Press Release 大阪大学
理化学研究所
平成11年6月17日
紫外線による遺伝子の損傷を乗り越えて複製する新しいDNAポリメラーゼを発見
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 大阪大学と理化学研究所は、奈良先端大と生物分子工学研究所との共同研究により、これまで謎であった色素性乾皮症(XP)バリアントと呼ばれる疾患の原因遺伝子のクローニングに成功しました。また、この遺伝子によって産生されるXPVタンパク質は、紫外線による遺伝子の障害を乗り越えて複製をする新しいDNAポリメラーゼであることを明らかにしました。
 この発見は、細胞が損傷を克服して、正確な相補鎖を合成する仕組みを解明した、高等生物で初めての例です。この遺伝子に欠損を持つXPバリアントの患者では、皮膚がんが高頻度に発症することから、この遺伝子は、新しいタイプのがん抑制遺伝子とも言える訳で、本研究成果により、皮膚がん発症のメカニズムの解明が進むと期待されます。
 成果の詳細は、Nature(平成11年6月17日号)に発表されます。

 生命が正常に営まれるためには、遺伝子DNAの情報は安定に維持されなければなりません。しかし紫外線を始めとする様々な外的な要因、さらには細胞内の代謝の過程で生じる活性酸素などの内的な要因によって、DNAには絶えず損傷というべき変化が起きています。これらの損傷はDNAの複製や転写を阻害し、細胞死や突然変異をもたらします。また突然変異はDNA複製のときのエラーによっても生じ、老化、がん化、遺伝病発症の原因となっています。

 ヒトを含めた地球上の全ての生物は、こうした状況を回避するために、DNAの損傷を修復する様々な機構を進化の過程で獲得してきました。DNA損傷の修復機構が如何に重要かということは、修復酵素系が欠損したヒト遺伝病において、早期老化、種々の神経症状、発育遅滞、高発がん性、免疫異常などの重篤な病態がもたらされるという事実に如実に顕されています。このようなヒト遺伝病で最も有名なのが色素性乾皮症(XP)です。XPは、欧米では25万人に1人、日本では4万人に1人の割合で発症する常染色体性劣性遺伝疾患です。幼年期より露光部に皮膚がんの発生がみられ、種々の精神神経症状を示します。

 XPには8つのタイプがあり、それぞれが異なる遺伝子の変異によることが知られています。そのうちXP-AからXP-Gまでの7つのタイプの患者では、いずれもヌクレオチド除去修復(NER)と呼ばれるDNA修復機構に問題があることがわかっていました。ヌクレオチド除去修復(NER)とは、DNAから損傷を含む部分を取り除いて、反対側の正常なDNAを鋳型にして埋めるシステムです。ところが第8番目のXPバリアントと呼ばれる患者では、このNERのプロセスは正常であるにもかかわらず、他の7つのタイプと臨床上はほとんど同じ症状を示す、ということで、その原因は長年の疑問でした。

 今回、大阪大学・細胞生体工学センターの益谷央豪助手、花岡文雄教授(理化学研究所・細胞生理学研究室・主任研究員兼務)らの共同研究チームは、DNAの修復機能が正常な細胞を使用して、XPバリアントで欠損しているタンパク質(XPV)を精製し、その遺伝子をクローニングすることに成功しました。

 その結果、

  • XPV遺伝子は、これまでヒトで見つかっている6種類のDNAポリメラーゼとは異なる新規DNAポリメラーゼをコードしていることを見出しました。
  • このXPVポリメラーゼは、出芽酵母で、今年発見されたRAD30ポリメラーゼと親類の酵素で、損傷部位の反対側に正しい塩基を挿入することが出来る賢いポリメラーゼでした。
  • XPバリアントの患者は世界各地に分布していますが、いろいろな地域からの患者のゲノムすべてで、このXPV遺伝子に異常が見つかりました。
  • またこの遺伝子からその産物であるXPVタンパク質を産生させて、XPバリアントの患者からの細胞抽出液に加えたところ、欠損を相補することが分かりました。
  • XPVタンパク質は、それ単独でDNAの損傷を乗り越えるポリメラーゼ活性を持っていました。

