建物の壁や車体にペンキのように塗るだけで高効率に発電できる有機薄膜太陽電池が実用化できれば、エネルギー問題の解決に大きく貢献する。それには、有機分子を特定の向きに大面積で配列させる必要がある。「私たちは、優れた機能を持つ有機分子を合成できるようになってきました。ただし、有機分子は形がいびつなため、大面積で配列させるのはとても難しいのです」と福島孝典チームリーダー。エネルギー変換研究チームでは、ディスク状分子(図1・2)がきれいに配列する法則を見いだし、有機薄膜太陽電池の材料として有望な分子の合成に成功しつつある。
光で曲がるフィルム
「何も面白いことが起きない状況がしばらく続いていました」と福島孝典チームリーダー(TL)は振り返る。2009年、細野暢彦(のぶひこ) ジュニア・リサーチ・アソシエイト(JRA)が、紫外光が当たると変形し可視光を当てると元の形に戻るアゾベンゼンという色素を、ブラシ状のポリマー(ポリマーブラシ)の側鎖に3個組み込み(タイトル図A)、その溶液を揮発(きはつ)させてフィルムをつくった。「光でフィルムの粘性が変われば面白い、といった程度の期待で始めた実験ですが、何も起きませんでした。そこで、さらにしっかりとしたシートをつくることにしました」
2枚のテフロンシートの間にポリマーブラシの粉末を挟み、圧力と温度をかけてシートにするホットプレスという方法を用いた。「その手法でつくった数cm四方のシートに紫外光を当てたところ、フィルムが曲がったのです。可視光を当てると元に戻りました。しかし、素材が同じで見た目も変わらないフィルムでも、曲がるものと曲がらないものがあり、その理由が分かりませんでした」
その謎を探るため、梶谷 孝(かじたに たかし) 副TLが理研播磨研究所の大型放射光施設“SPring-8”で分子の配列構造を調べた。すると、ポリマーブラシが楕円(だえん)柱構造を取り、それらが表裏2層に並んでいることが分かった(タイトル図A)。「正円柱ではなく楕円柱が並ぶことで、ある方向に伸張力、それと直交する方向に収縮力が働きます。光で曲がるフィルムでは、伸張力と収縮力の方向が表裏2層で同じになっています。表層に紫外光を当てると、ポリマーブラシに組み込んだアゾベンゼンが変形します。すると表層の伸張力が弱まり、表裏の力のバランスが崩れて曲がるのです(タイトル図B左)。一方、曲がらないシートでは、力の方向が表裏2層で直交しています。紫外光を当てて表層の伸張力が弱まっても、表裏の力のバランスが崩れないため、フィルムは曲がりません(タイトル図B右)」
なぜ、曲がるものと曲がらないフィルムができたのか。ホットプレスに使った市販のテフロンシートは延伸(えんしん)して製造されている。上下のテフロンシートの延伸方向を平行にそろえてホットプレスを行ったフィルムは曲がり、直交させてつくったフィルムは曲がらないことを細野JRAが発見した(タイトル図B)。
「テフロン分子は延伸方向に沿って並んでいます。その影響を受けてポリマーブラシの楕円柱が配列し、伸張力と収縮力の働く方向が決まるのです。私たちがフィルムにそのような伸張力と収縮力が働いていることに気付くには、もう一つの現象の発見が必要でした」
細野JRAがフィルムに働く力を装置で計測するため、ホットプレスした正方形のフィルムを長方形に切ったところ、光を当てても曲がらなかったフィルムが丸まったのだ。
「光で曲がらないフィルムは、表裏で力の向きが直交しています。正方形では表裏で釣り合っていた力が、長方形に切ることでバランスが崩れて丸まったのです。その現象を細野さんから聞いて、私は帰宅する電車の中で考え続けました。そして先ほど紹介した光でフィルムが曲がる仕組みに気付いたのです」と福島TL。
この研究は、2010年に米国の科学雑誌『Science』に発表された。「ポリマーブラシの側鎖にアゾベンゼンを3個組み込む合成はとても大変なので、普通の学生ならば2個でやめてしまうところです。さらに丁寧な実験により二つの現象を見逃さなかったことが、曲がる仕組みの解明につながりました。細野さんは今、化学分野では毎年1〜2名しか選ばれない日本学術振興会 特別研究員-SPDとして、オランダのアイントホーフェン工科大学で新たな研究に挑んでいます」
複雑な形の有機分子を大面積に配列させる
2010年、理研基幹研究所にグリーン未来物質創成研究領域が設立された。エネルギー変換研究チームが属する機能性ソフトマテリアル研究グループ(相田卓三グループディレクター[GD])も同領域に参画し、有機薄膜太陽電池の研究が本格的に始まった。
