Press Release

東京大学・分子細胞生物研究所
理化学研究所
(財)高輝度光科学研究センター
平成12年6月6日

カルシウムポンプ蛋白質の立体構造を解明

プレス発表情報一覧


 


 

 東京大学・分子細胞生物研究所、豊島近教授の研究グループ(中迫雅由講師、野村博美技官、小川治夫助手)は、SPring-8の共用ビームラインBL41XU及び、理化学研究所の構造生物学のビームラインBL44B2を用いて、世界で初めて筋小胞体カルシウムポンプの立体構造を解明することに成功しました。なお、本研究の成果は、6月8日発行の英国科学雑誌「Nature」に掲載されます。
 (論文題目“Crystal structure of the calcium pump of sarcoplasmic reticulum at 2.6Å resolution”「筋小胞体カルシウムポンプの2.6オングストローム分解能での結晶構造」、[科研費により実施])


研究の背景及び成果

(1)

 筋小胞体カルシウムポンプは、筋収縮のために筋細胞中に放出されたカルシウムを、筋肉に再び弛緩させるために、ATPの化学エネルギーを使って筋小胞体に取り込むポンプです。カルシウム細胞の応答の制御に広く使われており、カルシウムポンプは、細胞の恒常性を保つために非常に重要な働きを持っています。同族のポンプには、ほとんどすべての細胞に存在する、ナトリウム・カリウムポンプや、胃のpHを調節するプロトン・カリウムポンプ、銅の排出に関係するポンプ等があります。デンマークのSkouによるナトリウム・カルシウムポンプの発見に対し、1997年にノーベル賞が与えられた程重要な蛋白質群です。このカルシウムポンプは、心筋梗塞やガン治療の観点からも注目され、研究が進められており、今回の構造決定は、研究を大きく前進させるものです。

(2)

 「輸送蛋白質がどのようにしてATPの化学エネルギーを使ってイオンを輸送しているか」は現代の分子レベルの生物学の主要な課題の一つです。部位特異的変異を利用した研究は、各国で非常に広範に行われてきましたが、どのアミノ酸塩基が重要かは分かっても、「どのようにして」まではわかっていませんでした。
 本研究によって、カルシウムを結合した状態の立体構造を、X線結晶解析を用い、2.6オングストローム分解能で解明することができました。さらに、カルシウム非存在時の構造(電子顕微鏡によるもので低分解能)と比較した結果、構造が大きく変化していることが判明しました。本研究によって、いくつもある生理的状態のうち、一つが詳しく判明したに過ぎませんが、能動輸送という中心的課題の解明に大きく近づいたと考えられます。
 このような構造研究においては、結晶を得ることが研究の出発点です。ポンプ蛋白質は、膜蛋白質であり、膜蛋白質は水溶性蛋白質に比べて結晶化が非常に難しいこととされています。実際、得られた結晶は、厚さ20μm程度と非常に薄いものでしたが、SPring-8の高輝度X線光源によって、このような薄い結晶であっても高分解を得ることができました。また、本研究で用いられた結晶化法は、従来の常識を破るものであり、今後の膜蛋白質の構造研究に大きな影響を与えると考えられています。

 

(問い合わせ先)

(研究関連事項) 
東京大学 分子細胞生物学研究所   教授   豊島 近

   e-mail: ct@iam.u-tokyo.ac.jp
   TEL: 03-5841-8492
   FAX: 03-5841-8491

(施設関連事項)
理化学研究所 播磨研究所     企画課  近藤 和雄

   e-mail:kkondo@spring8.or.jp
   TEL: 0791-58-0900
   FAX: 0791-58-0800

(財)高輝度光科学研究センター 利用業務部  河西 俊一

   e-mail: skawa@spring8.or.jp
   TEL: 0791-58-0961
   FAX: 0791-58-0965

(全般的)
(財)高輝度光科学研究センター  広報部   原 雅弘

   e-mail: hara@spring8.or.jp
   TEL: 0791-58-2785
   FAX: 0791-58-2786

 


用 語 の 説 明

 

・BL41XU 構造生物ビームライン

 BL41XUは、真空封止アンジュレータを光源とする共用ビームライン。生体高分子結晶構造解析を行うため、イメージングプレート及びCCD検出器を備えた生体高分子結晶構造解析装置を整備し、(1)高エネルギーX線を用いて試料を重元素化することによって構造解析を行う重原子多重同型置換法(MIR)と重原子誘導体に対して最適化した異常分散効果の測定(OAS)を組み合わせた「MIR−OAS」法によってタンパク質結晶解析がルーチン的に行うことが出きること、(2)本ビームラインの高輝度X線を用いて、今迄は解析することができなかった分子量の大きい超分子複合体や微小結晶などに対してもX線結晶解析ができる。

・BL44B2 理研構造生物学 ビームライン

 BL44B2は、SPring-8に理化学研究所が有する4本のビームラインのうちの1本(2本が構造生物学用)で、このビームは偏光電磁石を光源としていることから、挿入光源に比べてビーム輝度において劣るものの、広いエネルギー範囲のX線を手軽に利用できるという特徴を持っている。それを生かして、タンパク質結晶の単色X線回折測定、白色X回折測定及び生体希薄試料の蛍光XAFS測定を中心とした利用が出来るビームライン。

・イオンポンプ

 光エネルギーや化学エネルギーを使い、生体膜を横切るイオンの能動輸送をおこなう酵素の総称。これらの酵素がつくるイオン勾配は、共輸送や対向輸送などによって二次的に使用されるので、一次性能動輸送系とも呼ばれる。

・カルシウムポンプ

 カルシウムイオンを濃度勾配に逆らってATP(アデノシン三燐酸)(注)のエネルギーを使って運搬するタンパク。
 (注)アデノシン三燐酸(ATP)...人の身体運動は、全て骨格筋の活動による。筋活動の為のエネルギーは筋中に蓄えられているアデノシン三燐酸が利用され、これが分解してADP(アデノシン二燐酸)と燐酸に分かれる時に放出される大きなエネルギーが筋肉を動かす。

・膜タンパク質

 生体膜を構成しているタンパク質の総称。特に、生体膜の表面に付着しているものを膜表在性タンパク質、内部に埋もれているものを膜内在性タンパク質と呼ぶ。内在性タンパク質では疎水性アミノ酸の含有率が高く、界面活性剤で可溶化される。