 以上のことから、このXPV遺伝子がこれまで謎であったXPバリアントの原因遺伝子であり、また、この遺伝子によって産生されるXPVタンパク質は、紫外線による遺伝子の障害を乗り越えて複製をする新しいDNAポリメラーゼであることが明らかとなりました。

 DNA上の損傷は、時間があればNERなどの修復系によって損傷を修復することが出来ます。しかし修復しないうちに複製の順番が来てしまうことも当然あります。そのようなときに、ここで見出された「忠実な損傷乗り越え複製」が威力を発揮します。
 大腸菌のような原核生物でも損傷を乗り越える機構が知られていましたが、そこに関与するDNAポリメラーゼは、まだはっきりしていません。また大腸菌の場合には、損傷を乗り越えるときには、エラーを起こしやすいことが知られています。
 このようなことから、生物にとって最も古くからの遺伝子毒であった紫外線に対抗する手段として、真核生物がRAD30ポリメラーゼやXPVポリメラーゼのような賢いDNAポリメラーゼを獲得したことは、大変興味深いことです。

 現在、DNAの損傷していない部分の複製には従来知られていたDNAポリメラーゼが関わっていることが分かっています。一方、XPVポリメラーゼのような損傷乗り越え型ポリメラーゼは損傷部分の複製のみに関わっていると考えられます。今後、損傷していない部分の複製に関わるポリメラーゼと、損傷乗り越え型ポリメラーゼがどのように切り替わるのか、そして、損傷を乗り越えてしまった後に再びもとのポリメラーゼにどのようにして切り替わるのか、という問題を解決しなければなりません。さらには、損傷があるのに、何故このポリメラーゼは正しい相補塩基を選ぶことが出来るのか、という問題は遺伝子の複製のメカニズムとして非常に面白い点で、X線結晶構造解析なども含め、追求していく価値があります。またこのような酵素を多量に発現させてやれば、細胞は突然変異を起こしにくくなることも予想され、興味は尽きません。

 本発見によって、皮膚がん等のがんの発症メカニズムの究明が進み、がんの予防に役立つことが期待されます。


【論文発表者】
大阪大学 細胞生体工学センター
教授 花岡文雄 (理化学研究所・細胞生理学研究室・主任研究員兼務)
助手 益谷央豪
大学院生 楠本理加 (奈良先端科学技術大学院大学)
大学院生 山田亜夕美 (大阪大学大学院薬学研究科)
大学院生 湯浅真弓 (大阪大学大学院医学研究科)
大学院生 荒木真理人 (大阪大学大学院薬学研究科・理化学研究所JRA)
理化学研究所 細胞生理学研究室
基礎科学特別研究員 横井雅幸
理化学研究所 生体分子解析室
技師 堂前 直
室長 瀧尾擴士
生物分子工学研究所
主任研究員 岩井成憲

(問い合わせ先)
花岡 文雄
 大阪大学 細胞生体工学センター
Tel:06-6879-7975
Fax:06-6877-9382
E-mail:fhanaoka@imcb.osaka-u.ac.jp
 理化学研究所 細胞生理学研究室
Tel:048-467-9531
Fax:048-462-4673
報道担当:理化学研究所 広報室
 吉垣聡子
Tel:048-467-9272
Fax:048-462-4715
E-mail:koho@postman.riken.go.jp
http://www.riken.go.jp/KOHO/Press.html

Xeroderma Pigmentosum (XP)

[色素性乾皮症]

  • ヒト常染色体性劣性遺伝病。
  • 日光過敏症。しばしば精神神経症状。
  • 高頻度の皮膚がん発症(正常人の2千倍)。
  • 遺伝的相補性群(8群)の存在。
  • ヌクレオチド除去修復機構(XP-A〜XP-G)または
    紫外線照射後のDNA複製(XP-V)に欠損。
図1 XPの臨床症状 図2 紫外線損傷を修復する複数の経路

図3 XPVポリメラーゼとその仲間たち 図4 XP-V患者における変異XPV蛋白質


図5 従来のDNAポリメラーゼとXPVポリメラーゼの比較