発明紹介 PDF
公開、権利化された主な発明

 




●発明者
脳科学総合研究センター
発生発達研究グループ
発生神経生物研究チーム
グループディレクター 御子柴克彦

グループディレクター 御子柴克彦

「複雑な形をした脳がいかにしてつくられ、どのようにはたらいているのか」は、現代科学の大きな謎である。この謎に、異常と正常を比べることによって挑戦しているのが、御子柴克彦グループディレクターの率いる発生神経生物研究チームだ。突然変異により、小脳の構造に異常のあるマウスを対象に研究を進め、神経の発生を誘導したり、 神経細胞の位置を決めたり、さらには背側と腹側、内臓の左右の位置を決定する分子などを見出している。さらに細胞内の「カルシウム振動」を引き起こすIP3レセプターを見出して、それらに関連した研究成果 をパテント化している。
(表紙の写真:IP3レセプターの極低温電子顕微鏡像とIP3結合部位 のX線結晶構造)

ミュータントマウスで小脳の秩序の源を探す

――小脳の形成をどのような方法で探っているのですか。

 御子柴:まず、脳の発生について簡単に説明しましょう。1個の受精卵が分割して、内胚葉、中胚葉、外胚葉に分かれ、さらに分化が進んで、複雑な生体がつくられていきますが、外胚葉がくぼんでチューブ状の神経管になり、それが屈曲したり、一部が肥大したりして脳ができます。

図1 脳のシワがなく、神経細胞の位置が異常のマウス(リーラー、ヨタリマウス)の解析。リーラーマウスに正常マウス脳を免疫して遺伝子産物(リーリン)に対する抗体を作成し遺伝子を同定して、 分子生物学的研究の突破口となった(Neuron 1995)。また、自然発症の脳のシワのないヨタリマウスを発見した(Nature 1997)。

図2 プルキンエ細胞の変性脱落やシナプス欠損マウスの小脳失調症マウスの小脳の解析によりIP3レセプターを発見。当時、世界で2番目に長いマウスIP3レセプターのcDNAクローニング(10kb)に最初に成功。巨大な膜タンパク質(分子量 31万)(Nature 1989)。マウス、ヒト:1、2、3型すべて全長クローニング、カエル:3種中1型クローニング、ハエ、ヒトデ、線虫は単一遺伝子:全長クローニングに成功(配列は種を超えて保存されている)。

 脳は、大脳、脳幹、小脳などに分かれており、小脳は運動の制御や運動学習を担当しています。その表層の部分は小脳皮質で、内側から外側に向かって、顆粒細胞層、プルキンエ細胞層、分子層という3層構造にきれいに分かれており、大脳皮質と同じように表面にはシワがあります。

 ところが、リーラーという突然変異のマウス(ミュータントマウス)では、表面のシワもないし、小脳皮質の3層構造も壊れて、神経細胞の位置がバラバラになっているのです。そこで、リーラーが異常になっている原因を突き止めれば、正常マウスで秩序が形成される理由がわかる、と考えて研究を進めました。私たちが用いたのは免疫学的手法です(図1)。
 実験に使うマウスのコロニーでは、近親交配を繰り返して遺伝形質を同じにしています。そのため、コロニーの個体間では、皮膚や脳の組織を移植しても異物としては認識されません。これを逆手にとり、マウスのコロニー内の正常なマウスの脳組織を、リーラーに注射することを思いついたのです。
 正常マウスとリーラーでは、小脳に関わる遺伝子のみが異なり、それにより産生されるタンパク質も違ってくると仮定し、正常な小脳組織をリーラーに入れれば、抗体ができるはずだと考えたのです。もくろみ通り抗体が生じ、小川正晴博士(現・チームリーダー)や仲嶋一範博士(現・慶応大医学部教授)たちと協力して1995年に発表したこの実験は、世界初のミュータントマウスを用いた抗体の作成例となりました。

