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特別企画
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産業界との融合的連携研究プログラム
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産業界との連携センター制度
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特集
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理研ベンチャー
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服部重彦 島津製作所社長 × 野依良治 理事長 対談
研究成果を社会へ −理研と産業界との連携− |
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司会:理化学研究所(以下、理研)の大きな目標に、“成果を社会に還元し、社会に貢献する”ことがあります。そこで2004年、理研と産業界との連携を強化することを目的に、「産業界との融合的連携研究プログラム」をつくりました。このプログラムに参加いただき、素晴らしい成果を挙げておられる(株)島津製作所(以下、島津)の服部重彦社長にお越しいただき、産学連携の在り方、今後の日本の科学技術研究の在り方全般について、忌憚(きたん)のないご意見を頂きたいと思っています。今日は大変楽しみにしています。
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日本における研究機関と産業界の連携
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野依:理研は大きな予算のもとに基礎研究を行っていますが、それがなかなか社会的・経済的効果の創出に結び付きません。これは世界的な傾向だと思います。私はその理由として、三つ大きなことがあると考えています。一つ目は科学の細分化の問題。二つ目は「死の谷」の問題。三つ目は技術の社会的受容性の問題。一つ目は、基礎科学があまりに細分化・断片化してしまって、骨太の研究成果が少なくなっていること。 二つ目は、基礎研究から産業界への橋渡しの問題、つまり「死の谷」の問題です。これをクリアするには、「基礎−応用−開発」という「リニアモデル」を、「パラレルモデル」に修正する必要があると思います(19ページ参照)。理研では陸上のリレー競技に例えて、基礎科学のバトンを産業界に渡す「バトンゾーン」が必要だと唱えてきました。バトンゾーンの具体化のため、「産業界との融合的連携研究プログラム」を2004年につくりました。このプログラムでは、企業のイニシアチブを重視し、研究者と企業がパラレルに走ることで共通の価値観を生み出し、的確な技術移転、実用化のスピードアップができると期待しています。現在8チームが参加し、約半分のチームが発展的な成果を挙げています。私たちはもっと多くの産業界のリーダー企業と連携したいと思っています。 三つ目は、今世紀の科学技術のイノベーションで一番大事なことですが、技術の社会的受容性の担保です。未来の科学技術の開発には、これまでのような経済性の追求だけでなく、正統な自然観と社会観に基づく文化的な統括(カルチュラル・ガバナンス)が不可欠だと思います。 服部:私は島津製作所に入社しガスクロマトグラフの開発に携わってきましたが、当社は1960年代後半から70年代後半にかけて、多くの先生方のご指導で産官学の共同研究をやらせていただきました。特に理研とは回折格子や分光光度計の開発で先生方に大変お世話になりました。ご指導いただいたのみならず、装置が完成するまで一緒に研究していただきました。ただその後少しずつ共同研究の機会が少なくなりました。2000年になって林 死の谷を乗り越えるための「バトンゾーン」という考え方は本当に素晴らしい発想ですね。私たち企業から見ますと最先端技術の開発には「死の谷」が二度あるのではないかと考えています。すなわち「バトンゾーン」も二つ必要ではないかと。例えば理研が基礎研究されたものをメーカーに技術移転する。メーカーは実用化のための技術開発をする。その後に再び研究者による応用技術開発があり、商品化へと続きます二番目の「バトンゾーン」、すなわちメーカーが製品を試作した後の応用技術開発の部分がどうしても不十分で、第二の「死の谷」で終わってしまう例が多いと思っています。その点から考えますと、理研が提唱されているバトンゾーンの考え方を「ダブルバトンゾーン」に広げていただければと思います。 先生がご指摘の科学の細分化については同感ですが、これはやはり国の科学技術施策によるところも大きいと思います。視点は少し違いますが、米国の場合、NIH(国立衛生研究所)ではNIH自身が国の重要な施策に特化した研究を一貫して行うとともに、NIH以外のさまざまな研究者に重要テーマに沿った予算配分を行っています。そして、それが全体で筋の通った一貫性のある戦略になっています。日本の場合、細分化されたものをオーガナイズする力に欠けているのではないかと思っています。 野依:コーディネーター、プランナーがいないと。 服部:個々の先生方の力は決して低くはないと思いますから。 最後の社会的受容性の問題は、島津もバイオの仕事を行っていますが、科学者の責任は重いですね。遺伝子組換え技術が将来の食糧危機を救うのであれば、もっと責任をもって社会的受容性を担保する行動を取らなければなりませんが、日本ではできていないですね。 野依:みんながリスクとベネフィット(利益)のバランスを考えなければなりません。そのために国民全体の科学リテラシー(科学の能力)を上げなければなりません。2007年12月のOECDの学習到達度調査の結果では、若い人の理科の力が落ちていますが、果して大人はどうか、その点を反省しなければなりません。 服部:身に迫る問題として理解しようとしないと、なぜ地球が温暖化するか分からない。今こそ、科学をみんなの前にさらけ出して議論するチャンスだと思いますね。島津は「人と地球の健康への願いを実現する」というのが経営理念です。 |
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産業界における理研の役割
