理研神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター(CDB)のゲノム資源解析ユニットは2012年3月、工樂樹洋(くらく しげひろ)ユニットリーダー(UL)が着任し、新たなスタートを切った。同ユニットは、DNAシーケンスや遺伝子発現プロファイリングなどの研究支援のほか、独自の研究活動も行っている。「DNAや遺伝子などの解析技術は急速に発展しています。それに対応し、最新の技術を研究に活かすには、洗練された技術を持つ優れたスタッフに支えられた支援体制が不可欠です。今後の生物学が発展できるかどうかは、支援体制にかかっているといえるでしょう」と工樂UL。しかし、工樂ULは日本の支援体制の現状に危機感を抱いている。ゲノム資源解析ユニットの活動、そして工樂ULが考える研究支援のあるべき姿を聞いた。

CDBの研究支援
―ゲノム資源解析ユニットでは、どのようなことを行っているのですか。
工樂:CDBの研究者からの依頼を受けて、DNAの塩基配列を解読する“DNAシーケンス”や、細胞や器官、組織ごとにどの遺伝子がどのくらい発現しているかを調べる“遺伝子発現プロファイリング”などを行っています。そうした研究支援と並行して、ここでは詳しく述べませんが私独自のテーマである脊椎動物の発生プロセスに関わる遺伝子の進化、そしてゲノムの進化についての研究も行っています。
ゲノム資源解析ユニットは2004年にサブユニットとして発足した後、ユニットに拡張され、樽井 寛(たるい ひろし)ユニットリーダー(現・理研オミックス基盤研究領域 LSAシステム構築ユニット上級研究員)のもと、発生・再生の研究に大きく貢献してきました。私がユニットリーダーとして着任したのは2012年3月です。2011年に導入されていた次世代シーケンサーを本格稼働させるなど体制の整備も行い、より幅広い研究支援を目指して新たなスタートを切りました。
─CDBが研究支援の体制を整備、拡張してきた理由は。
工樂:DNAシーケンスの技術は、この5年ほどで急速に発展してきました。次世代シーケンサーの登場によって解析速度は従来の数万倍にもなり、塩基配列の超高速・大量解読が可能になりました。次世代シーケンサーを使わなければ世界の研究の流れに後れを取ってしまう、という危機感が漂っているほどです。しかし、技術革新のスピードが速すぎて、研究者個人が研究を進めながらその合間に新しい技術を習得することは容易ではありません。実際、次世代シーケンサーを導入したけれども使いこなせないという声も多く聞きます。次世代シーケンサーを使った大量解析には、装置や試料の扱いに熟練し、豊富な知識とノウハウ、そして高い解析技術を持ったスタッフによる支援が不可欠なのです。
─DNAシーケンスを業務として提供している民間企業もあります。CDB内に研究支援の体制をつくる利点は。
工樂:試料を渡して解析データを受け取るだけなら企業に依頼してもよいでしょう。しかし、次世代シーケンサーの解析データは膨大です。解析データは受け取ったけれども、この先どう研究を進めたらいいか分からないと、途方に暮れる研究者もいます。
そうならないためには、依頼する人と解析する人がいつでも顔を合わせて話せる環境にいることが重要です。私たちは、依頼元の研究者と何回も話をすることにしています。それは、まだ研究のアイデアだけで、解析する試料もないときから始まります。研究者からの説明を聞くだけでなく、私たちも独自に関連論文を調べ、どのように試料を用意し解析すれば、その研究プロジェクトがうまくいくかを提案したりします。試料を受け取るときもじっくり話し、解析を始めて問題があれば、試料の調製方法に戻って話し合い、やり直してもらうこともあります。そして解析データを渡すときも、その意味についてじっくり話します。
しかし、話をしましょうと言うと、研究者は戸惑った顔をすることもあります。渡された試料を黙って解析してくれたらそれでいいのに、と口に出さないまでも心の中で思っている人もいるでしょう。私も研究者ですから、その気持ちも分かります。しかし、最先端の技術を駆使していいデータを出し優れた成果を挙げるには、そうした過程を踏むことが、結局は近道なのです。