現在、一般に普及している太陽電池の材料には、シリコンなどの無機物が使われている。しかし、硬くて重い無機物を材料とする太陽電池を設置できる場所は限られている。軟らかくて軽い有機物を材料にした有機薄膜太陽電池ならば、丸みを帯びた建物や車体などにも設置することが可能だ。特に、壁や車体に塗るだけで高効率に発電できる材料が開発できれば、太陽光発電は爆発的に普及すると期待されている。
「光で曲がるフィルムでは、テフロンシートの分子の並び方に従ってポリマーブラシの楕円柱が配列しました。有機薄膜太陽電池の材料開発では、テフロンのような特定の物質だけでなく、どんな物質に塗っても大面積で特定の向きに配列する有機分子の合成を目指しています」
シリコンなどの無機物の太陽電池では、単純な形の原子が規則正しく配列した結晶を用いることで、高効率に発電する。「シリコンなどは原子自体が優れた機能を持ちます。一方、有機物は複雑な形の分子をデザインすることで高い機能を持たせることができます。近年、研究の進展により高い機能を持つ有機分子をデザイン通りに合成できるようになってきましたが、いびつな形をしたそれら有機分子を大面積で配列させることは難しいのです。光で曲がるフィルムの研究は、有機分子を大面積で配列させると面白い現象が起きることをあらためて教えてくれました。その意識をチーム全体で共有しながら実験を進めることで、最近、有機薄膜太陽電池の材料として有望な分子の合成に成功しつつあります」
ディスク状分子が大面積で積み重なった
有機薄膜太陽電池の開発は、別々に進んでいた二つの研究を融合させることで進めている。一つは2009年に、大澤輝恒(おおさわ てるつね) JRA(現・三菱化学(株))が始めた研究だ。「彼は猛烈に熱意のある学生でしたが、それまではバイオの研究室に所属していたため有機合成の経験はほとんどありませんでした。そこで、合成が簡単にできる有機分子の研究をテーマとして与えました。実は、あまり面白そうなテーマではなかったのですが……(笑)」
それは、ベンゼン環が4個つながったトリフェニレンに、カルボン酸エステルという油成分を6個付けたディスク(円盤)状分子で、液晶の性質を持つ(図1左)。大澤JRAがその分子の合成に成功し、偏光顕微鏡で観察した。「彼は“画面が真っ暗です”と言って駆け込んできました。その後、梶谷さんがSPring-8で解析したところ、驚くべきことにディスク状分子がきれいに積み重なって配列していることが分かりました(図1右)。分子がきれいに並ぶと、偏光顕微鏡では真っ暗に見えるケースがあるのです」
太陽電池の材料にするには、トリフェニレンをきれいに積み重ねる、つまり特定の向きに配列させる必要がある。しかし、トリフェニレンは、比較的自由に動くことができるπ電子を持ち、積み重なると電気的な反発力が働き、普通はきれいに積み重ならない。
「ところが大澤さんが合成したディスク状分子は、どんな場所にそれらを載せても、きれいに積み重なるのです。カルボン酸エステルがπ電子を引き付けて電気的な反発力を弱め、さらにカルボン酸エステル同士が引き付け合うことで、きれいに積み重なるのだろうと予想しています」
ディスク状分子が配列する法則
もう一つの研究は、2000年代半ばにさかのぼる。相田GDを総括責任者とする科学技術振興機構(JST)のプロジェクトで、当時グループリーダーであった福島TLは、トリフェニレンにイミダゾリウムイオンが6個付いた誘導体を合成した(図2)。「これもディスク状分子で、広い温度範囲にわたり安定な液晶状態になることが分かりました。しかし分子の配列構造などは分からないまま、2005年に研究を終えました。その後、2007年に私はある学会で有機分子の電気伝導度を測定する専門家の講演を聴きました。その会場で当時共同研究者だった本柳 仁さんに電話して、“あのディスク状分子の測定をお願いしよう”と提案しました。すでに合成したサンプルはなくなっていましたが、本柳さんは“やりましょう”と即答でした。配列構造が気になっていたのです」
本柳研究員は再び合成したサンプルの電気伝導度の測定を専門家に依頼するとともに、別の研究でSPring-8に向かう同僚にもサンプルを託して、時間があれば測定してくれるように頼んだ。こうして、トリフェニレン誘導体の驚くべき配列構造が明らかになった。
