理研
パテント情報
RIKEN PATENT INFORMATION
October 1998 No.8




目  次
we2 発明紹介
we2 公開及び権利化された発明





syoukai

フラーレンの光増感反応を利用した感光性樹脂

−空気中・可視光域で高感度−

●発明者

レーザー反応工学研究室

武内一夫主任研究員

田島右副基礎科学特別研究員

 

感光性樹脂は、半導体製造用のフォトレジストをはじめ、印刷用製版材料、成形材料、コーティング材料、情報記録材料、インキ材料など、実に幅広い用途を持つ。ここに紹介する発明は、これまでの感光性樹脂の常識を打ち破ったものである。光酸化誘起重縮合(Photo-Oxidation Induced Poly-Condensation)によって硬化する樹脂。レーザー反応工学研究室の武内主任研究員らによって「POP樹脂」と命名された。これはフラーレンの光機能を利用し、酸素を介して架橋反応する画期的な感光性樹脂である。しかも感光波長を紫外域から可視域まで任意に調整できるため、より安全な可視光重合型樹脂として応用できる。まさに、応用クラスター科学研究がもたらしたブレイクスルーと言えるだろう。

(表紙は、紫外線露光で形成したPOP樹脂(C60/フランポリマー)のネガ型テストチャートの顕微鏡写真、パターン可能寸法はサブミクロンに達している)

 

田島基礎科学特別研究員
武内主任研究員

■ウラン濃縮からフラーレンへ

−まず、今回の発明のバックグラウンドをお聞かせください。

武内:当研究室はレーザーによるトリチウム(三重水素)の分離に世界で初めて成功したグループです。さらに、1987年には分子法レーザーによるウラン濃縮の実用化を果たしました。

ウラン濃縮の残っていた課題としては、UF5のナノ粒子や、UF6のクラスターの制御があったわけです。一方では、フラーレンの研究プロジェクトも立ち上がっていましたので、ウラン濃縮のあとはナノ粒子やクラスターに関する研究を展開していきたいと考えていたのです。

私たちのナノ粒子やクラスターの研究には2つのアプローチがあります。1つはクラスターの成長過程の解明であり、もう1つはナノ粒子やクラスターを材料に使えないかという研究です。

 

■「ある晴れた日」の発見

−それでは具体的な内容をお話いただけますか。

田島:私が民間企業からフラーレンの基礎研究をするために理研に来て3年半になります。フラーレンは炭素だけでできているのに溶媒に溶けてくれる。合成化学の立場から見ると、溶媒に溶けるのは重要なことです。

最初は、フラーレンの化学的な付加反応をいろいろと試していました。当時は世界中で様々な試験が行われていまして、その中で発展性がある思われるものを選んで着手していったのです。ところが、有名な科学雑誌に紹介されていた論文の追試をやってみると、結果がまちまちで通説の間違いに気がついたわけです。

この追試は、フラーレンとある物質を加熱して溶媒中で加熱環流して、フラーレンの誘導体を生成するというものでした。しかし、私たちがやってみると何の反応も起こらなかったわけです。いろいろ調べてみると、いままで熱で反応すると思われていたものが、実は光で反応していたということがわかったのです。

たまたま、晴れた日に非常に良く反応したんです。あとでわかったのですが、真っ暗にして加熱すると反応せず、蛍光灯の光ではそれなりの反応が起こるのです。なんだ!これは熱反応じゃないぞ、と気づいたんです。

 

半導体基板上にLSI配線用のパターンをプリントする際に用いられる感光性材料

■生成物にフラーレンは存在しなかった

光で反応することがわかりましたので、光で付加体ができたのではないか、と考えました。実はこれが2番目の間違いだったのです。

フラーレンとあるものを反応させると何かしらのプロダクトができます。ところが、それを抽出して調べるとプロダクトにフラーレンがほとんど入ってこないのです。

そこで、私たちはフラーレンは光が存在したときに、ある物質に対して付加反応をするのではなく、別の役割をして相手を変化させているのではないか、と考えました。通常の光反応なら酸素が存在すると反応しないはずです。酸素があると消光反応が起こって光反応はストップしてしまいますから。

 

■酸素を介した光反応

そこで、酸素を止めて反応させてみると、非常にゆっくりとした反応しか示しませんでした。ところが酸素のある状態で反応させると速く反応するのです。この結果は、通常の光反応としては考えがたいことだったのです。

残る説明は、1つしかありません。フラーレンとある物質、そして酸素が関係した光反応です。フラーレンが一度、光を吸って励起し、酸素にエネルギーが移動します。すると酸素が励起して一重項酸素になります。ここまでは多くの人が調べていて、非常に効率の良い反応であることが知られています。また、今回の発明のある物質とはフランのことですが、フランと一重項酸素の反応も相性が良いことは広く知られています。

つまり、これら3つの組合せで初めて起こる反応であり、フラーレンはあくまでも酸素にエネルギー移動させる増感剤としての働きだったのです。

 

光照射により架橋した状態であり、同時に酸化物(C60)も発生。

■フォトレジストに使えるほど高感度

−いよいよ特許発明の内容になるわけですね。

田島:フランが一重項酸素に反応してパーオキサイドになります。パーオキサイドは不安定で、分解するときにフラン同士で重合を起こすのです。これが私たちが確認している生成物になるのです。