そのような研究支援を継続して行うためには、研究センター内に小回りの利く支援体制をつくることが必要です。
装置も人もフル稼働中
―ゲノム資源解析ユニットには現在、どのような装置があるのですか。
工樂:次世代シーケンサーは、ロシュ社の454 FLX+とイルミナ社のHiSeq 1500です。そのほか、従来からのサンガー型シーケンサー、遺伝子発現プロファイリングを行うためのリアルタイムPCRやセルソーサーなどです。
―メンバーは。
工樂:私と、テクニカルスタッフ5人、ポスドク研究員(4月より専門職研究員)1人、アシスタント1人です(図1、2)。テクニカルスタッフたちは、5年、10年と長い経験を持つベテランばかりです。彼らはゲノム資源解析ユニット、そしてCDBの貴重な財産だと思っています。
―現在の利用状況は。
工樂:次世代シーケンサーを利用した解析支援を本格的に始めたのは昨年7月です。それ以降、解析依頼は増え、現在は装置も人もフル回転の状態です。装置も人も増やし、利用者を広げていくことによって、CDB全体の成果に大きく貢献できればと思っています。
私たちの特徴の一つが、少量の試料や特殊な試料も受け入れる努力をしていることです。市販のキットでは解析に必要な最低量が決まっているため、最低量に満たない試料だと企業は通常受け入れてくれません。しかしゲノム資源解析ユニットでは、綿密なテストを重ねることによって、状態の良い試料であればどこまで量を減らしても大丈夫かを把握しています。それを踏まえて打ち合わせを重ね、解析できると判断すれば受け入れるので、研究者も喜んでいます。
日本では「サポート」、海外では「コア」
―海外の研究機関の支援体制は。
工樂:海外では、大きな研究支援施設を持つ研究機関がたくさんあります。しかし多くの場合、その名前には支援を意味する“サポート”という言葉は使われていません。“コア施設(Core facility)”と呼ばれています。“コア”とは、“核”“中心”という意味です。
―その違いは何から来るのでしょうか。
工樂:米国人研究者と雑談して分かったのですが、彼らは、解析方法など分からないことがあると、まず何が分からないかをさらけ出し、答えを教えてくれる人、助けてくれる人を探します。みんなが助けを求めてアクセスする場所だから、コア施設と呼ばれているのです。
一方、日本人は分からないことがあっても、問題をさらけ出して助けを求めようとするのは、結構時間がたってからではないでしょうか。一方で、成功の秘訣はすぐには言いたくない、という傾向もあるかもしれません。場所や人件費の制限も大きいとは思いますが、こうした日本人特有の心理も背景にあってか、日本の研究機関では支援体制の強化はあまり積極的に行われていないように思います。
―ほかの支援施設と情報交換をすることはあるのですか。
工樂:米国にはコア施設同士が連携するための学会があります。とても大きな学会で、現在抱えている問題を提示して解決策を議論したり、新しい技術の情報を収集する場にもなっています。日本にはそういう学会はありませんが、私は自分なりのネットワークを確立し、意見交換できる国内外のパートナーを持っています。それぞれが提供している技術や抱えている問題について、有意義な情報交換をしています。
―現在の日本の支援体制が抱える問題とは。
工樂:海外では、研究室で一番存在感を示しているのがテクニカルスタッフである場合があります。一方、日本では、テクニカルスタッフが過小ともいえる扱いを受けているケースが少なくありません。研究支援を行うスタッフは、たとえポスドクであっても裏方として扱われることが多く、独自の研究プロジェクトを進める研究室のメンバーより立場が低いと考える風潮がないわけではありません。その人がどれだけ広い範囲の研究に影響を与え得るかを考えたら、研究支援スタッフの評価はそんなものであるはずはないのに……。そこがうまく評価されないと、私たちのユニットに限らず日本の支援施設が優れた人材を確保できなくなるばかりか、最先端の技術を生物学の現場に流し込む勢いも衰えてしまいます。
