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遺伝性心臓難病(心筋症)の新たな原因遺伝子と
発症機構を解明

-日本人研究者ら、35年来の謎を解く -

平成9年12月9日
理化学研究所

 理化学研究所(有馬朗人理事長)は、国内外関係機関と共同で、遺伝性心筋症の研究にモデル動物を用い、新しいタイプの原因遺伝子と発症機構を解明した。
 心筋症は、心臓の筋肉が徐々に壊れて重症の不整脈や心不全に至る難病であり(厚生省指定難病)、今回の研究成果は新しい治療法開発への道を開くものとして期待される。
 成果の詳細は、平成9年12月9日発行(米国東部時間)のProceedings of the National Academy of Sciences of the U.S.A.(米国科学アカデミー誌)に発表される。

【研究の経緯】
1.本研究は、理化学研究所(細胞生理学研究室)の基礎科学特別研究員・阪本英二博士をリーダーとし、理化学研究所と東京大学(医学部第二内科)を中心とした国際共同研究グループ(後掲の論文発表者)により行われた。
2.今回の成果は、由来は同一だが表現型の異なる心筋症のモデル動物を対象に用い、詳細な臨床医学的観察と厳密な分子生物学的手法とを巧みに組み合わせることにより導かれた。

【背 景】
1.心筋症は、心臓の筋肉(心筋)が壊れ、重症の不整脈や心不全に至る難治性の疾患である。患者数は人口数千人あたり一人で、根治療法は心臓移植しかなく、社会的関心は極めて高い。原因として遺伝子異常が強く疑われているが、解明されたものは少数である。心筋症は、心臓の壁が厚くなる肥大型と薄くなる拡張型とに大別され、原因遺伝子は異なるものと従来考えられていた。
2.糖尿病の鍵を握るインシュリンの発見がイヌを用いてなされたことからも明らかなように、現代医学における疾患モデル動物の重要性は益々高まっている。ヒト遺伝性心筋症の代表的モデル動物として、心筋症を自然発症するハムスターが1962年に発見された。35年間に亘る膨大な研究から、その特徴がヒト心筋症に酷似することは証明されているが、原因遺伝子並びに発症機構は謎に包まれていた。現在までに、肥大型を呈する系統(BIO14.6及びUMX7.1)と拡張型を呈する系統(TO-2)とが分離されている(図1)。
3.心臓が正常な血液ポンプとして機能するためには、個々の心筋細胞がきちんと結合(接着)して収縮しなければならない。心筋細胞間の結合には、細胞膜あるいはその内外にある蛋白質が重要な役割を果たしている(図3左)。

【成 果】
1.肥大型及び拡張型心筋症ハムスター双方を対象とし、心筋細胞間の結合に関与する遺伝子を徹底的に解析した(候補遺伝子解析法)。驚いたことに、両型の心筋症で完全に同一の遺伝子領域が欠失していた。一般に遺伝子には、翻訳・合成される蛋白質情報を持つ領域(翻訳領域)の上流に、その発現を調節する領域(調節領域)が存在する(図2上)。全ての心筋症ハムスターで、デルタ・サルコグリカン遺伝子の翻訳領域は正常だが、調節領域が失われた結果、当該蛋白質が合成がされないことが分かった(図2下)。今回の研究は、肥大型及び拡張型心筋症における同一の遺伝子異常を見出した点で、従来の概念では予測されない発見と言える。このことは、心筋症の表現型を変える他の因子の存在を強く示唆する。最終的に、大きな遺伝子領域の欠失が、デルタ・サルコグリカン遺伝子の翻訳領域から約6千塩基上流に存在することを突き止めた。
2.デルタ・サルコグリカン蛋白質は、心筋の細胞膜表面で複数の蛋白質(ジストログリカンなど)と協調し、隣接した細胞間の結合から心臓全体の形態維持に重要な役割を果たす。今回の研究で、それら分子の結合様式が明らかになり、デルタ・サルコグリカン蛋白質の欠損と心筋細胞間の結合破壊の関係が示された(図3右)。心筋症の既知の原因遺伝子は全て心筋収縮に関与した蛋白質を担うものだったが、心筋細胞間の結合に関与する蛋白質の遺伝子異常でも心筋症が発症することが今回初めて実証された。

【今後への期待】
1.先天的に欠損した遺伝子を補うことで心筋症を治療する技術(遺伝子治療)の開発が、性質のはっきりしたモデル動物の原因遺伝子が今回解明されたことで、ようやく実現可能になった。
2.疾患モデル動物の原因遺伝子の同定が契機となり、ヒトの疾患でも対応する遺伝子異常が見つかることは多い。本研究は、デルタ・サルコグリカンなど細胞間結合に関与する遺伝子異常により発症するヒト心筋症の存在を予測させる。
3.本来心臓には、失われたポンプ力を心筋細胞が大きくなること(肥大)で補う性質がある(代償性心肥大)。拡張型心筋症では、この代償性機構にも異常が存在する可能性があり、今後急速に研究が展開することが期待される。>

【代表研究者】
  理化学研究所・細胞生理学研究室 基礎科学特別研究員
  東京大学・医学部第二内科 医員
  阪本英二

【論文発表者】
 阪本英二    理化学研究所 基礎科学特別研究員、東大・医学部第二内科医員
 小野景義    国立医薬品食品衛生研究所・生薬部 主任研究官
 阿部誠     理化学研究所・細胞生理学研究室
 Gaeten Jasmin カナダ・モントリオール大学・医学部病理 教授
 浴俊彦     理化学研究所・細胞生理学研究室 先任研究員
 村上康文    理化学研究所・細胞生理学研究室 先任研究員
 眞崎知生    京都大学・医学部第一薬理 教授
 豊岡照彦    東京大学・医学部第二内科 教授
 花岡文雄    理化学研究所・細胞生理学研究室 主任研究員

(問い合わせ先)
 理化学研究所 細胞生理学研究室 基礎科学特別研究員
  阪本英二  Tel:048-462-1111 ext.5569
        Fax:048-462-4673
 [報道担当:広報室 越間・佃・吉垣  Tel:048-467-9270]