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野依:日本の産業界は1990年代初めのバブル崩壊直後から、多くの企業が経営のスリム化を掲げ、研究開発部門の多くが縮小されてきました。一方、諸外国では研究開発費を増大させ、わが国も政府負担の研究費増加を図ってきました。昨今、社会における研究開発型の独立行政法人の在り方について、行政の観点からも議論が盛んです。研究開発型独立行政法人は国の施策を担う戦略研究を組織的に推進することが主ですが、産業界への研究開発のシーズを提供し、産業界とともに日本発の産業技術を高めていくことにも尽力していかなければならないと考えています。理研では2007年に「産業界との連携センター制度」をつくり、理研と企業の双方の文化を吸収した人材の育成、さらに新分野の研究領域の開拓に積極的に取り組んでいます。私たち公的研究機関の役割について、産業界からのお考えを伺えればと思います。 服部:確かに産業界が大変厳しい時代がありましたが、ここ4〜5年、研究の重要性が再認識されてきました。島津はモノをつくるだけでなく、研究も含めたモノづくりを目指しています。研究費はかなり増えていますが、研究者は800人くらいしかいません。昔は特定な先生とのコネクションで共同研究をお願いしましたが、今はインターネットで個々の研究者の研究内容が検索できます。私たちに足らない部分を探して、その先生にアプローチできる、企業にとっては大変効率の良い時代になりました。島津の場合、全部で100くらいの共同研究を進めていて、そこにかかわっていただいている外部研究者は大学の先生を含めて500人くらい。島津の研究者は約800人ですから、幅広い基盤技術の組み合わせを必要とする私たちの場合には、大学や研究機関との共同研究は不可欠です。どの民間企業でも今まで以上に新しい技術開発の必要性が増していて、ある程度お金は掛かっても、何とか最先端の研究をやりたい、やってほしいという傾向が強くなっています。こういう時期に、理研の連携プログラムや連携センターのような仕組みのニーズはますます大きくなっていますね。 野依:民間の力とアカデミアの力と、それをオーガナイズする国の政策の三つが大事だと思います。島津と大学との共同研究で、イニシアチブは会社が取っているわけですか。 服部:おそらく半々だと思います。大学も国立大学法人になってから、昔と違って非常に積極的に産業界にアプローチしていますし、国のプロジェクトでも民間企業が入っていなければ駄目というものが結構あって、これを合わせると全体の約半分。残りの半分は、私たちの方がイニシアチブを取って先生方にお願いしているものです。共同研究で商品化できなかったものには、二つ目のバトンゾーンで失敗したものが多いですね。 司会:二つ目のバトンゾーンのイメージですが、具体的にどんな仕組み、体制があればいいかをお聞かせいただけませんか。 服部:最先端の開発プロジェクトが10件あったら、おそらく7〜8件は何とか一つ目のバトンゾーンを乗り越えることはできると思います。先生方の基礎研究に企業が参加しノウハウを頂き、試作品を製作し実用化研究を進める、ここまでは何とか進むと思います。つまり第一のバトンゾーンはうまくいくのですが、ここから実用化の道がなかなかうまくいかないのです。国のプロジェクトの多くがこのあたりで挫折(ざせつ)してしまいます。理由はいろいろあると思うのですが、私は実用化のための応用開発が企業だけでは確立できないのではないかと考えています。やはり二つ目のバトンゾーンの存在を認識し、その分野での産官学連携を奨励していくべきだと思います。今、文部科学省で制度面で有効な方法を考えていただいています。 野依:それはコンソーシアムみたいなものが必要だということですか。 服部:今、ヒトの生体試料から分子レベルでタンパク質を同定できる顕微質量分析装置を開発しています。このプロジェクトはすでに多くの先生方のご指導を受けていますが、最終的に実用化できるか否かはアプリケーション開発にかかっています。その点から臨床医や病理の専門家などを加えたコンソーシアムのような仕組みがあると実用化が進むと思います。 |
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未来の日本発の産業・技術の創出のために
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野依:私の研究分野に関係する化学や医薬品業界では、各企業が独自に同じような研究をしています。これは国全体で考えた場合、極めて非効率的です。少なくとも研究レベルでは、もっと産・産の相補的連携を促進すべきではないか。国際競争力を高めるためには「国内協調、国際競争」が基本だと思います。それには経営陣の意識改革も必要ではないかと思います。企業に所属していると、外に出て研究者同士が自由闊達(かったつ)に議論することが容易ではありません。学界に比べると産業界では、国際的に顔の見える研究者が育っていません。これは大問題です。 携帯電話の例では、部品の多くは日本製でも、電話機自体はモトローラ、ノキアが世界の市場を独占しています。日本はモノづくりの要素技術が強い。しかし総合技術をつくり上げ、グローバルに価値を共有する大きな商品をつくっていくために、研究者あるいは開発責任者がもっと国際化していかなければいけませんね。自分たちにない才能を持った人たちと積極的に交流することなく、普遍性あるイノベーションは生まれないのではないでしょうか。そういった意味でのバトンゾーンも必要だと思います。 服部:非常に厳しいご指摘だと思います。産・産の連携については私どもも重要視しており、医用機器の検出器ではシャープさんや浜松ホトニクスさんとの連携で世界一の製品を開発しています。 しかし総合力としての国際競争力については、経営陣の意識改革も含め、これからの課題です。野依先生がノーベル賞を受賞されたときに、分析機器展でご講演いただきましたが、「日本の企業はだらしない。自分の実験室には海外製品があふれている」と指摘されたことを今でも覚えています。これからも国際競争力を上げるため頑張りたいと思います。 研究者の国際化は、私が若いころは国際学会にも日本の研究者が座長をするケースも多く、私たちも世界の学会に参加するのを楽しみにしていました。今は研究者の志の問題や企業の事情もありますが、特に企業の研究者の国際化は遅れています。一方、経営者は国際化が進み、特に最近は海外経験者が社長になるケースが増えています。私も米国で長く修行をしてきました。研究者もできるだけ海外に出るように奨励していますが、言葉や文化の壁があり、なかなかリーダーシップは取れないようですね。 司会:島津では田中耕一さんがノーベル賞を受賞されました。島津には田中さんのような方が次々と育ってくる風土があると思いますが、いかがですか。 服部:田中さんは英国に長くいたので、インターナショナルな研究者なんですよ。雰囲気はローカルに見えますけど(笑)。ただ、ああいう人が島津にまだ多くないので……。やはり、学会でリーダーになれるような人をもっと育てないといけないですね。その点は反省しています。 野依:日本の経済レベルはとても高いわけですから、もっと外に行って主張しないと、デファクトスタンダード(市場が選んだ規格)が取れなくなってくるのではないでしょうか。米国はアジアにもブラジルにも人をどんどんつぎ込んでいます。日本はBRICs(ブリックス)(ブラジル、ロシア、インド、中国)に対しても、どんどん人を送り込まないと、世界が求める製品をつくれなくなるのではないでしょうか。 服部:日本は、輸出は多いし、海外での売上比率も高いんですが、グローバル化にはまだ程遠いですね。島津も一つだけ、英国に約40人の研究所を持っています。質量分析と表面解析の、10年、15年後を見据えた研究をやっています。この人たちは、まさしく国際的な研究者です。 |
