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Press Release |
理化学研究所 |
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脳内のβアミロイド分解系路を解明 −アルツハイマー病の予防への道を開く− |
背 景 脳内におけるβアミロイドの蓄積は、アルツハイマー病に至る病理学的なカスケードの引き金を引くと考えられている。この蓄積は加齢に伴って加速することが知られているが、その機構は分かっていない。蓄積を抑制することができれば、アルツハイマー病を予防し、多くの人間の尊厳を守ることができると思われる。 このβアミロイドは、病気の原因である一方で、“生理的”存在でもある。すなわち、定常的に体内で合成・分泌されており、正常状態では速やかに分解されて蓄積に至らないと考えられる。この分解能力が老化に伴って低下すれば、蓄積の原因になる。逆に、分解能力を増強すれば、蓄積を抑制し、老化の速度を減速することが出来る。しかしながら、この分解のメカニズムの解明は多くの研究者が取り組んできたにもかかわらず、技術的に困難であったために、これまで全くといっていいほど不明であった。
理化学研究所・脳科学研究センター・神経蛋白制御研究チーム(西道隆臣チームリーダー・岩田修永研究員・津吹聡テクニカルスタッフら)は、この研究を進めるために新しい方法を開発する必要があると判断し、独自の実験システムを樹立することによって、動物脳内における分解過程を捕捉することに初めて成功した。
手法と成果 1.手 法 まず、ラジオアイソトープで多重標識したβアミロイド(42個のアミノ酸よりなるペプチド)を化学合成した。これをラットの脳内(記憶に最も重要である海馬)に微量注入し、その分解過程を高速液体クロマトグラフィーで解析した。また、分解産物の構造をペプチドシークエンサーと質量分析装置を用いて決定した。次に、種々の薬剤(蛋白質分解酵素阻害剤)を投与することによって、分解を担う蛋白質分解酵素を同定した。さらに、蓄積に対する分解過程を抑制することの効果を検討した。
2.成 果 1)脳内にはβアミロイドを分解する強力な蛋白質分解酵素システムが存在する。 脳内に投与したβアミロイドは、ほぼ30分で完全に分解された。このことは、脳内にβアミロイドを対象とする強力な蛋白質分解システムが存在することを示している。また、この分解は特異的な限定分解(注1)によって開始され、代謝中間体としてAβ10-37(10位のアミノ酸から始まって37位のアミノ酸で終わる断片)が生じることを見出した。この中間体の生成を経て、最終的にアミノ酸レベルまで分解されると考えられる。 2)分解は中性エンドペプチダーゼによって開始され、これが律速となる。 種々の蛋白質分解酵素阻害剤を投与する実験によって、はじめの限定分解を行う酵素が中性エンドペプチダーゼ(注2)の一種であることを同定した。さらに、ラット脳から精製した中性エンドペプチダーゼに同様の分解活性があることを確認した。また、中性エンドペプチダーゼの作用を抑制するとその後の分解が進まないことから、中性エンドペプチダーゼによる限定分解反応が、分解過程の律速を担うことが明らかになった。 3)脳内における分解過程を抑制すると、βアミロイドが蓄積する。 以上の結果は、脳内に外部から投与したβアミロイドの動態を観察することによって得られた。前述のように、βアミロイドは“生理的”ペプチドであるので、脳内で合成分泌されるいわゆる内在性βアミロイドが同様に分解されるか否かを調べる必要がある。そこで、浸透圧ポンプを使って中性エンドペプチダーゼ阻害剤を連続投与したところ、脳内におけるβアミロイドの量が増加し、蓄積が生じることを見出した。このことは、中性エンドペプチダーゼが内在性βアミロイドの代謝にも重要であることを示すだけでなく、その活性の低下が蓄積を引き起こし、アルツハイマー病の原因となりうることを示している。
