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研究最前線

新しい触媒をつくり、新しい物質をつくる


New Catalyst, New Reaction, New Material——これは (コウ)有機金属化学研究室の研究のキーワードだ。「私たちの研究室では、 独自の新しい触媒(New Catalyst)を開発して、それを用いて 従来は不可能だった反応(New Reaction)を行い、 新しい物質(New Material)をつくることを目指して研究を行っています。 化学結合を好きなところで切ったり、好きなところでつくったり することができる触媒の開発が、究極の目標です」と侯 召民(ショウミン) 主任研究員。 侯主任研究員は、これまで触媒にほとんど使われていなかった希土類の 金属に注目し、新しい触媒を次々と開発している。現在は、 それらの研究を発展させて、水素の吸蔵材料の開発にも着手している。


侯 召民
基幹研究所 侯有機金属化学研究室

チェーンシャトリングによる共重合
タイトル図 チェーンシャトリングによる共重合


新しい触媒は社会を変える

 “欲しいものだけをつくる不思議な触媒の世界”。侯有機金属化学研究室の入り口には、そんな張り紙がしてある。今年4月に開催された“理研和光研究所 一般公開”で使ったものだ。
 「人類は、化学によってさまざまな物質をつくり出すことができるようになりました。しかし、目的の物質を手にするまでには何段階もの化学反応が必要です。回り道の間に多くのエネルギーを消費し、不要な副生物も出し、環境に負担をかけています。私たちは目的の物質だけを直接つくることを目指し、そのための触媒を開発しています」と侯主任研究員。
 触媒とは、それ自身は反応の前後で変化しないが、化学反応を促進する物質のことである。「新しい触媒を開発すれば、従来は不可能だった化学反応を行い、新しい物質をつくることができます。優れた触媒の開発は、社会を変えるほどのインパクトがあるのです」
 新しい触媒の開発によって、ここ10年だけでも9人の科学者がノーベル化学賞を受賞していることからも、触媒がいかに重要か分かるだろう。例えば、理研の野依良治理事長も、触媒の開発によって2001年にノーベル化学賞を受賞している。野依理事長は、それまで不可能だと考えられていた右手系と左手系の分子をつくり分けることができる触媒を開発。その触媒によって、メントールの工業的生産が可能になり、医薬品の製造にもその触媒は使われている。
 触媒にはさまざまな種類があり、侯有機金属化学研究室が主に開発しているのは“有機金属錯体(さくたい)”だ。有機金属錯体は、中心の活性を持った金属が反応分子に働きかけて化学反応を促進し、周りの有機物(配位子)がその働き方をコントロールする。「中心の金属を変えると、性質が変わります。これまで、金属を変えることで、さまざまな触媒がつくられてきました。しかし、持続発展可能な社会に貢献するために、新しい触媒を開発していく必要があります」

手つかずだった希土類金属に挑む

 「私たちの研究室の特徴は、希土類金属を使った触媒を開発している点です。希土類金属は“レアアース”とも呼ばれ、ハイテクに欠かせない資源として最近話題になっていますが、多くの化学者を含め一般の方にとってなじみの薄い元素です」と侯主任研究員。希土類金属とは、元素番号21のスカンジウムと39のイットリウム、そして57から71のランタノイド(ランタンからルテチウム)の合計17種類の金属元素の総称である。
 有機合成では、まずリチウムやマグネシウムなど典型金属を含む有機金属化合物が反応試薬として用いられるようになった。その後、チタンやパラジウムなどd-ブロック遷移金属(周期表で第4族から第12族までに属する元素)を含む有機金属錯体が触媒として登場し、広く利用されてきた。そういう中で、侯主任研究員は大学院生だった1980年代から希土類金属に注目してきた。「希土類金属には、典型金属や遷移金属にはない特徴があります。その特徴を活かして触媒をつくれば、従来の触媒では不可能だった反応を行い、新しい物質をつくることができるのではないか、と考えたのです」
 1980年代、触媒に限らず、希土類金属を用いた研究をしている人はとても少なかった。「希土類金属は空気や湿気に触れるとすぐに壊れてしまうので、非常に扱いにくいのです。とても苦労しましたが、調べられていないから何をやっても新しい発見につながり、面白かったです」と振り返る。
 侯有機金属化学研究室で生まれたいくつかの触媒を紹介していこう。