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理研、島津、それぞれが期待すること
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野依:日本は少子高齢化時代に突入しています。このような状況の中で30年くらい先の日本のために、社会の質の向上が大事だと思います。まず、日本は世界中の人たちの尊敬と信頼を集める「日本ブランド」をつくっていかなければなりません。日本の自動車は高品質であるだけでなく、製品に込められた日本の技術、あるいは文化が評価されているそうですね。 島津の社是に「科学技術で社会に貢献する」とありますが、理研もその想いを共有しています。最高の科学技術を通して初めて、一人ひとりの豊かさ、あるいは社会の大きな夢の実現に近づくことができると思います。そういう仕事に携わることができるのは、本当に幸せなことです。 理研も外の世界との連携と協力関係を築きながら「かけがえのない存在」を目指していきます。「学際」「国際」、さらにさまざまな社会との際(きわ)、「社会際」を大事にしていきたいと思っています。そういった連携を促進するために、今、さまざまな仕組みが必要だと、思いを新たにしているところです。 服部:理研は脳、ゲノム、RNA、放射光……、どれも国の根幹にかかわる重要な研究で中心的な役割を果たしています。私たちとしては、国に理研の予算をもっと増やしていただいて、今の5倍くらいの予算を使った骨太の研究を期待しています。 島津の場合は、田中さんのノーベル賞にも関係しますが、見えないものを見えるようにする、測れないものを測れるようにするのが、企業活動の基本になっています。あらゆる分野で「かけがえのない存在」になっている理研と、これからも見えないものを見えるように、測れないものを測れるようにという非常にシンプルなミッションに向かって、一緒に取り組ませていただき、最後には商品化して、産業の活性化に貢献したいと思います。ぜひよろしくお願いします。大いに期待しています。 野依:私どもは、末梢(まっしょう)でない本格的な、本質的な基礎研究を今後も続けていきます。バトンゾーンをもっと強化してほしいということがよく分かりました。貴重なご意見をもとに、私どもの取り組みを改善していきたいと思います。ありがとうございました。■ |
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「未踏の光」テラヘルツ波で医療を変える
テラヘルツ生体センシング研究チーム |
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本当の融合研究が始まった
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ーー「産業界との融合的連携研究プログラム」に参加したきっかけは何ですか。小松:テラヘルツ生体センシング研究チームの尾内(おうち)敏彦チームリーダー(キヤノン基盤技術開発本部)から、“テラヘルツ波は、将来、応用の広がりが期待できて面白そうだ。ぜひテラヘルツ波の研究開発に着手したい”という提案がありました。2003年初めのことです。 当時、テラヘルツ波はまだ萌芽(ほうが)的な研究領域で、専門の研究者は日本に片手で数えられるくらいしかいませんでした。面白いことは分かるのですが、未開拓の原野を自分たちだけで道を切りひらきながら進んでいくのは、企業にとってリスクが大き過ぎます。いつごろ、どういう応用が可能になり、どの程度の価値が生み出せるのか、時間軸と広がりを、できるだけ早く知りたい。そう思っていたところに、「産業界との融合的連携研究プログラム」の話を耳にしたのです。 理研には世界に先駆けてテラヘルツ波の研究に取り組んでいる研究者がいることは知っていました。その技術の将来が見えている人たちと一緒ならば、高いところから眺めて、時間軸と応用の広がりをいち早く見極めることができます。これがプログラムに魅力を感じ、応募したきっかけです。 ーー「産業界との融合的連携研究プログラム」では、企業が主体性をもってテーマを選び、企業からチームリーダー、理研から副チームリーダーを出し、理研内に研究チームを立ち上げます。このシステムについて、どう思いますか。 小松:「融合研究」という言葉をよく耳にしますが、本当の融合研究はほとんどありません。融合研究はできない、あるいは呼び方を変えるべきだ、と言う人までいます。しかし、理研のこのプログラムは非常に効果的です。分野、所属、価値観の違う研究者と技術者たちが対等な立場で研究チームをつくり、時間と場所を共有して一つのテーマに取り組む。そこで受ける多様な刺激こそが、新しい発想の原点であり、融合研究の成果となるはずです。 ーー今なぜ、融合研究が必要なのでしょうか。 小松:キヤノンは、技術の掘り起こしから自社で行う自前主義の会社でした。しかし、市場がグローバル化するにつれ、技術のレベルは日本一では意味がなく世界一であること、そして実用化までのスピードも要求されるようになってきました。自前主義だけでは限界があります。独自の高い技術を持っているもの同士が組み、それぞれの技術を組み合わせて世界一の質の高い技術、製品をいち早く提供していくことが、重要なのです。 テラヘルツ波については、キヤノンがセンシングの新しい原理を考え、理研が新しい光源の開発や測定結果のデータベースづくりを行う。両者の得意領域で一体的な融合研究を実行することで、独創技術を創出し、新しい市場を開拓することを狙っています。 |
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ゴールをどこに設定すべきか
