Press Release

  理化学研究所
平成13年 9月17日

超重水素原子核“H”の存在を世界で初めて確認
― 中性子過剰核の存在限界に対する新たな知見 −

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、陽子1個と中性子4個で構成された超重水素原子核Hが存在することを世界で初めて明らかにしました。RIビーム科学研究室のAlexei Korshenikov研究員、谷畑勇夫主任研究員らが中心となり、ロシア、フランスの研究チームと協力して得られた研究成果です。
 研究グループでは、不安定な原子核である
He(陽子2個、中性子4個)を高速で水素(陽子1個)標的に照射しました。その際、放出される陽子2個の放出エネルギーと放出角度を同時に検出し、残りの原子核(陽子1個、中性子4個)の状態を解析した結果、Hの存在を示すピークを発見しました。また、観測されたピーク幅から、超重水素原子核が10−21秒ほど存在していたという確証が得られました。今回発見されたHは、原子核名「クイントン(quinton)」、原子名「クインチュウム(quintium)」※1となると考えられます。
 この発見は、中性子過剰核の存在限界に関する重要なデータを提供することとなり、原子核の性質を理解するうえで大きな一歩を踏み出すものです。本研究成果は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters(8月27日号)」に掲載されました。

 

1.背 景

   

 原子核は、陽子と中性子からできており、陽子数と中性子数はほぼ同数であれば自然界に安定に存在できます。しかし、その数のバランスが崩れた原子核、つまり不安定核(RadioIsotope)は安定には存在できず、ある寿命をもって電子線や陽電子線を放出し、より安定な原子核へ遷移していきます。原子核物理学研究の一つの命題である「中性子と陽子の数のバランスはどこまで崩しても、原子核として存在しうるか」という問いに対しては、研究者らは実験データによる明確な回答をいまだ得ていません。理論的に不安定核は、約6,000〜8,000種程度の存在が予測されていますが、実験的に存在が確認されているものはその約半数以下の2,500種程度にしか過ぎません。その様な状況で陽子数1、中性子数4という極めて中性子過剰である原子核“H”の探索は、原子核の存在限界を理解するうえで重要であり、40年来数、多くの試み(実験)がなされてきたが、はっきりとその存在を表すデータは存在していませんでした。

2.研究手法

  

 「超重水素原子核探索」の難しさはその作り方にあります。この原子核は核反応によって生成されますが、“何を入射して”、“何に当てて”、“何を検出するか”によって生成される確率や純度も変わってきます。例えばこれまでは、このHを生成するために三重水素に三重水素を当てる反応を用いたり、パイ中間子の反応を用いたりしてきました。しかしこれらの反応では、“入射エネルギーが低すぎる”ことや“反応過程が明快でない”などの理由からはっきりとHが生成されたという確証は得られませんでした。
 今回の発見においては、Hを高エネルギーで、かつ単純な反応過程を通して生成することができるRIビーム法※2が用いられました。具体的には、ロシアのドゥブナ原子核研究所の加速器(サイクロトロン)を用い、RIビームであるHe原子核(陽子2個、中性子4個)を発生させ、フランスのガニール研究所が設置した水素標的(陽子1個)に高速で衝突させました。その結果生じたHe(陽子2個)という共鳴状態を、当研究所が開発した理研テレスコープ(陽子テレスコープ)で検出しました。理研テレスコープは、本実験成功の鍵を握る検出器であり、Heと陽子(プロトン)2個を高精度で測定することができます。
 入射核と標的核の陽子、中性子数から検出した陽子2個を引くと、陽子1個と中性子4個が残りますが、それがある結合状態、すなわちHの存在を示しているかどうかは、Heの生成率がある特定のエネルギーで増大するか否かでわかります。

3.研究成果

  

 RIビームの利用が始まって以来、中性子過剰な原子核の極限を探る研究が世界中でしのぎを削って進められています。理研でも新同位体元素発見や超重ヘリウム10He(陽子2個、中性子8個)の発見などで世界の先端を走っています。今回、Hの発見によって、まず水素の同位体元素の束縛状態※3は、Hまでであることを確認しました。もう一つ重要なことは、Hより中性子が多い同位体元素が共鳴状態※3として存在することを確かめた点です。束縛状態よりも外にある中性子過剰原子核の発見は、10Heに続いて2例目であり、いわゆる中性子ドリップ線よりもまだ外に物質の世界が広がっていることを示すものです。

4.まとめと今後

  

 中性子星は、ほとんどが中性子で陽子が10〜20%混ざっている物質でできていると考えられています。このような物質の性質は、研究不可能で理論的予測のみの世界と考えられてきました。今回発見されたHや10Heは、陽子の存在比が20%であり、中性子星を構成する物質に近いものです。よって、中性子星の内部構造が実験的に再現できることによって、中性子星の内部構造や中性子星の成因など地上で研究できる可能性がでてきました。
 本発見は、最も軽い元素である水素においてなされたものです。RIビーム科学研究室では現在、当研究所で建設しています「RIビームファクトリー」によって、より重い元素による中性子の存在限界を解明することを計画中です。また、「超重元素」(最も重い元素)の探索もおこなっており、多角的に核構造の研究に関するアプローチを展開しています。また、これらの研究は、核構造の見地からだけでなく、世界の原子核物理学者が今後進めていく“宇宙における元素合成の過程についての研究”に大きな影響を与える可能性を秘めています。

 

  

 


(問い合わせ先)    

理化学研究所

RIビーム科学研究室 主任研究員   谷畑 勇夫
 TEL:048-467-9471 FAX:048-462-4689

(報道担当)

広報室                嶋田 庸嗣
 TEL:048-467-9272  FAX:048-462-4715

 

 

補足説明

※1 新原子核・原子名

Hは原子核名「デュトロン(deuteron)」、原子名「デューテリウム(deuterium)」、Hはそれぞれ、「トリトン(triton)」、「トリテュウム(tritium)」と呼ばれていることから、今回発見されたHは、原子核名「クイントン(quinton)」、原子名「クインテュウム(quintium)」となると考えられる。


※2 RIビーム法

RIビーム法は、本研究のリーダーである谷畑主任研究員によって1985年、米国・カリフォルニア大学ローレンスバークレー研究所で発明されたもので、この手法により「中性子ハロー」や「原子核の新魔法数」等の今までの原子核の概念を打ち破る数々の発見がなされた。


※3 束縛状態と共鳴状態

原子核の結合状態には、“安定”と“不安定”、そして“共鳴”状態がある。“安定”、“不安定”状態に関しては、それぞれ寿命が∞、10―3秒程度であり、陽子と中性子とが互いに束縛された関係を保つことができる。“共鳴”状態に関しては、寿命が10―21秒程度で一瞬結合するが、その状態はすぐ解消されてしまう。しかしながら、一瞬でも原子核は存在することになる。