Press Release

理化学研究所
東京大学
平成12年9月5日

世界で初めて共生微生物「ブフネラ」の全ゲノムを解析

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 東京大学大学院理学系研究科・細胞生理化学研究室、石川統教授の研究グループと、理化学研究所ゲノム科学総合研究センター(GSC)ゲノム構造情報研究グループ(榊佳之プロジェクトディレクター)は共同で、世界で初めて共生微生物であるブフネラの全塩基配列を解読しました。当研究所のジュニア・リサーチ・アソシエイト(JRA※1)であり、同大学院の重信秀治氏(博士課程在学中)らによる成果です。
 今回解析されたブフネラは、アブラムシ(アリマキ)の細胞内に共生するバクテリアです。宿主であるアブラムシと、共生者のブフネラは2億年もの間、進化を共にし、極めて緊密な相互依存関係を築いており、互いに相手なしでは生きていくことができません。ブフネラの全ゲノム解析の結果、宿主と協調して生きていくための情報がDNAにプログラムされていることが分かりました。また、ブフネラは、生命維持に必須な遺伝子の一部を失っており、宿主アブラムシの体外では生存できないことも明らかになりました。これらの遺伝子セットの特徴は、既存のあらゆる生物には見られないユニークなものであり、生命進化を理解する上で極めて重要な成果です。
 本研究成果は、英国科学雑誌「Nature」の9月7日号に掲載されます。


1. 背 景

 地球上の全ての生物は、種を越えた相互作用の中で生態系をつくりあげています。その中でも真核生物の細胞の中に原核生物が生息する「細胞内共生」現象は、異種間相互作用の中でも最も緊密なものと考えられており、ミトコンドリアや葉緑体の細胞内共生説※2が現在広く受け入れられている点をかんがみると、その重要性は明らかです。なかでも、半翅目(はんしもく)昆虫のアブラムシ(アリマキ)に典型的にみられる細胞内共生は、共生微生物であるブフネラが宿主昆虫の世代を越えて永続的に垂直感染を繰り返す、相互依存度の極めて高い共生系であり細胞内共生の良いモデルです。
 東京大学の石川統教授のグループは20年余にわたって、ブフネラの進化と遺伝子発現、代謝生理学上の意義について研究を行ってきました。一方、DNAシークエンス技術の発展により、1995年のHaemophilus influenzae※3 ゲノム全塩基配列決定を皮切りに、数々の微生物ゲノムの全貌が明らかになっており、その数は現在(2000年8月28日時点)31にのぼります。しかし,これまでの多くの研究は病原菌に焦点が当てられてきました。
 1998年に石川教授のグループは、ブフネラのゲノムサイズが約650Kbと非常に小さいことを明らかにしました。さらに、日本におけるゲノム科学研究の拠点である理研GSCのゲノム情報構造研究グループと共同で、共生生物としては世界で初めてゲノムDNA全塩基配列決定に着手し、解読は昨年の秋に終了しました。Natureの査読者からは、「数多くのゲノムプロジェクトの論文の中でも最も興味深く、生物学的現象をはっきりと掌握することに成功した論文である」との高い評価を得ています。


 

2. 研究成果

 ブフネラゲノムの全塩基配列の決定に当たっては、全ゲノムショットガンシークエンス法※4を用いました。今回ゲノム解析に成功したのは、エンドウヒゲナガアブラムシ(Acyrthosiphon pisum)の細胞内に生息する、ブフネラ(Buchnera sp. APS)とよばれるバクテリアです。

1)

大腸菌に近縁であるが小さなゲノムサイズ
 ブフネラのゲノムDNAは、640,681bです(これに加えて小さなプラスミドが2個ある)。これは既知のゲノムのなかで2番目に小さなゲノムです。系統解析の結果、大腸菌に非常に近いことが既に分かっていましたが、4.6Mbの大腸菌のゲノムに比べてそのサイズは7分の1しかありません。また、ブフネラに特有な新規遺伝子は4つのみであり、ほかのほとんどすべての遺伝子は大腸菌の相同遺伝子です。

2)

宿主と相互依存関係であることを裏付ける遺伝子セット
 583個のタンパク質をコードする遺伝子を同定しました。その遺伝子セットは、自由生活性バクテリア(大腸菌や枯草菌など)とも、寄生性バクテリアとも、まったく異なるユニークなものです。例えばブフネラは、宿主が合成することが出来ない必須アミノ酸の合成に関与する遺伝子をそろえていますが、宿主が合成可能な可欠アミノ酸に関する合成遺伝子をほとんど持っていません。これは、ブフネラと宿主であるアブラムシの間でアミノ酸合成が“ギブアンドテイク”の関係にあることを如実に表すものです。

