かかりつけの医院などで、簡便かつ迅速に病因を特定できる診断技術が開発されれば、医療の質は大きく向上する。例えば誰もがかかる風邪は、200種類以上のウイルスや細菌によって引き起こされ、症状からは病原体の特定が難しい。その中でも、重症性のインフルエンザなどについては、病原体の早期発見と治療が求められている。従来の一般的な簡易検査キットでもインフルエンザなどの病原体を特定できるが、①感度が低く初期の感染を見逃す恐れがある、②鼻から綿棒を挿入して粘膜を採取するため患者の負担が大きい、③複数の病原体を同時に検出できない、などの課題があった。そこで注目されているのが、微量な試料で病原体を特定するマイクロ流体チップ技術だ。理研和光研究所 基幹研究所(ASI)超精密加工技術開発チームの青木弘良 協力研究員と神戸大学の青木画奈(かんな) 助教(理研客員研究員、元・ASI田中メタマテリアル研究室 協力研究員)は、フォトニック結晶を用いた高感度マイクロ流体チップの開発を行っている。研究奨励ファンド※成果報告会で最も高い評価を得た研究成果について聞いた。
― 開発の経緯を教えてください。
青木(弘):私は数cm角のチップ上に微細な流路を設けたマイクロ流体チップを使って、さまざまな病気を微量な試料から迅速診断する技術の開発を進めてきました。例えば風邪の診断の場合、病原体のタンパク質(抗原)と特異的に結合する抗体をチップ内の流路上に固定しておきます。チップに試料を流すと、試料中の抗原が抗体に捕捉され、それを蛍光標識抗体により検出します(図)。種類の違う抗体をチップに配列させて、複数の病原体を同時に検査することも可能です。試料に使う鼻汁は、鼻から綿棒で採取するため苦痛を伴いますが、このチップを使えば試料は微量で済みます。綿棒を微細化することで患者の苦痛は軽減され、医療事故の防止も図れます。
課題は迅速化に伴う感度の向上です。一般的に抗体を用いた検査では反応に数時間を要しますが、チップを用いた臨床診断では数分で検査を終えなければならないため、感度を向上させる必要があります。高感度な検出機器を使えば感度は向上しますが、それでは普及しません。そのため一般的な顕微鏡を使い、高い感度で迅速に検査できるチップを開発したいと考えていたとき、「nano tech 2011 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」の理研展示ブースで、同じく出展していた青木画奈さんに出会いました。
青木(画):私は光学材料開発が専門で、屈折率を周期的に変化させた構造で光を制御する「フォトニック結晶」の開発を進めてきました。フォトニック結晶は光通信分野への応用が期待されていますが、その分野の要求精度が非常に高いため、製品化がなかなか進まない状況です。
そこで私は現在の技術を活用できる分野を探していました。そんなとき、青木弘良さんの話を聞き、フォトニック結晶を使えば、図のように特定波長の励起光や蛍光を増強させてシグナル強度を高めることができると思いました。
― 開発で苦労した点は。
青木(画):従来、半導体材料を微細加工することで赤外域のフォトニック結晶をつくってきましたが、今回は、可視域の光を増強し観察するため、性質の異なる透明な材料を加工する必要がありました。ガラス上に屈折率の大きい酸化インジウムスズ(ITO)層を設け、高さ45nmの凸構造を280nm間隔でつくりました。その微細加工が大変でした。
青木(弘):感度が5倍になりました。マイクロ流体チップにフォトニック結晶を組み合わせるという独自の仕組みで、感度を向上できることを実証したのです。
― 今後の展望は。
青木(画):増強する励起光の波長を最適化したりITO層を厚くしたりすることで、感度を50倍に向上できると予測しています。しかしITOは高価なため、より安価な材料を利用することも検討しています。診断チップは使い捨てなので、低コスト化が必要です。
青木(弘):高感度の診断チップを実用化できれば、インフルエンザの複数のタイプを同時に検査し、今後流行が懸念される鳥インフルエンザの流行防止にも役立つはずです。
さらに私たちのチームの三好洋美 協力研究員と共同で、フォトニック結晶を使い一般的な顕微鏡で細胞を詳細に観察する技術の開発も進めています。
(取材・構成:立山 晃/フォトンクリエイト)
※ 研究奨励ファンド:若手の意欲的な研究を奨励することを目的とし、理研基幹研究所・理研仁科加速器研究センター・理研放射光科学総合研究センターを中心に横断的に実施している。