天然ゴムを超えた合成ゴム

 最初に紹介するのは、重合触媒である。重合とは、分子を結合させて分子量の大きな高分子をつくることである。元の分子化合物をモノマー、できた高分子をポリマーと呼ぶ。侯主任研究員は2005年、希土類金属のイットリウムを用いた新しい重合触媒を開発し、天然ゴムを超える合成ゴムをつくることに成功した。
 天然ゴムはイソプレンが重合したポリイソプレンを主成分とし、100%がシス-1,4という構造になっている。一方、従来の触媒で化学合成したポリイソプレンは、シス-1,4構造のものは98%ほどである。「イソプレンは二つの二重結合を持つため、どちらの二重結合がどのように反応するかによって、さまざまな構造のポリマーができるのです。高機能な合成ゴムをつくるには、反応を制御してポリマーの構造をそろえる必要があります」。天然と人工でシス-1,4構造の割合の差はわずか2%だが、それが摩擦や引っ張りに対する強さ、弾性などを左右し、合成ゴムは天然ゴムの機能をしのぐことができなかった。
 侯主任研究員が開発したイットリウム触媒を使うと、できたポリイソプレンは100%シス-1,4構造になる。「天然ゴムは、構造は同じでも分子量、つまりポリイソプレンの長さがばらばらです。一方、私たちがつくったポリイソプレンは分子量がそろっています。さらに、天然ゴムはアレルギーの原因となる不純物が混入していますが、私たちのものに不純物は含まれていません。私たちは、天然ゴムを超える理想的な合成ゴムをつくることに、世界で初めて成功しました」
 なぜ構造がそろったポリイソプレンの合成が可能になったのだろうか。「一つは、この触媒が“シングルサイト”だからです。反応に関わる部分が単一の性質を持っているので、結合する位置や数など必ず同じ反応が起きます。もう一つは、配位子の構造を変えたことです」と侯主任研究員。具体的には、これまでの重合触媒には使われていないホスフィンアミド基に変えた。さらにアミジナートという配位子に変えたら、アイソタクチック-3,4という構造のポリイソプレンの合成に世界で初めて成功した。「配位子を変えるだけでこんなにも変わるものかと、とても興奮しました」

チェーンシャトリングによる共重合

 2種類のモノマーを重合させることを、共重合という。共重合によって、両方の性質を併せ持った高機能ポリマーをつくることができる。しかし、従来の触媒では、なかなか狙った通りの共重合ができなかった。
 侯主任研究員は2004年、シクロペンタジエニル配位子を持つスカンジウム触媒を開発し、スチレンとエチレンを立体選択的に共重合させて高性能ポリマーをつくることに成功。スチレンが“シンジオタクチック”という規則的な立体構造で結合したポリスチレンは、熱や薬品に強く、寸法安定性や低誘電率に優れた材料だ。しかし、硬過ぎて加工がしにくく、もろいという欠点がある。このスカンジウム触媒を使うことで、シンジオタクチック構造を持ったポリスチレンへエチレンを導入することが可能となり、強くて軟らかく加工しやすい新しい機能を持ったポリマー材料をつくることができた。
 この成果は、新規の機能性高分子材料を合成する道を切り拓いたといえる。しかし、「一つの触媒だけ使う合成には限界がありました」と侯主任研究員。スチレンとイソプレンを共重合させて硬軟両方の性質を持つ高性能ポリマーをつくろうと試みたが、この触媒はスチレン重合に対して優れた立体選択性を示したものの、イソプレンに対してはほとんど選択性を示さなかった。「ならば、2種類の触媒を使ってみようと考えました」
 スチレンを重合してシンジオタクチック構造を持つポリスチレンをつくる“触媒1”と、イソプレンを重合してシス-1,4構造を持つポリイソプレンをつくる“触媒2”を用意した(タイトル図A)。どちらも希土類金属のスカンジウムを用いた触媒で、侯主任研究員が開発したものだ。「実は、この2種類の触媒だけでは駄目。ポイントは、チェーンシャトリング試剤を加えることです」
 触媒1で重合したスチレンは、チェーンシャトリング試剤と結合し、触媒2に運ばれていく(タイトル図B)。触媒2ではイソプレンが重合し、再びチェーンシャトリング試剤と結合し、触媒1に運ばれていく。触媒1ではスチレンが重合し……という反応が繰り返される。その結果、シンジオタクチック構造を持つポリスチレンとシス-1,4構造を持つポリイソプレンのポリマーの合成に成功し、2011年10月に発表した(タイトル図C上)
 チェーンシャトリングは、d-ブロック遷移金属のうち4族の金属を用いた触媒で2006年ころから使われ始めた手法だ。「希土類金属の触媒でのチェーンシャトリングは、私たちが初めて成功させました。化学反応はシンプルな方がいいので1種類の触媒でできれば、それに越したことはありません。しかし、人間と同じで一人では限界があり、ときにはチームワークが必要です」
 侯主任研究員はこの方法で、シンジオタクチック構造を持つポリスチレンとシス-1,4構造を持つポリイソプレンとシス-1,4構造を持つポリブタジエンという、3成分のポリマーの合成にも成功した(タイトル図C下)
 「今回の触媒はすべて希土類金属を使いました。希土類金属の触媒と、4族遷移金属の触媒を組み合わせることで、従来は合成が難しかった新しい高分子材料をつくり出せるのではないかと考え、研究を始めたところです」

水素を吸収・放出する異種多金属ヒドリドクラスター

図1 異種多金属ヒドリドクラスターの水素の吸蔵・放出
図1 異種多金属ヒドリドクラスターの水素の吸蔵・放出
4個のイットリウム(Y)の周りにヒドリドが配置している4核希土類ヒドリド化合物に、d-ブロック遷移金属のモリブデン(Mo)化合物を1個組み合わせて(左)、異種多金属ヒドリドクラスターを合成した(中)。減圧下で加熱脱気(10-8気圧、80℃)すると、赤丸で示したヒドリドが水素分子として抜けていく(右)。水素を吹き付けると、ヒドリドが元の位置に戻る(中)。