――その抗体についての特許を申請したのですか。

 御子柴:当時はパテント意識がほとんどなく、残念ながら、この抗体については申請していません。
 出願したのはこの抗体が認識するタンパク質についてで、「トランケート型リーリンタンパク質およびそれをコードするcDNA」となっています。このタンパク質が小脳の層構造に決定的なはたらきをもつことを、私たちは明らかにしました。
 リーリンタンパク質は、内部から移動してくる神経細胞に対して、「どこに行け」と指令を下すシステムの要となるタンパク分子だったのです。カハール・レッチウスニューロンが、リーリンタンパク質を分泌していることもわかりました。
 また、神経細胞の突起伸展の制御にも関わっているようです。さらに、老化に関わる分子であるApoEレセプターがリーリンのレセプターであることもわかってきました。発生と老化という対照的な現象をつなぐキー物質になるかもしれません。このように、いろいろなはたらきをもちますが、直接的には脳の発生障害の治療薬の起点となる可能性もありますね。
 私たちのマウスコロニーでは、ヨタリというミュータントも見つかっています。これもやはりシワのないマウスで、その原因がショウジョウバエのdisabled-1という遺伝子のマウスホモログの異常にあることを突き止めました。disabled-1はリーリンの下流にある重要なはたらきを担っていますが、これに関してのパテントは申請していません。
 私たちの研究グループには小脳の形成に関わる柱が、あと2本あります。「Zic(Zinc finger protein enriched in the cerebellum)遺伝子」と「IP3レセプター」の研究です。


Zic遺伝子の多様なはたらき

――Zic遺伝子とは、どのようなものですか?

図3 IP3レセプターの構造

図4 IP3レセプターのチャネルの開孔(ゲーティング)機構の解明。IP3の結合部位はチャネル孔の近くに移動し、そのN末端は多くの多様な分子と結合する性質をもっており、 IP3レセプターはさまざまな分子により、その機能を制御されるのに都合のよい構造を示す。結晶構造を決めたIP3の結合部位はIP3レセプター全体の結合活性よりも500倍高い親和性を示すことから、IP3スポンジとしてIP3を取り除くはたらきを示す。

 御子柴:私が阪大から理研に移ってきた10年ほど前に、マウス小脳の顆粒細胞に多く発現しているタンパク質として見つけてZicと名づけて発表しました。現在は比較神経発生研究チームの有賀純チームリーダーがZicの研究を展開しています。
 神経細胞がつくられる神経管の細胞では、Zic遺伝子が発現しており、神経発生に重要な誘導遺伝子となっていることを突き止めました。
 これについてはパテント化しています。Zicがあれば神経管から神経組織が発達し、Zicを壊すようにすると神経組織が形成されなくなります。
 実は、Zic遺伝子はショウジョウバエの発生に重要な遺伝子の脊椎動物ホモログだったことも明らかにしました。ショウジョウバエでは1種類ですが、マウスのような脊椎動物では5種類あり、各々染色体上で違う場所にあります。Zic1〜5のそれぞれが、発生において重要なはたらきを担っています。
 例えば、Zic1は小脳のパターン形成をコントロールしています。Zic2遺伝子の異常は広範で、脳の中隔を欠くヒトの全前脳症の原因遺伝子となっています。また、この遺伝子欠損で外脳症にもなります。
 また、視覚における立体視には網膜の神経節細胞から脳への交叉性投射と同側性投射線維の両方が大切であることは知られていましたが、Zic2ノックアウトマウスでは同側性の神経線維の形成がなくなっていました。これまで手がつけられなかった立体視に関わる分子的基盤解明の大きな手がかりが得られました。「Cell」に発表したこの仕事は月間で最もインパクトのある研究として、米国で大きく紹介されています。 そしてZic3が、内臓の左右の位置を決めていることも確かめました。Zic3はもともと左側に発現していますが、カエルでZic3を右側に過剰発現させると心臓や内臓の位置が逆転するのです。
 最近では、Zicが発生研究の中でスクリーニングしなければならない遺伝子のリストの中に入り始めています。Zicに関わるものが私たちのパテントとは関係なく、試薬として売り出され始めています。

IP3レセプターの発見

――研究の3本柱の残りの1つ、IP3レセプターというのは、どのようなはたらきをもつものなのですか。

御子柴:小脳失調症のマウスのうちでプルキンエ細胞を欠く、あるいは、あってもシナプスができないミュータントマウスから見出したのがIP3レセプターです(図2)。
 プルキンエ細胞に異常を起こすミュータントマウスでは、P400というタンパク質が欠損しており、その性質を1976年頃からいろいろと調べていました。1983年にIP3が細胞内でカルシウムを放出するセカンドメッセンジャーであることが報告されました。その後、私たちは1989年に、P400がIP3(イノシトール3リン酸)の受容体、IP3レセプターであることを突き止めたのです。
図5 IP3レセプターのIP3結合部位 にリン酸化された状態で結合しているIRBITはIP3により放出される(J. Biol. Chem. 278 10602-10612 2003)。放出されたIRBITはカルシウム放出機能を調節するのみならず、サードメッセンジャーとして特異的な標的をもっており、さまざまな生理的はたらきをする。

