
若い人に託し、日本を変える
司会:本日は、文部科学省が進める世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の一つで、2007年10月に設立された東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU:Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe)※の村山 斉(ひとし)機構長をお迎えして、基礎科学の大切さや分野融合などについて野依良治理事長と大いに語り合っていただきます。まず、村山先生と野依理事長の最初の出会いについて、お聞かせください。
野依:2007年、WPIに委員として関わるようになり、初めてお目にかかりました。村山先生は、「宇宙は数学の言葉で書かれている」というガリレオの言葉を引用し、「新しい宇宙物理学を拓くには、新しい数学をつくらなければいけない」とIPMU設立の趣旨を説明された。分野の縦割りを排して新しい学問を創造するという気宇壮大(きうそうだい)な構想に感銘を受けました。
村山:IPMUの提案書を提出し、ヒアリングに呼ばれた際に会場のずっと奥の方に野依先生がいらしたことを覚えています。私が機構長の候補として提案書づくりを引き受けたのは、どうせIPMUはWPIに選ばれないだろう、と思ったからです(笑)。WPIのような大きな国家プロジェクトでは、宇宙研究のような役に立たない分野は選ばれない。また、日本では、私のような40代の若手に大きな予算を付ける拠点を任せることもない、と予想していたのです。ところがIPMUが選ばれました。委員の方々は、WPIで日本を変えようとしている、と感じました。しかし、なぜIPMUが選ばれたのか、今でも不思議です。
野依:村山先生の存在感は抜群でした。そして若い人に託すべきだという思いが日本の科学界にあったからでしょう。
哲学や人生観に影響を及ぼす基礎科学

司会:まず、基礎科学の意義を伺いたいと思います。
野依:村山先生は、宇宙研究が役に立たない分野だと言われましたが、基礎科学は哲学や人生観に影響を及ぼすことで、とても大きな貢献をしていると思います。宇宙物理学によると、宇宙が誕生したとき、物質と反物質がつくられ、すぐに出合って対消滅しました。しかし反物質よりも物質がわずかに多くつくられたため、物質だけが残り、星や銀河、そして私たち生命がつくられた。そのような、生命存在の根拠を知ることにより、人は謙虚になり、人生のはかなさと同時にありがたさを感じます。
村山:私たちの身体が“星くず”からできていると聞くと、誰もが驚きます。もともと宇宙には水素やヘリウムしかありませんでした。身体をつくる炭素や窒素、鉄などは、星の中でつくられたのです。そして星が一生の最後に爆発することでそれらの元素が宇宙空間に散らばり、再び集まって太陽や地球、そして私たち生命もつくられました。
野依:まさに万物流転(るてん)、輪廻(りんね)転生ですね。そのような、古(いにしえ)からの哲学を科学的に裏付け納得させる。われわれはどこから来たのか、神話として語られてきたことを科学的に明らかにする。それが基礎科学の最も重要な意義だと考えます。
事実の発見と価値の発見
司会:科学に興味を持ったきっかけをお聞かせください。村山先生は小学2〜3年で微分・積分の計算をしていたそうですね。
村山:子どものころは身体が弱く、学校を休むと家で数学や理科の教育番組をよく見ていました。その中で、数を無限に足しても答えが有限になるという数学の問題を、落語仕立てで説明していた番組がとても印象に残っています。
野依:私は中学入学の直前、父に連れられて産業技術の発表会に行き、「ナイロンは石炭と水と空気からできている」という講演を聴き、化学の力はすごい! と思いました。当時の日本は戦後の復興途上です。将来は大学で化学を学び、産業界に出て、よい製品をつくり社会に貢献することを志しました。実際には、京都大学工学部に進んだ後、名古屋大学理学部に移り、大学で研究を続けることになりました。
村山:工学部と理学部では、かなり文化が違うと思いますが。
