January 2001 No.17


目  次

発明紹介

公開された主な発明

権利化された主な発明



抗生物質を不活化する酵素遺伝子の開発

●発明者 
植物科学研究センター環境植物研究グループ
グループディレクター兼微生物制御研究室
主任研究員 山口 勇

 コムギが被る赤かび病対策に有用な「Tri101」を中心に、微生物が作る抗生物質を不活化する酵素遺伝子について微生物制御研究室の山口主任研究員に話を聞いた。これはトランスジェニック植物を作る際に必要な新規選択マーカー遺伝子としての応用や植物病原菌の作る毒素に耐性を示す植物の育種など、人類が直面する食糧不足の問題に、直接的で大きな可能性を持つもので、これからその需要が見込まれる。また、近年話題の遺伝子組み替え食品についても触れた。(表紙写真は最も赤かび病菌の感染被害を受けやすい開花直後のコムギの穂。)

 

抗生物質を不活化

――微生物制御研究室では、微生物が作る抗生物質を不活化するような酵素遺伝子を3件発明したということですけれども、それぞれどういったものなのでしょうか。

 山口:不思議なことに、きっかけはそれぞれ違うのですが、結果として3つとも同じようなものを見つけたことになりました。つまり、微生物が作る抗生物質を不活化してしまうような遺伝子にたまたま3回ともぶつかったわけです。
1つめはBSDとBSRという酵素遺伝子です。ブラストサイジンSという抗生物質を不活化します。2つめはタバコ野火病菌が作るタブトキシンという毒素を不活化する酵素遺伝子です。3つめはトリコテセンという毒素を不活化する酵素遺伝子「Tri101」です。 


選択マーカー遺伝子

――では最初に、BSDとBSRについて教えてください。

 山口:微生物源農薬ブラストサイジンSの自然環境中での変化を調べているうちに、この物質を分解するカビとバクテリアを見つけました。両者を詳しく調べていくと、ブラストサイジンSを不活化する酵素を作っていることがわかりました。カビ由来の不活化酵素(ブラストサイジンSデアミナーゼ)をコードする遺伝子をBSD、バクテリア由来のものをBSRと名付けました。BSRの方は共立薬科大学の遠藤豊成先生との共同研究で、開発しました。
 ブラストサイジンSはイネのいもち病菌などのタンパク合成を阻害します。しかし、作用が強すぎるため、対象外の動植物に対する副作用も大きいのです。そこで、植物のなかにBSDやBSRを導入します。解毒剤をあらかじめ植物に飲ませておくといったところですね。

――それ以外にも用途はあるのでしょうか。

 山口:応用として、遺伝子組み換え時の選択マーカー遺伝子としてBSDとBSRを使うことを思い付きました。ブラストサイジンSの入ったシャーレにBSDやBSRを導入した細胞を播くことで、効率よく細胞を選別することができます。
 BSDとBSRは、すでに選択マーカー遺伝子、研究用試薬として国内でも海外でもかなり評判良く使われています。特にBSDは、科研製薬(株)を通じて日米の会社がそれぞれ基礎科学研究用のマーカー遺伝子として販売しています。

ムギ類赤かび病菌で宿主非特異的感染因子でもあるトリコテセンを不活化させることで、病原菌の感染能を低め、病害制御に役立てる

毒素耐性タバコを作る

――次に、タブトキシンを不活化する酵素遺伝子について教えてください。

 山口:タバコに感染するタバコ野火病菌という菌があります。タバコの葉に黄色病斑を作るものです。これは、タバコ野火病菌が作る毒素タブトキシンによって引き起こされます。日本ではあまり大きな病気ではありませんが、トルコやブルガリア、バルカン半島一帯といった地域では非常に重大な病気です。
 あの一帯は有名なタバコの生産地で、日本にもタバコの「トルコ葉」が入ってきますよね。
 私たちは、タバコ野火病菌が持つタブトキシン耐性遺伝子――当然ながらタバコ野火病菌自身はタブトキシンに対する耐性があります――を使えば、病害を防ぐことができるのではないかと考えました。そこで、タバコ野火病菌が持っているアセチル化酵素遺伝子に注目しました。これはタブトキシンを不活化するものです。このアセチル化酵素遺伝子をタバコに導入し、毒素耐性タバコを作りました。実験の結果、黄色病斑は現れなくなりました。

――実用化の話などはないのでしょうか。

 山口:最近ブルガリアから「是非実用化したい」ということで、共同研究の要請がありました。タブトキシンの被害が一番大きいのはバルカン半島の近くですからね。国で既にラインを完成して安全性のテストに入っているそうです。おそらく実現すると思いますが、共同研究にしろ、実用化にしろ大変うれしいことですね。

