Press Release 理化学研究所
通信総合研究所
平成11年6月15日
コンパクトで高性能なSQUID-脳磁界計測装置を開発
−高温超伝導体磁気シールドと超伝導電子波素子を用いて−
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 通信総合研究所と理化学研究所は、東京電機大学との共同研究により、高温超伝導体磁気シールドを用いた全頭型SQUID-脳磁界計測装置の開発に世界で初めて成功しました。
 環境磁気雑音を遮蔽する専用のシールド室を必要とせず、コンパクトにまとめられているのが特徴です。可搬性にも富んでおり、手軽に脳の機能を調べることができることから、脳・神経科学や臨床医学などへの寄与が期待されています。
 また、セラミック高温超伝導体、超伝導電子波素子の実用化例としても注目されています。
 磁気シールド、センサーなど全システムが国内で開発されました。装置の開発に当たっては、住友重機械工業、島津製作所、金属材料技術研究所、日本計器製作所、三井金属鉱業の協力を得ています。

SQUID(Superconducting Quantum Interface Device:超伝導量子干渉計)とは、ジョセフソン素子を用いた干渉計です。脳や心臓などから発生する微弱な磁界を検出することができ、X線やNMR(磁気共鳴)に続く第三のCTスキャナー(断層撮影装置)として注目されています。SQUID・CTは、もともと体内から発生するごく微弱な磁界を検出することによって診断を行うため、X線CTなどに比べ人体に与える影響が少ないなどのメリットがあります。しかし、SQUID・CTの開発に当たっては、低雑音のジョセフソン素子の開発、及び大型の高温超伝導体磁気シールドの製作が大きな問題でした。

 今回、通信総合研究所・横須賀無線通信研究センター主任研究員であり、理化学研究所・表面界面工学研究室客員研究員の太田浩博士らのグループは、世界で初めてSNS(超伝導体/常伝導金属/超伝導体)ジョセフソン接合を用いた全頭型SQUID 脳磁界計測装置(64チャンネル)を開発しました。従来のSIS(超伝導体/絶縁体/超伝導体)トンネルジョセフソン結合を用いたSQUID 脳磁界計測装置に比べ、電子が捕獲されたり、解放されたりする絶縁層がないため、低周波雑音が少ない特徴があり、高い感度が得られます。この、SNS接合のSQUID装置は、電子が粒子ではなく波として動作する超伝導電子波素子の実用化の例としても、注目されていています。

 SQUID 脳磁界計測装置の開発に当たって、飛び越えなくてはならないハードルはもう一つありました。体内から発生する磁界は非常に微弱で、脳から出てくる磁場の強さは、地磁気と比べ約1億分の1しかありません。そこで、地磁気を遮蔽する工夫が必要になってきます。従来型のSQUID 脳磁界計測装置は、外部からの環境磁気雑音を遮蔽するためにパーマロイ(ニッケルを主成分とする高透磁率合金)でできた専用のシールド室内での使用が求められていました。

 太田博士らのグループは、パーマロイよりも遮蔽効果の高い超伝導体による磁気シールドを採用しました。ビスマスなどの酸化物で作ったセラミック素材の高温相で、世界で初めて大型(直径65センチ、長さ160センチ)のシリンダーを製作し、人体をすっぽり囲むことで環境磁気雑音を遮蔽しています。ビスマス系セラミックの磁気シールドは、-170度で超伝導現象が起こることが知られており、液体ヘリウム温度(-273度)まで冷やす必要がないたため、付帯装置が簡素化できます。さらに、専用のシールド室を必要としないことから、省スペースで設置場所を問わないという利点もあります。

 セラミック高温超伝導体シリンダーや、SNS接合を用いたSQUIDの採用により、極めて低雑音の脳磁界計測装置が実現できました。変電施設から10メートル程度離れた環境磁気雑音の多い実験室で、5f(10−15)Tの感度があり、添付資料4のような美しい脳磁図が得られています。特に、1/f雑音と呼ばれる(周波数に逆比例するスペクトルを持つ)低周波数雑音が小さく、1ヘルツの周波数でも55fTの感度を維持していることが得られたデータの美しさと関係しています。また、脳の内部で神経電流の向きがアルファー波に近い10ヘルツの周波数で周期的に変化している様子も捕らえられています。

