Press Release

  理化学研究所
平成13年 3月15日

植物の成長促進物質を受け取るしくみを解明
− 植物の成長をコントロールする第一歩 −

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 理化学研究所(小林俊一理事長)は、シロイヌナズナより同定した膜貫通型タンパク質「BRI1」が、植物の成長を促進するなどの働きをもつ植物ホルモンの一種「ブラシノステロイド」の受容体であることを世界で初めて証明することに成功しました。理研植物科学研究センター生長制御物質研究チーム(吉田茂男チームリーダー)の瀬戸秀春、藤岡昭三両研究員と、米国ソーク生物学研究所のZ.-Y.Wang研究員とJ.Chory教授による成果です。
 生長制御物質研究チームは今回、放射性物質であるトリチウム(
H)を組み込み、高い放射能(高放射活性)を持たせたブラシノステロイドの合成方法を開発。この高放射活性ブラシノステロイドを指標として、BRI1との結合を検証した結果、ブラシノステロイドは細胞膜上で直接BRI1に結合し、その情報がBRI1を通じて細胞内へ伝達されていることが分かりました。
 本研究成果により、今後はブラシノステロイドがもたらす植物の成長促進、ストレス耐性などさまざまな生理現象について、分子レベルでの解明がさらに進展すると考えられます。また、ブラシノステロイドやその受容体であるBRI1を改変することによって、植物の成長を調節することが可能になり、作物の収穫量や収穫時期の制御など農業への応用開発につながることが期待されます。

1.背景

 植物ホルモンは、植物の生体内に存在し様々な生理現象をもたらす化学物質であり、ジベレリンやオーキシンなど現在6種類*1が知られています。しかし、それらの生理作用や生合成研究は、世界中で昔から研究されているものの、ホルモンの情報を受け取る受容体については、エチレンとサイトカイニンで解明された以外は謎に包まれたままでした。
 植物ホルモンの中の一つ、ブラシノステロイド(BR)は、40種をこえる一群のステロイド化合物*2です。細胞伸長、細胞分裂、維管束の分化、エチレン生合成の促進、ストレス耐性の付与(耐冷、耐病など)など、さまざまな生理作用を示し植物の成長調節には必須です。  1997年、このBRの情報伝達に深く関わっているタンパク質としてBRI1がシロイヌナズナより発見されました(図1)。BRI1は、その高次構造の類似性から、植物で大きなファミリーを形成している「LRR-S/T-RLK(ロイシンに富んだ繰り返し領域を細胞外に持つ受容体型セリン/スレオニンキナーゼ)」*3に分類されます。これまでにBRI1は、細胞膜上に局在することが確認されており、BRの情報を細胞外領域で感知し、これを細胞内キナーゼ領域の自己リン酸化を経て、細胞内に伝達することが示唆されています(図2)。しかしながら、BRI1がBR受容体そのものであるのか、あるいは他にBRの結合タンパク質が存在し、そのタンパク複合体がBRI1と相互作用をしているのかについては不明であり、その解明はBRの情報伝達機構を明らかにする上で最も重要な研究課題でした。

2.研究成果

 一般に、リガンド*4と受容体の関係を検証する直接的な方法として結合実験があります。 本実験では、放射活性同位元素で標識したリガンドを指標として、リガンドと受容体BRI1の特異的結合量を測るため、測定限界に耐えることができる高い放射活性を持つリガンドが必要です。しかし、BRの活性本体と考えられているブラシノライド(BL)は、複雑な構造をしている天然化合物であり、それを化学的に修飾・加工することは技術的に困難でした。従来の放射活性体の合成方法では、合成の行程が長い、あるいは放射活性が低いなどの問題があることから、これらを打開する新たな方法の開発が待たれていました。
 今回、生長制御物質研究チームは、放射性同位体トリチウム(3H)で標識し高い放射活性を持たせたBLを化学合成する方法を開発しました。BLの側鎖に効率良く二重結合を導入し、得られた25(26)-ジヒドロ-BL をトリチウム化するこの方法では、短工程で高い放射活性を示すBLを合成することができます(図3)。

 これをリガンドとしてソーク生物学研究所では、BRI1がブラシノライド受容体であることを証明するために、以下の証明実験を行いました。

1)

シロイヌナズナの野生株と、BRI1-GFP融合タンパク質を高発現する遺伝子組み換え体のミクロソーム分画*5について、BLとの結合実験を行いました。組み換え体の結合活性が大幅に上昇したことから、高発現したBRI1にBLが結合し、高い結合活性を示したことが分かりました。

2)

