Press Release

  理化学研究所
東京大学
平成13年 2月9日

細胞が外部から分子を取り込むメカニズムの一端を解明

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 理化学研究所(小林俊一理事長)と東京大学は共同で、細胞が外部から各種の情報伝達物質などを細胞内へ取り込む過程(エンドサイトーシス)が正常に機能するためには、「epsin N-terminal homology (ENTH)ドメイン」*1と、細胞膜に存在する「イノシトールリン脂質」との結合が必須であることを世界で初めて明らかにしました。理研横浜研究所ゲノム科学総合研究センター(和田昭允センター所長)タンパク質構造・機能研究グループの小柴生造研究員らと、東京大学医科学研究所腫瘍分子医学研究部の伊藤俊樹助手らによる成果です。
 エンドサイトーシスは、“栄養物質や細胞外情報分子の細胞内輸送”や、“細胞が分裂して増殖する過程の制御”、“神経細胞どうしで行なわれる情報伝達物質のやりとり”
*2に関わるなど、すべての真核生物において行なわれている基本的な現象です。本研究成果により、重要かつ多様なこれらの生命現象をつかさどる機構についてメカニズムの解明につながることが期待されます。
 研究成果の詳細は、米国の科学雑誌「Science」2月9日号に掲載されます。



1.背景

 細胞は細胞膜の受容体を介して、ホルモンや増殖因子などの細胞外シグナルを受け取り、増殖、分化、細胞死などさまざまな応答を行います。細胞外シグナル分子(リガンド)を受け取った細胞膜受容体は通常、細胞内応答の初期反応を誘起したのち、細胞外部から細胞内へこれら受容体を取り込むエンドサイトーシスと呼ばれる過程を経て細胞内へと取り込まれます。エンドサイトーシスによる受容体の取り込みは、細胞が分裂して増殖する過程の制御、神経細胞における情報伝達物質の放出・形成サイクル、栄養物質の摂取や免疫応答機構など、多様な生命現象をつかさどる重要な現象です。
 エンドサイトーシスにおいて必須な役割を担うタンパク質群には,アミノ酸配列が高度に保存されたepsinN-terminal homology(ENTH)ドメインと呼ばれる領域が共通に存在することがこれまでに知られていましたが、その領域がどのような役割を担っているのかについては全く解明されていませんでした。今回の研究はこのENTHドメインの機能を初めて分子レベルで明らかにしたものであり、現在も数多くの謎が残されているエンドサイトーシスのメカニズム解明に重要な知見を与えるものです。


2.研究成果

 本研究では、ENTHドメインが、細胞膜を形成するリン脂質の一種であるPI(4,5)P2と結合することを世界で初めて見出しました。このPI(4,5)P2は細胞内の情報伝達*3において、セカンドメッセンジャーの産生や、各種重要なタンパク質の機能制御など重要な働きをする脂質です。
 また、実際の結合部位については、理研 ゲノム科学総合研究センターの高磁場NMR(核磁気共鳴)装置*4を用いてENTHドメインの立体構造を決定(図1)し、基質の結合に伴うNMRシグナルの変化を観測することで、ENTHドメインの立体構造上に存在する正電荷を持つアミノ酸に富んだ領域がPI(4,5)P2のリン酸基の結合部位であることを初めて明らかにすることができました。さらに、これらのアミノ酸を別のアミノ酸に置換する変異を導入したENTHドメインは、PI(4,5)P2に対する結合能を消失し、細胞内への情報伝達物質の取り込みを正常に媒介できないことも分かりました。
 以上の結果は、エンドサイトーシスが正常に機能するためにはENTHドメインがPI(4,5)P2と結合することが必須であり、ENTHドメインとPI(4,5)P2の相互作用によって受容体の取り込みが制御されていることを意味しています。細胞膜受容体にリガンドが結合すると、PI(4,5)P2 の分解によってセカンドメッセンジャーが産生され、その後PI(4,5)P2 と結合したENTHドメインを持つタンパク質群が受容体の近傍に集まることによって、エンドサイトーシスが開始されて細胞内へ受容体を送り込むと考えられます(図2)。


 3.今後の展開 

 エンドサイトーシスは実に多様な生命現象に関与しており、本研究の成果が与える影響は非常に大きいと考えられます。特にエンドサイトーシスは、増殖シグナルの下方制御(ダウンレギュレーション)*5に必須であり、この過程は発がん機構と密接に関わっています。またある種の急性白血病の原因遺伝子CALM*6は、ENTHドメインを持つエンドサイトーシス関連タンパク質であることが知られており、その発病機構にもリン脂質による制御が関わっている可能性が示唆されます。さらに神経終末部におけるシナプス小胞には、ENTHドメインを持つタンパク質群が集積しているので、脳神経研究における分子レベルでの理解も大きく進展すると考えられます。
 今回の研究成果は、エンドサイトーシスがもたらす様々な生命現象のメカニズムについて、分子レベルでの解明に新たな道を開くものです。また、依然として謎の多いがんや脳疾患の原因解明に寄与することによって、医学的な応用や新たな治療法の開発につながることが期待されます。


