Press Release

  理化学研究所
順天堂大学
平成13年 6月29日

パーキンソン病を引き起こすメカニズムを解明
− パーキンソン病克服に向けての新たな一歩 −

プレス発表情報一覧




 

 理化学研究所(小林俊一理事長)は、順天堂大学医学部と共同でパーキンソン病の病因解明に大きく貢献する成果をあげました。理研脳科学総合研究センター(伊藤正男所長)運動系神経変性研究チームの高橋良輔チームリーダー、今居譲研究員、順天堂大学医学部脳神経内科の服部信孝講師、水野美邦教授らのグループによる成果です。
 パーキンソン病は、運動機能に重要なドーパミン放出細胞の変性によっておこるといわれており、運動のスムーズな遂行が障害され、“手足がふるえる”などの症状が徐々にあらわれて進行し、数年後には寝たきりになり、やがては死にいたる難病です。
 遺伝性パーキンソン病の多くは、「パーキン」と呼ばれるタンパク質を分解する酵素の欠損によって起こります。本研究で得られた成果は下記の通りです。

1.

パーキンによって分解が促進される細胞膜のタンパク質、パエル受容体を同定し、患者脳でパエル受容体が分解されずに蓄積していることを発見。

2.

パエル受容体が過剰に蓄積すると神経細胞死を引き起こすことが判明。

 パエル受容体は、神経細胞の中でも特にドーパミン神経
※1に多く発現しており、遺伝性パーキンソン病でドーパミン神経が障害される主な原因と考えられます。これらの研究成果は同じドーパミン神経の変性を特徴とし、パーキンソン病の9割以上を占める“孤発性※2パーキンソン病”の病因解明・治療法開発にも寄与するものです。
 本研究成果は、パーキンソン病の研究を大きく前進させる画期的成果であり、米国の科学雑誌「Cell」の6月29日号で発表されます。

1.背景

 パーキンソン病は、アルツハイマー病についで罹患人口(約1000人に1人)が多い神経変性疾患です。脳の中に無数にある神経細胞は、「神経伝達物質」というお互いの連絡を行うための因子を出したり、受け取ったりして協力しあうことにより、運動・知覚などの高度の神経機能を実現しています。パーキンソン病は、ドーパミンという運動機能の実現に大変重要な神経伝達物質をつくる、中脳(ちゅうのう)の黒質(こくしつ)という場所の神経細胞が変性脱落するのが特徴です。その結果、運動のスムーズな遂行が障害され、“筋肉が固くなる”、“手足がふるえる”、“動作が緩慢になる”などの症状が徐々にあらわれて進行し、数年後には寝たきりになり、やがては死にいたる難病です(補足図A)
 治療法に関してはドーパミンを補い、その作用を助ける薬を服用することで、症状は改善しますが、ドーパミン神経の変性そのものをくい止める方法はまだ見つかっていません。また、その詳しい発病機構はほとんど分かっていません。
 遺伝性のパーキンソン病の一つで、常染色体優性遺伝によるものは1997年、シナプス前部にある機能不明のタンパク質、α−シヌクレインの遺伝子変異によって引き起こされることが分かりました。さらに、翌年、慶応大学と順天堂大学の共同研究グループは、常染色体劣性遺伝性のパーキンソン病の原因遺伝子が、パーキンであることを同定しました。研究の結果、遺伝性パーキンソン病は、α−シヌクレインによるものはまれで、パーキンの変異が原因となるものが最も多いことがわかりました。しかし、α- シヌクレインやパーキンの遺伝子に変異が入ると、どうして神経変性を引き起こすかは依然として不明でした。
 東京都臨床医学総合研究所、順天堂大学の共同研究グループ、理研脳科学総合研究センター・運動系神経変性研究チーム、米国のジョンスホプキンス大学の3研究グループは2000年、それぞれ独立に遺伝性のパーキンソン病の原因遺伝子パーキンが、“タンパク分解に関わるユビキチンリガーゼという酵素の活性をもつこと”、“パーキンの変異が原因でパーキンソン病になった人ではこの活性がないこと”を発見しました。その後、さらに研究を発展させるため理研と順天堂大学は協力して、パーキンが関与し分解されるタンパク質を探しました。