「あらゆる分子の配列構造を数学的に分類すると、230種類の空間群のいずれかに当てはまります。ほとんどの有機分子の配列構造は、10種類ぐらいに分類されるのですが、トリフェニレン誘導体は、ジャイロイドと呼ばれる特殊な配列になりました(図3C)。それはIa3d という空間群に分類されます。ディスク状分子がジャイロイド構造を取る例は、ほとんど知られていません」
その後、本柳研究員は京都工芸繊維大学へ助教として移り、トリフェニレン誘導体の研究は、インド出身のアラム研究員に受け継がれた。トリフェニレンとイミダゾリウムイオンを連結している側鎖の炭素鎖は、炭素数によって長さを変えることができる。「アラム研究員が、炭素鎖の長さが異なるいくつかのトリフェニレン誘導体を合成したところ、配列構造がジャイロイドになるものと、ならないものがあることが分かりました」
やがて、アラム研究員が任期を終え帰国する日が1ヶ月後に迫った。「何とかこの研究を論文にまとめようとしましたが、うまくいきません。中心部のトリフェニレンは共通なのに、なぜ配列構造が異なるのか、謎のままだったからです。ある日、相田GDと徹夜で議論を重ねているうちに朝になりました。疲れ果てた私は、景気づけにその足で築地の回転寿司屋に行くことにしました。そこでも私は、配列構造の謎が頭から離れず、寿司の皿をじっと見つめて考え続けていました。すると、ある仮説がひらめいたのです」
それは次のようなものだ。側鎖の炭素鎖が長いほど、ディスク状分子の周囲は軟らかくなる。ディスク状分子の中心にトリフェニレンという硬い構造があり、その周囲が軟らかいとジャイロイドをつくる(図3C)。一方、周囲が硬いと、配列が崩れて液晶にならない(図3A)。周囲の硬さが中くらいだとディスク状分子がきれいに積み重なった配列になる(図3B)。
「その仮説を証明するには、炭素鎖の長さが異なる20種類ものトリフェニレン誘導体を合成する必要がありました。それをアラムさんは帰国までの1ヶ月間に猛烈な勢いで合成し、配列構造を次々に導き出しました。こうして仮説が正しいことを証明し、論文を書き上げて2009年に発表することができました」
福島TLたちは現在、この研究で明らかになったディスク状分子が配列する法則に基づき、大澤JRAが合成した分子を改良する実験を進めている。「大澤さんが合成した分子に、少しだけ側鎖の構造が違う分子を混ぜると、さらにきれいに積み重なることが分かりました。あたかも大面積の単結晶のようにきれいな構造ができます。太陽電池としての機能を発揮する可能性を持つ有機分子が見つかってきたのです」
エネルギー変換研究チームは今年3月末に終了するが、その太陽電池の研究は、4月に発足する創発物性科学研究センターに引き継がれる。
一方、ジャイロイド構造の研究も最近、新たな展開を見せている。「2010年秋の学会で、ジャイロイド構造のX線測定データを紹介したところ、岐阜大学の沓水(くつみず)祥一教授から、それは普通のジャイロイド構造とは違う、と指摘を受けました。そこで梶谷さんと、理研基幹研究所物質評価チームの橋爪大輔さんたちがSPring-8を駆使してさらに詳しく解析を進めたところ、まったく新しい配列構造が見えてきました。その構造がすぐに機能につながるわけではありませんが、長期的には、新しい配列構造の発見は、新しい機能の実現に貢献する可能性があります」
幸運をつかむ秘訣
福島TLは、有機にしかできない機能を実現したい、と展望を語る。「その際、私たちのお手本は生物です。身体の細胞や組織では、タンパク質などのさまざまな有機分子が決められた位置に配列し、筋肉のような優れた機能を生み出しています。それは驚くべき現象で、機能が生まれる仕組みはよく分かっていません。その仕組みに学び、人工的な有機分子で生物のような高度な機能を実現することが大きな夢です。その夢に近づくには、一つ一つの実験を丁寧に行っていくことが大切です」と福島TL。「実験は予想通りにいかず失敗しても構いません。なぜ駄目だったのか、可能な限り実験から情報を取り出すことが重要です」
福島TLはさらに基礎の重要性を指摘する。「基礎をしっかりと学び、“引き出し”をたくさん持つこと。それにより、実験で出合った現象が、面白いものか、ありふれたものかを判断して、次の実験につなげていくことができます。そのようにして、あるとき、まったく新しく面白い現象に出合う幸運をつかむことができるのです」
(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)