 

 

 


(問い合わせ先)    

理化学研究所 横浜研究所 ゲノム科学総合研究センター
  タンパク質構造・機能研究グループ

研究員(リサーチアソシエイト)  小柴 生造
TEL: 045-503-9203  FAX: 045-503-9201

東京大学 医科学研究所 腫瘍分子医学研究部

             助手  伊藤 俊樹                        TEL:03-5449-5507  FAX:03-5449-5417

(報道担当)

理化学研究所 広報室        仁尾 明日香
TEL:048-467-9271  FAX:048-462-4715

 

 


補足説明
 

*1 epsin N-terminal homology (ENTH)ドメイン

 一般にタンパク質のアミノ酸配列の中には,他のタンパク質と配列上相同性の高い領域が存在し,それらは類似の機能及び立体構造を持っている。この機能構造上独立した領域のことをドメインと呼ぶ。epsin N-terminal homology (ENTH)ドメインは、最初にエプシン(epsin)と呼ばれる、エンドサイトーシスに関与するタンパク質のN末端に存在することが報告されたためこの名前がつけられた。


*2 神経細胞どうしで行なわれる情報伝達物質のやりとり

 神経細胞どうしの信号のやりとりは、神経終末部分のシナプスと呼ばれる構造において行われる。シナプスでは細胞膜と同じ脂質二重膜が小さな小胞を形成しており、その内部に神経伝達物質を格納している。神経刺激に伴ってこの小胞は神経細胞の細胞膜(シナプス前膜)に融合して伝達物質を放出する。この融合膜は迅速にエンドサイトーシスによって再び取り込まれ、伝達物質を充填されたシナプス小胞へと再形成される。この一連のサイクルは非常に迅速に行われ、神経伝達において重要な現象である。


*3 細胞内の情報伝達

 細胞は外部からの各種の刺激に応じて多様な機能を発揮している。細胞内では各種の生体物質が互いに相互作用することにより、各種の情報を伝達している。この過程を総称して細胞内情報伝達と呼ぶ。PI(4,5)P2はこの細胞内情報伝達において、各種重要なタンパク質と相互作用しその機能を制御している。また、分解されて生じるイノシトール三リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DG)も情報伝達物質セカンドメッセンジャーとして重要な機能を持つ。


*4 NMR(核磁気共鳴)装置

 NMR : nuclear magnetic resonanceの略。日本語では核磁気共鳴と呼ばれ、この原理を用いた装置は,有機化合物や生体高分子等の構造や性質を調べるために広く使われている。タンパク質に存在する各原子の状態を、高磁場NMR装置で観測し解析することで立体構造を決定することができる。またNMRのシグナルはタンパク質の局所的な構造変化に非常に敏感なため、基質との相互作用に伴うシグナルの変化を観測することで、立体構造上における基質結合部位を迅速に決定できる。


*5 増殖シグナルの下方制御(ダウンレギュレーション)

 増殖因子やホルモンなどの細胞外情報分子は受容体に結合して情報を細胞内に伝達する。これらの反応は通常、細胞の増殖や分化を促したのち、直ちに終了し増殖シグナルのスイッチをオフにしなければならない。この過程が破綻すると、増殖、分化のスイッチが常にオンの状態になってしまい、癌化などの増殖異常が起こってしまうため、この過程はさまざまな機構によって厳密に制御されている。


*6 CALM

 CALM:Clathrin Assembly Lymphoid Myeloid Leukemia geneの略。この遺伝子が転座し転写因子AF-10遺伝子と融合したものが、急性リンパ性白血病、急性骨髄性白血病の患者において見いだされている。

 


 

 
図1 ENTHドメインの立体構造

NMRによって決定した立体構造を基に、分子表面を静電ポテンシャルに 従って色分けした。青い領域が正に帯電した領域である。表示した3つの正電荷を持つ残基は、変異を入れるとPI(4,5)P2との結合能を失う。

 

 


 

 

 

図2

エンドサイト−シスにおけるENTHドメインやPI(4,5)P2などの関係を示す概念図

1.

リガンドが受容体に結合すると、PIP2はセカンドメッセンジャーを産生し、細胞内情報伝達の初期反応を引き起こす。

2.

初期反応が終了すると、受容体周辺のPIP2がENTHドメインタンパク(エプシン)を集める。その後、エプシンとAP-2タンパク・Eps15タンパクのタンパク複合体とクラスリン(骨格タンパク)という複数のタンパク質群どうしが結合する。最終的に小胞と呼ばれる構造を形成して細胞膜ごと受容体を細胞内へ取り込む(エンドサイトーシスが開始される)。