2.研究手法

 パーキンに結合するタンパク質を分子生物学的方法で同定し、そのタンパク質がパーキンのユビキチンリガーゼ活性※3によって分解されるかどうかを調べました。パーキンが働かなくなりパーキンソン病になるという事実から、パーキンが関与して本来分解されるべきタンパク質が神経細胞にたまることにより神経変性が起こるという仮説をたて、次に同定したタンパク質が培養細胞にたまると細胞が死ぬかどうかを観察しました。最後に、パーキンの変異が原因でパーキンソン病になった人の脳組織でも、このタンパク質がたまっているかどうかを調べました。

3.研究成果 

本研究で得られた研究成果は以下の通りです。

1.

パーキンが関わることにより分解される細胞膜タンパク質、パエル受容体を見つけました。

2.

パエル受容体は正常な形に作られることが難しいタンパク質であり、正しく作ることに失敗したパエル受容体は、パーキンの作用ですみやかに分解されることが分かりました(図1)

3.

パーキンが働かず、正常に作られなかったパエル受容体が分解されずに細胞内にたまると細胞はストレスを感じて死ぬことが分かりました(図2)

4.

パエル受容体は、パーキン遺伝子に変異があることによりパーキンソン病になる人の脳でも分解されずにたまっていることを見つけました(図3)

5.

パエル受容体は、パーキンソン病で神経変性がおこる中脳黒質のドーパミン神経で特に多く発現していることを見つけました(図4)。この発見から、パーキンが働かなくなるとドーパミン神経がとくに障害を受ける理由が明らかとなりました(図5)

 

4.今後への期待 

 パーキンソン病は、遺伝性、孤発性を問わず、中脳黒質のドーパミン神経が選択的に変性する難病です。本研究成果は、遺伝性パーキンソン病だけでなく、パーキンソン病の大部分をしめる孤発性パーキンソン病においても、パエル受容体そのものか、もしくはパエル受容体に似た正常に作られることが難しい別のタンパク質が神経細胞に蓄積され、ドーパミン神経の変性を引き起こしていることが予想されます。そのようなパーキンソン病の病因タンパク質を同定し、病因タンパク質の分解を促進する薬を開発できれば、パーキンソン病の根治も夢ではありません。さらに、本成果に基づき、ドーパミン細胞の変性を防ぐ革新的な治療法が生み出されることが期待されます。

 


(問い合わせ先)    

理化学研究所

脳科学総合研究センター 運動系神経変性研究チーム
チームリーダー      高橋 良輔
TEL:048-467-6072  FAX:048-462-4796
e-mail:ryosuke@brain.riken.go.jp

脳科学総合研究センター 
脳科学研究推進部     田中 朗彦
TEL:048-467-9596  FAX:048-462-4914

(報道担当)

広報室           嶋田 庸嗣
TEL:048-467-9272   FAX:048-462-4715

 

 

 

 


 

 

補足説明

※1 ドーパミン神経(補足図A)

中枢神経の中脳の黒質(こくしつ)という場所にあり、ドーパミンという運動機能に大変重要な役割を有する神経伝達物質をつくる神経細胞。黒質という名前は、ドーパミン神経がメラニンという黒い色素を含んでいるため、肉眼的に黒くみえることに由来する。パーキンソン病でドーパミン神経が脱落すると、黒質は肉眼的にも黒さを失う。


※2 孤発性

原因が分からず突然発病すること。遺伝はしない。


※3 ユビキチンリガーゼ活性(補足図B、C)

 細胞内の寿命の短いタンパク質の多くは、ユビキチンという小さなタンパク質が鎖のように多数結合することによって、プロテアソームというタンパク質分解酵素に認識されて、分解される。つまり、ユビキチンはタンパク質分解の“目印し”の役割を果たす。タンパク質のユビキチン化には3種類の酵素が必要で、ユビキチンリガーゼ(略称:E3)はそのひとつである。ユビキチンリガーゼは限られた特定のタンパク質(基質という)とのみ結合し、ユビキチン結合酵素(略称:E2)と協力して、基質のユビキチン化をおこなう。ユビキチンリガーゼが活性を失うと、基質タンパク質はユビキチン化されなくなることから、プロテアソームによって分解されなくなり、細胞のなかに異常に蓄積する。