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ーー研究チームのスタートは順調でしたか。
小松:特許権の扱いについては、合意に少し時間がかかりました。しかし、このプログラムをつくった丸山瑛一先生(現 知的財産戦略センター特別顧問)と、「素晴らしいプログラムだから、ぜひ前に進めましょう」と直接話をさせていただき、解決することができました。丸山先生は企業出身なので、企業の立場も理解してくださり、とてもありがたかったです。 ーー研究チームの設置期間は4〜5年で、実用化をゴールとしています。テラヘルツ生体センシング研究チームも2007年度末で終了しますが、当初の目標を達成できましたか。 小松:4〜5年で実用化というのは、私たちの経験からすると、短か過ぎます。キヤノンは、電子写真、インクジェットなど、事業の核となる技術をいくつか持っていますが、いずれも研究に着手してから製品になるまで十数年かかっています。技術が独自なものであればあるほど、実用化まで時間がかかります。5年で、将来性が見込める技術かどうかの見極めが付き、原理的な特許を取ることができれば、成功だと考えていました。そういう意味では、当初の目標をほぼ達成したといえるでしょう。 |
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医療を大きく変える
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ーーテラヘルツ波の研究によって何が可能になるのでしょうか。
小松:例えば、具合が悪くて病院に行くと、まずレントゲンやCTで臓器や病変部位の形状を調べます。しかし、その情報からは、機能の変化を知ることはできません。機能を知るためには、MRIなど別な検査が必要になります。面倒ですよね。テラヘルツ波を使えば、形状と機能が同時に分かる可能性があります。また、微量の試料での特異な診断も可能になります。医療が大きく変わることでしょう。 ーー最後に、理研へのメッセージをお願いします。 小松:理研は、「産業界との融合的連携研究プログラム」によって、日本の産業力の強化に大きく踏み出したという印象を持っています。理研には、基礎研究の分野で世界の先頭を走っていくという使命があります。そこから生まれた最先端の研究成果を、産業界と連携することで、新しい産業の創成につなげてほしいと期待しています。■
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革新的な半導体基板材料の量産化技術を築く
ナノ機能材料研究チーム |
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材料技術で微細化の限界を超える
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ーーひずみSOI基板とは、どのような材料ですか。
池田:半導体回路のトランジスタの集積密度は18〜24ヶ月で倍増するという「ムーアの法則」があります。これまで微細加工技術などにより、ムーアの法則通りになってきましたが、そろそろ物理的な限界に近づいています。ひずみSOI基板は、この法則を維持するための方策の一つとして期待される次世代の基板材料です。 それは、「SOI基板」と「ひずみシリコン基板」を組み合わせたものです。SOI基板は絶縁層の上に薄いシリコン層を設けて、そこにデバイスをつくることで省電力化を図り、集積化に伴う発熱の問題を克服します。ひずみシリコンは結晶構造をひずませることで物性を変え、電子などの移動度を約2倍に向上させ、デバイスの高速化を実現します(図)。これらの長所を併せ持つひずみSOI基板は、世界中で激しい開発競争が繰り広げられていますが、量産化技術は確立されていません。 もし、ムーアの法則が維持できなくなったら、半導体産業の発展は頭打ちとなり、魅力のない産業になってしまいます。半導体産業の将来のために、ひずみSOI基板を開発することは材料メーカーの責務だという強い要望があります。 ![]() |
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会社の未来を懸けて
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ーーなぜ「産業界との融合的連携研究プログラム」を利用することにしたのですか。
池田:ひずみSOI基板はぜひとも取り組まなければいけない開発テーマでした。そのための予備調査も行い、高品質のひずみシリコンをつくるためのアイデアを当社の今井正人 研究員が提案していました。しかし2000年に“ITバブル”が崩壊した後、わが社も経営的にとてもつらい時期が続き、次の1年を乗り切るために、将来技術の開発を中断せざるを得ないという状況でした。しかし、何か一つでも将来技術の開発プロジェクトを残しておかないと、技術開発陣が意気消沈してしまいます。ちょうどそんな時期に今井研究員が、新しい計測法を発明した理研の小林 峰 研究員から連携研究プログラムのことを聞き付けてきました(コラム参照)。それで応募してみることにしたのです。 ーーそして、今井研究員がチームリーダーとなり、2004年からナノ機能材料研究チームがスタートしたのですね。 池田:そうです。もし、この研究プログラムがなければ、ひずみSOI基板の開発は断念していたかもしれません。 ーー従来の産官学連携との違いは? 池田:これまでの大学などとの共同研究では、大学の先生のやりたいテーマと私たち企業側のやりたいテーマが、うまくかみ合わないケースが多かったと思います。このプログラムでは、企業が主体となって研究計画を立てることができる上、理研から研究費、研究者による技術などのサポートもあります。さらには4年半という長い研究期間が、私たちにとって、とても魅力的でした。自分たちが独自に開発を進めていたとしても、同じくらいの研究期間を設定していたと思います。大学などとの共同研究は、ほとんどが単年度の契約です。これほど長期の契約は、ほかではないと思います。 ただし、優秀な研究者たちを長期間、理研のチームに送り込むことには、“そういう余裕はないはずだ”といった社内からの批判もありました。“何とかやらせてください。この研究が、将来、会社を救うんです”と頭を下げて回りました。 |
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エース級の人材を投入
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ーーチームに参加する研究員はどのように選んだのですか。