これまでは、合成βアミロイドを任意の蛋白質分解酵素や培養細胞に曝すことによって分解されるかどうかを調べる程度の研究しか為されていなかった。このような方法では、可能性のある候補が次々に浮上するだけで、多くの実験結果は単なるアーティファクト(真実ではない結果)を生んだに過ぎなかった。新しい実験システムを用いた今回の結果によって、初めて、生理的な意味で蓋然性の高い過程が見出された。
今後への期待 本研究は、アルツハイマー病の発症機構を解明するうえで、また、発症を予防・治療するためにも重要な知見であり、今後の脳老化研究において大きなインパクトを与えるものとして期待される。 一般に、アルツハイマー病を含む多くの神経変性疾患において、痴呆症状が出た時点では既に神経細胞が不可逆的に破壊されており、完全な治療は難しい。したがって、人類がアルツハイマー病を克服するためには、予防法の確立、または、発症前診断に基づく発症前治療を可能にする必要がある(現時点ではいずれも不可能である)。本研究によって、βアミロイドの分解を減速させる因子がアルツハイマー病の危険因子となりうることが分かった。この危険因子を排除することが予防法になりうることが期待されるだけでなく、分解の低下を表す指標が測定可能となれば診断法へと応用される可能性も考えられる。さらに、分解を促進する方法は予防のみならず治療にも応用できることが期待できる。今後、動物モデルの作成などを通して、医学的応用を探ってゆきたい。
(注1)限定分解 蛋白質が分解される際に、ある特定の部位で切断されて固有の断片が生じること。通常、特異的な単一の蛋白質分解酵素によって触媒される。ランダムに切断されて多数の断片の生じる非限定的な分解と区別される。
(注2)中性エンドペプチダーゼ 蛋白質分解酵素の一種で、活性中心に金属(亜鉛)を有し、中性のpHで作用する。これまでは、ペプチドホルモンや神経ペプチドを分解する酵素として知られていた。
(問い合わせ先) 理化学研究所 脳科学総合研究センター(BSI) 神経蛋白制御研究チーム 西道隆臣(チームリーダー、薬学博士) ttel 048-467-9715、 090-3497-2650(携帯)
(報道担当) 理化学研究所広報室 吉垣 tel 048-467-9271、fax 048-462-4715 WWWページ: http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/index.html Email: koho@postman.riken.go.jp 参 考 ─ アルツハイマー病研究の現状 ─
1980年頃までは、アルツハイマー病研究の中心は病理学であった。つまり、患者の脳の形態を調べることによって、原因を探ろうというアプローチが主流であった。しかし、このような方法では、博物学的な情報を蓄積することは出来るが、厳密な意味での因果関係の樹立は不可能である。何故なら、患者の病理像を見るだけでは、それが病気の原因なのか、それとも、結果なのかを知ることが出来ないからである。とくにアルツハイマー病の場合は、原因と結果の間の時間的な距離が数十年におよぶので、因果関係の樹立は大変困難であった。 このような問題を打破したのが、この20年来の生化学・遺伝学・分子細胞生物学のアプローチである。その結果、以下のカスケードがほぼ確定したと言ってよい。βアミロイドもタウも蛋白質であるから、非常に大雑把に言いかえると「脳内に蛋白性のゴミがたまることが、アルツハイマー病の原因である」ということになる。
↓ タウ蓄積 ↓ 神経機能不全・神経細胞死 ↓ 痴呆発症 ポイント(手持ち資料)
1.アルツハイマー病は、脳内のβアミロイド蓄積 → タウ蛋白蓄積 → 神経細胞の変性・機能不全 → 神経細胞死の過程で起こることが最近の研究で明らかになってきた。
2.現在では上記の各段階のメカニズムや遺伝子の解析が世界中で精力的に行われている。
3.本研究では、これらの過程の前段階であるβアミロイド蓄積の合成・分解に着目して研究を進めた結果、脳内におけるβアミロイドの分解酵素の同定に至ったものである。
4.この分解系をうまく応用できれば、脳内におけるβアミロイドの蓄積を制御することによりアルツハイマー病の発症予防や発症前治療につながることが期待できる。
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