野依:工学部では産業界への応用を常に考えていました。しかし理学部に移り、基礎科学を進めなければ、産業界に本当に役立つ創造的な研究成果は生まれないことを学びました。
右手形と左手形の分子をつくり分ける不斉(ふせい)合成という私の仕事は、京都大学で27歳のときに発見した「不斉カルベン反応」がきっかけです。その反応はつくり分ける能力が低く、実用的には役に立たないのでほとんど評価されませんでした。しかし、別な方向へ発展させれば大きな価値が生まれることに気付きました。そして名古屋大学で発展させた「不斉水素化反応」がノーベル賞の対象になったのです。ただし私の誇りは、役に立たない不斉カルベン反応を発見し、そこに将来の価値があることを見いだしたことです。
事実の発見は素晴らしいことですが、それ以上に価値の発見が大事です。ところが、価値は事実を見つけた本人にも分からないことが多い。ですから、広くほかの人にも評価してもらうことが必要です。その際、分野縦割りでは駄目で、異分野の人と関わり合うことが重要です。
村山:私は理論家なのでアイデアが勝負です。自分で思い付いたアイデアでも、人に話すまで、どれほど面白いか分からないことがよくあります。頭の中を整理して人に話し、相手の反応により、アイデアの価値に気付くのです。
ところで、最初の不斉カルベン反応は、どのようにして発見されたのですか。
野依:違う目的の実験をしていて、偶然見つけました。論理的なアプローチだけでは大きな発見は難しいものです。
村山:一般向けの講演でビッグバンの証拠となる電波(宇宙背景放射)の発見の話をよく紹介します。それは違う目的で見つけた事実を、ほかの分野の人に評価してもらい大発見につながった例です。宇宙背景放射を発見したのは電波技師です。新しい通信技術を開発するためにアンテナをつくりました。ところがアンテナをどちらに向けても、消えない雑音がある。もしかしたら宇宙から来ているのではないかと、宇宙物理学者に電話しました。その人はちょうど宇宙背景放射の観測を準備していたので、電話を切った後に周りにこう言ったそうです。「諸君、われわれは先を越されたようだ」
研究をしていると、そのような予期しないことが起きます。そこが楽しいところです。
未知へ挑むための教育

野依:私たちの知っていることはとても限られており、自然界には予期せぬこと、未知の部分が非常に大きく残されています。ところが若い人たちの多くが、未知の部分が大きいことに気付いていない、あるいは未知に挑むことを恐れているように見えます。
村山:その点で、学校教育に不安を覚えています。学校ではすでに分かっていることを覚え、使いこなすことが基本になっています。疑問を持ち、自分で考えてみることを励ます教育になっていないように思えます。
野依:知識の総量は決まっていて、それを0から100になるように覚えさせていく、といった誤った考え方の教育にあるのではないでしょうか。本当は発見により大きな未知の部分が新たに見えてきます。発見すればするほど未知の部分は増えるので、いつまでたっても森羅万象を理解することはできません。そのような科学観を子どもたちに教える必要があります。そして、未知に挑戦する若者を育てていかなければいけません。
村山:そういった教育が難しくなっている要因は何でしょうか。
野依:大学入試に問題があると思います。今の入試は、知識の総量は一定という幻想をもたらし、物知りだけを評価する。そして秀才はすでに分かっている知識を習得することに一生懸命になる。しかし創造する人は未知に挑みます。
村山:創造には、知識がない方がよい場合もありますね。自分で考えますから。
子どもたちに何を伝えるべきか
司会:研究を一般に紹介するアウトリーチ活動は、どうあるべきでしょうか。
村山:学校ではすでに分かっていることしか教えないので、子どもたちは、あらゆることはすでに分かってしまっていると勘違いしているかもしれません。アウトリーチなどで子どもたちに話をするときには、まだ分かっていないことをぶつけていくべきです。宇宙分野でいえば、宇宙の構成要素のうち、私たちの知っている物質は4%、残りの96%は暗黒エネルギーと暗黒物質という未知のものであるという、驚くべきことが分かりました。あるときその話をしたら、小学生が手を挙げて、「暗黒物質は、この物質ではないのですか」と、ある物質を例に挙げて自分の考えを述べるのです。すごく感激しました。