池田:予備調査に参加していたメンバーのほかに、社内公募も実施しました。私たちの会社では、年に1〜2回、新しいプロジェクトなどの人材を社内公募するのですが、いつもは手を挙げる人があまりいません。しかしこのときには優秀な人たちが手を挙げました。大学との共同研究では、まだ大学の研究室の雰囲気を覚えている入社2〜3年目の若手を選ぶことが多いのですが、このときは、応募した人がこのチームで何ができるか、何をやりたいかという視点で選びました。優秀な人材を引き抜かれた部署の部長さんは、今でも嘆いていますよ(笑)。 ーーもうすぐ研究期間が終了しますが、開発状況はいかがですか。 池田:昨年くらいから高品質のひずみシリコンをつくる技術のメドが付き始めてきました。チームが終了する前に試作品をつくり、量産化に必要な技術を獲得したいと思います。一方、2006年から私たちの親会社となったSUMCOでは、SOIの開発を進めてきました。その技術と組み合わせて、ひずみSOI基板をぜひ実現したいと思います。半導体の世界では、革命的といわれる技術がたくさんありますが、ひずみSOI基板は掛け値なしに革命的な材料になり得ると思います。■
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介護ロボットの実用化を目指す
理研-東海ゴム 人間共存ロボット連携センター |
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理研と企業の強みを生かす
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ーーどのような経緯でTRIと連携することになったのですか。
細江:今、家庭や社会で人と共存するロボットの実用化を目指して、世界中でさまざまな研究プロジェクトが行われています。その主流は、ロボット工学と情報技術を融合させた研究です。私たちは、もう一つ重要な研究があると考えています。材料開発技術に根差したロボット研究です。そこで、優れた材料開発技術を持ち、2004年から共同研究を進めていたTRIと本格的に連携することにしました。 向井:私たちBMCは、センサや制御に関する技術は強いのですが、材料の開発までをBMCだけでやることはできません。ロボットの分野で材料開発技術まで取り込んだ研究チームは存在しないと思います。きっと面白いロボットができると思います。 ーーTRIは自動車用の防振ゴムで世界シェアのトップを誇っています。なぜBMCと介護ロボットの開発に取り組むことにしたのですか。 加藤:私たちの会社は、自動車分野を中心にIT関連や産業用資材、住宅・建設などの分野に製品や技術を提供して業績を伸ばしてきました。将来を見据えて、さらに新しい事業を開拓していきたいと考えています。これまで主に材料開発を中心に独自技術を培ってきましたが、新しい製品を目指して材料の開発と制御技術などの開発を同時並行で進めたいと考えています。そこで、優れた制御技術を持つBMCと連携して介護ロボットの実用化を目指すことにしました。 ーー介護ロボットは、事業として有望ですか。 加藤:少子高齢化で介護者不足が大きな社会問題となっている今、ニーズはとても高いと思います。実は私自身にとっても介護は身近な問題で、介護者不足は、社会が解決すべき大きな課題だと痛感しています。介護ロボットはその解決の一助になると思います。社会の望むものを提供することが、企業にとっても大きなメリットになります。さらに企業側から見ると、ロボットの要素技術も大変魅力的です。RTCで開発する要素技術は、ロボット以外の分野にも応用できると期待しています。 |
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ゴムでアクチュエータとセンサをつくる
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ーーどのような要素技術を開発する計画ですか。
細江:一つの大きな目標は、ゴム材料を用いたソフトアクチュエータやソフトセンサです。今のRI-MANは、約40kgしか抱き上げられません。モータの力が小さいからです。大きな力を出そうとしたら、モータのサイズも大きくなりRI-MANの腕に収まりません。ギアによる力の増幅は可能ですが柔軟な力の出し方や動作が困難になります。少し時間がかかるかもしれませんが、ロボット用のゴム材料を用いたソフトアクチュエータを開発したいと考えています。 ーーそれは、電気信号で伸び縮みするゴムですか。 加藤:そうです。ソフトアクチュエータは今、激しい開発競争が行われていますが、まだ商品化に成功した企業はありません。柔軟で構造がシンプル、軽量・省エネなどの特徴があるので、さまざまな分野での応用が期待できます。もう一つ、私たちがぜひ開発を進めたいと考えているのが、ゴムを用いたソフトセンサです。 向井:触覚センサの情報をもとに、人を抱きかかえることがRI-MANの大きな特徴です。ただし、今のRI-MANには、腕と胴に合計5枚の触覚センサのシートを付けているだけで、全身を覆うことはできていません。特に関節のところが問題で、大きな変形に耐えて機能する触覚センサが必要です。また、全身を触覚センサで覆うと、ロボットは触覚センサからの情報を集めるための配線だらけになってしまいます。コストの問題もあります。今は半導体の圧力センサを触覚センサとして使っていますが、軽量で柔らかく、低コストのゴムの触覚センサができれば、それで全身を覆い、さらに高度な介護動作をさせたり、安全性を高めたりすることができます。 郭:私たちTRIでは、曲げることができるゴムベースのソフトセンサを開発しました。この技術はロボットの関節に応用できると思います。また、私たちが開発した抵抗増加型のゴムセンサは構成が単純で、必要な電極数もわずかです。この技術は配線の問題解決に役立つでしょう。 |
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5年後、RI-MANを介護現場へ
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ーーRTCの設置期間の5年間で、RI-MANはどこまで“進化”しますか。