3)

DNAレベル、細胞構造レベルで無防備であることを示す遺伝子セット
 ブフネラは、“DNA修復関連遺伝子を多く失っていること”、“細胞壁合成能力がないこと”が明らかになりました。これらの特徴は、ブフネラがDNAレベルで細胞構造が脆弱であり、宿主の外では生存することが出来ないことを意味しています。2億年という長い期間にわたり、宿主昆虫に保護されて進化した結果だと解釈されます。

4)

転写制御の欠失
 大腸菌等には数多く見られる二成分シグナル伝達システムをブフネラは持ちません。さらに転写制御の遺伝子はほとんど見つかりません。これらの特徴は、ブフネラが環境の変化に対応できないことを示しており、宿主細胞内の安定した環境でのみ生存可能であることを示しています。

5)

生存に必須な遺伝子の欠如
 ブフネラは、リン脂質合成酵素をほとんど失っているので細胞膜を作ることができず、宿主に依存していると予想されます。自分の細胞膜さえも宿主に依存している点は、ブフネラが独立したバクテリアから、ミトコンドリアのようなオルガネラに近い存在に進化しつつあることを示唆するものです。

 

 

3. 今後の展開

 共生の維持に重要な因子の探索を目標として、プロテオーム解析を進めています。また、ブフネラの外膜タンパク質と、相互作用する宿主側タンパク質の同定も試みています。ブフネラのゲノム解析が、ほかのゲノムプロジェクトと比べて極めてユニークであった点は、ブフネラの生命現象がブフネラのゲノムだけで賄われているのではないことも明らかにした点です。そのため宿主側の因子を考慮したアプローチが今後重要となります。
 なお、宿主昆虫であるアブラムシは、世界的な農業害虫として知られており、細胞内共生バクテリアはそのバイオマスコントロールの手段として有望視されています。また、ブフネラがわれわれ動物に必須な栄養分を、選択的に合成している点も注目に値します。これら産業面での応用については、解決すべき多くの問題がありますが、今回のゲノム解析結果はその解決の糸口を提供するものと期待されます。



 

補足説明

(※1)JRA

研究現場において知識と経験を豊富に蓄積した研究者と、柔軟な発想と活力に富む若手研究者とが一体となって研究をすすめるため、大学院博士課程に在籍する若手研究人材を非常勤として理化学研究所に採用し、研究活動に参加させる制度。

(※2)細胞内共生説

 ミトコンドリアや葉緑体といった真核細胞の細胞小器官(オルガネラ)は、かつては細胞内共生したある種の細菌類(それぞれリケッチアやシアノバクテリアの仲間)に起源を持つ−という説。リン・マーグリスによって提唱された。これらのオルガネラは細胞内で分裂して増えることができ、独自のDNAも持っているが、ほとんどの遺伝子は宿主の核ゲノムに移行している。

(※3)Haemophilus influenzae

インフルエンザ菌。大腸菌やブフネラと同じプロテオバクテリアのγ3亜属に属する。ゲノムサイズは約1.8Mb。

(※4)全ゲノムランダムショットガンシークエンス法

 ゲノム全体を1〜4Kbの細かい断片にランダムに切断し、手当たり次第に各断片のDNA配列を読み、データが大量に集まった時点で断片同士を比べて順々にコンピュータ上でつなげていき(アセンブル)、最終的にひとつながりのゲノムDNAの配列が決定されるという手法。断片同士の重なる度合いがアセンブルの精度を決めるので、ゲノムの長さの5−10倍量のシークエンスが必要である。シークエンスの自動化技術とコストダウンの結果、バクテリアレベルの大きさのゲノム配列決定では最も効率がよい手法として広く使われている。ヒトゲノム解読においても一部、取り入られている。

 

参 考

本研究成果で得られた「ブフネラ」の機能情報については理化学研究所にて特許申請中です。


(問い合わせ先)    

東京大学大学院理学系研究科
  細胞生理化学研究室 教授   石川 統
   TEL & FAX:03-5800-3553
   e-mail:iskw@biol.s.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻
  大学院博士課程3年      重信 秀治
   TEL & FAX:03-5841-4448
   e-mail:shige@gsc.riken.go.jp

理化学研究所 横浜研究所 ゲノム科学総合研究センター 
 ゲノム構造情報研究グループ 
  プロジェクトディレクター 榊  佳之
   TEL:042-778-9923 FAX:042-778-9924
   TEL:03-5449-5622 FAX:03-5449-5445(東大医科研)

(報道担当)

理化学研究所 広報室  嶋田 庸嗣 
   TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715
    e-mail:koho@postman.riken.go.jp