野依:いいですね! 子どもは誰もが科学者です。問題は、大人になっても科学者でいられるかどうかです。自然を探索することは生き物である人間の本能です。子どものころに、五感を使って自然に接し、自分で考え、納得する。それが人生を生き抜く力となります。私は第二次世界大戦の末期に小学校に上がり、空襲を逃れるために田舎に疎開しました。人工物が何もない自然の中で1年間暮らした経験がとても大きな力になっています。そして戦後の貧しく不便な暮らしの中で、ニワトリの世話や風呂焚き、大工仕事などを手伝いました。そこから自然の成り立ちや仕組みなど、たくさんのことを学びました。ところが現代では、多くの人たちが都会に住み、生活に必要なあらゆることがブラックボックス化しています。
司会:どうすればよいでしょうか。
野依:学校の授業や講演などで伝えることができるのは、整理された情報、いわば形式知です。しかし自然界には、きちんと記述することのできない原理原則があります。そのような暗黙知を体得させるために、子どもたちを田舎に連れていき、自由に自然に触れさせることも必要ではないでしょうか。
村山:私は米国で子育てをしました。米国の学校では、親が遠足に連れていきます。山に遠足に行ったとき、グループで臨機応変に問題を解かないと、次の場所へ進んでいけないゲームをしました。そのとき、学校の成績があまり良くない子がリーダーシップを発揮するのに対し、成績の良い子は何もアイデアを出せませんでした。その様子を見てショックを受けました。机の上の勉強で身に付ける能力と、訳の分からないところから何かをつくり出していく能力が結び付いていないと感じたからです。
野依:成績の良い子は、数式や図形など明確に記述された形式知の問題には強い。しかし自然にはうまく記述できない問題の方が多い。そのような、正解はないかもしれない問題について、自分なりに考え納得することがとても大切です。
新しい問題を発見する
村山:研究でも、何が問題であるか分からない状況で、これが問題だ、と提示することが重要ですね。それには、いろいろなことを幅広く見て、自分で考える必要があります。
野依:長く学生を指導してきましたが、与えた問題を解いてくれるのもいいのですが、そこから新しい問題を見つけてくれる学生が一番ありがたかったですね。実験が予想通りにいかず、通常とは違うことを観察したときがチャンスです。そこから新しい問題を見つけることができるのは、やはり若い人です。
村山:化学の世界で、新しい問題が潜んでいる未知の領域、まだ分かっていないことには、どんなことがありますか。
野依:DNAの二重らせん構造の発見者の一人であるジェームズ・ワトソンは、「生命は単純に化学の問題だ」と言いました。その通りで、たくさんの原子や分子が集まって生命としての機能を生み出しています。しかし、その機能が生まれる仕組みはまったく分かっていません。それを理解するには、従来のようにどんどん細かく解析していくのとは逆に、いろいろな現象を統合的に解析する、数理、情報学などの分野を融合した研究を進める必要があります。
村山:最近、多くの物理学者が生物学へ乗り込み、生物物理という新しい分野が確立されつつあります。細胞の中の分子の動きを測定したり可視化したりする技術も発展していて、すごく面白いですね。
野依:スーパーコンピュータにより細胞の中を正確にシミュレーションできるようにもなってきました。そういう時代ですが、細分化された分野を、再び融合させることはとても難しいことです。有能な人でもシニアになってからでは分野を融合した研究を始めるのは遅い。細胞でいえば、皮膚や筋肉に分化した細胞ではなく、iPS細胞(人工多能性幹細胞)のような未分化な若い時期から始める必要があります。柔軟な若者に期待したい。
分野融合で新しい価値を生み出す
司会:Kavli IPMUでは、まさに数学や物理、天文学を融合した研究をされていますね。