 IP3は細胞内のセカンドメッセンジャーですが、当時はその標的分子としてIP3レセプターが薬理学的に仮定されていたのです。つまり、IP3分子がIP3レセプターに付くことにより、細胞内にカルシウムが放出されるとされていた。その実体がP400だったのです。
 私たちは、IP3レセプター(P400)の全構造を明らかにするとともに、細胞内のカルシウムの貯蔵庫が小胞体であることも突き止めました。
 また従来、IP3レセプターはIP3の標的物質ではあるが、カルシウムイオン貯蔵庫のドアとなるカルシウムチャネルは別にあるとされてきました。しかし、IP3レセプターがカルシウムチャネルにほかならないことも明らかにしました。
 さらに、受精時などに見られる細胞内のカルシウム濃度変化の波「カルシウム振動」の発生装置が、IP3レセプターそのものであることも確かめました。カルシウム振動は、受精や発生を始めとして、さまざまな生命現象において、極めて重要な役割を担っていることをはっきりさせることに成功したのです。
 IP3レセプターには3種あり、1型は受精や神経細胞においてはたらき、2型や3型は内分泌系や免疫系ではたらきます。受精後の4細胞期における背側と腹側の決定(背腹軸形成)にもIP3レセプターの1型が関与していることを、アフリカツメガエルを使った実験で証明しました(図6)。
 そして、IP3レセプターのIP3結合部位 を詳しく調べ、ここだけを取り出した構造は、通常のIP3レセプターの500倍もIP3の結合活性が高くなります。私たちはこれをIP3スポンジと名付け、特許を出願しています(図4)。
図6 カルシウム振動を起こす小胞体のカルシウムチャネルであるIP3レセプターのユニークな性質。発生・分化や細胞生物学的に多様な機能を示す。

 IP3スポンジを使えば、IP3の感度の良い定量化が可能になりますし、また、細胞内ではIP3がレセプターに付く前にスポンジと結合してしまうので、細胞内カルシウム放出の阻害剤にもなります。 さらには発想の転換によって、面白いタンパク質を見つけました。IRBITと名付けましたが、元々IP3レセプターのIP3が結合する部位と全く同じ場所に結合している内在性分子で、IP3が来ると外れるのです(図5)。このIRBITはIP3レセプター以外の複数の分子に結合して、驚くほどの多様かつ重要なはたらきをしていることが次々と明らかになってきており、研究室では皆が興奮しながら研究をしています。そのほか、カルシウムの貯蔵庫である小胞体は、従来の教科書的概念であった「網状の構造」以外にIP3レセプターをもったまま顆粒となって、分子モーターを使って微小管にのって細胞内をダイナミックに動いてることもわかりました(図6)。
 IP3レセプターに関しては、現在、スウェーデンのカロリンスカ研究所と共同研究を進めており、いろいろな面白いことが出てきました。例えば、IP3レセプターは、細胞表面膜にあるナトリウム・カリウムポンプなど他の分子とも直接結合するのです。今後もパテントと結びつくような知見が出てくると思います。

 

●主な関連特許
・ 特開平10-121456「神経発生誘導遺伝子」
・ 特開2000-109954「トランケート型リーリンタンパク質およびそれをコードするDNA」
・ 特開2000-202801「リーリンタンパク質CR−50エピトープ領域」
・ 特開2000-299812「RNA結合タンパク質」
・ 特開平06-323795「蛋白質性物質及びその製造方法」
・ 特開平06-252942「イノシトールポリリン酸結合ペプチド」
・ 特開2002-299429「新規IP3受容体結合タンパク質とIP3指示薬」
・ 特許6277594、6500637「神経発生誘導遺伝子」
・ 特許6465211、3538611「高親和性IP3結合ポリペプチド」
 

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