細江:介護の現場で実際に試しに使ってもらえるレベルまでいきたいと考えています。 池浦:そのために、私たちは人の介護動作を人間工学の視点からも解析しています。さらに、人はどのように抱き上げられると違和感を持たないかなど、心理的な分析も行いたいと思います。私は三重県の依頼で、福祉用具を開発する研究会を開いてきました。企業がつくった試作品が福祉の現場で役に立たない場合が多くあります。介護ロボットも、開発者側の視点だけでは駄目です。介護の現場で評価を受け、それを開発に生かしていくことが必要です。 ーー企業側から見て、連携センター制度のメリットは。 加藤:RTCという産官をつなぐ“バトンゾーン”の中で、理研とTRIの研究者・技術者が互いの本音や考え方をぶつけ合い、両者が持っている技術を本当にオープンにしながら開発を進められる、それがとても大きな利点だと思います。 郭:私たち企業の研究者は応用を重視します。一方、理研の研究者は基礎研究重視です。基礎と応用の両方がそろうことで、初めて付加価値の高い商品が生まれるのだと思います。 ーー理研側はいかがですか。 細江:私がこの制度でぜひ実現したいのは、企業と一緒に研究開発する過程で、新しい研究テーマを見いだし、それを理研側に持ち帰って新しい研究プロジェクトを立ち上げることです。今までの産学官連携は、理研や大学の研究成果を企業へ技術移転して応用するという一方通行の流れでした。企業側から理研や大学へ研究テーマを提供するという逆方向の流れも、この連携センター制度で生み出したいですね。■ ![]()
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身近にある! 理研の研究成果
掘越弘毅 名誉研究員に聞く |
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好アルカリ性微生物の発見
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ーー理研とのかかわりは、いつからですか。
掘越:1956年、東京大学大学院の農芸化学に進み、発酵学の大家、坂口謹一郎先生の研究室に入りました。坂口先生の勧めで、理研の前身である株式会社科学研究所(1948〜1958年)の奨学生となったのが最初です。その年、コウジカビを溶かす微生物を発見。それが、私の微生物研究の始まりです。 その論文が英国の科学雑誌『Nature』に掲載されたのをきっかけに、米国へ留学しました。そして1960年に帰国し、特殊法人理化学研究所(1958〜2003年)の研究員になりました。ところが当時の理研は“冬の時代”で、お金がないから実験道具もない。コウジカビを溶かす微生物の研究を続けていたのですが、スランプに……。理研にいるのが嫌になり、ふらふらとヨーロッパに出掛けてしまったんです(笑)。 ーーそれは、いつごろのことですか。 掘越:1968年の秋です。私はイタリアのフィレンツェの丘からルネサンス時代の建物を眺めていました。フィレンツェの建物と金閣寺が建てられたのは、ほとんど同じ時代です。でも、互いに知らない。知らないからこそ、違った建物ができたんだなあ。そんなことを思っていると、ふと、ある考えが浮かんできたのです。微生物の世界にも、まだ知られていない世界があるかもしれない。今まで微生物は、酸性や中性の環境で生息するものと考えていたけれど、アルカリ性で生息する微生物もいるのではないか、と。 大急ぎで帰国しました。アルカリ性の培地に何を入れるかが問題です。結局、手近な理研の敷地内の泥を採ってきて、20本の試験管に入れて培養したのです。次の日、試験管を見て驚きました。どの試験管にも、微生物がいるんです。培地がアルカリ性になっていないのでは、と思ったくらいです。pH試験紙で測ると10、強アルカリ性。理研の土が特別なのかとも思いましたが、その後いろいろなところの土から好アルカリ性微生物が次々と見つかりました。 |
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アルカリセルラーゼを配合した洗濯洗剤
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ーー世界初の好アルカリ性微生物の発見は、その後、どういう展開を?掘越:まず、好アルカリ性微生物がつくり出す、アルカリ性で働く酵素を探しました。できるだけたくさん特許を取り、特許料で研究費が稼げればいいなと思っていたのです。これまでに35種類以上の酵素を発見しています。 最初に注目したのが、植物繊維を分解する酵素「アルカリセルラーゼ」です。当時はくみ取り式トイレが主流で、し尿処理場では、植物繊維が表面を覆って分解を妨げることが大きな問題になっていました。これは使えると思ったのですが、水洗トイレが急速に普及し、必要がなくなってしまったのです。まさに、水に流れてしまった(笑)。 それから数年後、花王(株)の研究者が“アルカリセルラーゼを分けてほしい”と研究室を訪ねてきました。聞けば、洗濯洗剤に入れたいと。“でも洗濯物が分解されてしまうだろう”と聞くと、強力なものではなく“繊維を少しだけ柔らかくするものがいい”と言うのです。繊維を柔らかくしてほぐすことで、入り込んだ汚れが落としやすくなる。彼らはそう考えていたのです。私にはまったく思いもしなかった用途です。そして1987年、アルカリセルラーゼを配合した「アタック」が発売されました(図1)。アタックの売り上げは累計で10兆円に近いそうです。 |
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生活に溶け込んだサイクロデキストリン
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掘越:洗剤の前に、サイクロデキストリンを使った製品があります。サイクロデキストリンは、デンプンからつくられるグルコースが6〜8個ドーナツ状につながったもので、中心にいろいろな化合物を閉じ込めることができます(図2)。便利な分子ですが、大量生産が難しいため、利用されていませんでした。それが、好アルカリ性微生物がつくり出す酵素「アルカリアミラーゼ」を使うとデンプンを分解することができ、簡単に、そして安く大量生産ができることが分かったのです。 ーー用途は? 掘越:日本食品化工(株)から来ていた研究者、中村信之さんと用途を考えました。最初は、粉ワサビです。ワサビの香りと辛みの成分を閉じ込めました。現在では、香辛料、お茶、医薬品、化粧品、消臭剤など、さまざまな製品に使われています(図3)。 ーーご自身の発見が世界中で使われるようになったことを、どう感じていますか。 掘越:研究成果が社会の役に立ったことを、とても誇りに思います。どの研究者にも研究成果を社会に還元するという意識を持ってほしいですね。 |
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学ぶべき教訓
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ーー研究費はいかがでしたか?