村山:分野の融合が難しいことを実感しています。例えば、研究者を採用するとき、物理学者の私が数学者の推薦状を読んで判断しなければいけません。ところが、その内容が物理学者の書くものとはまったく違うのです。物理学者の推薦状には、その人がどれほどすごい研究をしてきたかが書かれています。一方、数学者の推薦状には、どういう定理を証明したかは書いてあっても、それがどれほどすごいことなのか書いていないのです。困って推薦状を書いた数学者に尋ねたことがあります。すると、「200年もたてば、どれほどすごいことか分かるよ」と返ってきました(笑)。
司会:Kavli IPMUでは毎日、ティータイムを設けて研究者同士が交流しているそうですね。
村山:私が数学のセミナーを聞いていると、知らない単語がたくさん出てきます。それをティータイムなら気軽に質問できます。すると、数学のこの単語と、物理のこの単語はまったく同じ意味だと気付くことがよくあります。気軽な雰囲気で話ができる時間は、分野の融合にとって大切です。発足以来、他分野の文化や言語を互いに学習し続け、少しずつ理解できるようになってきました。
野依:理研はさまざまな分野がそろった総合研究所です。しかしデパートのようにただ多くの分野をそろえただけでは駄目です。似たようなものを足し算して量を増やすのではなく、異なるものを掛け算して、新しい価値を生み出すことが課せられています。今年4月には組織を大きく改変して、分野融合をいっそう推進します。例えば、新しく発足する環境資源科学研究センターでは、生物学や化学、工学の融合により、日本発のグリーンイノベーションの創出を目指します。
村山:分野の融合により、どうすれば新しい価値を生み出せるでしょうか。
野依:やはり未分化な若い人たちに託すしかありません。ぜひ大学でも、分野の枠にとらわれない研究が大事であることを、若い人たちに教えていただきたいと思います。
村山:Kavli IPMUの人事で、海外にはどの分野に属しているのか分からないような人がたくさんいることを知り、驚きました。天文学で博士号を取った後、数学に移ってある定理を証明した研究者を採用したところ、両分野を融合した優れた研究を進めています。ところが日本では、細分化された分野の中で研究を進めないと評価されず、職を失うリスクがあるのが現実です。
野依:多様な尺度で人を評価していくことが必要ですね。日本では、論文の数や引用回数といった数値化された単一の尺度で評価しています。そしてシニアの研究者の多くが自分の分野のことしか考えていません。日本の科学界の大きな問題点は、優れた批評家や目利き、評価者が少ないことです。
村山:先ほど話題に出た大学入試でも、米国では評価の方法が異なります。私の娘は米国の大学を受験しましたが、学業だけでなく課外活動を含めた全人格が評価の対象でした。
理研へ期待するリーダーシップ
司会:最後に、理研への期待をお聞かせください。
村山:オピニオンリーダーの役割を期待しています。理研は日本最大級の研究機関です。その規模だからこそ、科学の意義もしくは欠点を示し、社会や政治の考え方を変えていくことができます。また、理研の進める研究者の雇用形態などのシステム改革が、日本の研究社会に大きなインパクトを与えています。システム改革のリーダーシップも期待しています。
野依:科学や技術がいかに人類社会に貢献しているかを社会に示し、それを実行していくことが理研の使命だと考えています。研究成果を一方的に発信するのではなく、社会が科学や技術に何を期待しているのか受信することも重要です。そして理研は社会から感謝され、信頼される存在になることを目指しています。それには理研だけで行動していては駄目で、Kavli IPMUをはじめ、さまざまな機関と連携を図っていく必要があります。今後ともよろしくお願い致します。
(取材・構成:立山 晃/フォトンクリエイト、撮影:STUDIO CAC)
※カブリ数物連携宇宙研究機構:
2007年10月1日発足。2012年2月、米国カブリ財団から750万ドルの寄付を受け、同年4月からカブリの名を冠した「Kavli IPMU」に改称。
http://www.ipmu.jp/