BLがBRI1に直接結合していることをさらに証明するために、GFPタンパク質に対する抗体で両ミクロソーム分画を免疫沈降させ、結合実験を行いました。BRI1-GFP組み換え体の沈殿には高い結合活性が観察されましたが、野生株では観察されませんでした。これは沈殿したGFP融合BRI1に標識BLが直接結合したことを示しています。

3)

活性度が異なる代表的なブラシノステロイド類縁体を用いて、BLとBRI1の結合に対する阻害効果を検証しました。その結果、類縁体それぞれの活性度に応じてBLとBRI1の結合が阻害されました。

 これらの結果により、BLがBRI1に直接結合すること、すなわち、BRI1はBLの受容体であることが証明されました。
 続いて、BRI1のBR結合部位について検証するために、BRI1遺伝子上で変異点が異なる数種のBRI1突然変異体のミクロソーム分画についてBLとの結合実験を行いました。その結果、BRI1の細胞外のLRR領域(ロイシンに富んだ繰り返し領域)に挟まれて存在する「70-アミノ酸アイランド」という部分に変異を持つものだけが結合活性を示しませんでした。この結果は、BLの結合部位が70-アミノ酸アイランドに存在することを示しています。
 さらに、BRI1がBLの情報を伝達する際に起こる、BRI1の自己リン酸化について検証しました。野生株、70-アミノ酸アイランドとキナーゼ領域に変異を持つBRI1突然変異体、及びBRの生合成変異体それぞれについて、BLによるBRI1の自己リン酸化実験を行ったところ、BRI1突然変異体には自己リン酸化が起こらないという結果になりました。このことから、BRI1によるリン酸化には70-アミノ酸アイランドへのBLの結合と細胞内キナーゼ領域の活性化が必須であることが言えます。
 以上の実験結果から、BLの情報は、まず膜受容体BRI1の70-アミノ酸アイランド領域にBLが結合することによって、細胞内キナーゼ領域の自己リン酸化を誘起、この活性化を経て細胞内にBL情報が伝達されることが明らかとなりました(図4)。

 ステロイド化合物は、多細胞生物の分化・成長、さまざまな生理現象の情報伝達に重要な役割を担っています。植物のステロイド受容体については、昨年完全解読されたシロイヌナズナのゲノム解析により、動物でスーパーファミリーを形成している核内受容体に類するタンパク質はコードされていないこと、およびBRI1を含む174個のLRR-S/T-RLKの存在が明らかにされています。したがって、今回の成果から、植物ではステロイド等の低分子生理活性物質の情報伝達には、細胞膜上のLRR-S/T-RLKファミリーが重要な役割を演じていることが示唆されました。

3.今後の展開 

 今回の研究成果から植物ホルモン6種類のうち受容体が解明されたのは、エチレンとサイトカイニン、ブラシノステロイドの3種類となりました。情報の受け取り手となる受容体が明らかになったことで、今後、ブラシノステロイドがもたらす植物のさまざまな生理現象について、情報伝達の基本メカニズムの解明が一層進むだけでなく、BRI1以外のLRR-S/T-RLKについても、リガンドやその植物体内における役割が明らかにされると期待されます。
 またBRI1は、すべての多細胞生物を通じて、ステロイドそのものをリガンドとする膜受容体であることが証明された最初の例となりました。動物においても、ステロイド化合物は性ホルモン、副腎皮質ホルモンなど生物学的にきわめて重要な働きをもつ物質です。その受容体は核内と細胞膜の双方に存在しますが、細胞膜の受容体については現在までほとんど明らかにされておりません。今回、BRI1がステロイドの細胞膜受容体であると証明されたことは、動物ステロイドの細胞膜受容機構の研究に重要な知見を与えるものであり、将来、膜受容機構を利用した新たな医薬品の開発などに結びつく可能性を秘めています。

 本研究において、生長制御物質研究チームの高放射活性トリチウム標識BLは、他の生物材料と共に重要な役割を演じました。現在、高放射活性トリチウム標識BLには、BLの生体内分布、輸送機構、代謝研究などでの利用が考えられています。この様に、今後のBR研究では用途に応じて加工を施し、機能を付加したBR機能探索分子(BRプローブ)の活躍がますます期待されます。さらに、本研究で確立した結合実験により、さまざまな化合物とBR受容体との結合親和性を評価できるようになりました。これにより、受容体を標的とした効果選択性が高い植物成長調節剤、すなわちより強力なBR活性を示す化合物、あるいは逆にBR活性を阻害する化合物の探索研究が合理的、かつ効率的に進むと考えられます。
 将来的には、受容体であるBRI1遺伝子を改変することによって植物の成長を制御することも可能となるうえ、さらに成長調節剤のように遺伝子改変を伴わずに植物機能を制御する新規物質を創製することも夢ではありません。