山口主任研究員

コムギを守る「Tri101」

――続いて3つめの特許、つまり最新の研究である、トリコテセンを不活化する酵素遺伝子「Tri101」について教えてください。

 山口:トリコテセンはマイコトキシンの一種で、マイコトキシンというのは、カビが生産する二次代謝物で、温血動物に生理障害を引き起こすような毒素です。いくつかあるマイコトキシン生産菌のうちのひとつの種が、ムギ類に感染して、毒素を植物体内に蓄積させます。牛や豚の飼料として、あるいは人間がムギから毒素を体内に取り入れてしまうこともあります。
 現在問題になっているのがムギ類赤かび病菌です。赤かび病は昔からあるのですが、化学肥料や農薬をなるべく使わないようにしようという動きがヨーロッパを中心に世界的にありまして、そういう流れのなかで90年代になって赤かび病が大発生して大きな問題になっています。特にアメリカの各州で大被害になっており、アメリカ農務省はその対策を非常に重要視しています。
 ムギ類赤かび病菌は、2つのマイコトキシンを作ります。1つがトリコテセンで、これは非常に強いタンパク合成阻害作用を持ち、これを摂取した家畜や人間は、嘔吐、炎症、出血性敗血症、免疫抑制作用などを被ります。もう1つがゼアラレノンで、これは環境ホルモン活性を持っていて、摂取した家畜は雌性生殖器の肥大化を起こし、重症の場合は腔脱、直腸脱などが起きます。このムギ類赤かび病菌が作るマイコトキシンのうち、トリコテセンを不活化する酵素遺伝子「Tri101」を私たちが見つけたというわけです。

トランスジェニックコムギの作出法
開花後間もない穂から未熟胚を取り出し、カルスを誘導する。パーティクルガンでベクターDNAを打ち込んだ後、マーカー遺伝子の入ったものを薬剤選択する。選択されたカルスを再分化培地に移し、グリーンスポットの出たものをプラントボックスで育て、幼植物体へと再生させる。

――「Tri101」が働くメカニズムをご説明いただけますでしょうか。

 山口:既にアメリカ農務省などの研究所でトリコテセンの生合成経路が研究されていましたが、ここで見落とされていた点を当研究室の木村 真研究員が見つけました。
 たとえが不正確かもしれませんが私なりにわかりやすく説明しますと、トリコテセンを抜き身の匕首だとします(笑)。すると、タバコ野火病菌の時と同じように、ムギ類赤かび病菌も抜き身の匕首に対するサヤ、つまりトリコテセンの毒性をマスクするような耐性遺伝子を持っているはずです。でないと、自分がその刃で怪我をするからです。そのサヤに相当するものでトリコテセンをマスクし直せば、まさに鋭いものを真綿でくるむように、病害に耐えられるコムギができるはずです。
 試行錯誤の結果、見い出したのがトリコテセンをアセチル化(不活化)する酵素遺伝子「Tri101」です。
 また、これは残念ながらちょっとの差でアメリカに特許を取られてしまいましたが、「Tri102」(アメリカ側の命名では「Tri12」)という酵素遺伝子も見つけました。
 病原菌は毒素を菌体の外に出すわけですけれども、これが菌体の中に戻ってくることがあります。つまり、自分の持ってる匕首で自分を刺してしまう場合がありますよね。しかし、いったん外に出た(つまりマスクが外れた)毒素が中に入ってきても、それを常に外へくみ出してしまうような遺伝子がムギ類赤かび病菌のなかにあることがわかりました。それが「Tri102」です。

トリコテセンの生合成経路

減農薬目指すGMO

――「Tri101」の用途としてはどのようなものが考えられますか。

 山口:トリコテンセンを不活化することで、病害を制御できるようなコムギを作ろうとしているところです。ただ、植物は育成するのにある程度の年月が必要です。作ったものが効果があるのかを知るのにしばらく時間がかかり、目的のコムギを作るのには最低でも3年ぐらいかかります。その3年というのも、毒素に耐性のあるものはできるかもしれないということであって、本当に意味のある――つまり市場に出せる――コムギを作ることはそんなに簡単なことではありません。

――遺伝子組み換え食品が世間で問題になっていますね。

 山口:除草剤耐性作物や虫に強い作物など、GMO(遺伝子組み換え作物)は今世界的に「そういうものは使いたくない」という流れになっていますね。遺伝子を導入したものがどういう影響を与えるかわからないので、できれば大豆でもトウモロコシでも、遺伝子改変しないものを食べたいという傾向があります。
 やはり、よほど注意深く危険性をチェックしてからでないと市場に出せないでしょうし、人間が食べるようなものですから、特に安全性には慎重に、いろいろな面から調べることが必要だろうと思います。実際は、現存しているGMOで、市場に出ているものの安全性に関しては大量の試験がなされています。おそらく化学品のテストと同じレベルです。その食料を一生涯食べ続けても何も起こらない、二世代目についても何も起こらないというように、あらゆることを調べて、大丈夫だということで売り出すんですね。

――GMOとの上手なつき合い方というのが今後ますます重要になってきますね。

 山口:私の個人的な認識として、今後の人口増加と食糧難を考えると、やはりGMOは必ず必要になってくると思います。人体などに安全な食品を病害や悪条件の中でも大量に生産することが求められます。こうした研究が、農薬やバイオテクノロジー関連の企業に興味を持っていただければうれしいですね。

 

●主な関連特許

特開2000−032985号「トリコテセン3−O−アセチルトランスフェラーゼ遺伝子」
本発明にご関心のある方は、知的財産課までご連絡下さい。

 


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