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新潟大学・脳研究所(田中隆一所長)と理化学研究所・脳科学総合研究センター(伊藤正男所長)の共同研究グループは、エタノールが細胞膜に存在するG蛋白質活性型カリウムチャネル(以下「GIRKチャネル」という。)の開口を直接活性化することを明らかにした。GIRKチャネルは脳と心臓(心房)に存在し、神経細胞の興奮性や心拍数の制御において重要な働きをすることが知られているが、今回の研究により、飲酒時に達する血中エタノール濃度においてチャネルの開口が起こることが明らかになった。また、GIRKチャネルに変異を有するマウスを用いた行動解析によって、エタノールによるGIRKチャネルの開口が鎮痛作用に深く関わっていることも裏付けた。これらのことは、今後の脳機能とアルコールとの関係の解明のみならず、アルコール中毒等の治療薬や全く新たな鎮痛薬の開発、さらにはアルコール飲用によるストレス解消の分子メカニズムの解明につながるものと期待され、今後の研究に極めて大きなインパクトを与えるものと考えられる。
本研究の成果の詳細は、平成11年12月1日に発行されるNatureNeuroscience
誌12号で発表される。
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背 景
アルコール(エタノール)は、古くから飲用され広く親しまれている。その作用は脳機能のほか、心臓、肝臓などの末梢臓器の機能にも関わる。かつては細胞膜脂質への非特異的な作用と考えられていたが、最近ではいくつかのイオンチャネル(細胞膜に存在し、イオンが細胞内外へ移動する時の通り道となる部分)の機能への影響が見いだされてきている。しかしながら、様々なエタノール作用を説明する機序はまだ不十分であった。
これまでに、エタノールが神経細胞発火の減少、膜の過分極、内向き整流性(注1)のカリウム電流の増強などの生理作用を有することが知られていたが、そのメカニズムはわかっていなかった。新潟大学・脳研究所・分子神経病理学(小林 徹:医学博士)と理化学研究所・脳科学総合研究センター(BSI)・情動機構研究チーム(池田和隆:BSI研究員、医学博士)らは、これらの現象がGIRKチャネルを含む内向き整流性カリウム(IRK)チャネルの特徴であることに着目した。GIRKチャネルは数種のタイプがあり、脳内に広く分布するとともに、心房にも多く存在し、いろいろなG蛋白質(注2)共役型受容体(例えばドーパミンやアドレナリンなどの受容体)の活性化を介して、神経細胞の興奮性や心拍数の抑制
の調節に重要な働きをする分子である。
手法と成果
1.手 法
まず、研究対象チャネルのマウスcDNAを単離し、それらを用いてmRNAを合成した。
合成mRNAをアフリカツメガエル卵母細胞に微量注入してチャネル蛋白質を発現させ、膜電位固定法を用いてアルコールに対する卵母細胞の応答を電気生理学的に測定した。GIRKチャネルがエタノールによって直接開口制御されるかを検討するために、通常GIRKチャネルの機能を制御しているG蛋白質の阻害剤を用いた実験を行うとともに、単一チャネルの解析を行った。さらに、アミノ酸配列が一つ変異したGIRKチャネルを持つウィーバーマウスを用いた行動及び生理学的解析によって、エタノールのGIRKチャネルに対する効果の生体レベルでの意義を検討した。
2.成 果
1)エタノールによるGIRKチャネルの開口
<アフリカツメガエル卵母細胞蛋白質発現系を用い、エタノールに対する卵母細胞の応答を電気生理学的に測定し、エタノールが脳タイプのGIRK1/
2チャネルと心臓タイプのGIRK1/4チャネルを活性化することを見いだした。この活性化は飲酒時に達する血中エタノール濃度で起こった。この活性化された電流は、IRKファミリーに特徴的な内向き整流性を示しかつそれらのチャネルブロッカーであるバリウムイオンで消失した。また、このエタノール効果はチャネルの発現量に比例した。一方、同じチャネルファミリー内で類似構造を示すIRK3チャネルには影響しなかった。炭素数の異なる一連の直鎖アルコールが各タイプのGIRKチャネルに対して特徴的な作用を示したので、アルコールは細胞膜脂質の乱れを引き起こすのではなく、GIRKチャネルに直接作用する可能性が考えられた。この可能性を検討するために、通常GIRKチャネルの開口制御をしているG蛋白質の機能を、百日咳毒素などの阻害剤を用いて阻害した。G蛋白質機能阻害下においてもエタノールはGIRKチャネルを活性化させた。さらに、単一イオンチャネルの解析から、エタノールが細胞内のセカンドメッセンジャーを介さずにGIRKチャネルの開口を増加させることがわかり、エタノールがGIRKチャネルの開口を直接制御することが明らかになった。
2)生体内におけるエタノールのGIRK効果
ウィーバーマウスはGIRK2チャネル内に一つのアミノ酸配列変異を持つ。今回、この変異GIRK2チャネルに対するエタノールの作用を調べたところ、エタノールはこのチャネル活性に影響しなかった。そこで、この変異GIRKチャネルをもつウィーバーマウスにおいて各種のエタノール効果を行動生理学的に解析したところ、このマウスではエタノールの鎮痛効果が選択的に減弱していることが明らかになった。この結果から、生体内でのエタノール効果のうち少なくとも鎮痛効果にGIRKチャネルは深く関わっていることを裏付けた。また、エタノールの徐脈効果には、エタノールによる心臓タイプGIRK1/4チャネルの開口が関与していると考えられた。
これまでにいくつかのイオンチャネルに対するエタノールの効果が報告されてきたが、これらのエタノールの効果にはアゴニストや膜の脱分極によるチャネルの活性化が前提であった。しかし、今回の結果から、GIRKチャネルは、種々のG蛋白質共役型受容体の活性化やG蛋白質を介する細胞内情報伝達系に関係なく、エタノールのみで活性化されることが明らかになった。GIRKチャネルはエタノールの重要な標的であると考えられる。
今後への期待
本研究は、アルコールの作用を解明する上で極めて重要な知見であり、脳機能との関係をはじめ今後のアルコール研究において大きなインパクトを与えるものとして期待される。
エタノール効果におけるGIRKチャネルの役割を今後更に検討することで、アルコール中毒や離脱、依存症の病態においてもGIRKチャネルの関与が示される可能性があり、これら病態の治療薬開発に繋がると期待される。またGIRKチャネルに働く全く新たな鎮痛薬の可能性も考えらる。さらにアルコール飲用によるストレス解消の分子メカニズムの解明が期待される。
(注1)内向き整流性
細胞内に向かってイオンが流れやすい性質のこと。ただしカリウムイオンの場合、細胞内の方がカリウムイオンの濃度が高いため、チャネルが開口するとカリウムイオンは細胞内から外へ流れて行くことになる。
(注2)G蛋白質(GTP結合蛋白質)
受容体が受けた情報を細胞内に伝達する役割を果たす蛋白質の一種。通常は受容体に情報物質が結合するとその情報がG蛋白質に伝えられ、さらにG蛋白質がチャネルや酵素などの機能を制御するという経路になっている。
(問い合わせ先)
理化学研究所 脳科学総合研究センター(BSI)
情動機構研究チーム
池田和隆(BSI研究員、医学博士)
tel 048-462-1111 ex 6436
(報道担当)
理化学研究所広報室 吉垣
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