掘越:実は、特許料を研究費にあまり回してもらえませんでした。相手は生き物ですから、似たものがたくさんあるはずです。私は、考えられるあらゆるものを特許申請しました。そのかいもあり、特許料収入は、これまでの理研で最高だと聞いています。しかし残念なことに、アルカリセルラーゼもサイクロデキストリンも、本当に売れ始める前に、基本特許が切れてしまいました。特許を扱う部署に、その研究の意義や価値を正しく理解し、特許を有効に生かす方法をもっと考えていただきたかった。当時は理研の経営も厳しかったため、目先のことしか考えられなかったのでしょう。 ーー企業との連携を成功させるポイントは? 掘越:最後は、人と人です。当時いい付き合いができた人とは、今でも仕事上でつながっています。 ーー現在の理研に対して一言、お願いします。 掘越:かなりきついことを言いますが、現在の理研は、“理研らしさ”がない。理研は、組織は大きくなりましたが、個々の研究は小さくなっているように見えます。 「物事ができるには、なぜできてきたのかという歴史がある」。これは、私が好きな言葉です。理研がなぜできたのかを、もう一度考えてほしいですね。人がやっていないこと、しかも5年やそこらではできないものに取り組み、その成果を社会に広めることが、科学者の醍醐味だと思います。そして、もう一つ。科学は哲学で、芸術と同じです。感じる心がなかったら新しい科学はできません。■
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理研から生まれた商品
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基礎研究による新しい発見や発明が、産業界を活性化する画期的な製品開発につながります。しかし、その発見や発明がどんなに優れていても、素晴らしい製品に生まれ変わることは容易ではありません。基礎研究者と企業の開発研究者、さらに製品開発にかかわる多くの人たちが情熱と信念を持ち一丸となって製品化を目指し、いくつものハードルを乗り越えてこそ、社会に役立つ新しい製品にたどり着くのです。 |
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VAAM
スズメバチの研究からスポーツ栄養飲料へ |
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多くのトップアスリートが、持久力向上のために活用していることで有名なスポーツ飲料「VAAM(ヴァーム)」。これは、スズメバチの幼虫の栄養液に含まれるアミノ酸17種類の混合比を、人工的に再現したものです。VAAMは体脂肪燃焼以外にも、自律神経系の調節やアルコールに対する肝機能保護など、さまざまな機能を持つことが明らかになりつつあります。
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スズメバチの研究を始めたころ、不覚にも顔を刺され、生死をさまよいました。毒のすごさを身をもって実感し、刺されないようにするにはスズメバチのことをもっと知らなければと研究するうちに、スタミナ抜群のスズメバチの栄養液の秘密にたどり着きました。これがVAAMの開発につながったのです。
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殺菌剤カリグリーン・殺ダニ剤アカリタッチ
食品添加物で安全・安心な農薬へ |
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より安全な農薬開発のために食品添加物にも使われる化学物質を用いたこれらの農薬は、優れた防除効果がある上、肥料としても働き、植物の耐病性を高める効果があります。カリグリーンは、米国カリフォルニア州の「オーガニックワイン」用ブドウ栽培農園の9割以上に使われています。
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100%安全だと断言できる化合物はありません。私たちは、食品や食品添加物として長年使用されていて問題がないものを農薬に用いる研究を行ってきました。いろいろな苦難がありましたが、初めて商品を手にしたときの感激は格別でした。
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花手毬(てまり)、サフィニア、サマーウェーブ
重イオンビームで新しい植物を |
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加速器で加速した重イオンビームによる突然変異誘発法を用い、連続開花性に富む花持ちの良いバーベナ3品種、優雅な濃いピンク色の新色ペチュニア、白と紫がかったピンク色の新色トレニアなど、次々と品種改良に成功しました。重イオンビームによる育種は、理研発の日本独自の技術です。花卉(かき)植物だけでなく、耐塩性イネの開発など農作物にも利用しています。
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重イオンビームの育種は、理研だからできたんです。日本初の加速器を理研につくった仁科芳雄先生は、「加速器を原子核物理以外の分野にも役立てなさい」とおっしゃったそうです。その伝統が今も生きているのです。
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自動車エンジン部品
技術は人を介して伝えられる |
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理研の技術「ELID(エリッド)研削法」を応用した新工法「ELIDホーニング工法」を用いることで、自動車エンジンのシリンダー内径部分の仕上げ加工時間の短縮と、加工精度の向上および安定化を実現。加工時間の短縮から生産能力の拡大、消費電力の低減が可能になることに加え、砥石(といし)寿命の延長効果も得られるなど優れた工法であることから、今後幅広い応用が期待できます。
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技術は人を介して伝えられます。今回、技術移転がうまくいったのは、ELIDのコンセプトや装置に搭載するノウハウを、企業に適切に伝達できたこと、そして企業側も意欲的な人を派遣されたことが大きかったと思います。今回のように「必ずできるはずだ」と信念を持って取り組むと、実現できるものです。
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いかに失敗し、いかに成功したか
株式会社メガオプト |
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理研ベンチャー第1号
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ーーメガオプトは、どういう会社ですか。
