進させることが期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Molecular Cell』 (9月28日号)に発表されます。

 

1. 背 景

   

 細胞死の研究は現代生物学の大きなトピックスのひとつです。最近まで細胞が死ぬということは、栄養不足や強い物理的・化学的刺激などで生き続けていける条件がなくなったときに起こる、受動的な過程であると考えられていました。ところが、場合によっては、細胞がみずから死を選び、死に向かう「自爆装置」を作動させて、能動的に死ぬことがわかりました。前者の受動的な細胞死は“ネクローシス”、後者の能動的な細胞死は“アポトーシス”と呼ばれます。
 アポトーシスは一般的には生物が生きていくために有利な細胞死と言えます。発生の過程でヒトの身体のかたちが形成されるような場面、たとえば手の指と指の間には最初は水かきがありますが、その場所の細胞にアポトーシスが起こり、水かきは消失してしまいます。またヒトの身体では頻繁にがん細胞や自分自身を攻撃してしまう免疫細胞ができていると考えられますが、これも通常はアポトーシスによって死んでしまい、健康を維持することができます。ですからアポトーシスの制御機構がおかしくなると、病気になってしまいます。アポトーシスが過剰に起こると、生きなければならない神経細胞が死んでしまう神経変性疾患、アポトーシスが死ぬべき細胞に起こらなくなると、がんや自己免疫疾患になってしまうと考えられます。
 アポトーシスはこのように医学・生物学的にきわめて重要な現象なため、活発に研究が行われ、分子メカニズムが急速に解明されつつあります。その結果、多くのアポトーシスで、細胞内の小器官であるミトコンドリアが重要な役割を果たしていることが判ってきました(図1)。ミトコンドリアは酸素呼吸によってエネルギーを作り出す役割を持ち、生きるためになくてはならない器官ですが、死ぬときにも重要な役割を担っています。アポトーシスの刺激が加わると、ミトコンドリアから細胞質内に細胞死を誘導する因子、チトクロムc※3が放出されます。これがカスパーゼというアポトーシスの実行部隊となるタンパク質分解酵素を活性化し、アポトーシスの引き金を引くのです(図2、3)。すでにチトクロムc以外にもミトコンドリア由来の細胞死誘導因子はいくつか同定されていますが、いろいろな証拠から、まだ重要な因子が残されていると考えられていました(図4)。

 

2. 研究手法

  

 研究を進めるにあたり、脳科学総合研究センター傘下の運動系神経変性研究チームと主任研究員制度傘下の生体分子解析室が連携しました。両研究チームは、カスパーゼの阻害因子であるアポトーシス阻害タンパクファミリーのXIAPに結合するタンパク質を同定することで細胞死誘導因子を単離しようと考えました。XIAPはアポトーシスを阻害する機能を持っていますが、XIAPに結合してその機能をさらに阻害する因子は「アポトーシス阻害の阻害」でアポトーシス誘導因子になると考えられるからです。運動系神経変性研究チームでは、細胞内でXIAPに結合する分子量3万6千のタンパク質をタンパク化学の手法を使って単離しました。生体分子解析室ではアミノ酸配列分析および質量分析によって36キロダルトンのタンパク質の実体をつきとめました。さらに運動系神経変性研究チームでは、このタンパク質の細胞死誘導作用について分子生物学的手法を用いて解析しました。

 

 

3. 研究成果

 実験の結果、次のことがわかりました。

1.

XIAPに結合する分子量3万6千のタンパク質がHtrA2と呼ばれるタンパク質分解酵素であることを突きとめました(図5)。

2.

HtrA2は通常ミトコンドリアに存在しています。

3.

HtrA2は細胞死刺激に応じてミトコンドリアから細胞質に放出されます(図6)。

4.

細胞質に放出されるとHtrA2はXIAPに結合し、XIAPのカスパーゼ阻害活性を阻害してアポトーシスを起こしやすくします。

5.

HtrA2はさらにカスパーゼとは無関係に細胞死を誘導します。HtrA2を大量に培養細胞で発現させると、細胞は丸く縮んで死にますが、カスパーゼ活性の上昇は全く見られず、カスパーゼ阻害剤によっても抑えることはできません(図7)。しかしセリンプロテアーゼ活性をなくすとこの機能はなくなります。

 以上のことからHtrA2は、細胞死の刺激に応じてミトコンドリアから放出される新たな細胞死誘導因子であり、カスパーゼを使う経路とカスパーゼを使わない経路の二通りのやり方で細胞死を引き起こすことがわかりました。特にカスパーゼを使わない経路は、これまで知られていないタイプの細胞死である可能性が高いと考えられます(図8)。

 

4.今後への期待

  

 これまで生理的な内因性の細胞死誘導因子は、カスパーゼを活性化することによって細胞死を引き起こす場合がほとんどでした。カスパーゼを使わずに細胞死を引き起こすミトコンドリア由来の因子は、HtrA2以外にもうひとつ知られていますが、このように細胞のかたちを劇的に変化させる因子は初めてです。アポトーシスの実行因子は、一般的にはカスパーゼであるため、カスパーゼを阻害するとアポトーシスは抑制できるはずです。ところがアポトーシスの刺激によってはカスパーゼを阻害しても細胞死は抑えられない場合があることが知られています。またアポトーシスの過剰によって起こると考えられる痴呆症やパーキンソン病などの神経変性疾患でも、カスパーゼを使わない細胞死が起こっていることが多いことがわかってきました。カスパーゼを使わない能動的な細胞死がどのような生化学的経路で引き起こされるのかは現在、まったく不明ですがHtrA2はこのような細胞死に関わっているのかもしれません。今後の研究の進展によって、HtrA2が疾患治療のターゲットになるかどうか明らかになることが期待されます。

 

 


(問い合わせ先)    

理化学研究所

脳科学総合研究センター 運動系神経変性研究チーム
 チームリーダー    高橋 良輔
 TEL:048-467-6072 FAX:048-462-4796
 e-mail:ryosuke@brain.riken.go.jp

物質基盤研究部 生体分子解析室
 室長         瀧尾 擴士
 TEL:048-467-9510  FAX:048-462-4704

脳科学総合研究センター
 脳科学研究推進部   田中 朗彦
 TEL:048-467-9596 FAX:048-462-4914

(報道担当)

広報室         嶋田 庸嗣
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715



補足説明

※1 ミトコンドリア

酸素呼吸によって、エネルギーを産生する細胞内小器官。外膜と内膜の二重膜構造を持っている。細胞死を誘導する因子は外膜と内膜の間のスペースに存在し、細胞死の刺激によって外膜の透過性が高まると、膜を通って細胞質に放出される。透過性が高まるしくみはまだよくわかっていない。


※2 カスパーゼ

アポトーシスの実行部隊となるタンパク質分解酵素。タンパク質を切断する「はさみ」のような役割を持ち、細胞の生死に関わる多くのタンパク質を切断することによってアポトーシスを実行する。


※3 チトクロムc

通常、細胞のエネルギー代謝に関与する電子伝達系の鉄に結合する赤い色をしたタンパク質でミトコンドリアを存在する。