この辺りから感光性樹脂としての用途に使えないか、という意識が出てきたのです。フラン環をポリマーの側鎖につけて、高分子の中でフラーレンと一緒に反応させれば架橋するだろうと考えました。溶媒中に溶けていたポリマーが溶けなくなるだろうと。実際に非常にうまくいきました。

−もともと民間企業で樹脂を扱われていた経験が生きたわけですね。

武内:ええ。彼の昔の経験がなければ、光反応だったね、で終わっていたと思いますよ。

田島:反応機構の解析だけならここまででOKなのですが、この原理を利用した感光性材料の開発もやってみようと思いました。フランの入ったポリマーは市販のものがありませんでしたので、自分たちでつくって実験してみるとうまく固まったわけです。ただし、感光性樹脂をやっていた経験から言えば、単純に固まるだけでは気に入らないわけです。昔やっていた基準でいろいろ評価してみると、意外に感度が良くフォトレジストに使えるレベルだとわかってきました。

 

■常識を越えた「POP樹脂」誕生

−ここから一段と面白い話になりそうですね。

田島:高感度な感光性樹脂というのは、前に申し上げたように酸素があると反応が阻害されます。そのため、反応性を高めるためにポリビニールアルコールの膜などを塗って酸素を防いだり、窒素を封入して酸素を追い出してやるという操作が必要で、非常に手間がかかるのです。ところが私たちの方法では光反応に酸素が絡んでくる、というよりも酸素が不可欠です。知人に酸素の存在下で反応させる感光性樹脂はあるか聞いたところ、そんなものはないとのことでした。

−今までの常識ではありえなかった、というわけですか。

田島:ええ。それじゃ面白い、ということで特許を書いたわけです。

武内:私たちは、従来の感光性樹脂の代替品という意味ではなく、今までにない用途もあり得ると考えています。

田島:それについては、フラーレンの話をもう少ししなければなりません。私たちはフラーレンから出発しましたが、一重項酸素を発生させるだけなら、色素としていろんなものが知られているわけです。

実は、フラーレン以外もので、いろいろと試しているのですけれど、酸素の発生剤としてフラーレン以上の感度を示すものがひとつもないのです。むしろフラーレンが異常に良いという結果が出ています。フラーレンとして私たちが手に入れられるのはC60とC70ですが、C60が良く、C70だともっと良いのです。

一重項酸素の発生率を比較するとフラーレンとそれ以外のものとの違いはそれほどありません。従来から知られている一重項酸素の発生剤の良いものは、フラーレンと同等レベルなのです。感光性樹脂に使用する場合、一瞬の反応ではなくある程度の露光時間が必要となります。従来の増感剤は一重項酸素を1回出すと潰れてしまうのですが、フラーレンは特殊な構造ですから、酸素発生能力が衰えないということがわかりました。もちろん限界はありますが、何回も一重項酸素を連続的に発生させる能力を持っています。これが今まで知られていた増感剤と大きく異なる点です。フラーレンの場合、どんどん固まっていくのです。添加量が従来の増感剤の10分の1程度で済むのですから、コスト的にもメリットはあると言えるでしょう。

 

■さらに展開される応用研究

−このPOP樹脂の応用という点では今後どうなりますか。

田島:酸素の増感というのは、励起エネルギーが非常に低いわけです。光の波長で言えば700ナノメートル程度。それだけ長波長側の低いエネルギーで効率の良い反応を起こせるという点で有利だと思いますね。

応用例をあげれば、カラー液晶ディスプレイが考えられます。現在、5〜100ミクロン程度の画素でつくられていますが、鮮明な画像を得るために濃い色のフィルターが追求されています。色の3原色を実現するために、顔料ごと固めているのです。ところが、色を濃くするということは、光は通りにくくなるので、無理やり感度を良くして強い紫外線で固めているのが現状のようです。

また、より鮮明な画像を得るためにブラックマトリックスという手法がありますが、黒は光を通さないため現在はメッキが使われています。弱い光で硬化する私たちの樹脂はブラックにも有効だと考えています。

武内:今回の発明に関連する応用研究には2つあると言えます。1つはまったく新しい用途を見出すこと。もう1つは、従来の感光性樹脂と比較した時に、応用した製品の製造コストが下がるとか、紫外線を使わないため作業環境がより安全になるといったメリットを追求することですね。

−これからの研究課題はどんなことがありますか。

田島:はい。フランが酸化されて重縮合を起こす時に、そこでキーになっていることが何なのかが解明されていないのです。フランがあればいいというのではなく、フランのほかにポリマー構造の中で出てくる何か、が必要なのです。論文ではα水素と書いていますが、ある特定の場所に特定の何かがついているらしいと考えています。それがわかれば、より高感度なものや異なった種類のポリマーができるわけです。フランの酸化反応は1970年ぐらいに調べられた時期があったのですが、結果的に詳細は不明のままになっていますので、せめてフランの重合機構についてだけでも解明したいと考えています。これによって、さらに思いがけない応用が見えてくるかもしれません。

 

●関連特許

特開平10-090893号「感光性樹脂組成物」