和田:理研で研究開発した技術をもとに、産業、医療、基礎科学などあらゆる用途に対応できる高性能固体レーザーの研究開発・製造・販売を行っています(図1、2)。 ーーメガオプトは理研ベンチャーの第1号です。設立のきっかけは。 和田:私は理研フォトダイナミクス研究センターの光生物研究チーム(当時)で、生物研究用のレーザーの研究開発を行っていました。私たちのチームは、電気的に光の波長を自由に変えることができるレーザーを世界に先駆けて開発しました。学会で発表するとすぐ、それを使いたいという声がたくさん寄せられたのです。その要望に応えて実用化することも重要だと考えていたとき、ちょうど「理研ベンチャー」という制度を立ち上げる話が出てきました。 そして、最初に手を挙げたのが私たちのチームリーダーでした。こうして1996年7月、理研ベンチャーの第1号、フォトンチューニング(株)が誕生しました。ただし、私は研究志向が強かったので、研究者としては協力するけれども事業はチームリーダーがやってください、というスタンスでした。 1996年から2000年まで、会社は大迷走を続けました。私たち研究者は、会社経営に関して素人です。市場の規模や、どのくらい売れれば会社が成り立つのかも、分かっていませんでした。1台5000万円のレーザーが1年に3台売れれば大きな利益が出る、大丈夫だ、くらいにしか考えていなかったのです。2年目、3年目にどうなるかなんて、考えもしませんでした。2000年の時点で1億円もの大赤字を出し、技術者もみんな辞めてしまいました。
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どん底からの復活
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ーー危機的状況からどのように脱却したのですか。
和田:(株)リコーの取締役をリタイアして、理研の実用化コーディネーターをされていた河津元昭さんの力が大きかったですね。彼が会社を立て直すために出した条件が、“技術の中核を担う人が会社の責任者にならなければならない”というものでした。結局、河津さんが代表取締役、私が役員になることになり、社名も(株)メガオプトに変更しました。ある日突然、会社が頭の上に降ってきた、そんな感じでした。 ーーよく引き受けましたね。 和田:後退することは考えない性格なんです。起きたことは必ず成功させて前に進もう、と考える方なんです。当時、私なりに勝算もありました。私たちが研究開発した固体レーザーは、市場で十分に勝負できるという自信を持っていましたから。でも、今だったら、会社経営の大変さを経験しているので断りますね(笑)。 ーー会社の業績は回復しましたか。 和田:2000年から2003年までは横ばいでした。2年間で2億円の委託開発事業の助成金があったので、製品を売らなくても、どうにか会社は維持できていたのです。しかし助成金が底を突いた2003年、外部から資金を入れないとどうしようもない状態になってしまいました。資金調達のためにも、高齢の河津さんに代わって私が代表取締役になりました。 そのころからようやく、固体レーザーを量産して産業界に販売することができるようになりました。それが評価され、2004年度の「創業・ベンチャー国民フォーラム会長賞」を頂きました。大学や研究機関発のベンチャーは日本全体で1500社も生まれています。しかし、産業用のものをつくる会社で、本当に成功しているところはありません。もう少しで、私たちが最初の成功例になれるのではないかと思います。 ーーメガオプトが成功したポイントは。 和田:レーザーは、さまざまな分野の一流の技術者を集めないと製品ができない上に、市場は数十億円と小さいため、大企業は手を出しづらいのです。でも一番大きかったのは、企業でレーザー製造の経験がある技術者が来てくれるなど、人材に恵まれたこと。私たちの研究室を出た人も参加してくれました。理研は研究成果だけでなく、人材も輩出しているということを、あらためて感じました。ベンチャーの成功に、人的ネットワークはとても重要です。 |
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ベンチャーを成功させるには
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ーー起業を考えている研究者へアドバイスを。
和田:ベンチャーを立ち上げようとしたら、まず自分の技術が突出していて市場で勝てるものかどうか、また、市場の規模、費用対効果を見極めなければいけません。“そんなこと分からないよ”というのなら、起業はやめるべきです。もちろん、研究者だけでは対応できないこともあるでしょう。そういう場合は、企業や情報を持っている人と組むのが確実です。 ーー理研には、「産業界との融合的連携研究プログラム」など企業と連携して実用化を目指す制度がいくつかあります。それらと、理研ベンチャーの違いは。 和田:企業と組むことで、ベンチャーよりも実用化できる確率は高くなるでしょう。一方、ベンチャーは苦労も多いですが、研究者自ら、成果を社会に問い掛け、成功すれば社会に貢献できる。その達成感は、ほかの制度では得られないほど大きなものです。 ーーメガオプトの今後の課題は。 和田:量産化を実現するために、品質管理とコスト管理を含めた製造体制を整備することです。そして、早期上場を目指しています。 2006年12月に、私は代表取締役会長となりました。メガオプトでは、もう技術者ではなく経営者です。自分がまさか企業経営を語るとは思ってもいませんでしたから、不思議な気もしますね。 私たちの会社は、失敗した経験と、成功した経験の両方を持っています。理研には素晴らしい技術も多く、起業を考えている研究者も多いと思います。私たちの例をぜひ、参考にしてください。私たちから成功のループが回り始め、理研から新しい企業が次々と生まれることを期待しています。■
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理研ベンチャー一覧 (2008年1月現在) 1.理研ベンチャー認定日 2.代表取締役 3.主な事業内容 4.URL |
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研究成果を産業界へつなぐ「バトンゾーン」
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産業界との連携ギャラリー
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2007年9月、和光研究所 研究交流棟2階に「産業界との連携ギャラリー」がオープンしました。理研は、財団法人として発足した1917年から産業界と深いつながりを持ち続け、研究成果をもとに事業化した企業集団「理研産業団(理研コンツェルン)」は、日本の産業振興に大きく貢献しました。今日では新しい産官連携の挑戦者として、理研ベンチャーが活躍しています。このギャラリーでは、理研と産業界の歩み、理研ベンチャー、そして研究成果の実用化例や理研の知財戦略の取り組みについて紹介しています。来所の際にはぜひお立ち寄りください。 |
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和光理研インキュベーションプラザ
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2008年2月19日、和光研究所に「和光理研インキュベーションプラザ」がオープンします。このプラザは(独)中小企業基盤整備機構、埼玉県、和光市と理研の連携によって設立されました。新製品・新技術の研究開発や新分野への進出を目指す中小企業・ベンチャー企業などを支援する起業家育成(ビジネスインキュベーション)施設です。常駐するインキュベーションマネージャーが経営、技術などさまざまな課題の克服を支援し、優れた企業創出に貢献します。 |
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知的財産戦略センターは、研究成果を早く、広く社会に普及させるための研究プログラムを運営し、研究者と産業界との連携を緊密にしてより実効的な技術移転を行っています。 |
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