 

 

 


(問い合わせ先)    

理化学研究所 横浜研究所 植物科学研究センター

機能制御研究グループ 生長制御物質研究チーム
(理化学研究所 植物機能研究室 兼務)
研究員 瀬戸 秀春
研究員 藤岡 昭三
TEL:048-467-4192  FAX:048-467-4324

(報道担当)

理化学研究所 広報室   仁尾 明日香
TEL:048-467-9271   FAX:048-462-4715

 

 


補足説明

 

*1 6種の植物ホルモン

オーキシン、ジベレリン、エチレン、サイトカイニン、アブシジン酸、ブラシノライドの6種。ジャスモン酸を加えて7種とすることもある。


*2 ステロイド化合物

 シクロペンタノペルヒドロフェナントレン炭素骨格を持つ化合物群の総称。ほとんど全ての生物はステロイドを生合成しており、生体の構成成分(ステロールなど)あるいは動物ホルモン(性ホルモン、副腎皮質ホルモンなど)に代表される生体機能物質として、最も広く出現する天然成分の一つである。植物ステロイドでは、唯一ブラシステロイドが植物の生長調節に関わっていることが明らかにされているが、その他の植物ステロイドの植物体における機能については全く明らかにされていない。


*3 LRR-S/T-RLK

(Leucine Rich Repeat-type Serine/Threonine Receptor-Like Kinase) 
細胞外情報を細胞内に伝達するのに重要な役割を演じていると考えられている膜貫通型の受容体タンパク質。N-末端にシグナルペプチドとロイシンジッパーモチーフ、そしてアミノ酸の一つであるロイシンに富んだ繰り返し領域を細胞外に持つ。1回の膜貫通領域をはさんで、細胞内にはセリン/スレオニン残基を特異的にリン酸化するキナーゼ領域が存在する。


*4 リガンド

 タンパク質と特異的に結合する物質を一般にリガンドという。例えば、細胞膜上に存在する種々の受容体タンパク質分子と特異的に結合するホルモン、神経伝達物質,レクチン、抗原、抗体のほか、酵素分子と特定の結合をする基質、補酵素、調節因子なども指す。低分子量の分子、イオンだけでなく、高分子量物質に至るまで広く用いられる。


*5 ミクロソーム分画

 生体組織を磨砕した混濁液から分画遠心法によって分離された顆粒分画。核やミトコンドリア、リソソームを沈降させた上澄みをさらに超遠心分離にかけて沈殿する分画で、膜受容体を含んだ細胞膜の一部もこの中に含まれる。



図1 

シロイヌナズナの野生株(Ws-2)と代表的なBRI1変異株(bri1-5、bri-4)


突然変異株には、矯性(背丈が低い)だけでなく、葉、茎、花等、各部の形態変異も観察される。その程度は、BRI1遺伝子の変異点の違いにより異なる。
ブラシノステロイド生合成酵素突然変異体でも、ほぼ同様の形態変異が観察されるが、ブラシノライド処理をすると野生型に回復する。しかし、BRI1変異株は処理をしても回復しない。




 

 


図2 

BRI1の構造


細胞外のN末端にシグナルペプチド、ロイシンジッパーモチーフ、ロイシンに富んだ25個の繰り返し領域(LRR:青)、LRRを挟むかたちでシステインペアーが2箇所、LRRに挟まれて70-アミノ酸アイランド(赤)が存在する。そして1回の膜貫通領域を挟んで、細胞内にセリン/スレオニンキナーゼ領域(黄)を持つ。今回の成果により、ブラシノステロイドは70-アミノ酸アイランドに直接結合することが明らかになった。

 
 

 

 

図3

高放射活性トリチウム標識


25(26)-二重結合直接導入(青の部分)と効率的なトリチウム化(赤の部分)をポイントとする合成法により、植物内生ブラシノステロイドの活性本体と考えられるブラシノライドを短工程(5工程)で高放射活性トリチウム標識ブラシノライドに変換した。




 

 

図4

ブラシノステロイドの情報伝達機構


BRの情報はまず、膜受容体BRI1の70-アミノ酸アイランド(赤)にBLが結合することにより、細胞内キナーゼ領域(黄)の自己リン酸化を誘起、この活性化を経て細胞内の第2次情報伝達物質に伝達される。すでに、TCH4などのブラシノステロイドによる誘導タンパク質が報告されていることから、その情報は核酸にまで達すると考えられる。しかし、第2次情報伝達物質以降の情報伝達機構は全く明らかにされていない。