 希土類金属を用いた触媒の研究から、思いもしなかったテーマに発展することもある。その一つが、水素吸蔵材料だ。
 水素はクリーンで再生可能なエネルギーとして注目されている。しかし、水素は常温常圧では気体で体積が大きいため、効率よく安全に大量の水素を吸蔵する材料の開発が課題になっている。
 一方、侯主任研究員は新たな触媒を開発しようと、希土類触媒の配位子を水素に置き換える実験を行っていた。その結果できたのが、4個の希土類金属と8個のヒドリドを含む、4核希土類ヒドリド化合物である(図1左)。ヒドリドとは、マイナスの電荷を持つ水素原子(H)である。「4核希土類ヒドリド化合物は、金属が1個の単核の触媒では起きないとても高い反応性を示しました。単核では切ることができなかった強い結合を、複数の金属が協力して切るのです。例えば、これまでの触媒では難しかった、一酸化炭素にある炭素と酸素の三重結合を切り、エチレンをつくることにも成功しました」。この化合物は触媒として大きな発展が期待できるが、侯主任研究員は、別の可能性を感じていた。「水素の吸蔵材料になるのではないかと考えたのです」
 水素吸蔵材料としてはランタンとニッケルの合金などが知られており、水素を金属にヒドリドとして吸蔵させれば体積を1000分の1以下にすることができる。しかし、それらの合金が水素を吸収・放出する仕組みはよく分かっていない。侯主任研究員は、すでに4核希土類ヒドリド化合物の各原子の位置をX線構造解析で明らかにしていたので、その構造から水素を吸収・放出する仕組みを理解すれば、効率の向上に役立てることができると考えたのだ。
 しかし、希土類金属とヒドリドは強く結合しており、出し入れは難しい。そこで、水素を出し入れしやすくなることが知られていたd-ブロック遷移金属化合物(図1左)を組み合わせ、“異種多金属ヒドリドクラスター”を合成した(図1中)。この異種多金属ヒドリドクラスターを減圧下で加熱脱気すると、水素分子1個が放出される。X線構造解析を行ったところ、中央部分にあったヒドリドと、イットリウムとイットリウムをつないでいたヒドリドが結合し、水素分子として放出されることが分かった(図1中)。水素を放出した異種多金属ヒドリドクラスターに、常温常圧で水素を吹きかけると、元の構造に戻ることも確認できた。水素を吸収・放出する仕組みが分かったことで、効率の良い貯蔵方法の開発に役立つと期待されている。
 「希土類ヒドリド化合物は新しい触媒をつくることが目的でしたが、水素の貯蔵技術の開発が課題になっていることも知っていました。だから、水素吸蔵材料になるのではとひらめいたのです。専門以外のことにも関心を持ち、予想外の展開を楽しむことも重要です。私は、予想外のことが起きるのではないかと、いつもドキドキしながら研究をしています」

二酸化炭素から付加価値の高い物質をつくる

図2 銅(Cu)触媒による二酸化炭素の有用な有機物質への変換
図2 銅(Cu)触媒による二酸化炭素の有用な有機物質への変換
ベンゾオキサゾールというヘテロ環芳香族化合物と二酸化炭素(CO2)を、銅触媒(IPrCuCl)を用いて反応させる。すると、ベンゾオキサゾールの酸素原子(O)と窒素原子(N)の間にある炭素─水素(C-H)結合が活性化してCO2に置き換わり、カルボン酸やエステルに変換される。

 侯主任研究員は、二酸化炭素(CO2)から付加価値の高い物質を合成する研究も進めている。侯主任研究員は、安価な銅を用いた触媒を使い、CO2を有用な有機物質であるカルボン酸やエステルに変換することに成功した。具体的には、銅触媒を用いて、ベンゾオキサゾールというヘテロ環芳香族化合物にある炭素ー水素(C-H)結合を切ってCO2を組み込んだ(図2)。CO2から有用物質をつくる研究は世界中で行われているが、安定していて反応しにくいC-H結合をいかに直接的に活性化してCO2と反応させるかが課題になっている。侯主任研究員がCO2を組み込む対象にヘテロ環芳香族化合物を選んだのは、C-H結合が酸素原子(O)と窒素原子(N)の間にあり、活性化しやすいからだ。「あらゆるC-H結合を活性化でき、CO2を付加価値の高い物質に変換できる触媒の開発を目指していきます」と侯主任研究員。
 大気の約80%を占める窒素を有効に利用する技術の開発も今後の目標の一つだ。窒素から省エネルギーかつクリーンにアンモニアを合成することを目指す。
 「化学結合を好きなところで切ったり、好きなところでつくったりすることができる究極の触媒の開発には、100年、いえ1000年もかかるかもしれません。それは無理としても、現在の化学反応を1段階でも減らしたいという思いで研究をしています。それによって消費エネルギーや不要な副生物の排出を減らし、持続発展可能な社会に貢献していきたいのです」