DNAシーケンスをはじめ、さまざまな解析技術の革新は今後も急速に進むでしょう。生物学の進展には、技術革新にいち早く対応することが不可欠です。そこに効いてくるのは、現場の研究支援スタッフの洗練された技術です。しかし、今の日本の状況を見ると、技術革新に対応できず世界からさらに遅れてしまうのではないかと危惧しています。それを回避できるかどうかは、研究者と研究支援スタッフの有機的な連携が決め手になると思います。
ウェットとドライの共存
―ゲノム資源解析ユニットのユニットリーダーになった経緯は。
工樂:私はCDBが発足した2000年から、京都大学大学院生、リサーチ・アソシエイト、研究員として、2007年まで形態進化研究チーム(倉谷 滋チームリーダー、現在はグループディレクター)に在籍していました。その後、ドイツ・コンスタンツ大学の生物学科で若手PI(研究責任者)として5年間、研究と学部教育などを行ってきました。
次の職を探していたときに、このポジションの公募を見つけたのです。ヨーロッパでほかの職に就くことも考えていましたが、CDBのゲノム資源解析ユニットは、研究支援を通して視野を広げることができ、また自分の経験を活かしたスタイルで研究を続けられる点が魅力でした。
―研究支援と独自の研究の両立は大変ではありませんか。
工樂:ドイツでも、講義や学生の指導などに多くの時間を使いながら、限られた時間の中で集中して研究を進めてきました。それに慣れていたからか、不自由に思うことはありません。
次世代シーケンサーを用いれば、これまで分子情報が得にくかった非モデル生物についても大量の情報を得やすくなります。現在、依頼の多くはモデル生物ですが、非モデル生物も増えてくるでしょう。私は脊椎動物のゲノム進化を研究するため、ヤツメウナギなど非モデル生物も扱っています。独自の研究の過程で培った試料の調製方法や解析手法は支援にも役立つと思います。
―経験を活かした研究スタイルとは。
工樂:生物学の研究には、個体や細胞を使って実験を行う“ウェット”と、情報を扱う“ドライ”があります。私は大学の学部の卒業研究のときから、ウェットとドライの両方に触れてきました。今後は、ウェットとドライの両方ができることが当たり前にならないといけないでしょう。次世代シーケンサーでは大量のデータが出てくるので、本当に意味のあるデータが出せたのかが分かりにくく、その判断にはインフォマティクス(情報科学)の知識が必要です。実験ではピペットマンを使うし、論文を書くにはパソコンを使います。インフォマティクスも、ピペットマンやパソコンと同じ道具です。あらゆる道具が使えて初めて一人前の研究者といえる。そういう考え方をもっと普及させたいですね。
一段高いレベルの研究支援を目指す
―ゲノム資源解析ユニットでは解析技術の開発も行っています。
工樂:まったく新しい技術の開発も重要ですが、私は、すでにある技術をつなげることができないか、とより強く考えています。世の中には素晴らしい技術がたくさんあります。それをうまくつなぎ合わせることで、画期的な技術になる可能性があります。それは、研究者同士も同じです。ゲノム資源解析ユニットでは、研究支援を通してさまざまな研究者と交流があります。私たちがハブになって研究者同士をつなぎ、新しい研究を創出できたらいいと考えています。
ドイツで5年間研究してみて、日本人はじっくりと論理的に物事を考えることが得意だと、あらためて気が付きました。そういう日本人同士が相互に情報交換して融合することができたら、もっと大きなことができるのではないかと思います。
―ゲノム資源解析ユニットが新しいスタートを切って2年目に入りました。ユニットが目指すことは。
工樂:CDBの研究者に貢献したい。その一点です。そのためには、私たちをどう使えば良いデータが得られるのかを理解してもらうことが先決ですね。私たちは決して“黒子”ではありませんし、多くの場合、誰がやってもうまくいくことをやっているわけではありません。それを分かってもらった上で、私たちからも実験のデザインについて提案したときにはすんなり聞き入れてもらえる、そういう一段高いレベルの研究支援ができるように周囲の研究者と連携していきたいと思います。この一年でいい一歩は踏み出せたと思っていますが、まだまだこれからです。
(取材・構成:鈴木志乃/フォトンクリエイト)