 実際に装置を組み上げる上で問題となったのが、高温超伝導シリンダーを病院など(天井高が約2メートル50センチ)へスマートに納め、液体ヘリウムの入った重さ約100キログラムのセンサー部分を頭の上にいかに安全に配置するかでした。この問題を解決するために、長さ2メートルの金属円筒を任意の角度に傾斜できるようにし、重さ100キログラムのセンサー部分をチェーン・ブロックなど用いることなく現場で脱着できるようにしました。(添付資料2参照)。装置の維持管理の簡便さと、コンパクト化につながるこれらの工夫は「高温超伝導体磁気シールドを用いた傾斜型脳磁界計測装置」として、両研究所及び協力企業との連名で特許申請されています。

 新型SQUID脳磁界計測装置は、専用のシールド室を必要とせず、コンパクトにまとめられていることから、一般の病院でも脳の機能を調べることを可能にし、以前より手軽に脳の働きを調べることができます。脳・神経科学や臨床医学へのSQUID脳磁界計測装置の普及にも寄与でき、新たな発見への期待も膨らみます。また、この装置を備えた移動検診車を製造することで、胃や肺などの定期検診と同じように、気軽に脳を調べることが可能となり、痴呆症の兆候を早期に捕らえ、早めにリハビリを行うことで痴呆の進行をくい止めるなど、その応用範囲は大きく広がっていくことが期待されます。

 この研究成果は、SNS接合については日本物理学会刊行(6月)の「メゾスコピック・ジョセフソン素子の物理と応用」で、SQUID 脳磁界計測装置については6月21日-25日、カリフォルニアで開かれる超伝導エレクトロニクス国際会議(ISEC'99)で発表される予定です。

※SQUID:
1個もしくは2個の弱結合ジョセフソン素子を含む超伝導回路を磁束が通過すると磁束変化に対応して電流信号が変化する。この量子干渉現象によって、極めて微細な磁束の変化でも測定できる
※ジョセフソン効果:
ごく薄い障壁層を間に挟んで、二つの超伝導金属を抱きあわせ、全体を超低温状態において電流を流すと、障壁層をくぐり抜けるようにして電流が流れる現象。その効果を利用することで、高速のスイッチング機能が得られることから、コンピューター用の素子としても注目される。

SQUID 脳磁界計測装置開発メンバー
太田 浩1,2、松井敏明1 1 通信総合研究所

2 理化学研究所

青野正和2、
内川義則、小林宏一郎、田辺和久、竹内亨 東京電機大学
山田康晴、高畑光博、品田恵 島津製作所
楢崎勝弘、常松正二、小藪幸夫 住友重機械工業
亀川豊、中山清、清水輝夫 日本計器製作所
吉田勇二 金属材料技術研究所
須藤栄一、星野和友、小池淳、高原秀房 三井金属鉱業

(問い合わせ先)
太田 浩
 通信総合研究所 横須賀無線通信研究センター
Tel:042-327-7934
FAX:042-327-6976
 理化学研究所 表面界面工学研究室
Tel:048-462-1111 ex 3214
Fax:048-462-4652

(報道担当)

理化学研究所広報室 嶋田庸嗣
Tel:048-467-9272
Fax:048-462-4715
E-mail:koho@postman.riken.go.jp
ホームページ:http://www.riken.go.jp/KOHO/Press.html
資料1

実際に作製した
全頭型 SQUID-脳磁界計測装置
高温超伝導体磁気シールドを用いた
脳磁界計測装置の概念図

資料2


資料3


◎脳の表面の磁場分布を調べることで脳の活動部位を算出することができる。
 ・矢印は算出された脳内電流の強さと方向      
 ・赤い部分が磁場の沸き出し口、青い部分が吸い込み口

資料4


◎右腕の正中神経(触覚)刺激に応答する脳からの磁場の周期的変化(数字は刺激後の時間を表す)

資料5


◎触覚刺激による脳磁界から算出された脳の活動部位(赤色の矢印)がMRIによる解剖学的データと一致している(MRIデータは東京電機大学提供)